学位論文要旨



No 215012
著者(漢字) 小尾,直紀
著者(英字)
著者(カナ) オビ,ナオキ
標題(和) ピリジニウム塩を用いる新規な硬調画像形成技術に関する研究
標題(洋) Studies on a New High Contrast Imaging System using Pyridinium Salts
報告番号 215012
報告番号 乙15012
学位授与日 2001.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15012号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,正
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 助教授 工藤,一秋
内容要旨 要旨を表示する

 本論文はピリジニウム塩を用いる新規な硬調画像の形成技術に関するものである。ハロゲン化銀感光材料をピリジニウム塩類存在下、現像主薬としてメトール及びアスコルビン酸を含有する現像液により現像することにより、硬調画像が形成されることを見出した。硬調画像の発現メカニズムの解明とグラフィックアーツ(写真製版)用途への応用を念頭に置き、写真特性と反応機構について写真的及び電気化学的に解析したもので、全九章から成る。

 第一章は序論で研究の背景と目的について述べた。ハロゲン化銀感光材料の画像形成メカニズムについて概説すると共に、グラフィックアーツ用写真感光材料における硬調画像の必要性と既存の硬調画像の形成技術について述べた。さらに新規な硬調画像形成技術に関する研究の重要性について述べるとともに、ピリジニウム塩に硬調化作用の発見についても言及した。

 第二章では実用的に用いられている硬調化技術であるリスシステム、ヒドラジン誘導体による造核現像システム及びテトラゾリム塩誘導体による選択現像システムに関して、文献調査に基づき硬調画像の発現メカニズムについて概説した。

 第三章ではシアニン色素あるいはメロシアニン色素による硬調化作用の発見について述べた。ハロゲン化銀感光材料をこれらの色素の存在下、メトール及びアスコルビン酸を含有する現像液により現像することにより、グラフィックアーツ用感光材料に適した硬調画像が形成されることを見出した。特性曲線が二段階になるという特異的な現象から、硬調画像は色素による現像の促進或いは抑制という従来から知られている現象に基づくのではなく、色素が造核反応等直接的に反応に関与している可能性があることが示唆された。

 第四章はピリジニウム塩による硬調画像の形成に関する検討結果について述べた。第三章で、ある種の色素に硬調化作用があることを述べたが、その硬調化作用を解明するため、種種の複素環化合物をスクリーニングしたところ、構造が単純なピリジニウム塩に硬調化作用があることを発見した。モデル化合物として1-ベンジル-3-カルバモイルピリジニウムクロリド(BNA+)及びBNA+の二電子還元体である1-ベンジル-1,4-ジヒドロニコチンアミド(BNAH)を用いた。いずれの化合物でも硬調画像が得られた。サイクリックボルタンメトリーの結果からBNAHはメトールの酸化体により酸化されることが推測された。これらの結果からピリジニウム塩による硬調画像の形成において還元体であるジヒドロピリジン誘導体が、造核反応の中間体として関与していることがほぼ明らかになり、ジヒドロピリジン誘導体を反応中間体とする硬調化メカニズムを提案した。さらに実用的な観点から評価を行い、現行のヒドラジン造核現像システムと同等の写真感度と高品質な網点が得られることを示した。

 第五章では表面潜像型乳剤及び内部潜像型乳剤を用い、BNAHによる造核反応の可能性について詳細に検討した。BNAHはヘキサシアノ鉄(III)酸カリウムにより酸化される過程において、ハロゲン化銀結晶を還元しカブリ核を形成することを見出した。この結果は前章で提案した反応メカニズムを支持している。カブリ核は表面潜像型乳剤では結晶表面に形成され、一方内部潜像型乳剤では結晶内部に形成された。写真感度とカブリの程度には相関が見られ、感度が高いほど造核によるカブリも高くなった。この結果から、BNAHによる造核はBNAH由来の造核活性種からハロゲン化銀結晶への電子注入である可能性が示唆された。

 第六章では硬調画像形成における現像液中のホウ酸塩の役割について述べた。ホウ酸ナトリウムあるいはフェニルホウ酸では硬調画像が得られたが、現像液のpHが同じ場合、炭酸塩や燐酸塩では硬調画像は得られなかった。ホウ酸塩はカテコール等ジオールと錯体を形成することが知られていることから、錯体形成が硬調画像の形成に関与している可能性が示唆された。

 第七章では前章の結果をもとにホウ酸塩とアスコルビン酸との錯体形成に関して分光学的手法を用いて検討を加えた。その結果アスコルビン酸はホウ酸塩と実際に錯体を形成することが判り、平衡定数を求めた。アスコルビン酸の場合、3位及び5位のヒドロキシル基と錯体を形成する可能性が示唆された。

