学位論文要旨



No 215015
著者(漢字) 松山,明人
著者(英字)
著者(カナ) マツヤマ,アキト
標題(和) 塩化第一鉄を用いた低温加熱処理による水銀汚染土壌/底質の浄化技術開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 215015
報告番号 乙15015
学位授与日 2001.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15015号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,聰
 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 助教授 林,浩昭
 東京大学 助教授 西山,雅也
内容要旨 要旨を表示する

 重金属は、比重4ないし5以上の元素をさし、概ね遷移金属元素に属する。一旦外界へ放出された重金属は、環境中に蓄積されこれまで重大な環境汚染を引き起こしてきた。そこで本研究では、重金属によって汚染された土壌(底質)の修復技術の確立をテーマとした。研究対象とした重金属は、水俣病の原因金属「水銀」である。

 水銀によって汚染された土壌,底質の修復技術は大きく分けて2つある。1つは、汚染土壌に硫化ナトリウム(Na2S)やセメントを添加することによって行われる方法で、固化不溶化処理と呼ばれる。この方法の特徴は薬剤の投入により、土壌中の水銀を不溶化或いは固化させ安定化させることにある。 2つめの方法は、汚染土壌を洗浄或いは加熱することによって、汚染土壌中より水銀を除去することを特徴とする浄化処理である。しかしこれらの方法には幾つか問題点がある。最初の固化不溶化処理は、処理物中の重金属が半永久的に残存するため、長期的な安定性に問題が残る。2つめの洗浄,加熱による除去処理では、処理コストが高く、加熱処理の場合には重金属による二次生成物の発生に注意が必要になる。

 修復技術としては、水銀を汚染土壌中より除去することが望ましい。そこで本研究では、これまでの浄化処理で、問題点とされていた浄化効率,処理コスト,処理の安全性などを克服できる技術として、塩化第一鉄添加による低温加熱処理法を考案し、その画期的な浄化処理技術の確立をめざして研究を行った。

第一章 鉱物及び空気中における硫化水銀の加熱による挙動

 強固な化合物である硫化水銀も、花崗岩のような有機物の少ない岩石中では不安定となりやすく、加熱した場合200℃ 210℃の低温で蒸発することが報告されている。そこでこれらの事実を確認し、その反応について検討した。実験には、石英砂,標準砂,火山灰土壌に赤色硫化水銀(α-HgS 以降硫化水銀と呼ぶ。分解点583.5℃)を、水銀濃度2,000ppmとなるように混合した模擬土壌を用いた。この模擬土壌各々および硫化水銀のみを、それぞれ2時間連続で200,250,300℃に加熱した。その結果、硫化水銀単独では蒸発しなかったが、模擬土壌中の硫化水銀は、除去することができた。特に標準砂中の硫化水銀は、300℃でほぼ100%で除去された。またこの原因を探るため別途、脱鉄処理を施した標準砂模擬土壌と、石英砂模擬土壌の加熱処理比較を行い、硫化水銀の除去率にほぼ差がなかったことから、標準砂中に含まれる鉄化合物が水銀の除去に影響していることを確かめた。同様に石英砂と石英ガラスビーズを用いて模擬土壌を作成し、加熱処理比較を行った結果、明らかに石英砂の水銀除去率が上回った。このことから、加熱による硫化水銀の除去反応は、鉱物石英の持つ結晶構造と密接な関係があると考えた。

 まとめると標準砂中の、硫化水銀を効率よく除去できた原因は二つ考えられた。一つは、標準砂中に1から2%程度含有されていた磁鉄鉱(四三酸化鉄,マグネタイト 以降マグネタイトと呼ぶ。)など鉄化合物と、二つめは土壌全般の主要鉱物を占める石英(SiO2)の存在である。即ち、上述の鉄化合物は加熱されることにより、別の鉱物へと変化する(マグネタイト→ヘマタイト)が、この際に起こる酸化還元反応により、標準砂中の硫化水銀は化学的に分解除去され、さらに共存する石英はこの反応を助長していると考えた。

