学位論文要旨



No 215010
著者(漢字) 須藤,義孝
著者(英字)
著者(カナ) スドウ,ヨシタカ
標題(和) 活性炭による農薬等の液相吸着
標題(洋)
報告番号 215010
報告番号 乙15010
学位授与日 2001.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15010号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,基之
 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 迫田,章義
内容要旨 要旨を表示する

 活性炭は吸着剤としての優秀性を有していることから化学工業,食品工業,医薬品工業などで利用され,重要な役割を果たしてきた.特に1960年代に入り大気汚染,水質汚濁,悪臭味などの社会問題に対して環境保全,防除に活性炭吸着は有効性を示すことから,急速にその関心がはらわれ,産業および研究面で進展がみられた,活性炭による液相吸着に関する現象の研究は日も浅く立ち遅れていたが,近年になり数多くの研究が行われてきている.しかしながら,吸着装置設計および操作に必要な吸着平衡関係や吸着速度(表面拡散係数)の基礎データも少ない状態であり,これらの理論的解明も行う必要がある.

 そこで,主に水質汚濁に関係している農薬等の有害物質の有機物を吸着質として,単一の希薄有機物水溶液の活性炭吸着を行い,吸着平衡関係および有効表面拡散係数を算出し,吸着特性の検討を行い統一的なまとめを試みた.この統一的なまとめを水溶液のみならずアルコール水溶液中の吸着質に適用した.アルコール水溶液濃度によって溶解度が大きく変わり,水およびアルコール中の吸着量は1〜2桁ほど異なりアルコール中では少なくなる.この大きく変化する溶解度の系についてアルコール・水・有機物系を取り上げて統一的まとめを行った.そして,アルコール中では有機物の溶解度が非常に大きくなり,有機物吸着炭の再生溶剤として有効であるので,再生溶剤にアルコールを用いて有機物吸着炭から有機物を脱着させ,吸・脱着特性および脱着時における吸着質とアルコールの総括物質移動係数を算出し,活性炭の溶媒再生について検討した.更に,水道源水になる河川等には常時フミン質が存在しているため,このフミン質が有機物の吸着に影響を与えるであろう.そこで,農薬とフミン質との共存系における吸着平衡関係および有効表面拡散係数を求め,2成分系の吸着に関してフミン質が農薬の吸着にいかに影響を与えるかを検討した.

 34種の有機物を吸着質に取り上げ,これらの単一の希薄有機物水溶液の活性炭吸着を回分操作により行い,吸着平衡関係および有効表面拡散係数を算出した.吸着平衡に対しては化学ポテンシャルによる整理をし,有効表面拡散係数に対しては吸着量依存性についてまとめた.また,吸着熱と吸着の活性化エネルギーを算出した.更に,温度依存性およびpHの影響について検討した.

 この結果として,吸着平衡の基礎資料を蓄積すると共にそれぞれの吸着質が独自の吸着等温線を示すものをFig.1のように化学ポテンシャルによる整理で統一的なまとめができた.このことは吸着ポテンシャルが吸着質の飽和溶液の化学ポテンシャルと平衡濃度の化学ポテンシャルの差で表わされ,吸着の推進力になるからである.また,有効表面拡散係数は吸着量が多くなると増大しFig.2のように吸着量依存性を見い出し,実験式を提出した。この有効表面拡散係数の吸着量依存性は吸着熱に関係し,吸着量が多くなると吸着熱が減少するためである.また,吸着量の最大値は水溶液のpHが中性付近であることを見い出した.

 水中とアルコール中での有機物の溶解度は大きく異なることから,吸着平衡および有効表面拡散係数も異なる.そこで,濃度の異なるアルコール水溶液中に溶解している有機物の活性炭吸着を回分操作で行い,吸着平衡および有効表面拡散係数を算出して,それぞれに溶解度を用いた化学ポテンシャルによって整理した.また,これらをアルコール水溶液濃度によっても整理し活性炭の溶剤再生における基礎資料にした.

 その結果として,Fig.3のような吸着平衡をFig.4のように化学ポテンシャルによって整理できることを見い出した。この系のように溶解度が大きく異なる場合でも化学ポテンシャル理論が適用できた.有効表面拡散係数も同様にまとめられた.

 有害物質を吸着した活性炭の再生には溶剤再生が有効であり,有害物質が飛散しない,脱着初期に高濃度の吸着質が脱着し,経済的である.活性炭の充填カラムに希薄有機物水溶液を流通させ飽和吸着まで行った後,アルコールに切り換えて吸着有機物を脱着させ,吸・脱着特性を調べた.また,この吸・脱着操作を連続して5回繰り返して,その再生効果を検討した.そして,脱着時における吸着質およびアルコールの総括物質移動係数を求め,o-クロロ安息香酸などの吸着質およびメタノール,エタノール,n-プロパノールの3種類について再生用溶剤の比較を行った.更に,吸着量および溶剤の流速を変えて総括物質移動係数を算出し,脱着機構を調べた.その他に,使用前の活性炭,吸着炭,脱着炭について細孔分布および熱重量変化を測定した.

 その結果として,活性炭再生におけるアルコールによる溶剤再生は良好であることが判明した.脱着機構はアルコールと水溶液の吸着平衡の差が主な推進力になるが,脱着速度はカラム内の混合拡散に影響され,粒子内では表面拡散が支配的であることを見い出した。アルコールの流速が速くなるとアルコールの総括物質移動係数は増大したことからカラム内の混合拡散が影響し,吸着量が多くなると吸着質の総括物質移動係数は減少したことから表面拡散が支配的であることが判明した.

