学位論文要旨



No 215024
著者(漢字) 磯ヶ谷,昌文
著者(英字)
著者(カナ) イソガヤ,マサフミ
標題(和) βアドレナリン受容体における選択的アゴニストの結合部位の解析と変異型受容体の生化学的特徴の検討
標題(洋)
報告番号 215024
報告番号 乙15024
学位授与日 2001.04.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15024号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 西山,信好
 東京大学 助教授 仁科,博史
内容要旨 要旨を表示する

 βアドレナリン受容体(β受容体)サブタイプは,Landら(1967)によりβ受容体アゴニストの効力順によりβ1とβ2の2種類のサブタイプに分類された.それ以来,それぞれのサブタイプに選択的なアゴニスト,アンタゴニストが開発され,β受容体には,β1とβ2の2つのサブタイプが存在することが確立された.近年,分子生物学的手法によりβ受容体はβ1,β2のほかβ3のサブタイプも存在することが示され,いずれもGタンパク質に共役する7回膜貫通型受容体であることが明らかにされている.

 本研究の目的は,βアドレナリン受容体アゴニストを用いて,アゴニストと受容体の相互作用を分子薬理学的手法を用いて明らかにすることである.まず,β1とβ2受容体に選択的なアゴニストを用いて,アゴニストの結合に関与する受容体部位を明らかにした.これまで,β受容体における化合物と受容体との相互作用については,受容体選択性のない化合物であるisoproterenolを用いて解析が進められ,結合部位は,細胞膜貫通領域内に存在することが示された.しかしながら,β1とβ2選択性に関わる受容体部位については何ら解析されてこなかった.そこで,キメラ受容体および変異型受容体を作製し,選択的なアゴニストを用い,選択性に関わる受容体部位を決定した.次に,肥満と関連する多型が存在することが報告されているβ3受容体の多型が持つ意味を明らかにするため,アゴニストの作用を中心に検討した.

 まず,β2受容体アゴニストの選択性に寄与する結合部位について,キメラおよび変異型受容体を作製し,解析した.Isoproterenolによる解析の結果から,受容体選択性に関わる領域を細胞膜貫通(トランスメンブラン:TM)領域の第1,第2および第7番目であると想定し,β2受容体の第1,第2および第7番目のTM領域を各々β1受容体の相当する領域に置換したキメラとβ1受容体の第1,第2および第7番目の各TM領域を各々β2受容体の相当する領域に置換したキメラを作製し,各アゴニストに対する親和性を検討した.β2受容体選択的なアゴニストとして,salbutamol,formoterol,procaterolおよびsalmeterolを用いた.Salbutamolは,他の3つのアゴニストと比べてβ2受容体選択性の低い化合物である.この化合物においては,第2番目および7番目のTM領域の両方を換えることで,親和性の減少および増加が起こることから,salbutamolの場合は,第2番目と7番目のTM領域が主に受容体選択性に関与する領域であることが示された.Formoterolとprocaterolはβ2受容体に高親和性の化合物である.これらのアゴニストはsalbutamolの場合と同じように,第2番目と7番目のTM領域の両方を換えることで親和性の減少および回復がみとめられた.このことから,formoterolとprocaterolの高親和性の結合に第2番目と7番目のTM領域が関与していることが示された.Salmeterolはβ2受容体に対して非常に高い選択性を示す化合物である.Salmeterolの親和性は,第7番目のTM領域をβ1受容体のTM領域に換えることで著しく減少し,またβ1受容体の第7番目のTM領域にβ2受容体の相当する領域を挿入することにより親和性の上昇が見られた.このことから,salmeterolのサブタイプ選択的な結合は第7番目のTM領域であることが示された.以上の結果から,β2受容体に選択的なアゴニストの結合に関与する受容体側の領域は,第2番目と7番目のTM領域であることが示された.特にsalmeterolの場合には,第7番目のTM領域が選択性に強く関与していることが示された.

 前述のように,β2受容体アゴニストの高親和性結合に第2番目と7番目のTM領域が関与することが示されたので,さらにこれらのTM領城中のどのアミノ酸が選択性発現に必要かを調べるため,β1およびβ2受容体の間で異なるアミノ酸を1つずつアラニンに置き換えた変異型β2受容体を作製してアゴニストの親和性を検討した.第7番目のTM領域ではβ2とβ1とで異なる10個のアミノ酸をアラニンに置き換えた変異体を作製した.この変異体を用いてformoterolとprocaterolの親和性を検討した結果,Tyr308をアラニンに換えた変異体で著しく親和性が低下した.Salmeterolの場合も同様に,Tyr308をアラニンに換えた変異体で著しく親和性が低下した.第2番目のTM領域ではβ2とβ1受容体で異なる8個のアラニン置換変異体を作製した.8個の変異体の中で H93Aβ2受容体のみがprocaterolに対し有意な親和性の低下を示したが,formoterolにおいては有意な親和性の低下は認められなかった.第2番目のTM領域においては全体として選択的結合に関与している可能性が考えられた.以上の結果から,β2受容体に選択的なアゴニストの結合には,第7番目のTM領域にあるTyr308が重要な役割を果たしていることを明らかにした.キメラ受容体を用いた実験から,第2番目のTM領域がアゴニストの選択性に関与している可能性が示唆されたが,特定のアミノ酸を同定することはできなかった.

 次に,前述にて作成したβ1およびβ2キメラ受容体を用いて,β1選択的アゴニストの受容体選択性を決める結合部位について解析した.β1選択的アゴニストとして T-0509,denopamine,xamoterolを用いた.その結果,β1受容体の第2番目のTM領域をβ2受容体の相当する領域に換えたキメラにおいてこれらのβ1アゴニストの親和性は低下した.β2受容体の第2番目のTM領域にβ1受容体の相当する領域を挿入したキメラにおいてはアゴニストに対する親和性は野生型β1受容体に対するのとほぼ同じ値にまで増加した.以上の結果から,β1受容体選択的アゴニストの選択性に関与する部位は,TM2領域に存在することが示された.β1受容体アゴニストの親和性結合に第2番目のTM領域が関与することが示されたので,β1およびβ2受容体の間で異なるアミノ酸を1つずつ8箇所アラニンに換えたβ1受容体変異体を作製してアゴニストの親和性を検討した.その結果,T-0509とdenopamineの親和性はLeu110,Thr117を各々アラニンに置換した変異体において有意に減少した.これらの結果から,β1受容体選択性は,第2番目のTM領域にあるLeu110,Thr117が寄与していることが明らかとなった.

 β3受容体には,肥満,糖尿病に関係すると考えられている多型(Trp64Arg)が受容体に存在することが知られている.しかしながら,何故そのような多型が存在するかについては未だ不明な点が多い.そこで,多型に相当する変異を導入した変異型受容体に対するアゴニストの作用を結合親和性およびアデニル酸シクラーゼ活性化の観点から検討し,多型の生理的意味の解明を試みた.変異型受容体は野生型受容体をもとにPCRにより作成し,COS-7細胞あるいはJEG-3細胞にトランスフェクトした.リガンドの結合実験の結果,アゴニストの変異型受容体に対する結合親和性が,野生型受容体に対するより低い場合があったが,わずかな差であった.このことから,アゴニストの結合親和性は変異型受容体と野生型受容体でほぼ同等であることが示された.次に,アゴニスト刺激による変異型受容体のGタンパク質活性化について調べた.Gi,Goタンパク質については,受容体と共発現させ,百日咳毒素処置下で検討した.その結果,変異型受容体のアゴニスト刺激によるcAMP産生量は,野生型受容体を刺激した場合と違いはみられなかった.このことから,Gタンパク質の活性化能についても差がないことが示された.変異型受容体をいくつかのアデニル酸シクラーゼ(AC)と共発現させ,cAMP産生量を検討した.その結果,変異型受容体をACIII型と共発現させると,アゴニスト刺激により蓄積されるcAMP量が野生型に比べて増加することが示された.このことから,ACIII型が誘導されるような条件において,変異型受容体では,アゴニスト刺激による作用が増強される可能性が示された.

 以上のように,β受容体のアゴニストの結合部位の解析において,β2受容体アゴニストの受容体選択的な結合は,第7番目のTM領域にあるTyr308が寄与することを明らかにした.β1受容体アゴニストの受容体選択的結合は,第2番目のTM領域にあるLeu110,Thr117が寄与することを明らかにした.本研究の内容は,βアドレナリン受容体アゴニストのサブタイプ選択性に関する受容体構造の研究に関して,1つの解答を提示するとともに,今後の研究に関して重要な情報を提供した.一方,β3受容体の変異型受容体においては,アデニル酸シクラーゼ(AC)のうち,ACIII型との共発現により,アゴニスト刺激による作用が野生型と異なることを初めて見いだすことができた.

