学位論文要旨



No 215008
著者(漢字) 吉田,英弘
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,ヒデヒロ
標題(和) セラミックスの耐高温クリープ特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 215008
報告番号 乙15008
学位授与日 2001.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15008号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 助教授 幾原,雄一
内容要旨 要旨を表示する

 セラミック材料は一般の金属材料と比較して比重が小さく,高硬度,高耐摩耗性,高融点等の特長を有していることから,特に耐熱構造材料としての実用化が期待されてきた.中でもAl2O3(アルミナ)セラミックスやSi3N4(窒化ケイ素)セラミックスについては研究開発が盛んに行われ,代表的なエンジニアリングセラミックスとなっている.Al2O3セラミックスは,機械的特性はそれほど高くはないものの,電気絶縁性に優れ,特に化学的に安定であり高温酸化雰囲気に耐えることから,酸化物セラミックスの中で最も汎用性が高い材料であり,工業的規模での実績も多く積まれている.また,Al2O3の機械的特性の改善にはTiCやZrO2といった第二相粒子の分散が有効であることが知られており,切削工具材料として実用化されている.一方,Si3N4セラミックスは耐食性・耐酸化性に問題があるものの,その焼結体はセラミックスの中でも高温強度や靱性といった機械的特性に優れるため,高温構造材料としてかなり以前から有望視されてきた.Si3N4は一般に難焼結性材料とされてきたが,近年の焼結技術の進歩に伴って十分緻密で高強度・高靱性の材料が得られるようになってきた.材料の耐熱性を評価するためには高温クリープ特性に関する基礎データが不可欠である.セラミックス材料の高温クリープ変形に関する研究は数多くなされているものの,セラミックスの高温クリープ特性を支配する要因については未だ解明されていない.そのため,高温機械的特性改善のための理論的指針は得られておらず,材料開発には技術者個人の経験則に大きく依存しているのが現状である.そこで本研究では,代表的なエンジニアリングセラミックスである多結晶Al2O3およびSi3N4セラミックスの高温クリープ特性の向上を図るとともに,その高温特性向上のメカニズムを明らかにすることを目的としている.

(1) 単相Al2O3多結晶体の粒界すべりに伴う遷移クリープ

 高純度Al2O3多結晶体の高温クリープ変形についてはこれまでに数多くの研究がなされてきたが,遷移クリープに関する知見は殆ど得られていなかった.本研究では,平均粒径約1μmの単相Al2O3多結晶体における遷移クリープの変形挙動を,1150〜1250℃の温度範囲で調べ、遷移クリープの持続時間および遷移クリープに伴うひずみ量に注目してについて解析を行った.高純度Al2O3多結晶体におけるクリープ曲線の一例を図1に示す.□のデータが実験値であり,遷移クリープとそれに続く定常クリープが認められた.実験的に認められたクリープひずみの時間変化を説明するため,粒界すべりに伴う遷移クリープの2次元モデルを提案した.粒界面上での転位のすべり運動と上昇による緩和により進行する粒界すべりを仮定すると,クリープひずみεの時間関数は次のような形で表される.

 ε=a1+a2(1-exp(-a3t))

これは金属材料のクリープ曲線を表す経験式と同様の式である.得られたクリープひずみの時間関数から,遷移クリープ変形に伴うひずみと持続時間が定義する事ができ,遷移クリープに伴うひずみ量εtは応力にほぼ比例し,遷移クリープの持続時間tTは応力に反比例することが予想される.図1にはクリープ曲線の時間関数を実線で示した.この図に示すように,得られた時間関数で実際のクリープ曲線を良く表すことが出来,また遷移クリープの応力・温度依存性は時間関数からの予測とよく一致した.この結果から,微細結晶粒を有する単相セラミックスにおいては,粒界すべりに基づく解析により遷移クリープおよび定常クリープについての解析が可能であり,その変形挙動は緩和過程である拡散過程に依存していることが示された.またこの解析から,クリープ速度の時間依存性に基づいて定常クリープ速度を定義することが可能であることが確認された.

