学位論文要旨



No 215021
著者(漢字) 角野,浩史
著者(英字) Sumino, Hirochika
著者(カナ) スミノ,ヒロチカ
標題(和) 希ガス同位体組成に基づくアルカリ玄武岩の起源に関する地球化学的研究 : 沈み込み帯の背弧におけるマントル内物質循環の解明に向けて
標題(洋) Origin of Alkaline Basalt Volcanism Inferred from Noble Gas Isotopic Systematics : Implications for Mantle Dynamics in Back Arc Region of Subduction Zone
報告番号 215021
報告番号 乙15021
学位授与日 2001.04.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15021号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野津,憲治
 東京大学 教授 野崎,義行
 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 長尾,敬介
 東京大学 助教授 中井,俊一
内容要旨 要旨を表示する

 日本列島などの沈み込み帯においては、スラブの脱水分解反応に起因する流体成分がウエッジマントルに供給され、その融点を下げることによってマグマが生成する。しかし沈み込み帯の背弧域、特に背弧海盆の周辺にみられるアルカリ玄武岩は、その微量元素組成に沈み込んだ物質の影響が見られないことや、直下の上部マントルにスラブが到達してしない地域でも噴出することから、通常の沈み込み帯の火成活動とは異なるプロセスによると考えられている。その起源としては、海洋島玄武岩と類似する微量元素組成やNd-Sr同位体組成、あるいは他の大陸周縁域に比べて高い上部マントルの温度から、マントル深部を上昇源とするプリュームが有力視されているが、プリュームの存在そのものやその上昇源については明らかにされていない。希ガス、特にHeは大気中の存在度が小さく、地球の各部で同位体比(3He/4He)の変動が大きいため、火成活動の起源に対して重要な制約を与える。例えば大気の3He/4He(RA=1.4×10-6)を基準とすると、中央海嶺玄武岩(MORB)に代表される上部マントル物質は8RA程度、海洋島玄武岩から推定される下部マントル物質は37RA以上、そして大陸地殻物質は0.02RA以下であることが知られている。その他の希ガスの同位体比や元素比も同様に地球の各部で異なり、これらの希ガス同位体組成から火成活動に関与した物質を推定できる。本研究では、西南日本の背弧域に産するアルカリ玄武岩とマントル捕獲岩の希ガス同位体組成を測定することによって、アルカリ玄武岩火成活動の起源を探り、沈み込み帯の背弧域におけるマントル内の物質循環を明らかにすることを目的とした。

 ホットスポットや大陸リフト帯に産するアルカリ玄武岩の希ガス同位体組成に関する研究は多くなされているが、島弧地域については非常に限られている。これは試料中の希ガス量が極めて少ないため、測定可能な試料が限られていることによる。そこで本研究では既存の希ガス分析システムに(1)検出系にイオンカウンティングを導入することにより検出下限を二桁向上させ、(2)測定用計算機プログラムを改良し、(3)希ガス精製ラインを改良し一試料あたりの測定時間を短縮するなど手を加え、改良前に比べて二桁少ないHe量(3Heで4×10-18mol)に対しても10%の精度での同位体比測定を可能にした。また試料から希ガスを抽出するための破砕チャンバーと加熱炉を作製した。

 試料としては、九州北西部の東松浦半島周辺と北松浦半島周で採取したアルカリ玄武岩中のかんらん石と輝石の斑晶を用いた。これは玄武岩の石基部分の希ガスが噴出時に大気と平衡に達し、マグマ本来の同位体組成を失っているのに対して、これらの斑晶はマグマ溜まりで早期に晶出したためマグマ本来の希ガス同位体組成を保持していることによる。斑晶を除いた石基部分は、K-Ar法による年代測定に用いた。また九州北西部と韓国・済州島に産するマントル捕獲岩を採取し、同様に希ガス同位体測定に用いた。鉱物試料からのガス抽出には真空中で機械的に破砕する破砕法と、真空中で加熱し完全に融解・脱ガスさせる加熱法を用いた。