 第八章ではピリジニウム塩によるダイレクトポジ画像の硬調化について述べた。ピリジニウム塩として1-n-ブチル-4,4'-ビピリジニウムブロマイド塩酸塩を用いて検討した結果、これまで知られていない硬調なダイレクトポジ画像が得られることを見出した。写真特性及びサイクリックボルタンメトリーの結果を検討したところ、1-n-ブチル-4,4'-ビピリジニウムブロマイド塩酸塩は、露光時には塩酸塩の状態で存在するため電子吸引性化合物としてカブリ核を漂白(酸化)する一方、現像時には中和され電子吸引性が失われ造核剤として機能することが推測された。

 第九章では以上の結果を総括すると共に、今後残された課題についても述べた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,ピリジニウム塩を用いる新規な硬調画像形成技術に関するもので,全九章からなる。

 第1章は序論で,研究の背景と目的,すなわちグラフィックアーツ用写真感光材料における硬調画像の必要性,既存の硬調画像形成技術,新規な硬調画像形成技術に関する研究の重要性などについて述べている。

 第2章では実用硬調化技術であるリスシステム,ヒドラジン誘導体による造核現像システムおよびテトラゾリム塩誘導体による選択現像システムに関し,硬調画像の発現メカニズムを概説している。

 第3章は,シアニン色素またはメロシアニン色素による硬調化作用の発見に関する。これら色素の存在下,ハロゲン化銀感光材料をメトールおよびアスコルビン酸を含む現像液で現像することにより,グラフィックアーツ用感光材料に適した硬調画像が形成された特性曲線が二段階になる特異現象をもとに,硬調画像は色素による現像の促進・抑制という既知の現象ではなく,色素が造核反応等に直接関与して生じる可能性を見出している。

 第4章はピリジニウム塩による硬調画像の形成に関する。ある種の色素が硬調化作用を示す事実(前章)の機構解明を目的に,複素環化合物をスクリーニングしたところ,構造が単純なピリジニウム塩に硬調化作用があった。モデル化合物として1-ベンジル-3-カルバモイルピリジニウムクロリド(BNA+)およびBNA+の二電子還元体1-ベンジル-1,4-ジヒドロニコチンアミド(BNAH)を用いたところ,いずれの化合物も硬調画像を与えた。サイクリックボルタンメトリーからBNAHはメトールの酸化体に酸化されると推測しており,ピリジニウム塩による硬調画像形成では還元体のジヒドロピリジン誘導体が造核反応の中間体となることを明らかにし,硬調化メカニズムを提案している。また実用面の評価を行い,現行のヒドラジン造核現像システムと同等の写真感度,高品質な網点を得ている。

 第5章では,表面潜像型と内部潜像型の乳剤を用い,BNAHによる造核反応の可能性について検討している。BNAHはヘキサシアノ鉄(III)酸カリウムに酸化されるときハロゲン化銀結晶を還元し,カブリ核を形成した。これは前章で提案している反応機構に合う。カブリ核は,表面潜像型乳剤では結晶表面に,内部潜像型乳剤では結晶内部にできた。写真感度とカブリ度に相関があり,感度が高いほど造核によるカブリも高かった。以上より,BNAHによる造核はBNAH由来の造核活性種からハロゲン化銀結晶への電子注入によると結論している。

 第6章では硬調画像形成における現像液中のホウ酸塩の役割を調べている。ホウ酸ナトリウムやフェニルホウ酸は硬調画像を与えたが,現像液のpHが同じ場合,炭酸塩や燐酸塩は与えなかった。以上の結果と,ホウ酸塩がカテコールなとジオールと錯形成する事実より,錯形成が硬調画像形成に関与してことを推定している。

 第7章では,前章の結果をもとに,ホウ酸塩とアスコルビン酸の錯形成を分光学的手法で検討している。その結果,アスコルビン酸はホウ酸塩と錯形成するとわかり,平衡定数を求めている。アスコルビン酸の場合,3位・5位のヒドロキシル基と錯体を形成する可能性を見出している。

 第8章はピリジニウム塩によるダイレクトポジ画像の硬調化に関する。ピリジニウム塩として1-ブチル-4,4'-ビピリジニウムブロマイド塩酸塩を用いた結果,これまで知られていない硬調なダイレクトポジ画像が得られた。写真特性およびサイクリックボルタンメトリーの結果を検討したところ,1-ブチル-4,4'-ビピリジニウムブロマイド塩酸塩は,露光時には塩酸塩の状態で存在するため電子吸引性化合物としてカブリ核を漂白(酸化)する一方,現像時には中和されて電子吸引性を失い,造核剤として機能すると推測している。

 第9章では研究結果を総括し,残された課題についても述べている。

 以上のように本研究は,グラフィックアーツ用写真感光材料に望まれる特性すなわち硬調画像形成につき,従来のシステムをしのぐ新規な物質系を見出して実用化につなげるとともに,反応メカニズムも詳細に解明したものであり,画像工学および工業物理化学の進展に資するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク