学位論文要旨



No 215017
著者(漢字) 梁,季鴻
著者(英字)
著者(カナ) リョウ,キコウ
標題(和) 雄カニクイザル精巣機能の加齢変化についての形態学的および免疫組織学的研究
標題(洋) Morphological and immunohistochemical studies on age-related changes of testicular function in cynomolgus monkeys
報告番号 215017
報告番号 乙15017
学位授与日 2001.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第15017号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 西原,眞杉
 東京大学 助教授 九郎丸,正道
 東京大学 助教授 久和,茂
内容要旨 要旨を表示する

 近年、ヒトの造精機能低下に伴う精液中精子の濃度の減少が報告されており広範な関心を集め始めている。DDTのような内分泌かく乱化学物質(ED)は、暴露された動物に対し不妊の原因となり、また高濃度のダイオキシン等は、生殖系に対し害作用を有するとされている。他方、地球上にはすでに過剰な人口が存在するとの指摘もされている。開発途上国における人口増を抑制する事は、多くの政府の緊急課題である。さらに、特に先進国における少子・高齢化社会の到来もまた解決すべき緊急の課題の一つである。霊長類に関する生殖機能や加齢の研究は、このような人類が直面しているこれらの課題に対し解決の糸口を与えるものと考えられる。

 精子形成と性ステロイドホルモン合成は、精巣の持つ二大機能である。テストステロンは、雄性機能を調節する主要なホルモンと考えられている。3β-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ(3β-HSD)は、哺乳類におけるステロイドホルモン生合成の過程でのきわめて重要な酵素の一つである。増殖細胞核内抗原(PCNA)は分子量36-kDaの蛋白質であり、細胞周期のなかでG1/S期にその発現が最大となり、M期で最小となる。抗PCNA抗体を免疫組織学的に用いる事は、分裂能の旺盛な悪性腫瘍(癌)、増殖中の組織あるいは上皮細胞を解析するのに有用である。

 ヒトの生殖機能や加齢変化の動物モデルとして、進化学的にヒトに最も近縁な動物種であるサル類の中でも、アジア産マカカ属に属するカニクイザルは実験動物として広範に用いられている。しかし、年齢が明確なカニクイザルでの出生直後から成長過程、さらには老化に到る個体(17歳齢)を対象として精巣中のテストステロンの存在様式、3β-HSDやPCNAの発現状況等についての免疫組織学的検索は、今まで行なわれてこなかった。精巣中のテストステロン、3β-HSDおよびPCNAの発現に関する検索をおこなった本研究は、精巣の時系列変化、および精巣機能と形態との関係について資するものがある。

 カニクイザルの精巣機能加齢変化について解析を行なうために著者は下記のような光学顕微鏡による一連の研究を行なった。

1.精巣組織形態の加齢変化についての検討。

2.3β-HSDの酵素活性の組織化学的検出と免疫組織学的検出法についての方法論的検討。

3.テストステロン、3β-HSDおよびPCNAの免疫組織学的検出法についての検討と、その精巣内でのその発現についてのカニクイザルとマウスの比較検討。

4.精巣におけるテストステロン、3β-HSDおよびPCNAの免疫組織学的検出による加齢変化についての比較検討。

本論文は以下の様な構成になっている。

第1章 序論

第2章 カニクイザル精巣の光学顕微鏡による形態学的加齢変化の研究

 本章では27頭のカニクイザルをそれらの発育段階によって5群すなわち新生仔期・幼仔期初期・幼仔期後期・春機発動期および成体に分類し、各時期における形態学的加齢変化について解析した。