 アルカリ玄武岩について測定した各希ガス同位体比のうち、3He/4Heと40Ar/36Arを図1に示す。K-Ar法による年代測定では東松浦の全試料が3Maの噴出年代を示したのに対し、北松浦の試料は7Ma前後と3Maに分かれた。東松浦のかんらん石の3He/4HeはMORBより若干低い6.1〜7.4RAであったが、北松浦の7Maのかんらん石は3RA前後の低い値を示した。また輝石は同じ玄武岩のかんらん石よりも低い3He/4Heを示す傾向がみられた。これらの3He/4Heは、鉱物中の流体包有物からガスを選択的に抽出する破砕法を用いて得られたため、結晶中のU、Thの放射壊変によって噴出後に生成する、放射壊変起源の4Heの寄与は考えなくてよい。3He/4Heが高く、かんらん石と輝石の3He/4Heに差がない東松浦の試料から、アルカリ玄武岩の起源マントルは図1のMのような同位体組成であったと推定できる。そして噴出時あるいは噴出後に混入した大気の他に、Lのような同位体組成の希ガスを含む物質がマグマに混入している。マグマの温度における輝石とかんらん石中の希ガスの拡散速度を考慮すると、混入はマグマの上昇過程で起こったと考えられる。Lに近い同位体組成を示す北松浦の玄武岩には、地殻とマントルの境界付近(深さ約25km)に滞留し、やや分化したマグマが混入した形跡が見られる。従ってこのマグマがLの希ガス同位体組成を持っていたと考えることができる。滞留したマグマの同位体組成を変化させたのは、(1)マグマ溜まり周囲の上部マントル物質か、(2)マグマ溜まり上の下部地殻物質のいずれかと考えられるが、87Sr/86Sr比や主成分元素組成から(1)である可能性が高い。すなわち九州地下の比較的浅い上部マントルは、3He/4Heが0.2RA以下、40Ar/36Arが300〜500程度と、MORB起源の上部マントル(3He/4He=8±1RA、40Ar/36Ar>28000)とは大きく異なる。これは九州地下の上部マントルの一部が、過去の沈み込みによってもたらされた、4Heの親元素であるUやThと、大気由来のArによって汚染されていることを示唆している。

 九州北部のマントル捕獲岩のうち、佐賀県唐津市高島で採取した試料のHe及びAr同位体組成は、図2に示す三成分の混合で説明される。三成分のうち一つは大気で、他の二成分は3He/4HeがMORBより若干低く、40Ar/36Arが高い端成分(M)と、MORBより有意に高い3He/4Heをもち、40Ar/36Arが低い端成分(P)である。希ガス含有量が高く、かつ特徴的な3He/4Heを示す二試料(図2のA、B)に対し、段階破砕法を用いて希ガスを測定した。バルクで低い3He/4Heを示す試料Aは比較的一定した3He/4Heを示すのに対し、バルクで高い3He/4Heを示す試料Bは、破砕の進行とは無関係に3He/4Heが大きく変動し、その範囲は8.5〜11.8RAであった(図3)。このことは試料Bに、3He/4Heの異なる流体包有物が含まれていることを示唆している。これらの試料中の流体包有物を鏡下で観察したところ、試料Aには閉じたクラック状に取り込まれた二次的流体包有物が非常に多く含まれていた。一方試料Bには二次的流体包有物の他、捕獲岩の形成時もしくは二次的流体包有物より以前に取り込まれた、粒径が比較的大きく点在する流体包有物(便宜上初生的流体包有物と呼ぶ)が多く見られた。従って、低い3He/4HeのHeは二次的流体包有物、高い3He/4HeのHeは初生的流体包有物にそれぞれ含まれていると考えられる。捕獲岩が存在したマントルの推定温度(1000-1100℃)とHeの拡散速度から、二種の流体包有物のうちいずれかは噴出直前に捕獲岩に取り込まれた必要がある。高島とその周囲(東松浦)で採取した玄武岩が二次的流体包有物とほぼ等しい3He/4Heを示すことと、それぞれの流体包有物の形態を考慮すると、その希ガスは捕獲岩が玄武岩マグマに取り込まれた際にマグマから混入したものと結論できる。

