学位論文要旨



No 215004
著者(漢字)
著者(英字) Sucan Elena Pcckett
著者(カナ) ピケット,スーザン・エリナ
標題(和) 技術と民主主義の統合 : 日本における原子力技術の意志決定
標題(洋) Integrating Technology and Democracy : Nuclear Energy Decision Making in Japan
報告番号 215004
報告番号 乙15004
学位授与日 2001.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15004号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,篤之
 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 助教授 長崎,晋也
 東京大学 助教授 城山,英明
 電力中央研究所 上席研究員 鈴木,達治郎
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、日本における原子力技術の意志決定について、その歴史的分析やケーススタディをふまえて、技術と民主主義の相互関係について分析し、今後の日本における原子力技術の意志決定について、考察を加えたものである。

 本論文ではまず、科学技術の意志決定過程における利害関係者(ステークホルダー)の参加のあり方について、理論的分析を行った。その結果、成功条件として、信頼感、公平性、透明性が重要で、特に科学技術の持つ不確実性をどう扱うかも重要であることが分かった。

 次にケーススタディとして、6つの課題を扱った。日本の原子力政策の歴史的分析(第2章)においては、利害関係者の参加が極めて限られていたことを明らかにし、使用済み核燃料と高レベル廃棄物(第3章)については、「技術の経路依存性」を明らかにした。低レベル廃棄物規制の国際比較(第4章)では、技術に関する意志決定が社会条件と不可分であることを明らかにした。食品照射規制(第5章)では、社会情勢や科学情報が変化しても対応できない規制の硬直性を明らかにした。原子力委員会の合意形成プロセス(第6章)では、日本の合意形成プロセスの特徴を米国との比較分析を踏まえて、明らかにした。

 これらのケーススタディを踏まえて、結論(第7章)として、日本の原子力政策の民主化について、提言を行った。特に、合意目標の設定の明確化、透明性の向上、参加者の拡大、技術情報の客観的で公正な提示、などが重要と思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、民主主義社会における技術政策決定プロセスの最適設計を進めていく上で重要な基本的要件を明示することを目的に、その事例として日本における原子力技術の意志決定プロセスを多面的に研究したものである。第一に、使用済燃料や高・低レベル放射性廃棄物の管理・処分、食品への放射線照射を例示的に採り上げ、それらの意志決定プロセスの特質と背景に関し、制度研究や国際比較研究などにより解明している。第二に、原子力委員会決定を柱とする日本の国民合意形成プロセスの現状と課題、とくに一般公衆の関与のあり方について、「もんじゅ」事故以降の最近の状況を詳細に分析するとともに、政府、企業、市民団体等の様々のステークホルダーや関係者へのインタビューとアンケート調査を通じ実証的研究を実施している。さらに、それらにより得られた知見をもとに、将来の政策決定プロセスに関する提言を行っている。

 本論文の構成は以下の通りである。第1章は導入部であり、技術政策決定プロセスと一般公衆の関与のあり方に関して多角的な問題提起と論考がなされている。技術政策が社会的要因により行きづまる過程、技術政策決定過程における科学の役割、一般公衆の政策決定プロセスへの関与の重要性について、既往の研究例から明らかにするとともに、社会と調和する技術政策の実現に向けた、一般公衆の政策決定への関与プロセスを設計する上で基本となるべき考え方が提示されている。第2章では、本研究の基礎事項として、日本における原子力技術開発の経緯や意志決定プロセスの変遷、安全規制や地域振興などに関する原子力関連法規について述べた上で、過去に、一般公衆の原子力に対する世論が変化している一方で、原子力政策自体にはほとんど変化がみられなかった状況を指摘し、その原因を大規模技術に見られるロックイン効果や制度および組織の硬直化が原子力分野においても生じたためと分析している。第3章では、使用済燃料と高レベル放射性廃棄物の管理・処分の現状および意志決定プロセスについて非技術的な観点から多面的に検討している。日本における使用済核燃料の貯蔵・再処理、および、日本、米国、スウェーデンにおける高レベル放射性廃棄物の処分に関する計画の現状と経緯、法規、意志決定プロセスをレビューした上で、各国の方針や計画の相異点を、法規や科学的データの取り扱い方から、合意形成や立地選定に見られる各国の風士のちがいまで、幅広い観点から総合的に考察するとともに、それらの諸点の相互関連性についても言及している。第4章では、日米両国における低レベル放射性廃棄物の管理・処分の現状やクリアランスレベルの決定に関する比較研究を実施している。両国の規制にみられる相異の背景にある要因を、国際基準の適用の仕方、リスク計算の仮定や方法論、クリティカルグループの設定などの観点から解明している。最後に、両国の管理・処分方法についての差異をもたらしている非技術的要因の影響を論じ、これに関するさらなる研究の必要性を指摘している。第5章では、食品への放射線照射について、技術的開発状況、利用の現状と経緯、国際基準についてまとめた上で、日本においてその利用が進んでいない理由を検討し、主に、リスク認知特性、規制の仕組み、選択の自主性の3つの要因に還元されると分析している。第6章では、日本における原子力委員会の意志決定プロセス、とくに、「もんじゅ」事故以降の一般公衆の原子力政策決定プロセスへの関与形態について、国際比較研究、ならびに様々なステークホルダーに対して行われたインタビューやアンケート調査による実証的研究を行っている。これらの結果、リスク認知特性の解明、情報公開、原子力関係者への信頼感の醸成、責任体制の明確化、コンセンサスの概念の明確化が重要な論点として抽出されている。本章の結論としては、原子力に対する国民的論議の喚起、ステークホルダー間の信頼と協調、情報公開、第三者機関によるレビュー、円卓会議等でのモデレータの適切な選択の重要性が述べられている。第7章は結論であり、本研究により得られた結論と日本の原子力政策への提言が述べられている。

 上述したように、本研究では、日本における原子力技術の意志決定プロセスを多面的に研究するとともに、国際比較を通じて日本的プロセスの特徴とその背景について有益な知見を提示している。また、「もんじゅ」事故以降の一般公衆の関与形態を詳細に検討し、意志決定プロセスを進化させる観点から有益と思われる重要な提言を行っている。以上より、本研究は工学技術のシステム設計学および技術政策科学の発展に寄与するところが少なくない。したがって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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