学位論文要旨



No 215006
著者(漢字) 浅野,芳裕
著者(英字)
著者(カナ) アサノ,ヨシヒロ
標題(和) 放射光ビームラインの放射線遮蔽と安全解析の研究
標題(洋) A study on radiation shielding and safety analysis for synchrotron radiation beamline
報告番号 215006
報告番号 乙15006
学位授与日 2001.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15006号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 雨宮,慶幸
 東京大学 助教授 高橋,浩之
 高エネルギー加速器研究機構   平山,英夫
内容要旨 要旨を表示する

 第3世代放射光施設の放射光ビームラインに対する遮蔽設計手法と安全解析手法について開発研究を行った。本研究では、極端に大強度でそのほとんどのエネルギーが数100KeV以下の放射光に対する遮蔽安全解析の研究とビームラインに混入してくる非常にエネルギーの高い(数GeV)放射線に対する挙動解祈研究より構成される。

 放射光に関する遮蔽研究ではwigglerやundulatorなどで発生する挿入装置光源スペクトルから、光学素子等で散乱された光子による遮蔽ハッチ外での漏洩線量までを一貫して短時間に精度良く計算できる、放射光ビームライン遮蔽設計コード「STAC8」を開発した。このコードは再生効果や放射光の直線偏光による散乱も考慮出来る。本コードの妥当性を検証するために、このコードとモンテカルロ計算コードEGS4との比較計算および高エネルギー加速器機構Photon Factory BL14Cビームラインのハッチ内線量分布の比較実験を行い、良い一致を得た。

 開発したコード「STAC8」を用いて第3世代大型放射光施設SPring-8の典型的な3種類の放射光ビームラインの遮蔽安全解析を実施することによって、直線偏光に依存するビームライン遮蔽上の特徴を明らかにした。またBending Magnet Beamline BL14B1でのハッチ外漏洩線量分布との比較を行い、開発したコードが測定値を良く再現できることを示した。第3世代大型放射光施設ではかつて無かったほどの大強度ビームが得られるに伴い、それまで意識されなかった新しい遮蔽上の問題点であるハッチ、コンクリート床面からの放射光散乱線による漏洩線量の影響(グランドシャイン)を解明するとともに、尤も有効と思われる対策を提示した。

 蓄積リング内の残留ガスと蓄積電子との相互作用の結果、発生するガス制動放射線がビームラインに必然的に混入してくる。このガス制動放射線はエネルギーが蓄積電子の8GeVまで分布しており、安全評価上重要である。このガス制動放射線を正確にシュミレーションするための計算条件を提示した。タングステン酸鉛シンチレーターを用いて、SPring-8のビームラインに混入してくるガス制動放射線を高精度で測定した。フロントエンドに設置されているスリットの開口幅とガス制動放射線の強度の関係を得るとともに、モンテカルロコードEGS4を用いたシミュレーション計算を実施することにより、蓄積電子のビーム発散角やビームサイズなどの電子ビーム蓄積状態との関係を解析した。この結果、SPring-8の標準挿入装置光源ビームラインに置けるガス制動放射線の全パワーは25.8±0.8nW/10-8Pa/mAであること、及び蓄積リングの直線部中心から40mの地点でのガス制動放射線による線量当量は高ベータトロン関数ビームラインでは15.8nSv/s/10-8Pa/mA,(計数半径0.023cm)、低ベータトロン関数ビームラインでは9.22nSv/s/10-8Pa/mA、電子ビーム蓄積状態を考慮しないときには25.9nSv/s/10-8Pa/mAとなることが明らかとなった。

 ガス制動放射線がビームシャッターなどの標的に入射することによって光中性子が発生する。ガス制動放射線によって発生する光中性子発生には、いままで巨大共鳴吸収領域のみ考慮されていた。今回、準重陽子発生およびπ中間子発生領域まで考慮してこの光中性子による線量を評価した。また、このガス制動放射線に付随して発生する光中性子を厚さの異なる減速材付きBonner Type円筒型高感度3He検出器を用いてハッチ外の位置で計測し、スペクトルを評価した。評価したスペクトルから得られた線量とモンテカルロ計算結果と比較を行い、その妥当性を検証した。

 SPring-8では蓄積電子の逆コンプトン散乱を利用することによって強度の非常に高い数GeVの偏光光子を得ることが出来る。このレーザー電子光ビームラインは空間的な制約から、ビーム輸送パイプで連結された2つの分離されたハッチ構造とする必要があり、精度の高い遮蔽設計が要求される。そこで本研究で整備されたガス制動放射線とそれに付随する光中性子の解析手法を用いて、このビームラインで問題となる高エネルギー光子と付随する光中性子に対する遮蔽解析を実施した。また鉛コリメーターとsweep magnetを組み合わせることにより、電磁シャワーで発生した高エネルギー電子を除去することが出来、より効率的に遮蔽できることを示した。

 これらの研究結果から、第3世代放射光施設の放射光ビームラインにおける遮蔽設計手法が確立され、すばやく正確にハッチからの漏洩線量が評価できるようになった。本手法を用いてSPring-8の全ビームラインの安全評価を行うとともに、放射線測定テストを通じて本手法の有効性が確認された。また、第3世代放射光施設におけるガス制動放射線のビームプロファイルとその線量及び付随する光中性子の漏洩スペクトルが明らかとなった。その上、レーザー電子光ビームラインのような特徴のあるビームラインに対して有効な遮蔽手法が提示された。

審査要旨 要旨を表示する

 第3世代放射光施設であるSPring8の利用が進んでおり、多くの理工学分野や医学、農学、薬学等の分野への寄与も大きいが、一方で古典的な問題であった放射線の遮蔽設計の分野も新しい展開を見せるに至った。本研究は、この放射光施設の遮蔽設計を扱ったもので、4章より構成されている。

 第1章は、放射光施設について第1、第2、第3世代という歴史的経過と本研究以前の放射線遮蔽研究の状況はPHOTON-IIコードによってなされていたが、第3世代の放射光施設には適用できなくなってきた経緯が紹介されている。特に直線部で生ずる制動放射や光中性子の発生、ミュオンの発生の問題とか散乱放射線の角度分布が無視されていたので、新しい計算コードが開発される必要を生じていたことが、述べられている。

 第2章は、第3世代放射光施設のビームラインに適用できる遮蔽設計コード、STAC8の開発と検証が説明されている。これは既に出来ていたPHOTON-IIコードを改良したもので、放射光自身の偏光やコヒーレント性を考慮したこと、散乱放射線の角度分布を正確に扱う点で新しい解析的な取扱いがなされたものである。このSTAC8の計算結果をビームライン外壁の線量について熱蛍光線量計の実験値と比較して数%から数十%の範囲で両者は一致しており、一方従来の設計コードであるPHOTON-IIコードでは1桁近い過小評価になってしまうことによりSTAC8の改良の効果が検証された。また、この散乱線が建屋地表面との境目あたりの遮蔽の少ない部分から外部に出てしまう効果、これをグランドシャイン効果というが、この問題への対策が必要なことが分った。このSTAC8コードは、欧米の第3世代放射光施設であるESRFおよびAPSでも使用されており、この研究を通じて適用性が確認されたところである。

 第3章は、このビームライン中で生ずる特殊な問題、シンクロトロン加速器中の10-8-10-9Paのガス分子により発生する高エネルギー制動エックス線の問題、また、その高エネルギーX線によって発生する光中性子の問題、更にはレーザー電子光(laser electron photon)のビームライン中のエックス線、中性子の評価等の問題にとり組んでいる。特に高エネルギーX線については、モンテカルロ計算法であるEGS4コードとの比較、又9本のバンドル型PWOシンチレータによる実測値との比較によりよく一致していることを確認している。又、ガス制動放射線によって生ずる二次的な光中性子を、実測値である減速材型中性子線量形の結果と比較すると、20%程実測値が少ないという思いのほかのよい一致であった。また、レーザー電子光のビームライン放射線の線量もエックス線、中性子ともいずれもよく実測値と一致しており、これらの比較を通じてSTAC8コードの妥当性が示されるとともに、この第3世代放射光施設の遮蔽上の問題点も明らかにされた。

 第4章は結論と今後の課題であり、上記のまとめ以外にビーム状放射線として漏れてきた場合の放射線の防護上の考え方が定まっていない点が今後の課題として取上げられている。実際に、局所的には強いビーム状放射線は、決定臓器により効果が大きく異なってしまうことになる恐れがあり、未解決の問題である。

 以上を要すれば、このような放射光施設の遮蔽研究を通じて、システム量子工学の確立に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42849