 一方初生的流体包有物に含まれる高い3He/4Heは、本研究で測定したアルカリ玄武岩の噴出以前に、下部マントル由来のHeが上部マントルに存在したことを示している。アルカリ玄武岩の噴出以前、島弧火成活動が盛んであった頃の九州北部では、直下に沈み込んだ太平洋プレートが存在していたため、下部マントル由来の物質が上昇してきたとは考えにくい。アルカリ玄武岩が海洋島玄武岩に似た地球化学的特徴を示すことを考慮すると、その起源物質が下部マントル由来のHeをもたらしたと考えるのが妥当である。本研究で測定したアルカリ玄武岩に高い3He/4Heは見出されていないが、ハワイなどのホットスポット地域においては、プリューム上昇の初期にプリューム本来の希ガスを多く含む玄武岩が噴出し、以後は周囲の上部マントルによる希ガスの混染を大きく受けた玄武岩が噴出したことが知られている。これと同様に、本研究で扱ったアルカリ玄武岩の噴出以前に、プリューム由来の希ガスを多く含むマグマあるいは流体が上昇し、のちに捕獲岩として噴出した一部のマントル物質に高い3He/4Heを残した可能性がある。済州島のマントル捕獲岩の3He/4Heから、プリューム周囲の上部マントルはMORBと同程度か、それより若干低い値をもつと考えられる。本研究で測定したアルカリ玄武岩が示すMORBより若干低い3He/4Heは、揮発性成分が初期のメルトに持ち去られたあと、この様な上部マントルからHeの供給を受けたことにより、プリューム自体の3He/4Heが年代とともに変化した結果であると説明することができる。この考えは、北松浦や東松浦のアルカリ玄武岩が、西南日本のアルカリ玄武岩では最もMORBに近いNd-Sr同位体組成を示すことと矛盾しない。

 本研究で得られた希ガス同位体組成によって、アルカリ玄武岩火成活動の起源が、下部マントルを上昇源とするマントルプリュームであることが示された。Nd-Sr同位体組成からは、アルカリ玄武岩の起源物質に沈み込んだ陸源堆積物あるいは変質した海洋地殻が含まれていると考えられている。また西南日本下のマントルにおいては、沈み込んだスラブが上部・下部マントル境界に滞留していることが地震波トモグラフィーから示唆されている。従ってアルカリ玄武岩火成活動を引き起こしたプリュームは、下部マントル付近まで沈み込んだ地殻物質が再び上昇(リサイクル)してきたものである可能性がある。海洋島玄武岩の地球化学的端成分のうち一つは、地殻物質のリサイクルに起源をもつという説が最近有力であるが、沈み込み帯の背弧域はまさにそのリサイクルが直接行われている場所かもしれない。

図1.アルカリ玄武岩斑晶のHe-Ar同位体組成。

点線は同一玄武岩中のかんらん石(ol)と輝石(px)、"mixing line"はアルカリ玄武岩マグマの起源マントル(M)と大気(A)の混合曲線を示す。L(斜線部)は推定された九州地下の最上部マントル。

図2.高島に産するマントル捕獲岩のHe-Ar同位体組成。

曲線はそれぞれ大気(A)、プリューム(P)、アルカリ玄武岩マグマ(M)による混合曲線を示す。斜線部はMORB。

図3.段階破砕法による捕獲岩A、BのHe同位体比。

横軸は破砕に用いた油圧プレスの圧力。斜線部はMORBの3He/4He。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は6章からなり、第1章は本研究の背景と目的、第2章は希ガス同位体測定システムの改良、第3章は九州北西部のアルカリ玄武岩の分析結果、第4章は日本海周辺のマントル捕獲岩の分析結果、第5章はマントルダイナミクスモデルの提唱、第6章は本研究のまとめについて述べられている。

