学位論文要旨



No 215023
著者(漢字) 谷,吉朗
著者(英字)
著者(カナ) タニ,ヨシロウ
標題(和) 雄性Miniラットのthioacetamide誘発肝傷害と修復の過程に関する毒性病理学的研究
標題(洋)
報告番号 215023
報告番号 乙15023
学位授与日 2001.04.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第15023号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 助教授 中山,裕之
 (財)残留農薬研究所 常務理事 真板,敬三
内容要旨 要旨を表示する

 肝硬変は,病理組織学的に,線維性組織の異常な増生と肝細胞の異常な再生が複合的に認められることを特徴とする病変で,ヒトではウイルス性あるいはアルコール性肝炎が進行した場合などに観察される.現在,肝硬変に対するよい治療薬はなく,治療薬の開発が切望される疾患領域のひとつであり,その基礎として有用な病態モデルの開発とそれを用いた病変形成過程の詳細な解析が必須である.また,肝硬変患者あるいは肝硬変モデルでの成長ホルモン(GH)濃度についての研究はあるが,肝硬変の病変形成へのGHの関与についてはほとんど知られていない.

 Nts:Miniラット(正式名称Jcl:Wistar-TgN(ARGHGEN)1Ntsラット:以下Miniラット)は,Jcl:Wistarラット(以下Wistarラット)を親系統にもつ遺伝子導入動物で,ラットGH mRNA に対するアンチセンス遺伝子がcDNAとして導入されており,mRNAレベルでGH遺伝子発現を抑制する.Miniラットにgalactosamineを投与すると,細胞外基質の増加および肝星細胞の活性化とともに,長期にわたりoval細胞の増殖が観察された.したがって,Miniラットでは,慢性的な薬物性肝傷害の結果として誘発される肝硬変の病理も通常のラットとは異なることが予想される.

 本研究では,肝硬変誘発薬物としてthioacetamide(TAA)を選択した.TAAは,肝薬物代謝酵素によって活性代謝物になることで肝毒性を発揮し,長期投与によって肝硬変を誘発する.また,TAA誘発肝硬変モデルは,肝線維症あるいは再生性肝細胞結節が明確であり,病理学的にヒトの肝硬変に類似点が多いという特徴をもっている.

 本研究は3章から構成され,第1章(血中GH濃度)および第2章(肝薬物代謝酵素)では雄性Miniラットの基本的性質について検討し,第3章でTAA誘発肝硬変の病変形成過程,すなわち,肝傷害と修復の過程でのGHの役割に関して,Miniラットを用いて毒性病理学的に検討を加えた.得られた結果は以下の通りである.

雄性Miniラットの血中GH濃度(第1章)

 12週齢の雄性Miniラットの血中GH濃度を同性同週齢のWistarラットと比較したところ,ピーク付近で約1/4,全体的にも約2/5の有意な低値を示すことを実証し,MiniラットがGH欠乏モデル動物であることを確認した.

雄性無処置Miniラットの肝薬物代謝酵素(第2章第1節)

 6週齢から6箇月齢までの無処置雄性Miniラットの肝ミクロソームcytochrome P450 (CYP)およびflavin-containing monooxygenase(FMO)について,経時的な酵素活性およびタンパクの発現について検討したところ,同性同週齢のWistarラットとの比較において,CYP総含有量ならびにCYP2C11およびCYP3A2活性の有意な低下と,CYP2E1活性の軽度な上昇が認められた.これらの傾向は,すでに報告されている種々のGH欠乏モデルラットと一致したことから,GHによって発現が制御されていることが示唆された.これに対し,原因は不明であるが,CYP2B分子種の動態は下垂体除去ラットあるいはdwarfラットとは異なった.FMO活性には系統差はなかった.

雄性Miniラットの肝薬物代謝酵素誘導能(第2章第2節)

 代表的な肝薬物代謝酵素誘導剤である3-methylcholanthrene(3-MC)およびphenobarbital(PB)を雄性MiniラットおよびWistarラットに3日間反復投与したところ,それぞれCYP1A1およびCYP2B1,特にCYP1A1の有意な誘導が認められた.その原因については,GHの影響,相対肝臓重量の低値,薬物動態学的影響などが考えられた.

