学位論文要旨



No 215014
著者(漢字) 影山,亜紀子
著者(英字)
著者(カナ) カゲヤマ,アキコ
標題(和) ヒト腸内由来Eubacterium属の分類学的、系統学的研究とPCRによる検出
標題(洋)
報告番号 215014
報告番号 乙15014
学位授与日 2001.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15014号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 助教授 横田,明
 東京大学 助教授 伊藤,喜久治
内容要旨 要旨を表示する

 ヒトや動物の腸内には様々な細菌群が常在し複雑な腸内細菌叢を形成している。その数は糞便1gあたり1012で、種類は約400〜500種に達することが知られている。それらを構成する最優勢菌群のひとつとして嫌気性無芽胞グラム陽性桿菌Eubacterium属が挙げられ、本菌属はヒトや動物の腸内に常在し、特にE.aerofaciens、E.rectale、E.lentum、E.cylindroidesなどが高菌数、高頻度に検出される。

 一方、分類学上Eubacterium属は、偏性嫌気性、無芽胞、グラム陽性桿菌のうち、Propionibacterium属でもBifidobacterium属でもLactobacillus属でもないものをEubacteriumと定義しており非常に曖昧であるが、それらとはグルコースからの代謝産物の違いにより分けられている。

 Eubacterium属のDNAのGC含量は32〜62mol%と非常に広範囲にわたっており、本菌属はきわめて様々な菌属が包括された菌属であると言える。現在では基準菌種であるE.limosumとE.barkeri、E.callanderiの3菌種を限局した意味でのEubacterium属とする考え方も浸透しており、いくつかのEubacterium属に属す菌種が別の属に移行されている。しかしまだ整理が不十分であり更なる検討が必要とされるとともに、分類学的に種として確立されていないEubacterium-like株も多数存在していることも事実である。またこれらヒト腸内細菌の分離同定は時間と技術が必要であり、迅速で簡便な方法の確立が望まれている。ヒト腸内には培養が著しく困難な菌種も多数存在しているため、培養によらない菌種の同定法を確立する目的で本研究を行った(第一章)。

 第二章では分類学上混乱しているEubacterium属の整理をするため、まずヒト腸内に最優勢に存在しているE.aerofaciensの分類学的位置付けを明らかにすることとした。研究には1977年から1987年の間にヒトの腸管から分離された分離株178菌株と基準株であるE.aerofaciens JCM 10188T、参考株であるE.aerofaciens JCM 7790およびJCM7791を用いて行った。糖分解試験の結果、シュークロース、セロビオースの分解結果により4つのグループに分けられ、更にエスクリン、サリシン、アミグダリンの分解結果により16のサブグループに分けられた。系統解析の結果、Eubacterium属の基準種であるE.limosumとは懸け離れた位置にあり、Coriobacteriaeae科に属し、Coriobacterium属やAtopobimu属と近い位置にあることが明らかとなった。E.aerofaciensは糖分解試験の結果、性状が多様性を示すにもかかわらず、系統学的にまとまったクラスターを形成することが明らかとなった。また、これらのDNAのGC含量は60〜61mol%でDNA-DNA相同性試験の結果、73〜84%の相同性を示し同一種であると確認した。16S rDNA塩基配列による系統解析の結果一番近いと思われるCoriobacterium glomeransもDNAのGC含量が60〜61mol%と高い値を示すが、E.aerofaciensとは細胞壁のアミノ酸組成に違いが見られ、Co.glomeransはLys-Aspタイプであるのに対して、E.aerofaciensはOrn-Aspタイプである。以上の結果よりE.aerofaciensは独立した新属として提唱するのが妥当であると考え、Collinsella aerofaciensとして提唱した。更にC.aerofaciensを簡便に同定するために種特異的プライマーを作成しPCR法により簡便に同定できる方法を確立した。種特異的プライマーを用いたPCR法により、実際に分離されたC.aerofaciensの同定を試み、全供試菌株178菌株がC.aerofaciensであることを確認した。また同時に表現形質上は非常にC.aerofaciensと類似しているものの、種特異的プライマーを用いたPCR法ではC.aerofaciensであると同定出来ない分離株も存在していることが明らかとなった。そこでこれら分離株の詳細な分類学的研究を行った結果、C.aerofaciensとは別種が2種存在することが明らかとなり、それぞれC.intestinalisおよびC.stercorisとして新しく提唱した。これら2種は細胞形態、糖分解性状、DNAのGC含量、細胞壁のアミノ酸組成などがC.aerofaciensと非常に類似している。そこで簡便にC.aerofaciensと区別する目的でそれぞれC.intestinalisとC.stercorisに特異的なプライマーを作成し、PCRにより簡便に同定出来る方法も同時に確立した。Collinsella属とは系統的にはなれたC.aerofaciens-like株も存在し、これらは新属新種Coprobacillus catenaformisとして新しく提唱した。これらについても特異的なプライマーを作成し、PCRにより簡便に同定出来る方法も同時に確立した。

