学位論文要旨



No 215009
著者(漢字) 東,和文
著者(英字)
著者(カナ) アズマ,カズフミ
標題(和) テトラヘドラル系アモルファス薄膜の作製と構造評価、界面制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 215009
報告番号 乙15009
学位授与日 2001.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15009号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 助教授 水野,哲孝
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

 テトラヘドラル系アモルファス薄膜、中でもSi、C系薄膜は光起電力素子、液晶表示素子用薄膜トランジスタ等の半導体薄膜や、ハードディスク用極薄保護膜等として近年応用が盛んになってきた。実用化が先行しているが、デバイス特性に大きく影響する膜形成初期の構造や成膜機構、界面制御に関して必ずしも明確になっていないことが多い。本論文では、これらアモルファス薄膜を用いたデバイス性能の向上を目的として、平行平板型RFプラズマCVD法、及びECRプラズマCVD法を用いたa-Si:H、a-SiGe:H、微結晶Si:H、a-C:H薄膜の高速形成と膜構造評価、界面制御について検討した。Si系半導体薄膜についてはpin型光起電力素子の高効率、低コスト化を念頭に置き、Si2H6等を用いたi層の高速形成とp/i界面制御技術について検討した。また、長波長光を有効利用するための狭ギャップ材としてa-SiGe:H、及び微結晶Si:Hの高速、高品質形成を検討した。次にこれらSi系薄膜の成膜機構と対比させながら、近年ハードディスク分野で実用化が期待される数nm膜厚の極薄a-C:H保護膜について、成膜機構の解明による高密度、高硬度化の実現を目指した。更にナノメートルオーダーの極薄膜構造を評価する光学的手法についても検討した。

2. Si系アモルファス薄膜の高速形成と界面制御

 a-Si:H膜の高速形成法としてまずSi2H6を原料としたRFプラズマCVD法を検討した。Si2H6は低エネルギーで分解すると主にシリレンが発生し、得られた膜はポリシラン的で電気光学特性が低下する。一方、高エネルギーで分解すると界面でのプラズマ損傷が問題となることが予想される。そこで下式(1)に示すように、単位Si2H6当たりに与える供給するエネルギーを定義することでプラズマパラメータをより明確にして条件最適化を行った結果、良好な電気光学特性維持に必要な供給エネルギーに閾値が存在することを見いだした。即ち、図1に示すように約100kJ/g-Si2H6以下では供給エネルギー律速となり、それ以上では光導電率が飽和することがわかった。

供給エネルギー(kJ/g-Si2H6)=〓 (1)

 一方、pin型光起電力素子のi層形成初期にRFパワーが大きいと図2 No.2に示すようにp層にドープされているB原子が界面付近で拡散する問題が生じる。そこで、成膜初期には流量、RFパワーともに小さい値でスタートし、供給エネルギーを100kJ/g以上に維持しながら徐々に流量、パワーを増加させることで図2No.1のようにB原子の拡散を回避できることがわかった。次にこの流量、RFパワー傾斜成膜法を用い、傾斜時間を変えてpin型光起電力素子を作製した。そのときの素子の分光感度曲線を図3に示す。図中傾斜成膜をしない場合には短絡電流値が小さく、変換効率も7%台に留まるが、30秒の傾斜部分を設けることで短絡電流値を増大させることができた。この流量、RFパワー傾斜により波長600nm以下の短波長部分の感度が向上していることから、傾斜成膜法は光入射側、即ちp/i界面でのキャリアの再結合を低減する効果があると推測される。傾斜時間30s(図中○)の条件で、当時の'86NEDO委託研究目標である「i層成膜速度1.5nm/sで変換効率10%」を達成した。

 このように短波長感度はp/i界面制御により可能となったが、長波長感度向上には特性の良い狭バンドギャップ材が必要である。本研究ではRFプラズマCVD法を用いた微結晶シリコン(μc-Si:H)の高速形成、及びECRプラズマCVD法によるa-SiGe:H膜形成を検討した。

 μc-Si:H膜は光劣化現象が無く、光起電力素子材料として将来有望な狭ギャップ材であるが成膜速度が大きな課題となっている。本研究ではμc-Si:H膜形成時のプラズマ密度、電子温度を大きくすることで形成速度、結晶性ともに向上することを示した。但し電子温度の増大により気相での2次反応が起こりやすくなるため、反応生成物が膜中に取り込まれて不均一な膜になるという問題が新たに生じた。そこで、カソード電極を480℃程度の高温に加熱することによりカソード近傍の気相生成物を抑制し、成膜速度0.5nm/sで結晶性の優れたμc-Si:H膜を得ることができた。更にGeF4を添加することで成長表面でのエッチングを促進し、結晶性を向上できることを明らかにした。