 最近,農業地やゴルフ場等に多量に農薬を散布するために,水道源水に農薬が含まれていることが判明している.また,水道源水には常時フミン質が混入している.そこで,5種類の農薬とフミン質の単独系と共存系における活性炭吸着を回分操作で行い,吸着平衡関係および有効表面拡散係数を求め,それぞれ単独の場合と比較検討した,

 その結果として,農薬はフミン質の存在で吸着量が減少し、フミン質、フミン酸、フルボ酸の単独系の吸着量は温度上昇により、疎水性基の表出により吸着量が増大するという一般的な吸着等温線では見られない現象を見い出した。

 本論文では,農薬を含めた活性炭吸着に関するほんの一部分の研究であるが,次のような知見を得ることができた.

 吸着平衡関係では化学ポテンシャルによる整理でまとめられ,有効表面拡散係数の吸着量依存性を見い出した.また,アルコール水溶液中の吸着質の吸着についても化学ポテンシャルによって整理ができた.更に,農薬・フミン質共存系について,フミン質水溶液濃度の影響について規則性を見い出した.

有機物吸着炭のアルコールによる再生は良好であり,脱着機構はアルコールと水溶液の吸着平衡の差が主な推進力になるが,脱着速度はカラム内の混合拡散に影響され,粒子内では表面拡散が支配的であることを見い出し,脱着機構を解明することができた.

審査要旨 要旨を表示する

 現在、我々の身の回りには数え切れない種類の化学物質が溢れている。水環境のみを取り上げても、農薬を始めとする種々の活性物質が水中から検出され、飲料水の管理においてもその人体影響が問題とされている。本研究は、活性炭による農薬等の液相吸着と題し、環境中に既に蓄積されている化学物質の代表となる数種の農薬に関して、浄水過程における除去法として活性炭吸着に注目し、装置設計の基礎的なデータの整理と吸着後の再生法として溶媒再生に関する検討を行ったものである。

 先ず、第1章においては活性炭による液相吸着において、吸着平衡および吸着速度、活性炭の再生、おとび、多成分系吸着についての研究の目的とその背景について既往の研究を総括している。

 第2章では、農薬等を含む34種の有機物を吸着質として取り上げ、これらの単一成分系の希薄水溶液の活性炭吸着を回分操作により行い、吸着平衡および有効表面拡散係数を算出した。吸着平衡に対しては化学ポテンシャルによる整理を行い、一般的な吸着並行の記述法の検討を行っている。また吸着速度を支配する有効表面拡散係数に対しては、その吸着量依存性について実験式を提示している。

 第3章においては、水中とアルコール中では有機物の溶解度が大きく異なることから、吸着平衡および有効表面拡散係数も異なることに着目した独創的な検討を行っている。先ず、濃度の異なるアルコール水溶液に溶解している有機物の活性炭吸着を回分操作で行い、吸着平衡および有効拡散係数を算出して、それぞれの結果をアルコール濃度の異なる水溶液中の溶解度を用いた化学ポテンシャルによって統一的に整理出来ることを示した。

 第4章においては、有害物質を吸着した活性炭の再生に通常の熱再生を適用することにより有害物質の飛散が考えられることから、本研究の目的とする溶剤再生が有効であることに着目し、アルコールを用いる溶媒再生の検討を行っている。先ず、活性炭の充填層に希薄有機物水溶液を流通させ飽和させた後、流入液をアルコールに切り替えて吸着有機物を脱着させ、吸・脱着特性を調べた。また、この吸・脱着操作を5回繰り返して、その吸着・再生効果を検討した。また、脱着時におけるアルコールの置換過程および吸着質の脱着過程の総括物質移動係数を算出し、再生プロセスの設計に必要な諸数値を決定する手法を提示している。脱着機構はアルコール溶液中と水溶液中における吸着平衡の差が脱着の推進力になるが、脱着速度はカラム内の溶液の混合拡散に影響され、吸着質の粒子内表面拡散が支配的な因子となることを見出している。

 第5章においては、通常の水道原水には有害物質である農薬に加え、自然発生源に起因する高分子有機物質であるフミン質が混入していることに着目し、5種類の農薬とフミン質に対し、単一成分系と共存系における活性炭吸着を回分操作で行い、吸着平衡および有効表面拡散係数を求め、フミン質が共存ずる場合の結果を単一成分の場合と比較検討し、フミン質濃度の存在する場合の影響を評価している。農薬はフミン質の存在で吸着量が大きく減少することを明らかとし、またフミン質の単一成分系の吸着においては温度上昇により、吸着量が増大する結果を示されることがあることを見出している。

 最終章においては、本研究の結果を総括し、水環境管理への適用可能性について言及している。

以上要するに、本論文は農薬など化学物質の浄水過程における処理技術としての活性炭吸着のプロセス設計における基礎情報となる吸着平衡、吸着速度に関し、体系的な整理を目指した化学ポテンシャルの利用の有効性を示している。さらに有害物質の吸着後の活性炭のアルコール再生の可能性に関して化学工学的検討を行い、また、浄水過程で問題となる共存フミンの吸着に対する影響についての検討を行うなど、工学的な価値の極めて高いものである。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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