(2) 微量酸化物添加によるAl2O3の高温クリープ特性向上

 従来,Al2O3多結晶体の強度特性を改善させるために通常,組織を緻密化・微細化とともにZrO2粒子の分散が有効であることが知られており,この機械的特性向上の機構については分散効果の観点から議論がなされてきた.本研究では,多結晶Al2O3の高温クリープ特性の改善には,極微量のZrO2の添加が第二相分散効果に比べて極めて有効であることを見出した.高純度Al2O3,0.1wt%ZrO2添加Al2O3およびAl2O3-10wt%ZrO2のクリープ曲線の一例を図2に示す.ZrO2微量添加の効果が顕著であり,温度1250℃における高純度Al2O3の定常クリープ速度は,僅か0.1wt%のZrO2の添加によって約20分の1に抑制された.高分解能透過型電子顕微鏡を用いた微細組織観察の結果,0.1wt%ZrO2添加Al2O3においては粒界アモルファス相や第二相粒子は認められず,単相を呈していることが分かった.さらに電子顕微鏡に付属のEDSによる分析の結果,添加したZr4+イオンはAl2O3粒界に偏析していることが明らかになった.高純度Al2O3およびZrO2添加Al2O3のいずれも,粒界拡散律速の粒界すべりを主体として変形が進行していると考えられる.ZrO2極微量添加によるAl2O3の高温クリープ特性の向上には,Zr4+イオンの粒界偏析に伴う,Al2O3粒界拡散の抑制が関連していることを見出した.換言すれば,Al2O3多結晶の高温機械的特性の向上には従来,第二相分散効果が有効であるとされてきたのに対し,むしろ極微量の添加元素の粒界偏析が高温クリープ特性の向上に支配的に寄与していたことが示された.

 さらに極微量の酸化物添加によるAl2O3多結晶の高温クリープ特性向上の効果は,イオン価数3+を取る元素の酸化物,すなわちSm2O3やY2O3,Lu2O3等の希土類酸化物を微量添加したAl2O3についても認められることが分かった.例えば,Al2O3焼結体の高温クリープ特性は,わずか0.05mol%という極微量の添加物により大幅に改善され,その変形に対する抵抗はSm2O3<Tm2O3<Eu2O3<Y2O3<Lu2O3の順で改善された.添加したランタノイドは,いずれもAl2O3粒界において第二相粒子やガラス相を形成することなく,粒界偏析を起こしていることが確認された.Al2O3焼結体におけるクリープ変形の活性化エネルギーは約410kJ/molであり,一方ランタノイド微量添加試料においては約800kJ/molとなった.Al2O3における粒界拡散係数が,ドーパントの粒界偏析によって抑制されていると考えられる.この粒界拡散抑制の原因を調べるため,化学結合状態に敏感であるとされているEELS測定を試みた.その結果,例えばLu2O3を微量添加したAl203の粒界直上においてのみ,EELSの微細構造すなわちELNESに変化が認められた.このELNESの変化は,Lu2O3の偏析に伴う粒界での原子間結合状態の変化に対応していると考えられる.そこでDV-Xα法による第一原理分子軌道計算の結果,Lu2O3の添加に伴うAl2O3中の状態密度の変化は,実測されたELNESの変化にほぼ対応していることが分かった.また,このときの原子間結合力を共有結合性の指標であるbond overlap populationとイオン価数に相当するnet chargeに基づいて検討した.その結果,希土類元素の添加に伴ってnet chargeが増加する傾向が認められ,イオン結合力が向上することを示唆する結果を得た.イオン結合力は陽イオン・陰イオンのnet chargeの積から見積もることができる.図3にイオン結合力に対する各材料のクリープ速度の変化を示す.この図に示す様に,イオン結合性の上昇は耐高温クリープ特性の改善と対応しており,このことから,微量添加元素の粒界偏析に伴う粒界での化学結合状態の変化が,Al2O3における高温クリープ特性の向上の支配的要因であると考えられる.

