学位論文要旨



No 215026
著者(漢字) 難波,和彦
著者(英字)
著者(カナ) ナンバ,カズヒコ
標題(和) 戦後モダニズム建築の現代的展開に関する研究
標題(洋)
報告番号 215026
報告番号 乙15026
学位授与日 2001.04.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15026号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,博之
 東京大学 教授 安藤,忠雄
 東京大学 教授 伊東,豊雄
 東京大学 教授 藤森,照信
 東京大学 助教授 松村,秀一
内容要旨 要旨を表示する

世紀の変わり目を迎えて、20世紀を振り返り、21世紀を展望する動きが盛んである。大きく振り返れば、20世紀は急速な近代化の時代だったと考えられる。近代化の萌芽は15世紀まで遡るが、本格化するのは19世紀になってからであり、20世紀になると、それがさらに加速化した。建築における近代化は20世紀初頭にモダニズム建築運動として歴史上に登場し、第2次大戦後に最盛期を迎えた後、1960年代末に終末を迎えた。1970年代にはモダニズムに代わってポストモダニズムが勃興したが、その後の展開を振り返ると、ポストモダニズムとは急速な近代化に対する反省がもたらした一時的な休止だったことが分かる。1980年代になると再びモダニズムを見直そうとする動きが出現するが、それは近代化という時代の底流が、現在も依然として持続していることのひとつの表われである。

近代化(モダニゼーション)と近代主義(モダニズム)とは区別してとらえねばならない。近代化とは15世紀に始まり、現代も継続している時代の大きな底流であり、モダニズムとはそれが思想的・文化的運動として表面化したものである。近代化には大きく分けて三つの局面−政治的、経済的、文化的近代化−があると考えられる。単純化していえば、政治的近代化とは啓蒙思想に支えられた議会制民主主義の歴史である。経済的近代化とは技術の進展に支えられた資本主義の歴史である。文化的近代化とは合理主義思想に支えられた科学の進展と個人主義の歴史である。20世紀全体を振り返ると、近代化はそれぞれの局面で反動的な運動を引き起こしている。政治的局面では全体主義が、経済的局面では社会主義が、文化的側面ではポストモダニズムがそうである。しかしこれらの運動は急速な近代化に対する反省の産物であり、近代化の必然的な付随物だったと考えられる。その意味で、われわれは近代化という大きな時代の流れの「外部」に立つことはできない。建築についても同じである。昨今のモダニズムの再評価は、そのような文脈でとらえることができるだろう。

このような前提に立つならば、21世紀の課題とは、近代化の成熟がもたらすさまざまな問題に対して、反動的な態度に陥ることなく、どのように取り組むかという問題だと思われる。そのためには、まず建築におけるモダニズム運動が、どのようなヴィジョンのもとに何をめざしていたかを歴史的にとらえ直し、その現代的な可能性を明確に把握する必要がある。そうした視点から、現在では多方面でモダニズム建築運動の歴史的研究が展開されている。本論文もそうした研究の一環として位置づけることができる。

本論文で筆者が最初に試みたのは、日本の戦後モダニズム建築運動を中心的に担ったひとりの建築家・池辺陽に焦点を当て、彼の設計と研究の活動を歴史的にたどることである(第1部)。池辺の生涯の活動を詳細に調査することによって、池辺が目指したヴィジョンが、テクノロジーと建築との関係を総合的にとらえ、テクノロジーを再編成することであることが明らかになった。そこで次のステップとして、池辺の活動から学んだテクノロジーと建築に関する総合的な視点を、1980年以降に勃興したテクノロジカルな表現を持つ建築に適用することによって、その視点の有効性を理論的に検証することを試みた(第2部)。そして最後に、アルミニウム合金を主構造とする実験住宅「アルミエコハウス」の開発とデザインを通じて、その視点の現実的な適用性と有効性を検証した(第3部)。

こうした一連の研究を通じて、モダニズム建築運動の可能性のひとつであるテクノロジーと建築の関係を総合的にとらえる視点が、現代においても十分に有効であることであることが検証できたと考える。