 もう一つの狭ギャップ材として、ECRプラズマCVD法によりa-SiGe:H膜の高速形成を試みた。ECR法はRF法に比べてプラズマ密度が高いため、化学的性質の異なる多元系原料を均一に分解できると考え、高速高品質a-SiGe:H膜形成を検討した。マイクロ波パワーが低い領域ではGeH4が優先的に分解し、プラズマ中の電子エネルギーが低下するためにSiH4の分解にも影響を及ぼす。この場合膜中に(SiH2)n構造が増大し、光電特性は低下する。図4に示すように組成の制御性は良く、Ar、H2希釈ガスに依らず導電率はEgとほぼ一義的な対応をする。H2希釈法で比較的低圧、高パワーで成膜する事により、1nm/s以上の高速で高品質膜を得ることができた。これまで良好な光電特性のa-SiGe:H膜の作製が困難であったためその光劣化特性は未知であったが、本研究で初めて光劣化のSi/Ge組成依存性について検討した。その結果、図5に示すようにa-SiGe:H膜の光劣化の度合いはEgによって決まり、a-Si:Hのように初期の光導電率には依らないことが明らかになった。また、a-Si:Hに対して組成的に不連続であることがわかった。

3. a-C:H極薄膜の構造評価と成膜機構

 a-C:H膜形成ではSi系膜形成と異なり、成膜法に依らず基板にかかる負のバイアス電圧が膜構造を決める重要なパラメータとなる。基板に向かって加速されるCxHyイオンが受けるエネルギーと膜中への侵入深さをトーマス・フェルミポテンシャルを仮定して見積もったところ、C原子1個当たりのエネルギーが80-100eVの時に最表面から数原子層侵入する結果となった。一方で、種々の成膜法で形成したa-C:H、a-C膜についてC+エネルギーと膜応力の関係を調べると図6のように成膜法に依らず約80-100eV程度の時に応力の最大値をとることがわかった。即ちC+イオンは表面から数原子層中まで入り込むことで局部的な応力が増加し膜は高密度化すると推測される。

 最後にa-C:H膜形成初期の膜構造について評価した。評価法として有効媒質近似法を応用し、ダイヤモンドとポリマー的カーボンの2つの誘電関数の記述により膜のsp3/sp2比率を推測できることがわかった。本法では成膜法に依らず初期ではほとんどsp2構造であるが、膜厚増加とともに急激にsp3が増加し、膜厚が10nmを越えたあたりで飽和に近づくことがわかった。このことは、最表面ではsp2が多く、膜厚増加に伴い表面の影響が小さくなるためにsp3が増大するものと思われる。

4. 結論

 本研究ではSiH4、GeH4、CH4という同じテトラヘドラル系アモルファス薄膜を形成する原料でありながら化学的に反応性の大きく異なるこれらのガスを原料として、RFプラズマ、ECRプラズマを用いた膜形成機構を検討した。Si系ではp/i界面損傷回避とi層高速形成を両立する光起電力素子の作製に成功し、長波長感度向上のための狭ギャップ材として微結晶Si、a-SiGe:Hの高品質高速形成膜を実現した。更にa-SiGe:H膜の光劣化現象について初めて言及した。また、C系では成膜法に依らず適度なエネルギーを有するCイオンが膜中に侵入することで膜の高密度化が起こる可能性を示した。同時に膜厚数nmの膜構造を偏光パラメータで評価できる手法を確立した。ここで得られたSi系、C系アモルファス膜の知見は種々の成膜法における成膜機構の理解にも資するものであり、今後これらの膜の一層の特性向上の検討のために有益なものと考える。

[発表状況]

(1)K.Azuma,M.Tanaka,M.Nakatani,T.Shimada:Solar Energy Materials and Solar Cells,29,233-241(1993)

(2)渡辺猛志、東和文、田中政博、中谷光雄、嶋田寿一:電子写真29,133-137(1990)

(3)T.Watanabe,K.Azuma,M.Nakatani,T.Shimada:Jpn.J.Appl.Phys.,29,1419-1425(1990)

(4)Y.Fukuda,Y.Sakuma,C.Fukai,Y.Fujimura,K.Azuma,H.Shirai:submitted to Thin Solid Films

(5)H.Shirai,Y.Fukuda,T.Nakamura,K.AZUMA:Thin Solid Films,350,38-43(1999)

(6)K.Azuma,H.Shirai,T.Kouchi:Thin Solid Films 296,72-75(1997)

(7)K.Azuma,H.Inaba,K.Tasaka,S.Fujimaki,H.Shirai:Jpn.J.Appl.Phys.,39(2000)6427.

(8)K.Azuma,H.Inaba,K.Tasaka,H.Shirai:Jpn.J.Appl.Phys.,39(2000)6705.

(9)東和文、藤巻成彦、稲葉宏、白井肇:プラズマ応用科学8,(2001)2月公表予定

(10)K.Azuma,M.Tanaka,T.Watanabe,M.Nakatani,T.Shimada:19th PVSC,558-563(1987)

(11)K.Azuma,T.Watanabe,M.Tanaka,M.Nakatani,T.Shimada:20th PVSC,143-148(1988)

図1 導電率の供給エネルギー依存性

図2 SIMSによるp/i界面付近B原子プロファイル

図3 i層初期流量、RFパワー傾斜時間を変えて作製した素子の分光感度曲線

図4 SiH4/GeH4組成とEg、導電率の関係

図5 a-SiGe:H膜の光劣化特性

図6 成膜時C+エネルギーと内部応力の関係

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はRFプラズマ及びECRプラズマCVD法を用いたアモルファス薄膜の形成とその構造評価に関するものであり、Si系、C系アモルファス薄膜の高速形成、界面制御と成膜機構の解明を行っている。また、極薄膜構造評価についても新たな手法を提案している。

 第1章は序論であり、テトラヘドラル系アモルファス薄膜の基本的な特徴やその歴史的な背景を含めた応用に関して説明し、全体の問題の設定と研究の目的、方向付けがなされている。第2章ではRFプラズマCVD法、ECRプラズマCVD法の特徴について述べ、本研究で行った薄膜評価方法についても詳細に説明している。そして第3章以降に具体的な研究成果を示している。最後の章は全体の総括と研究に関する将来展望を述べている。

 第3章では、pin型太陽電池の効率向上と低コスト化を目的としてRFプラズマCVD法を用いてa-Si:H及び微結晶Si:H膜の高速形成を検討した結果について述べている。初めにジシランを原料としたa-Si:H膜の高速形成を行い、分解時に単位ジシラン流量当たりの供給エネルギーが小さいとシリレンの発生による挿入反応が支配的となり、膜の電気光学特性が低下することを示している。この流量で規格化した供給エネルギーを閾値(100kJ/g)以上に維持することで良好な光導電特性の膜を高速で形成できることも明らかにしている。一方、微結晶Si:Hは光劣化がなく長波長感度向上が期待される材料であるが、実用化には製造時間の短縮が必須である。本論文ではプラズマ密度と電子温度の増大により形成速度を大きくすると同時に、高い電子温度環境で副次的に発生しやすい気相反応をカソード加熱により抑制することに成功している。また、GeF4ガス添加により膜の結晶性向上と長波長域での光吸収増大が可能となることを見いだしている。

 第4章では、RFプラズマに比べてプラズマ中の電子エネルギーが数倍大きいECRプラズマにより、反応性の異なるSiH4、GeH4を制御性良く均一に分解できることを示し、高い光導電率を有する狭ギャップ(<1.5eV)a-SiGe:H膜を高速で得ることに成功している。更にこれまで良好な膜が得られないために議論されてこなかったa-SiGe:H膜の光劣化挙動について初めて言及している。即ちa-SiGe:H膜の光劣化はa-Si:H膜の場合と異なり、初期の光導電率に関係なく膜組成でほぼ一義的に決まることを示している。また、膜中欠陥も組成に依らずSi、Ge原子に関係する2つの欠陥から成ることを明らかにしている。

 第5章では、第3章で導入した供給エネルギーの閾値の考え方をp/i界面形成に応用して、実際にpin型太陽電池の高速形成を行っている。i層形成初期に閾値以上の供給エネルギーで徐々に流量とRFパワーを同時に上げることで界面でのp型a-SiC:H層からのB原子の拡散を抑えることが可能となり、i層a-Si:Hの膜質と界面損傷回避を両立できる結果を得ている。その結果短波長感度の優れた太陽電池の作製が実現でき、研究当時のNEDO委託研究目標である「i層成膜速度1.5nm/sで変換効率10%」を達成している。

 第6章ではこれまで述べてきたSi系アモルファス膜の成膜機構と対比させながら同様にRFプラズマ、ECRプラズマを用いて、ハードディスク用保護膜への実用化を狙った耐摩耗性に優れた極薄a-C:H膜の形成を検討している。5nm以下の極薄a-C:H膜の構造評価はこれまで困難であったが、偏光解析法の応用として有効媒質近似でダイヤモンドとグラッシーカーボンの2つの誘電関数を用いた体積分率のフィッティング法を提案することで、成膜初期の数nm厚での膜中sp3性の相対的評価を可能としている。その結果、成膜初期にはsp2性が殆どを占め、膜厚の増大とともに急激にsp3性が増大することを示している。更に膜のsp3性を高めることを目的として、成膜時に基板にかかる負のバイアス電圧の効果をイオンの入射エネルギーの観点から考察している。それによると、他の種々の成膜法にも共通する事実として、C原子1個当たりの入射イオンエネルギーが100eV付近の時に膜硬度は最大となる。このときのイオンの減速過程をトーマス・フェルミポテンシャルを仮定するとC原子が成膜表面で衝突して膜中に侵入する深さは約0.6nmとなり、即ち数原子のC層を突き抜けて局部的な内部応力を増大させるときにsp3性の高い緻密な膜となることを示している。同時に、膜応力、硬度の値自身はプラズマ中のイオンフラックス強度に依存することを示しており、本研究が今後の極薄高密度膜の実現に有益な指針となることを述べている。

 第7章は総括であり、本研究を要約し、今後の展望について述べている。

 本研究で得られたSi系、C系アモルファス膜の知見はアモルファス太陽電池やハードディスク装置の性能向上に大きく貢献し、また今後薄膜トランジスタやFED等の様々なデバイスへの展開の中で各々の成膜法における成膜機構の理解にも資するものである。この点で基礎、応用いずれの見地からも高く評価でき、かつこれらの分野における今後の発展に寄与するものと認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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