(3) Yb2O3添加Si3N4の高温クリープ特性

 Si3N4焼結体には通常,粒界ガラス相が残留しており,これが材料の高温での機械的特性を著しく劣化させる要因となっている.Si3N4焼結体の高温機械的特性を向上させるためには粒界ガラス相の結晶化が必要であり,通常はY2O3等を焼結助剤として添加し,焼結後に熱処理を施すことで粒界ガラス相を結晶化させる努力が払われてきた.これに対し,Yb2O3を適量添加することで焼結後の熱処理無しに高融点相であるYb4Si2O7N2を粒界相として結晶化させることが可能である.そこでYb4Si2O7N2を粒界結晶相として持つSi3N4焼結体を作製し,その高温クリープ特性を調べた.その結果,Yb4Si2O7N2を結晶化させたSi3N4焼結体は図4に示す様に極めて高い耐クリープ性を示し,高温下で長時間の十分な熱処理を施してY2Si2O7を結晶化させたSi3N4と同等もしくはそれ以上の高温クリープ特性を有することが分かった.この高温クリープ特性の向上には,高融点である粒界結晶相が容易に結晶化すること,またYb4Si2O7N2がSi3N4結晶粒と粒界ガラス相を介さず直接結合しており,このことが高温機械的特性の向上に寄与していると考えられる.これに対し,1mol%という微量のAl2O3を添加することで,Si3N4焼結体の高温クリープ特性は著しく劣化した.このとき,Yb4Si2O7N2粒界結晶相を含むSi3N4焼結体の微細構造は,Al2O3の微量添加によっても殆ど変化しなかった.しかしながら,粒界アモルファス相中においてEELS測定を行った結果,Al2O3の添加によって化学結合状態に変化が生じていることが分かった.これらの結果から,Al2O3の微量添加に伴う,粒界ガラス相中での物質移動の促進が高温クリープ特性の変化をもたらしたと考えられる.

 本研究により,極微量の希土類酸化物等を添加することによってAl2O3多結晶体の高温クリープ特性が大幅に改善されることが明らかとなった.またSi3N4にYb2O3を焼結助剤として添加することで焼結後の熱処理無しにYb4Si2O7N2が容易に結晶化し,高温クリープ特性の向上が図られることが示された.またいずれの材料においても,その耐高温クリープ特性は粒界における微細構造や原子間化学結合状態と密接に関連しており,特にAl2O3多結晶体では粒界近傍のイオン結合力が高温クリープ特性と相関があることが初めて明らかになった.これらの結論は実用上極めて有益な成果であり,セラミックスの応用に新たな展開をもたらすことが期待される.

図1 高純度Al2O3多結晶体の温度1200℃,応力22MPaにおけるクリープ曲線(□のデータ).2次元モデルから得られたクリープ曲線の時間関数を実線で示す.

図2 高純度Al2O3,0.1wt%ZrO2添加Al2O3およびAl2O3-10wt%ZrO2の温度1300℃,応力26MPaにおけるクリープ曲線.

図3 AlイオンおよびOイオンのnet charge積とクリープ速度との関係.net charge積が増加するに従い,材料のクリープ速度が低下することが分かる.

図4Yb2O3添加Si3N4の応力とクリープ速度との両対数プロット.Y2O3を添加しY2Si2O7を粒界結晶相として結晶化させたSi3N4における報告値を併せて示す.

審査要旨 要旨を表示する

 セラミックス材料は高温耐熱材料としての用途開発に期待がかけられている。耐熱セラミックスにおいては、しばしば粒界結晶相制御あるいは第二相粒子の分散等の手法によって、高温における機械的特性の向上が図られている。しかしながら耐熱性の評価の指標である耐高温クリープ特性の理解は不十分であり、耐熱セラミックス設計の指導原理が見出されるに至っていない。本論文は、代表的なエンジニアリングセラミックスである多結晶Al2O3およびSi3N4セラミックスについて、粒界構造制御という観点から高温クリープ特性を理解すると共に、新しい設計指針を見出すことを目的としたものであり、全6章より成る。