第二章 硫化水銀の除去に必要な添加剤の検討

 第一章の加熱処理実験よりも、より迅速に土壌から水銀を除去するためには、さらに水銀除去効率を高めることができる添加剤が必要である。そこで遷移元素化合物を中心に、添加剤のスクリーニング実験を行った。用いた添加剤は、これまでの実験結果を参考に、マグネタイト、および各遷移元素(Fe,Ni,Mn,Zn)の代表的な酸化物・硫化物・塩化物とした。

 実験は、石英模擬土壌中の水銀モル量に対して、各遷移元素として10倍モル量の金属化合物を添加して行った。その結果、FeCl2.4H2O(以降塩化第一鉄と呼ぶ)の添加効果が他添加剤と比べ効果的で、2,000ppmあった水銀が300℃1h加熱後、5ppm以下となり除去率は99.5%以上を示した。元素として土壌環境中に豊富に存在するため、新たに添加しても環境に対する影響が少ないと考えられる塩化第一鉄が、反応添加剤として適当と考えた。

第三章 塩化第一鉄の添加効果

 塩化第一鉄の添加効果は、加熱条件および土壌特性に影響される。加熱温度は200℃よりも300℃と高い温度条件ほど除去率は向上する。また火山灰土壌よりも砂質土壌のように有機物含有量が少ない土壌ほど、加熱による水銀の除去率は向上する。300℃で1時間 2時間、鉄として10倍モル以上添加して加熱すれば土壌の種類に関係なく、水銀を99%以上除去できた。また、加熱処理物に対して水銀の溶出試験を行った。その結果、300℃加熱で60分以上加熱すれば土壌の種類に関係なく環境基準値(0.0005mg/l)を満足できた。さらに、硫化水銀以外の代表的な水銀化合物を石英砂に添加して、模擬土壌を作成し同様の加熱処理実験を行った。その結果、黒色硫化水銀,硫酸水銀,酸化水銀,硝酸水銀,塩化第一水銀はいづれも、加熱温度200℃でかつ鉄として100倍モル量の塩化第一鉄を添加すれば、加熱後1時間で95%以上除去された。

第四章 塩化第一鉄を用いた場合の、反応生成物同定および定量

 塩化第一鉄のみの効果をみるため、純粋な石英砂を用いて模擬土壌を作成した。この模擬土壌に塩化第一鉄を添加し、300℃の加熱温度で実験を行った。反応生成物の同定および定量は、塩化第一鉄及び硫化水銀に含まれる水銀,硫黄,鉄,塩素の各成分とした。

(水銀)

 加熱実験により生じた、白色針状結晶は各種分析の結果HgCl2(以降塩化第二水銀と呼ぶ。)であった。加熱前後の、水銀全体収支は、加熱前水銀濃度を100とすると、加熱後では土壌残留量が平均で約1%。実験によって、数%程度の収支ばらつきがみられるが、全体回収率としては平均で約98%の値を得られた。

(硫黄)

 硫化水銀に由来する、硫黄成分はガス化して亜硫酸ガスの形態となっていた。そこで模擬汚染土壌を300℃2時間加熱し、発生する亜硫酸ガスの定量を行った。又、反応後の土壌中に残存する硫黄成分も合わせて定量し、硫黄成分の全体収支を求めた。その結果、硫黄成分は土壌中に残留せず、全て酸化されて亜硫酸ガスとなり100%蒸発することがわかった。

(塩素)

 塩化第一鉄を空気中で加熱した場合、200℃以上で塩化水素ガスと酸化鉄が生成する。そこで、加熱温度を300℃250℃200℃の3段階に変化させ、排ガス中に含まれる塩化水素ガスを定量した。また土壌中の残留塩素分も合わせて定量し、塩素成分の全体収支を求めた。

 実験の結果、300℃以上に加熱すれば、添加した塩素の90〜95%程度が蒸発した。全体収支については、多少のばらつきはあるがほぼ100%であった。

(鉄)