本論文は、3部から構成されている。

第1部は、戦後モダニズム建築運動の中心を担った建築家、池辺陽に関する評伝である。筆者は1960年代末から1970年代にかけて、東京大学生産技術研究所の池辺研究室に大学院生として所属し、設計と研究の活動に携わった。その間の経験にもとづき、池辺の研究・設計活動の全体像を、戦前の大学生時代にまで遡って総合的に再評価し、戦後モダニズム建築の現代的な可能性を探ることを試みた。池辺の活動はきわめて広範にわたって展開されている。それを総合的かつ経時的に追跡することによって、戦後モダニズム建築の可能性を多面的にとらえることができたと考える。

第2部は、第1部で探求した戦後モダニズム建築の可能性のひとつとして、池辺が特に中心的なテーマとして注目していた建築とテクノロジーの関係に焦点を当て、昨今のテクノロジーの急速な進展が建築デザインに及ぼす影響について検討した論考である。第1部が戦後モダニズム建築の歴史的検証だとするなら、第2部はその理論的展開といってよい。ここでは1970年代に米国から導入されたテクノロジーアセスメントの方法を下敷きにして、1980年代以降に急速に世界に浸透していったテクノロジカルな建築デザインを、できるだけ広い社会的コンテクストに位置づけることを試みた。さらに第2部の後半では、こうしたテクノロジーと建築デザインの広範な関係を、実践的な視点からとらえ直すことを試みている。

第3部は、1999年に茨城県つくば市に完成した、アルミニウム合金を主構造とする実験住宅「エコ素材住宅」の設計・建設プロセスと居住実験に関する報告である。1960年代から70年代にかけて、池辺はそれまでの研究を総合化する研究として、いくつかの実験住宅を試みている。「エコ素材住宅」の実験プログラムの基本的な考え方は、その時の池辺の方法をそのまま踏襲している。さらに池辺は、新しい材料や構法の開発の一環として、アルミニウムを住宅に適用する試みにも関わっている。「エコ素材住宅」は、そうした池辺の探求を現代的に発展させた近未来都市住居のプロトタイプのデザインであり、戦後モダニズム建築の歴史的検証と理論的展開をふまえた、その可能性の実践的検証だといってよい。

以上を要約するならば、第1部が戦後モダニズムの歴史的研究、第2部が現代的視点から見直した戦後モダニズムの理論的展開、そして第3部が近未来へ向けての戦後モダニズムの実践的検証、と位置づけることができるだろう。

審査要旨 要旨を表示する

この論文は、「戦後モダニズム建築の現代的展開に関する研究」と題され、日本の戦後近代建築の発展を歴史的に振り返り、現代における課題を探求するという、ふたつの側面をもっている。

本論文で筆者が最初に試みたのは、日本の戦後モダニズム建築運動を中心的に担ったひとりの建築家・池辺陽に焦点を当て、彼の設計と研究の活動を歴史的にたどることである(第1部)。池辺の生涯の活動を詳細に調査することによって、池辺が目指したヴィジョンが、テクノロジーと建築との関係を総合的にとらえ、テクノロジーを再編成することであることが明らかになった。そこで次のステップとして、池辺の活動から学んだテクノロジーと建築に関する総合的な視点を、1980年以降に勃興したテクノロジカルな表現を持つ建築に適用することによって、その視点の有効性を理論的に検証することが試みられた(第2部)。そして最後に、アルミニウム合金を主構造とする実験住宅「アルミエコハウス」の開発とデザインを通じて、その視点の現実的な適用性と有効性が検証された(第3部)。

こうした一連の研究を通じて、モダニズム建築運動の可能性のひとつであるテクノロジーと建築の関係を総合的にとらえる視点が、現代においても十分に有効であることであることが検証できたといえよう。

本論文は、3部から構成されている。

第1部は、戦後モダニズム建築運動の中心を担った建築家、池辺陽に関する評伝である。筆者は1960年代末から1970年代にかけて、東京大学生産技術研究所の池辺研究室に大学院生として所属し、設計と研究の活動に携わった。その間の経験にもとづき、池辺の研究・設計活動の全体像を、戦前の大学生時代にまで遡って総合的に再評価し、戦後モダニズム建築の現代的な可能性を探ることを試みた。池辺の活動はきわめて広範にわたって展開されている。それを総合的かつ経時的に追跡することによって、戦後モダニズム建築の可能性を多面的にとらえることができたといえよう。