図.本実験より推測されるβアドレナリンアゴニストとβ受容体との結合様式

上段は,β2アゴニストのformoterolとβ2受容体,下段は,β1アゴニストのdenopamineとβ1受容体との結合様式を示している.

審査要旨 要旨を表示する

 βアドレナリン受容体(β受容体)における化合物と受容体との相互作用については,選択性のない化合物であるisoproterenolを用いて解析が進められ,isoproterenolの結合する受容体側の部位は細胞膜貫通領域内に存在することが明らかにされている.しかしながらこれまで,β1とβ2受容体に選択的なアゴニストを用いた受容体部位の検討がなされていなかったため,化合物の選択性に関わる受容体部位を特定できなかった.そこで本研究においては,まずβ1とβ2受容体に選択的なアゴニストを用いて,これらの化合物の受容体選択性に関わる受容体部位を明らかにすることを目的とし,キメラ受容体および変異型受容体を作製して検討した.

 β受容体にはβ1,β2以外にもβ3受容体の存在が知られている.近年,β3受容体には多型が存在し,肥満と関連していることが報告された.そこでβ3受容体の多型が持つ意味を明らかにするため,多型に相当する変異を導入した変異型受容体に対するアゴニストの作用を中心に検討した.

 以下に本研究によって得られた知見をまとめる.

1.β2,β1選択的アゴニストの受容体結合部位の解析

 β2受容体選択的アゴニストの選択性に関与する受容体側の部位は,キメラ受容体を用いた検討から,第2番目と第7番目の細胞膜貫通領域にあることを明らかにした.次に,第2番目と第7番目の細胞膜貫通領域にあるβ2受容体とβ1受容体とで一致しないアミノ酸をアラニンに置き換えた変異体を作製し検討を行った結果,β2受容体に選択的なアゴニストの結合には,第7番目の細胞膜貫通領域にある308番目のチロシンが重要な役割を果たしていることを明らかにした.また,第2番目の細胞膜貫通領域は,特定のアミノ酸ではなく,細胞膜貫通領域全体としてアゴニストの選択性に関与していると考えられた.

 β1受容体選択的アゴニストの選択性に関与する受容体側の部位は,キメラ受容体を用いた検討から,第2番目の細胞膜貫通領域に存在することを明らかにした.次に,第2番目の細胞膜貫通領域内にあるβ1およびβ2受容体の間で一致しないアミノ酸をアラニンに置き換えた変異体を作製し検討を行った結果,110番目のロイシンと117番目のスレオニンがβ1受容体に選択的なアゴニストの結合に寄与していることを明らかにした.

 以上の結果から,β受容体選択的アゴニストの受容体選択性は,β受容体の第2,第7細胞膜貫通領域で形成される結合ポケット内の前述の特定のアミノ酸との相互作用によって決定されることを明らかにした.

2.変異型β3受容体におけるアゴニストの作用

 変異型β3受容体の生理機能を解明するために,アゴニストの結合や,アゴニストによるGタンパク質の活性化能について野生型受容体と比較検討した.その結果,アゴニストの結合や,アゴニストによるGタンパク質の活性化能は,変異型と野生型受容体との問で相違がないことを明らかにした.しかしながら,変異型β3受容体は,アデニル酸シクラーゼIII型を共発現させるとアゴニストによるcAMP産生が野生型に比べ増強されることを見いだした.

 以上本研究において,β2選択的アゴニストの受容体選択的な結合は,第7番目の細胞膜貫通領域にある308番目のチロシンが寄与することを明らかにした.また,β1選択的アゴニストの受容体選択的結合は,第2番目の細胞膜貫通領域にある110番目のロイシン,117番目のスレオニンが寄与することを明らかにした.一方、β3受容体の変異型受容体においては,アデニル酸シクラーゼ(AC)のうち,ACIII型との共発現によりアゴニスト刺激による作用が野生型と異なることを初めて見いだした.

 本研究は,βアドレナリン受容体アゴニストのサブタイプ選択性に関わる受容体構造の研究に貢献するとともに,変異型受容体の生理学的機能の理解に対して寄与をなすと考えられるものであり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた.

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