 新生仔期とは7日齢未満とし4例である。幼仔期初期とは1.3から2.9歳齢のもので4例である。精巣組織像の特徴として新生仔期に較べ組織全体がコンパクトとなり細胞の密度が高まるがライジッヒ細胞の数は減少する。精細管の細胞は増加するが中空様構造はみられ無い。幼仔期後期の動物(n=5)は3.5から4.4歳齢のものであり、精原細胞、セルトリ細胞が精細管の周辺に配置され、精細管内に管空を生ずるようになりその直径も太くなる。春期発動期の動物は3.0から4.4歳齢の5例であり、精巣組織像では減数分裂像および精子形成過程の確認がされる。そして部分的に成熟精子が確認される細精管もあるものの大部分の精細管ではまだ成熟精子は確認されないと言う状態である。

 成熟個体は5.7から17.0歳齢までの9頭で、大部分の細精管で成熟精子が確認された。以下の研究にはこれらの動物を対象とした。

第3章 テストステロン、3β-HSDおよびPCNAの免疫組織学的検出によるカニクイザル精巣の加齢変化の研究

 本章では、まず成熟マウスとカニクイザルとで3β-HSDの酵素活性の組織化学的検出法と抗原としての免疫組織学的検出法について比較検討した。3β-HSDの生理的な基質であるジヒドロエピアンドロステロン(DHEA)あるいはプログネノロンと反応させた場合、マウスの精巣では酵素活性が検出されるもののカニクイザル精巣の場合何れを基質として反応させても酵素活性を検出する事は出来なかった。この結果は、既に他のサル種やマウスで得られている成績と一致していた。しかし生理的基質であるこれらのステロイドと反応をさせながらサル類で3β-HSDの酵素活性が検出されない理由については不明である。

 さらに免疫学的に精巣組織中のテストステロンおよび3β-HSDの検出を試みたところ、カニクイザル、マウスともにライジッヒ細胞で両者を検出する事が出来た。この事から両種ともライジッヒ細胞で雄性ホルモンは生合成され、貯蔵、分泌されることが実証された。さらに、3β-HSDがカニクイザルの精巣セリトリ細胞より検出されるものの、マウスでは検出されないというきわめて興味深い結果を得た。カニクイザルにおいてライジッヒ細胞のみならずセリトリ細胞でもステロイド合成が行われているという事が実証されたのは新知見である。さらにブアン固定によるカニクイザル精巣のパラフィン切片は、その組織構造を良く保存しており形態学研究に適しているのみならず、免疫学的なテストステロンや3β-HSDの検出にも適していると判断された。

 上記の結果に基づきカニクイザル精巣組織中のテストステロンおよび3β-HSDの分布の加齢変化について検討した。

 新生仔期、幼仔期後期、春機発動期および成体の精巣では、一部のライジッヒ細胞でテストステロンの強い反応が検出されたが、幼仔期初期の精巣ではテストステロン陽性の反応を呈しているライジッヒ細胞は、ほとんど認められなかった。3β-HSDに関しても新生仔期、幼仔期後期、春機発動期および成体の精巣では、一部のライジッヒ細胞とすべてのセルトリ細胞で存在が検出されたが、幼仔期初期の精巣ではごく一部のライジッヒ細胞が弱い陽性反応を示した。またすべてのセルトリ細胞で3β-HSDの存在は検出されなかった。

 このように新生仔期にカニクイザル精巣がステロイド合成に関する機能的な組織像を呈し、一度、幼仔期初期に機能低下状態になり、幼仔期後期以降に再び活性化するという二相型変遷を示した。このことはすでに報告されているようなカニクイザルの血中テストステロン濃度の二相型変遷と見事に一致するものである。

 雄カニクイザル胎児の血中生殖腺刺激ホルモン濃度は妊娠末期の胎仔期に増加し、その反映として出生直後の新生仔の精巣機能亢進がもたらされると考えられる。その後、血中濃度は低下し、それとともに精巣は停止状態になるが、春機発動期直前の幼仔期後期になって脳下垂体は生殖腺刺激ホルモンの分泌を開始し、精巣機能の再亢進がもたらされるのであろう。