第2部は、第1部で探求した戦後モダニズム建築の可能性のひとつとして、池辺が特に中心的なテーマとして注目していた建築とテクノロジーの関係に焦点を当て、昨今のテクノロジーの急速な進展が建築デザインに及ぼす影響について検討した論考である。第1部が戦後モダニズム建築の歴史的検証だとするなら、第2部はその理論的展開といってよい。ここでは1970年代に米国から導入されたテクノロジーアセスメントの方法を下敷きにして、1980年代以降に急速に世界に浸透していったテクノロジカルな建築デザインを、できるだけ広い社会的コンテクストに位置づけることが試みられた。さらに第2部の後半では、こうしたテクノロジーと建築デザインの広範な関係を、実践的な視点からとらえ直すことを試みている。

第3部は、1999年に茨城県つくば市に完成した、アルミニウム合金を主構造とする実験住宅「エコ素材住宅」の設計・建設プロセスと居住実験に関する報告である。1960年代から70年代にかけて、池辺はそれまでの研究を総合化する研究として、いくつかの実験住宅を試みている。「エコ素材住宅」の実験プログラムの基本的な考え方は、その時の池辺の方法をそのまま踏襲している。さらに池辺は、新しい材料や構法の開発の一環として、アルミニウムを住宅に適用する試みにも関わっている。「エコ素材住宅」は、そうした池辺の探求を現代的に発展させた近未来都市住居のプロトタイプのデザインであり、戦後モダニズム建築の歴史的検証と理論的展開をふまえた、その可能性の実践的検証だといってよい。

ここで筆者の立場を要約すると、つぎのようになる。

すなわち、「近代化(モダニゼーション)と近代主義(モダニズム)とは区別してとらえねばならない。近代化とは15世紀に始まり、現代も継続している時代の大きな底流であり、モダニズムとはそれが思想的・文化的運動として表面化したものである。近代化には大きく分けて三つの局面−政治的、経済的、文化的近代化−があると考えられる。単純化していえば、政治的近代化とは啓蒙思想に支えられた議会制民主主義の歴史である。経済的近代化とは技術の進展に支えられた資本主義の歴史である。文化的近代化とは合理主義思想に支えられた科学の進展と個人主義の歴史である。20世紀全体を振り返ると、近代化はそれぞれの局面で反動的な運動を引き起こしている。政治的局面では全体主義が、経済的局面では社会主義が、文化的側面ではポストモダニズムがそうである。しかしこれらの運動は急速な近代化に対する反省の産物であり、近代化の必然的な付随物だったと考えられる。その意味で、われわれは近代化という大きな時代の流れの『外部』に立つことはできない。」

こうした筆者の立場は、建築についても同じである。昨今のモダニズムの再評価は、そのような文脈でとらえることができるとするのが、筆者の立場である。

世紀の変わり目を迎えて、20世紀を振り返り、21世紀を展望する動きが盛んである。大きく振り返れば、20世紀は急速な近代化の時代だったと考えられる。近代化の萌芽は15世紀まで遡るが、本格化するのは19世紀になってからであり、20世紀になると、それがさらに加速化した。

建築における近代化は20世紀初頭にモダニズム建築運動として歴史上に登場し、第2次大戦後に最盛期を迎えた後、1960年代末に終末を迎えた。

1970年代にはモダニズムに代わってポストモダニズムが勃興したが、その後の展開を振り返ると、ポストモダニズムとは急速な近代化に対する反省がもたらした一時的な休止だったことが分かる。1980年代になると再びモダニズムを見直そうとする動きが出現するが、それは近代化という時代の底流が、現在も依然として持続していることのひとつの表われである。

このような前提に立つならば、21世紀の課題とは、近代化の成熟がもたらすさまざまな問題に対して、反動的な態度に陥ることなく、どのように取り組むかという問題だと思われる。そのためには、まず建築におけるモダニズム運動が、どのようなヴィジョンのもとに何をめざしていたかを歴史的にとらえ直し、その現代的な可能性を明確に把握する必要がある。そうした視点から、現在では多方面でモダニズム建築運動の歴史的研究が展開されている。本論文もそうした研究の一環である。

以上を要約するならば、本論文は第1部が戦後モダニズムの歴史的研究、第2部が現代的視点から見直しだ戦後モダニズムの理論的展開、そして第3部が近未来へ向けての戦後モダニズムの実践的検証、と位置づけることができる。これは近代建築史、とくにこれまで研究のなされなかった戦後建築史の作家研究を、現在の建築生産論に結びつけたもので、建築史研究、建築論研究に新しい寄与をなしたと考えられる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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