雄性MiniラットにおけるTAA誘発肝硬変(第3章第1節)

 TAA飲水投与2週間目から,Miniラットでのみ肝線維化が認められ,4週間目には肝線維症,8週間目には肝硬変に進行した.門脈域を中心に増生した結合組織に一致して胆管上皮細胞が増殖し,これを囲むように肝星細胞が増殖していた.一方,Wistarラットは同じ条件下でも病変進行が遅く,投与8週間目でも軽度の線維化がみられるにとどまり,Miniラットで認められた所見はほとんど認められなかった.このことから,GHの欠乏は肝硬変の進行を促進することが示された.

雄性MiniラットにおけるTAA単回経口投与による肝傷害後の細胞動態(第3章第2節)

 肝臓を構成する各細胞がTAA単回経口投与後にどのような動態を示すかを検討した.肝細胞壊死に対して,主に肝細胞自身の再生により組織再生が行われたWistarラットに比べると,Miniラットでは肝細胞壊死がより広範囲に及び,かつ肝細胞増殖が抑制された.この抑制に対する代償性反応としてoval細胞が増殖したが,その一部が胆管上皮へと分化し,残りは肝細胞へ分化したものと推測された.Miniラットの肝臓でのinsulin-like growth factor-I (IGF-I)遺伝子発現はWistarラットの半分以下であった.MiniラットではTAA投与後に減少したIGF-I発現が7日後でも回復せず,oval細胞増殖との関連性が示唆された.Hepatocyte growth factor (HGF)およびtransforming growth factor β1 (TGF-β1)の関与は明らかではなかった.

雄性MiniラットにおけるTAA単回経口投与による肝傷害後の組織修復に対するGH投与の影響(第3章第3節)

 GH投与によりTAA誘発肝傷害を修飾できるかどうかについて検討したところ,ブタ下垂体より抽出したGH(pGH)はTAA誘発肝傷害に対して抑制的効果を示した.また,pGHは,恐らく肝細胞再生を促進することでTAA誘発肝傷害後のoval細胞の増殖を抑制した.さらに,MiniラットのIGF-I発現が低い原因がGH欠乏によることが明らかとなった.

雄性MiniラットにおけるTAA反復経口投与による肝傷害後の細胞動態(第3章第4節)

 1日目200 mg/kg,2日目以降50 mg/kgの用量で雄性Miniラットに反復経口投与した結果,胆管上皮細胞の著明な増殖と,oval細胞の持続的な増殖が認められたことから,MiniラットではTAAの持続投与によって胆汁排泄系の継続的傷害および肝細胞再生の抑制が生じることが示唆された.これら上皮細胞および肝星細胞の増殖が,TAA投与によりMiniラットで早期に発症する肝線維症および肝硬変の病変形成過程に重要であることが示唆された.

 以上の結果から,本研究によって,GHアンチセンス遺伝子の導入によりGH欠乏状態を呈する雄性Miniラットの肝薬物代謝酵素の詳細が,発現および誘導を含めて初めて明らかにされた.また,MiniラットはTAA投与によって早期に肝硬変が誘発される系統であることが明らかとなった.Miniラットでは,TAA投与による肝傷害後にoval細胞が増殖するが,GHはTAA肝傷害後の肝細胞の再生を促進することによりoval細胞の増殖を抑制することが示唆された.加えて,肝傷害後に増殖するoval細胞は,肝傷害が一過性(単回投与)か持続性(反復投与)かによって,その後の分化方向が影響を受ける可能性が示された.さらに,肝硬変病変の形成には,胆管上皮細胞およびそれを囲むように増殖する肝星細胞が重要であることが示唆された.

 このように,Miniラットは特別な処置を必要とせずに,GH以外の下垂体ホルモンの欠乏や,それに随伴するホルモンの変化の影響を回避でき,GH欠乏が肝薬物代謝酵素や薬物性肝傷害あるいはその後の組織修復に及ぼす影響について研究する上で,優れたGH単独欠損モデルとなり得ることが明らかにされた.