 石英砂模擬汚染土壌を2時間加熱した。その後、模擬汚染土壌中に含まれる鉄成分を定量した。分析の結果、加熱後の模擬汚染土壌中に含まれる鉄量と添加した鉄量との間に、量的変化が認められなかった。したがって、鉄成分は加熱により塩化第一鉄から酸化鉄へ化合形態の変化を起こすが量的にはそのまま土壌中に残存した。

 これら上述の結果より、塩化第一鉄を添加剤として用いた、加熱による硫化水銀の除去反応式を以下のように推定した。

(反応式)

 上記の反応式について、ギブズの自由生成エネルギーの考え方を導入し熱力学的に考察した。

その結果は次ぎのとおりであった。

 本反応は反応速度論的には考慮されていないが、発熱反応であり常温で進行する反応である。また塩化第一鉄を用いた本反応には、二価鉄が加熱によって三価鉄に変化する酸化反応(Fe2+→Fe3++e-)および硫化水銀中の硫黄成分が加熱によって酸化される反応(S2-+O2→SO2+6e-)が含まれている。したがって、塩化第一鉄の添加により、硫化水銀の一部が加熱によって分解されれば、鉄の酸化反応だけでなく、硫黄成分の酸化反応も起こるため、土壌中で相乗的に酸化還元状態が形成され、硫化水銀の除去反応は進行すると考えた。

第五章 水銀実汚染土壌に対する適用例

 東京都の農薬製造工場跡地より汚染土壌を採取した。この水銀汚染土壌に、塩化第一鉄を添加し加熱することにより、汚染水銀の除去効果を調べた。土壌特性は火山灰土壌に属する。この汚染土壌の、水銀汚染濃度はおよそ400mg/kg乾土であった。塩化第一鉄は、鉄として水銀の等倍・5倍・10倍モルになるよう添加した、実験は系内ガス流速500〜600ml/min,加熱温度300℃で1時間連続で行った。その結果、鉄元素として10倍量を添加した場合の水銀除去率は99%以上であった。また水俣湾水銀汚染底質(水銀汚染濃度約200mg/kg)を用いて上述と同様の処理を行った。除去傾向としては汚染土壌処理と全く同様であり、鉄元素として10倍量を添加した場合の水銀除去率は99%以上であった。さらに溶出試験の結果、鉄として10倍モル以上添加すれば双方共に水銀の環境基準値(0.0005mg/l)を満足した。

 まとめ

1) 硫化水銀を標準砂などの鉱物中に分散させ加熱すると、標準砂中に含有されているマグネタイトや石英などの働きで、物理化学的な分解点583.5℃よりも低い200℃300℃の加熱温度で蒸発させることができた。

2) 土壌中より迅速に硫化水銀を含む水銀化合物を除去するためには、塩化第一鉄の土壌添加が有効。水銀の除去効率及び塩化第一鉄添加量との関係は、加熱温度条件および土壌特性に大きく影響された。即ち、加熱温度が高くなるにつれて除去率も向上し、300℃であれば土壌種に関係なく除去率99%以上の高い処理効率を得ることができた。又、塩化第一鉄添加量も300℃の加熱条件であれば、汚染土壌中に含有される水銀モル量と同等量、あるいはやや過剰の添加量で十分な除去効果を得ることができた。

3) 塩化第一鉄を添加剤として用いた本加熱除去反応は、一章でも述べた石英等のシリカ鉱物の物理化学特性に由来する効果、及び塩化第一鉄の加熱変化に起因する土壌中での酸化還元反応により成立するものであり、基礎的反応式は以下のように推定された。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、塩化第一鉄を添加剤として用い従来処理法の約1/2から1/3程度の加熱温度(300℃以下)で処理できる水銀汚染土壌または底質の浄化技術開発に関するもので5章よりなる。水銀は水俣病の原因となった金属であり、現在国内で本金属により汚染された土壌に対し行われている対策技術には大きく2つある。1つは固化不溶化処理と呼ばれ、土壌中の水銀を薬剤等添加により化学的に安定化させる。2つ目は、汚染土壌を洗浄或いは加熱することにより、汚染土壌から水銀を除去する浄化処理である。しかしこれらの方法には幾つか問題点が指摘されており、固化不溶化処理では、処理後も土壌中に重金属が残存するため安全性に問題が残る。浄化処理は、土壌から水銀を除去する意味で恒久的対策であるが、通常浄化効率にばらつきがあり処理コストが高く一般的ではない。そこで筆者は水銀で汚染された土壌または底質を修復するための技術開発を行うにあたり、概念として浄化処理、基本技術として加熱処理法を採用している。またこれまでの浄化処理で、問題点とされた浄化効率、処理コスト、処理の安全性などを克服することを前提として研究を進め以下の研究を行った。第1章で研究の背景について概説した後、第2章で本検討に用いた実験方法について説明している。