 第1章は序論であり、Al2O3およびSi3N4セラミックスの構造や物性の特徴を述べた後、結晶材料における高温クリープ変形の概要を述べた。また、セラミックスにおける高温クリープ変形の機構や、機械的特性向上の従来の手法など、本研究の背景となるこれまでの研究の進展を要約するとともに本研究の目的について述べている。

 第2章では、単相組織を有する多結晶Al2O3のクリープ挙動を調べ、1150℃-1250℃の温度範囲で変形初期段階に遷移クリープが現れること、その後ひずみ速度が一定となる定常変形が起こることを明らかにしている。多結晶Al2O3のクリープ変形が粒界すべりによって生じているものと仮定して、現象論的解析によりクリープ曲線の時間関数を導出した。その結果、実測された遷移クリープおよび定常クリープ挙動が、理論式の予測と良く一致することを明らかにしている。これは、多結晶Al2O3の遷移クリープおよび定常クリープ変形を説明する新しいモデルである。

 第3章では、ZrO2添加によるAl2O3の高温クリープ特性向上の効果について述べている。従来、Al2O3多結晶体の高温機械的特性は、ZrO2第二相粒子の分散効果により改善が図られるとされてきた。しかしながら本研究では、Al2O3の高温クリープ特性は僅か0.1wt%のZrO2添加によって大幅に向上することを見出している。高分解能透過型電子顕微鏡を用いた微細組織観察およびEDSによる局所分析の結果、0.1wt%ZrO2添加Al2O3においては、粒界アモルファス相や第二相粒子は存在せず、Zr4+イオンは粒界偏析していることを明らかにしている。ZrO2添加Al2O3においては、従来の一般的な認識とは異なり、第二相粒子の分散効果よりもむしろ微量添加元素の粒界偏析が高温クリープ特性の向上に寄与していることを示した新しい知見である。

 第4章は、希土類酸化物微量添加によるAl2O3の高温クリープ改善について述べている。Y2O3やLu2O3などを僅か0.05mol%添加すると、Al2O3のクリープ速度は約200分の1にまで低減すること、これが添加陽イオンの粒界偏析に起因するものであることを示している。また、第一原理分子軌道計算の結果、これら陽イオンの粒界偏析によって、Al2O3中のイオン結合力が向上することを見出すと共に、このイオン結合性の上昇が高温クリープ速度と良い相関関係を有することを明らかにしている。この結果は、多結晶Al2O3の高温クリープ特性の向上に粒界の化学結合状態が寄与していることを明確に示したものであり、耐熱セラミックス材料設計に向けた新しい指針を与えている。この解析は、世界的に見ても例を見ない斬新なアプローチである。

 第5章は、Si3N4セラミックスの高温クリープ特性に及ぼす粒界相結晶化の効果を調べた結果である。本研究では、添加剤としてもっとも一般的に使われているY2O3に替えて、Yb2O3を助剤としたSi3N4の耐クリープ特性を調べた。その結果、Yb2O3を添加した場合は、Yb4Si2O7N2が結晶化し、優れた耐クリープ性を示すことが明らかにされている。このクリープ特性は従来のY2Si2O7結晶化Si3N4焼結体の最高レベルのものと同程度である。また、Y2Si2O7に比べてYb4Si2O7N2は結晶化が容易であり、焼結後の結晶化熱処理が不要であることを示している。また、クリープ特性向上の効果は、Yb4Si2O7N2がSi3N4結晶粒と整合関係をもって生成し、ガラス相を含まない界面が増すためであることを示した。

 第6章は本論文の総括である。

 以上要するに、本論文は、セラミックスの耐高温クリープ性の向上に関して、粒界構造および粒界相制御という立場から新しい解析を行ったものである。この中でも高温クリープ特性と粒界における原子間化学結合状態との相関を明らかにしたことは特筆されることであり、耐熱セラミックス材料開発の進展に寄与するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる。

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