審査要旨 要旨を表示する

 肝硬変は世界的に重要な疾患であるにもかかわらず,これまでよい治療薬がない。治療薬の開発に有用な病態モデルの開発とそれを用いた病変形成過程の詳細な解析が必須である。また,肝硬変患者あるいは肝硬変モデルでの成長ホルモン(GH)濃度についての研究はあるが,肝硬変の病変形成へのGHの関与についてはほとんど知られていない。一方Miniラットは,Wistarラットを親系統にもつ遺伝子導入動物で,ラットGHmRNAに対するアンチセンス遺伝子がcDNAとして導入されており,mRNAレベルでGH遺伝子発現を抑制する。 Miniラットに慢性的薬物性肝傷害を惹起すると肝硬変が誘発されるが,その病理発生は通常のラットとは異なることが予想されている。

 本研究では雄性Miniラット肝機能の基本的性質について検討し,thioacetamide(TAA)誘発肝硬変の病変形成過程,すなわち,肝傷害と修復の過程でのGHの役割に関して,Miniラットを用いて毒性病理学的に検討を加えた。

 12週齢の雄性Miniラットの血中GH濃度をWistarラットと比較したところ,ピーク付近で約1/4,全体的にも約2/5の有意な低値を示すことを実証し,MiniラットがGH欠乏モデル動物であることを確認した。また6週齢から6箇月齢までの無処置雄性MiniラットではWistarラットと比較して,CYP総含有量ならびにCYP2C11およびCYP3A2活性の有意な低下と,CYP2E1活性の軽度な上昇が認められた。これらの傾向は,すでに報告されている種々のGH欠乏モデルラットと一致していた。

 代表的な肝薬物代謝酵素誘導剤である3-methylcholanthreneおよびphenobarbita1を雄性MiniラットおよびWistarラットに3日間反復投与したところ,それぞれCYP1A1およびCYP2B1,特にCYP1A1の有意な誘導が認められた。その原因については,GHの影響,相対肝臓重量の低値,薬物動態学的影響などが考えられた。

 TAA飲水投与2週間目から、Miniラットでのみ肝線維化が認められ,4週間目には肝線維症,8週間目には肝硬変に進行した。門脈域を中心に増生した結合組織に一致して胆管上皮細胞が増殖し,これを囲むように肝星細胞が増殖していた。一方,Wistarラットは同じ条件下でも病変進行が遅く,投与8週間目でも軽度の線維化がみられるにとどまり,Miniラットで認められた所見はほとんど認められなかった。このことから,GHの欠乏は肝硬変の進行を促進することが示された。

 肝臓を構成する各細胞がTAA単回経口投与後にどのような動態を示すかを検討した。肝細胞壊死に対して,主に肝細胞自身の再生により組織再生が行われたWistarラットに比べると,Miniラットでは肝細胞壊死がより広範囲に及び,かつ肝細胞増殖が抑制された。この抑制に対する代償性反応としてoval細胞が増殖したが,その一部が胆管上皮へと分化し,残りは肝細胞へ分化したものと推測された。 Miniラットの肝臓でのIGF-I遺伝子発現はWistarラットの半分以下であった。 MiniラットではTAA投与後に減少したIGF-I発現が7日後でも回復せず,oval細胞増殖との関連性が示唆された。HGFおよびTGF-β1の関与は明らかではなかった。

 GH投与によりTAA誘発肝傷害を修飾できるかどうかについて検討した。ブタ下垂体より抽出したGHはTAA誘発肝傷害に対して抑制的効果を示した。GHは肝細胞再生を促進し,oval細胞の増殖を抑制することでTAA誘発肝傷害を軽減したと考えられた。さらに,MiniラットのIGF-I発現が低い原因がGH欠乏によることが明らかとなった。

 TAAをMiniラットに反復経口投与した結果,胆管上皮細胞の著明な増殖と,oval細胞の持続的な増殖が認められたことから,MiniラットではTAAの持続投与によって胆汁排泄系の継続的傷害および肝細胞再生の抑制が生じることが示唆された。これら上皮細胞および肝星細胞の増殖が,TAA投与によりMiniラットで早期に発症する肝線維症および肝硬変の病変形成過程に重要であることが示唆された。

 本研究によって,雄性Miniラットの肝薬物代謝酵素の詳細が,発現および誘導を含めて初めて明らかにされ,さらにMiniラットはTAA投与によって早期に肝硬変が誘発される系統であることがわかった。したがって,Miniラットは特別な処置を必要としないGH欠損肝硬変モデルと考えられ,今後の肝硬変研究での有用性が期待された。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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