 第三章ではヒト腸内に優勢に存在するEubacterium lentumとEubacterium-like株について分類学的位置付けを明らかにした。これまでの研究によりE.lentumが他のEubacterium属の菌種と異なった性状を持つことが報告されてきた。本研究ではこの特異な性状を持つE.lentumの16S rDNAの塩基配列を決定し、系統樹を作成した。その結果、Eubacterium属の基準種であるE.limosumとは系統的に離れた位置にあり、C.aerofaciensと同様にCoriobacterioaceae科に属し、Co.glomeransやE.aerofaciensと近い位置にあることが明らかとなった。よって特徴的な性状を持つという点と系統解析の結果よりE.lentumは独立した新属として提唱するのが妥当であると考え、Eggerthella lentaとして提唱した。Eubacterium属は最初に述べたように定義が曖昧ということもあり、現在でも多くの新種がEubacteriumとして提唱されている。しかし一方ではEubacteriumとせず、Eubacterium様の菌株を新属として提唱する動きも見られる。例えばHoldemania属の提唱などが挙げられる。我々もヒトの腸内から分離されたEubacterium-like株に付いて糖分解性状試験、細胞壁のアミノ酸組成の決定および16S rDNAの塩基配列の決定などを行い、新たに2つのEubacterium-likeグループを新属として、それぞれCatenibacterium mitsuokaiおよびSolobacterium mooreiとして提唱した。

 第四章ではヒト腸内優勢,EubacteriumのPCR法を用いた簡便検出法について述べた。糞便材料から直接分離培養せずに検出する目的でnested PCRを用いた検出法を確立し、Eubacterium属のどの種がどれくらいの頻度で存在しているのかを調べた。またC.aerofaciensについてはLightCyclerTMを用いたリアルタイムPCR法により糞便材料から直接菌数を測定する方法も確立した。これによりヒト糞便内のC.aerofaciensの菌数が簡便に測定でき、ヒトの腸管内C.aerofaciensの定性定量解析に有効であることを明らかにした。またこの方法は他の菌種にも応用可能であり、更なる発展が期待できる。

 第五章では総合考察としてCollinsella属の提唱とその意味について、またC.aerofaciens-like株やEubacterium-like株についての分類学的位置付けの決定とその意義、更に種特異的プライマーを用いたPCR法による同定、検出、定量の有用性についてまとめて述べた。

 本研究ではヒト腸内優勢菌種であるEubacterium属の研究として分類学的位置付けの不明瞭であったE.aerofaciensおよびE.lentumの再整理、ヒトの腸内に優勢に存在しているCollinsella属の種特異的プライマーを用いたPCR法による同定法の確立、またそのPCR法を用いることによりこれまで未同定だった新たな新種(新属)の発見、ヒトの腸内から分離されたEubacterium-like株の整理を行った。本研究で作成したC.aerofaciens特異的プライマーを用いたPCR法により従来C.aerofaciensであると思われていた菌株のなかに実は別種が存在していることが初めて明らかとなり、新たに新種として提唱されたことは、腸内細菌学の研究に貢献し得るものと考えられる。

 またヒト腸内に優勢に常在している代表的なEubacterium属の種特異的プライマーを用いたnested PCR法を確立し、糞便から直接分離培養によらない迅速で簡便な方法を確立した。更にC.aerofaciensについては糞便からの培養によらないLightCyclerTMを用いた定量法も確立した。

審査要旨 要旨を表示する

 ヒトの腸内には様々な細菌群が常在し複雑な腸内細菌叢を形成している。それらを構成する最優勢菌群の一つとしてEubacterium属が拳げられる。しかしながら、分類学上Eubacterium属の定義は曖昧で再分類が必要とされていた。この研究では、特に優勢に常在しているE.aerofaciensやE.lentumの再分類および分類学的に種として確立されていない分離株の分類学的、系統学的研究を行った。またヒト腸内細菌の迅速で簡便な培養によらない同定法の確立を試みた。

 第一章では、研究の背景と目的を述べている。第二章ではE.aerofaciensの分類学的位置付けを明らかにし、新属Collinsellaを提唱し、Collinsella aerofaciensとして新組み合わせとすることを提案した。更に簡便に同定するために種特異的プライマーを作成し、PCR法による簡便な同定法を確立した。また、表現形質上C.aerofaciensと類似しているが、種特異的プライマーを用いたPCR法ではC.aerofaciensであると同定できない分離株も存在しており、それぞれC.intestinalisおよびC.stercorisとして新種を設立した。さらに、Collinsella属とは系統的に離れたC.aerofaciens-like株を新属新種Coprobacillus catenaformisとすることを提唱した。

 第三章ではEubacterium lentumとEubacterium-like株について分類学的位置付けを明らかにした。Eubacterium lentumはEggerthella lentaとして、Eubacterium-like株の2グループは新属とし、Catenibacterium mitsuokaiおよびSolobacterium mooreiとして提唱した。

 第四章ではヒト腸内優勢Eubacterium属の簡便検出法を検討している。糞便材料から直接分離培養せずにEubacteriumの種を検出するnested PCR検出法を確立し、C.aerofaciensについては定量的PCR装置であるLightCyclerを用いた定量法も確立した。

 第五章では総合考察としてCollinsella属の提唱とその意味について、またC.aerofaciens-like株やEubacterium-like株についての分類学的位置付けの決定とその意義、更に種特異的プライマーを用いたPCR法による同定、検出、定量の有用性について述べている。

 以上、本論文は分類学上混乱の生じているEubacterium属の再分類を行うとともに分子生物学的手法によりこれまで見いだせなかった新種の提唱を行い、迅速で簡便な同定検出法も確立したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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