 第1章では、プレート沈み込み帯の背弧域に産するアルカリ玄武岩の地球化学的研究や希ガス同位体地球化学についてまとめを行い、西南日本の背弧域に産するアルカリ玄武岩とマントル捕獲岩の希ガス同位体組成をもとに、アルカリ玄武岩の起源を探り、背弧域におけるマントル内の物質循環を明らかにする研究目的が述べられている。

 第2章では、既存の希ガス分析システムの検出系にイオンカウンティングを導入することで検出下限が二桁向上したこと、測定用計算機プログラムの改良と希ガス精製ラインの改良で一試料あたりの測定時間の短縮を可能にしたことが述べられている。この改良はすでに質量分析の専門学術雑誌に掲載されており、改良前に比べて二桁少ないHe量(3Heで4x10-18mol)に対しても10%精度で同位体比測定ができる世界最高水準の測定系を作ったことは高く評価される。

 第3章では、九州北西部の東松浦半島周辺と北松浦半島周で採取したアルカリ玄武岩から分離したかんらん石と輝石の斑晶の分析結果をもとに、アルカリ玄武岩マグマの本来の3He/4He比はMORB(中央海嶺玄武岩)の値より若干低い7.4RA(RAは大気の値で1.4x10-6)であること、3He/4He比が低い成分を含む物質がマグマに混入していることを明らかにした。混入物質として、下部地殻に接する上部マントルには3He/4He比が0.2RA以下、40Ar/36Arが300〜500の物質が存在することをつきとめ、九州下の上部マントルの一部は過去の沈み込みによってもたらされた物質で汚染されていることを始めて示した。

 第4章では、九州北部および韓国済州島のマントル捕獲岩から分離したかんらん石と輝石結晶の分析結果が示されている。佐賀県唐津市高島で採取した試料のHe及びAr同位体組成は三成分の混合で説明でき、三成分のうち一つは大気で、他の二成分は3He/4HeがMORBより若干低く、40Ar/36Arが高い端成分と、MORBより有意に高い3He/4Heをもち、40Ar/36Arが低い端成分であることを示した。沈み込み帯においてMORBより高い8.5〜11.8RAの3He/4Heを持つ試料は、本研究で始めて見つかり、このこと自体大変高く評価されている。包有物のガスを抽出する段階破砕法と結晶中に溶解しているガスを抽出する段階加熱法を巧みに使い分け詳細な分析を行い、低い3He/4HeのHeは二次的流体包有物、高い3He/4HeのHeは初生的流体包有物に含まれていることを初めてつきとめ、顕微鏡下でも両者が区別できることを示した。

 第5章では、実験結果を説明するための時間軸の入ったマントル物質循環モデルが提案されている。マントル捕獲岩のかんらん石中の初生的流体包有物に含まれる高い3He/4Heは、アルカリ玄武岩の噴出以前に下部マントル由来のHeが上部マントルに存在したことを示しているが、アルカリ玄武岩には高い3He/4Heが見出されていない。ハワイでは、プリューム自体の3He/4Heが年代とともに低下したことが知られており、アルカリ玄武岩の噴出以前に、プリューム由来の希ガスを多く含むマグマ上昇し、のちに捕獲岩として噴出した一部のマントル物質に高い3He/4Heを残した可能性をモデル化して示している。

 第6章は以上を箇条書きでまとめているが、本論文では、質量分析装置の感度を2桁あげるという画期的な改良を行い、これまで測定できなかった低濃度試料の分析に成功し、沈み込み帯での最高の8.5〜11.8RAの3He/4Heを持つ試料を見つけたこと、微小な結晶の中で低い3He/4HeのHeは二次的流体包有物、高い3He/4HeのHeは初生的流体包有物に含まれていることをつきとめたことなど、新たな発見をもとに新しいマントル物質循環モデルを提案した。これらの研究は、分析法の改良が新しい発見さらには新しいモデルにつながったという意味で、地球化学の分野にに多大な貢献を行った。

 なお、本論文の一部は中井俊一博士、長尾敬介博士、野津憲治博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、本審査委員会は全員一致で博士(理学)の学位を授与できると認める。

UT Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/37502