 カニクイザル精巣組織中のPCNA陽性細胞の分布の加齢変化についても検討を加えた。

 新生時期の精巣ではPCNA陽性の精原細胞、セルトリ細胞、精細管近傍細胞、ライジッヒ細胞等が見られた。幼仔期初期の精巣ではPCNA陽性の細胞は、ほとんど認められなかった。他方、幼仔期後期の精巣ではPCNA強陽性の性原細胞およびセルトリ細胞、精細管近傍細胞の内PCNA陽性細胞の割合が増加した。春機到来後の精巣では、PCNA陽性の精原細胞、精母細胞、セルトリ細胞、精細管近傍細胞、ライジッヒ細胞の数が顕著に増加した。成体では、かなりの割合で精原細胞、精母細胞は陽性を呈した。しかし、精細管近傍細胞,ライジッヒ細胞の陽性の割合は低かった。第二精母細胞、精子細胞およびセルトリ細胞は陰性であった。PCNAを免疫学的に検出する事により、カニクイザルの精巣の成長過程での増殖能を評価する事が可能であると判断された。また幼仔期初期精巣細胞の増殖能の低下と春機発動期の増殖亢進という二相性の変化を的確に示す結果を得た。

結論

1.ブアン固定によって得られたカニクイザル精巣のパラフィン切片は、形態が良く保存されているのみならず、今回実施した免疫組織学的にも適したものである。

2.3β-HSDの生理的基質であるDHEAあるいはプログレノロンを用いた場合、既に報告されているようにマウス精巣では検出する事が出来たが、カニクイザル精巣では、酵素活性を検出する事は出来なかった。理由は不明である。

3.免疫組織学的に検出された3β-HSDは、マウスのセルトリ細胞では検出されなかったが、カニクイザルではセルトリ細胞の細胞質に顕著に検出された。カニクイザル精巣では、ライジッヒ細胞のみならずセリトリ細胞でもステロイド合成が行われているという新知見を得た。

4.免疫学的に検出されたテストステロンと3β-HSDの精巣内での分布,さらにPCNA染色で検出された精巣細胞の増殖能の状況は、カニクイザル精巣の発達が二相性の加齢変化を示すことを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 最近、先進諸国で成人男子の造精機能低下に伴う精液中での精子濃度減少が報告されており世界的な関心を集めている。DDTのような内分泌攪乱化学物質は暴露された動物に対し不妊を誘発すること、またダイオキシンは生殖系に対し有害作用を示す事が示唆されている。一方、地球上にはすでに過剰な人口が存在するとの指摘がなされ、開発途上国における人口増加を抑制する事が、多くの政府の緊急課題となっている。霊長類に関する生殖機能の発達や加齢の研究は、このような人類が直面している課題に対し解決の糸口を与えるものと期待される。

 ヒトの生殖機能や加齢変化の動物モデルとして、進化的にヒトに最も近縁な動物種であるサル類の中でも、アジア産マカカ属カニクイザルは実験動物として広範に用いられている。しかし、年齢が明確なカニクイザルでの出生直後から成長過程、さらには老化に到る個体を対象として精巣中のテストステロンの存在様式、3β-HSDやPCNAの発現状況等についての免疫組織学的検索は行なわれてこなかった。そのため本論文はカニクイザルの精巣機能の加齢変化について、主として形態学的側面から検索したものである。論文は以下の構成になっている。

 第1章の序論ではヒトを含め霊長類雄性生殖系の発達、性ホルモンの合成、代謝等について概要が述べられている。

 第2章では27頭のカニクイザルを用い、その発育段階によって新生仔期、幼仔期初期、幼仔期後期、春機発動期および成体に分け、各時期における精巣の形態学的加齢変化について解析している。幼児期初期には新生仔期に較べ精巣組織全体がコンパクトになり、細胞の密度が高まるがライジッヒ細胞数は減少する。精細管の細胞は増加するが中空様構造はみられない。幼仔期後期では精原細胞、セルトリ細胞が精細管の周辺に配置され、精細管内に管空を生ずるようになりその直径も太くなる。春期発動期では、減数分裂像および精子形成が確認がされる。部分的に成熟精子が確認される細精管もあるが大部分の精細管では成熟精子は確認されない。成熟個体では大部分の細精管で成熟精子が確認された。

