学位論文要旨



No 215005
著者(漢字) 前川,立行
著者(英字)
著者(カナ) マエカワ,タツユキ
標題(和) 光学式放射線検出器の開発と原子力プラント放射線モニタリングへの適用
標題(洋)
報告番号 215005
報告番号 乙15005
学位授与日 2001.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15005号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 助教授 長崎,晋也
 東京大学 助教授 高橋,浩之
 東京大学 助教授 野村,貴美
内容要旨 要旨を表示する

 原子力プラントでは、設備稼働率向上を目指した定検短縮が進められている。これと同時に、ICRP90年勧告の国内法制化が進められており、より一層の被曝低減が求められている。このため、短い定検期間の中で作業被曝を低減しつつ、効率よく作業を進めるための具体的な放射線管理/測定ツールが必要とされている。また、運転中のより一層の安全確保、監視信頼性の向上のために、現行の放射線モニタリングに加え、さらにきめ細かな情報提供が可能なモニタリングツールが必要とされている。

 本研究ではこういった背景のもと、原子力プラントにおける放射線モニタリング全体のニーズを捉え、これらに対して性能、機能、コストなど実用的な価値を備えた新しいセンシング技術として光学式放射線計測技術と装置の開発に取り組んだ。

 開発にあたっては、シンチレーション計測技術を光計測として新たに捉え直し、光の発生から検出までの捕獲・伝播過程を検討し、波長シフト(蛍光変換)や波長弁別、光ファイバ伝送といった光学的技法を取り入れた。

 まず最も用途の多いγ線のモニタリングを対象に、シンチレーション光を蛍光変換した上で光ファイバ伝送する基本的なセンサ(光導波型シンチレータ)と、これらを光ファイバで連鎖接続して、飛行時間(TOF)法により測定を行なうシステム概念(図1)を構築した。基本技術としての成立性を検証すると共に、複数ポイントの放射線レベルを一括監視することができる多点測定型γ線モニタとして、プラントでのフィールドテストを行い、エリア放射線モニタや人によるサーベイ自動化ツールとしての実用的性能を実証した。

 さらに、この基本技術を応用し、100℃環境下で連続使用のできる耐熱型γ線モニタ(図2)を開発した。これについては耐熱性のみならず、シンチレータの発光減衰時間と発光量(効率)に共に温度依存性があることに着目し、これら2つのパラメータの相関関係を利用して、温度情報を用いないで温度依存性を補償する手法についても実現した。この装置を実機の圧力容器化学除染のオンラインモニタとして適用し、除染効果の進捗監視/線量測定と除染プロセスの最適化制御の両面での有用性を実証した。

 また、種々の表面汚染検査用の大型モニタ装置に必要な大面積β線センサとして、波長シフト型β線センサを開発した(図3)。従来の設計ではシンチレータの面から放射する光を利用していたが、これまで使われていなかったシンチレータ内部での捕獲・伝播光に着目し、これを波長シフト(蛍光変換)して効率良く、かつ一様に集光する技術を確立した。その結果、薄型・高性能なβ線センサを実現し、実際の体表面ゲートモニタ頭部周辺の検出器として製品に搭載した。また、運転プラントのみならず将来のデコミ等も想定した広域サーベイ/汚染検査への適用に対しても検討を行い、より大面積化しつつバックグラウンドの影響を抑制する事ができる二次元測定(アレイ)型β線センサを開発し、その性能と効果を実証した。

 最後に、プラントの運転に伴う空気中放射能濃度を監視するダスト放射線モニタリングについても新しいアプローチを展開した。天然放射性核種(ラドン娘核種)の濃度変動によるβ線計数値の変動を抑制するために、従来のβ線監視に加えα線の同時測定が必要である。

 α線、β線共に専用検出器と同等の検出効率を実現し、かつ混入度を抑えるという相反条件を満たし得る技術として、従来の電子回路による波形弁別にかわる波長弁別手法を開発した。カラーブラウン管用の赤色蛍光体であるYOS(Eu)とプラスチックシンチレータで2層シンチレータを構成し、それぞれの発光波長に応じたカラーフィルタを備えた2本の光電子増倍管で選択的に受光することで、α/β同時弁別測定を実現した(図4)。

 実際のダストサンプリング測定の結果、α線計測値を元にラドン娘核種からのβ線寄与分をキャンセルすることで、バックグラウンド変動の影響を受けない高信頼ダスト放射線モニタリングを実現できることを実証した。

 以上、本研究成果は、人の作業被ばく管理をはじめ、汚染の検査、プラントの運転・施設監視など、原子力プラントの放射線モニタリングの主要な部分を網羅するものである。簡素かつ高性能な実用機器の提供という面のみならず、一連の技術は原子力プラントの放射線モニタリングの「全光化」の可能性を示唆するものである。