 第3章では浄化技術開発に関する複数の検討を行いその結果について述べている。最初に実験に用いる土壌特性を述べた後、加熱した際の鉱物中における硫化水銀の挙動について検討している。すなわち、水銀化合物中最も強固で、安定な硫化水銀(分解点583.5℃)も鉱物中に分散させ加熱した場合、不安定となり標準砂中では300℃の加熱温度で2時間加熱すれば初期水銀濃度(2000ppm)の95%以上が蒸発し除去されることを確認している。またこの加熱による除去反応は、土壌中に含まれる鉄化合物とシリカ鉱物の存在が重要であることを見出した。ついで、上述の反応を現実的な方法として展開するため、300℃程度の加熱温度でより迅速に水銀を除去するための添加剤に関する検討を行っている。その結果、鉄化合物である塩化第一鉄が添加剤として有効に機能することを見出した。そして、この塩化第一鉄を添加剤として用いた場合の各特性について検討しその結果について述べている。すなわち、塩化第一鉄を添加剤として用いた場合、加熱温度として300℃を用い、添加剤量は汚染土壌に含有される水銀モル量の等倍から10倍量程度を添加すれば、土壌の種類に関係なく水銀除去率99%以上を得られ溶出量の環境基準値である0.0005mg/Lを満足できることを導いた。さらに塩化第一鉄の添加は、硝酸水銀、硫酸水銀など硫化水銀以外の水銀化合物の加熱による除去にも有効に働くとしている。また、塩化第一鉄を用いた場合の反応生成物の定量と同定を行い、この結果をふまえ、加熱による硫化水銀の除去反応式の推定と熱力学による検討を行った結果について述べている。すなわち、塩化第一鉄を汚染土壌に添加して300℃に加熱した場合、硫化水銀中の水銀は蒸発して塩化第二水銀となり、硫黄は酸化されて全量亜硫酸ガスとなり蒸発する。塩化第一鉄中の塩素は塩化水素ガスとなって蒸発し、鉄は酸化鉄となって全量土壌中に残存する。また加熱前後での収支を各構成成分で求めており、結果としてすべてほぼ100%の値を得られている。反応式については以下のように推定した。

<反応式>HgS+2FeCl2+H2O+2O2→HgCl2+SO2+Fe2O3+2HCl

 上式に対してギブズの自由生成エネルギーの考え方を導入して検討しており、計算の結果ΔH=-131.9kcal/mol ΔG=-127.7kcal/molとなり、反応が左から右への正の反応であることを確認している。

 第4章では、国内実汚染土壌(水銀初期濃度400ppm)および水俣湾汚染底質(水銀初期濃度200ppm)に対して、塩化第一鉄を添加して加熱処理を試みその結果を述べている。すなわち、塩化第一鉄を鉄として汚染土壌、汚染底質に含有される水銀モル量の10倍量添加し、300℃で1時間加熱すれば99%以上水銀は除去され溶出量基準値(0.0005mg/L)を満足できており、本開発技術が水銀によって汚染された土壌または底質の浄化方法として有意義であることを証明した。

 第5章は全体総括と今後の課題にあてられている。

 以上を要するに本論文は、塩化第一鉄を添加剤として用いた新しい低温加熱処理方法による水銀汚染土壌または底質の浄化技術を開発したもので、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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