 第3章では免疫学的に精巣組織中のテストステロンおよび3β-HSDの検出を試みている。カニクイザルではライジッヒ細胞で両者を検出する事が出来た。この事からライジッヒ細胞で雄性ホルモンが生合成され、貯蔵、分泌されることが確認された。さらに、3β-HSDがカニクイザルの精巣セリトリ細胞より検出され、ライジッヒ細胞のみならずセリトリ細胞でもステロイド合成が行われているという事が実証されたのは新知見である。さらにブアン固定によるカニクイザル精巣のパラフィン切片は、その組織構造を良く保存しており形態学研究に適しているのみならず、テストステロンや3β-HSDの免疫学的な検出にも適していることが明らかにされた。

 この結果に基づきカニクイザル精巣組織中のテストステロンおよび3β-HSDの分布の加齢変化について検討した。新生仔期、幼仔期後期、春機発動期および成体の精巣では、一部のライジッヒ細胞でテストステロンの強い反応が検出されたが、幼仔期初期の精巣ではテストステロン陽性の反応を呈しているライジッヒ細胞はほとんど認められなかった。3β-HSDに関しても新生仔期、幼仔期後期、春機発動期および成体の精巣では、一部のライジッヒ細胞とすべてのセルトリ細胞でその存在が検出された。しかし、幼仔期初期の精巣ではごく一部のライジッヒ細胞が弱い陽性反応を示しただけであった。またすべてのセルトリ細胞で3β-HSDの存在は検出されなかった。このように新生仔期にカニクイザル精巣がステロイド合成に関する機能的な組織像を呈し、一度、幼仔期初期に機能低下状態になり、幼仔期後期以降に再び活性化するという二相型変遷を示した。このことはすでに報告されている出生後のカニクイザル血中テストステロン濃度の二相型変遷と完全に一致するものである。雄カニクイザル胎児の血中生殖腺刺激ホルモン濃度は妊娠末期の胎仔期に増加し、その反映として出生直後の新生仔の精巣機能亢進がもたらされると考えられる。その後、血中濃度は低下し、それとともに精巣は停止状態になるが、春機発動期直前の幼仔期後期になって脳下垂体は生殖腺刺激ホルモンの分泌を開始し、精巣機能の再亢進がもたらされるのであろう。

 また、本章ではカニクイザル精巣組織中のPCNA陽性細胞の分布の加齢変化についても検討を加えた。新生仔期の精巣ではPCNA陽性の精原細胞、セルトリ細胞、精細管近傍細胞、ライジッヒ細胞等が見られた。幼仔期初期の精巣ではPCNA陽性の細胞は、ほとんど認められなかった。他方、幼仔期後期の精巣ではPCNA強陽性の精原細胞およびセルトリ細胞、精細管近傍細胞のうちPCNA陽性細胞の割合が増加した。春機発動期後の精巣では、PCNA陽性の精原細胞、精母細胞、セルトリ細胞、精細管近傍細胞、ライジッヒ細胞の数が顕著に増加した。成体では、かなりの割合で精原細胞、精母細胞は陽性を呈した。しかし、精細管近傍細胞、ライジッヒ細胞の陽性の割合は低かった。第二精母細胞、精子細胞およびセルトリ細胞は陰性であった。PCNAを免疫学的に検出する事により、カニクイザルの精巣の成長過程での増殖能を評価する事が可能であると判断された。また幼仔期初期精巣細胞の増殖能の低下と春機発動期の増殖亢進という二相性の変化を明確に示す結果を得た。

 以上、本論文で明らかになったカニクイザル精巣の生後発達と加齢変化はヒトへの外挿が可能であり、この分野の研究に有用な知見を提供した。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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