 今後、耐放性光ファイバの進展に伴い、他分野で精力的に開発が進められている各種の光ファイバ物理量センシング技術が、プラント運転中の高放射線場での機器の監視や物理量(プロセスパラメータ)などの計測システムとして導入されていくことが予想される。

 本研究成果による「全光化放射線モニタリング」技術と、これらの技術を組み合わせることで、原子力プラント全体を光センシング・光伝送により監視する「原子力光計装システム」の構築が可能になっていくであろう。

 こういった観点から、本研究は将来に向けた原子力光計装システム実現への端緒を開くものと言える。

図1. 多点測定型γ線モニタ

図2. 耐熱型γ線モニタ

図3. 波長シフト型β線検出器

図4. 波長弁別型α/βセンサ

審査要旨 要旨を表示する

 光ファイバーセンシング技術は、近年ファイバーグレーティング方式を中心に、温度、圧力等の計測に利用され始めているが、原子力分野、特に原子力プラントの放射線計測分野への利用は進んでいないところである。本論文では、蛍光変換型の波長シフトファイバーを中心として、放射線計測分野、特に原子力プラントにおける放射線モニタリング全体のニーズに基づいて、開発した結果をまとめたものであり、論文自身は7章より構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の背景と目的についてまとめている。特に原子力プラントでは、稼働率向上のために定期検査期間短縮の要請があり、放射線モニタリングもタイムリーなデータの提供が要請されていること、また、この4月よりICRPの90年勧告を国内法令に取り入れられ、有効な測定ツールが必要であることから、新しい測定法が必要とのニーズが高まっており、これに対応したものとして開発してきたのであるとの認識を示している。

 第2章は、光学式放射線計測の背景技術として光ファイバを利用した放射線測定技術の全体をレビューしており、伝達路型と機能型に分類している。ライトガイドや医療用のイメージング型プローブや先端にシンチレータ等の放射線計測機器を付けたファイバー検出器は、伝達路型の例としている。またOTDR法(Optical Time Domain Refractometry)やシンチレーティング光ファイバー、或いは干渉を利用したX線検出器は機能型の例になっている。特に放射線モニタリングのニーズを詳しく検討し、プロセス放射線モニター、エリア放射線モニター、ダストモニター、汚染・排出モニター、人によるサーベイをピックアップしてこれらに対応できるセンサー開発をするとしている。

 第3章から6章までは、個別技術の開発について述べており、4章では、多点測定型γ線モニターの開発を、蛍光変換光ファイバーにより実現した例を示している。光導波型シンチレータと称しており、センサ部にはシンチレータをおき、伝達用光ファイバー内に波長シフトファイバーをおいてシンチレータの光をファイバー内で再発光させるものである。これにより長さ200m程の間に5-6個のシンチレーションセンサー部を有し、感度1μSv/h-10mSv/hを実現している。なお、位置決めについてはT.O.F法(飛行時間法)を併用している。

 第4章は100℃までもつ耐熱型γ線モニターの開発であり、化学除染後の容器内サンプリング測定などを対象としている。恒温槽で実験したところ、バンドルファイバー面に滲み出してきた2液混合型の接着剤の汚れにより、初期劣化がみられたが、これを除いた後では、順調に目標仕様をクリアーできたとしている。

 第5章は、波長シフト型β線センサの開発についてであり、大きさ30cm角で、厚み5cm以下のプラスチックシンチレータの端面に波長シフト型光ファイバーをつけて、プラスチック中の蛍光を集めて計数するものである。これはゲートモニターや天井、床、壁等の汚染検査用の放射線モニターに利用している。このように光ファイバーを伝達型に用いたときは、光電子増位管を直接装着したときに比べ、約半分程の効率であった。

 第6章は波長弁別型α/βセンサーでZnSとプラスチックシンチを重ね合わせたフォスイッチ検出器でα線とβ線を出力波形の立上り時間を利用して弁別計数しようというものである。またカラーCRT用のRGB蛍光体を用いてSCF500の赤フィルターでα線を、またBFL900の青フィルタでβ線を計数して成功している。

 第7章はまとめであり、蛍光変換型により波長シフト型ファイバーの利用が本論文のキイポイントであり、今後は更に光ファイバーの利用により他の温度、圧力センシングとの統合が望まれるとまとめている。本論文は波長シフト技術を巧妙に使いこなしている点に特徴があり、またそれにより個別ニーズに答え、光ファイバセンシングの可能性を示したものであり、システム量子工学への寄与は少なくないと思われる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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