学位論文要旨



No 215027
著者(漢字) 和泉,洋人
著者(英字)
著者(カナ) イズミ,ヒロト
標題(和) 容積率緩和型都市計画制度の特色及び地区計画策定等による土地資産価値増大効果の分析
標題(洋)
報告番号 215027
報告番号 乙15027
学位授与日 2001.04.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15027号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 教授 大方,潤一
 東京大学 教授 北沢,猛
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 助教授 浅見,泰司
内容要旨 要旨を表示する

 この論文の目的は、近年、東京都心区の既成市街地などで、住宅確保、空地・通路の整備、街並み景観の形成などを通じた市街地環境の整備・改善を図るために積極的に活用されている用途別容積型地区計画制度及び街並み誘導型地区計画制度を対象として、容積率制限等を緩和する理論的根拠を検討し、このような制度の創設が可能となった理由を解明するとともに、これらの地区計画策定による効果を実証的に分析することにある。

 都市計画法等の用途地域による容積率制限は、公共施設に対する負荷を調整するとともに、建物による空間占有度を制御することを通じて、市街地環境を確保するために定めらている。容積率制限等緩和型制度とは、そのような基本認識の下で、公共施設が整備済みであるなど一定の要件が満たされることで公共施設への負荷を調整するとともに、有効な空地の確保等による市街地環境の整備・改善への貢献に応じて、用途地域による容積率制限等を緩和する制度である。

 東京等の大都市地域の都心部等の既成市街地では、住宅すなわち夜間人口が急激に減少したため、不均衡な都市構造が形成された地区があることが指摘されている。その一方で、建物の老朽化が進んだものの、道路等の整備が不十分なために、建替が進まず、住環境、防災性等の問題を抱えている地区も多い。

 この中で、用途別容積型地区計画制度及び街並み誘導型地区計画制度は、うえのような大都市地域における問題に対処するための都市計画・建築規制的手法として創設されたものである。近年、特に東京都心区等において、用途別容積型地区計画制度及び街並み誘導型地区計画制度を併用した地区計画制度(以下「都心区型地区計画制度」という。)が積極的に活用されている。

 この論文では、このような状況を踏まえ、次の2つの事項を分析する。

 第1に、これら制度が創設された経緯、法令上の規定等を分析することによって、制度創設の目的と容積率制限を緩和する理論的根拠を分析するとともに、他の制度に比較して、緩和の要件が比較的緩やかであり、かつ、地方公共団体が弾力的に運用することも可能である制度であることを提示したうえで、それにも拘わらず、市街地環境の整備・改善に資することが制度上の要件によって担保された制度として創設されていることを明らかにすることである。

 第2は、このような都心区型地区計画策定が地権者や居住者にもたらす効果を実証的に計測し、地権者等にとっての計画策定によるインセンティブが高いことを解明する。具体的には、都心区型地区計画が策定されれば、地権者が利用可能な容積率が増大するとともに、計画事項に適合した建替が漸次的に積み重ねられることによって、良好な街並みが形成されること等を通じて、居住者の効用は増大し、地権者にとっての土地経営の期待収益は増大するという仮説を、ヘドニックアプローチを活用した地区計画策定等による土地資産価値増大効果の分析により検証する。

 この論文は序章及び6つの章から構成されている。

 序章では、この論文の構成、研究目的及び意義について論じた。

 第1章では、都市計画法及び建築基準法における容積率制限等緩和型制度について体系的に整理し、その体系における用途別容積型地区計画制度及び街並み誘導型地区計画制度の特色を明らかにした。

 すなわち、容積率制限等緩和型制度は大きく3類型に分類される。第1は、公共施設ヘの負荷調整及び空間占有度の制御のための措置を地域地区に係る都市計画決定という手段によって担保し、建築確認時点で緩和された容積率制限を用途地域による容積率制限とみなす等によって容積率制限等を緩和する制度で、特定街区制度及び高度利用地区制度がある。第2は、特定行政庁が、建築審査会の同意を得て建築計画上の担保措置を許可する際にみきわめることによって容積率制限等の緩和を行う制度で、総合設計制度がある。第3が、地区計画等に係る都市計画決定を条件として、特定行政庁が認定することによって用途地域による容積率制限を超える容積率を適用するとともに、建築審査会の同意を得た特定行政庁の許可によって斜線制限等も緩和する制度で、再開発地区計画制度がその典型である。

 用途別容積型地区計画制度及び街並み誘導型地区計画制度は、基本的には第3の類型に位置づけられる。しかしながら、用途別容積型地区計画制度は、特定行政庁の認定なしに確認段階で容積率制限の緩和が可能であるし、街並み誘導型地区計画制度は特定行政庁の認定によって斜線制限も緩和することが可能である。この意味で、第3の類型の中でも特異な制度となっている。

 第2章では、用途別容積型地区計画制度の特色を分析した。

 すなわち用途別容積型地区計画制度は、既成市街地のうち公共施設の整備状況が比較的良好な地区を対象として、個別の建築行為の誘導により住宅供給を含めた市街地環境の整備・改善を図る制度として創設された。都市計画決定+確認という明解かつ簡便な手続きにより住宅用途に対する容積率緩和を実現し、しかも計画要件としては、新たな公共施設整備が要請されず、市街地環境担保のための空地確保を地区全体で計画的かつ効率的に行えるため、結果として弾力的運用が可能な制度として設計されている。

 さらに、このような制度の創設が可能となった理由は、住宅の発生集中交通量は他の用途に比較して小さいという知見にあり、これを踏まえた用途別容積率の指定という新たな公共施設負荷調整手法が法令上で担保されたためであることを明らかにした。

 第3章では、街並み誘導型地区計画制度の特色を分析した。

 すなわち街並み誘導型地区計画制度は、既成市街地のうち公共施設の整備が不十分な地区をも対象として、都心居住推進及び都市の防災性向上等の市街地環境の整備・改善を図っていくための制度として創設された。

 同制度は、公共施設の整備が不十分である既成市街地においても、建築物の容積・形態を、公共施設整備状況とのきめ細かなバランスを保ちつつ総合的にコントロールすることにより良好な市街地環境を確保することを、法令上の規定によって担保した制度である。このために、地権者に対して十分なインセンティブを付与しつつ、個別の建築活動の誘導によって、地域特性を生かした市街地像を実現する制度の創設が可能となったことを明らかにした。

 一方、第4章及び第5章では、これら都心型地区計画策定が住民にもたらす効果を計量的に計測する手法について検討した。

 都心区型地区計画が策定されれば、居住者の効用は高まり、地権者にとっての土地経営の期待収益は増大する。その効果は土地資産価値増大に帰着するため、ヘドニック法を適用し、地価関数を推計することによって、その効果を実証的に計測することが可能である。

 しかしながら、従来、各種事業の効果計測等で用いられてきたヘドニック法による計測手法をそのまま適用することはできない。何故ならば、強制力を有する事業であれば、実現性や実現時期に確実な担保がある。このため、推計した地価関数の説明変数に、事業実現時点での地点特性を代入することにより、将来地価を予測することが可能である。しかしながら、地区計画は、あくまで民間の建築活動の規制・誘導が主たる目的であり、実現性やその時期に係る不確実性は高い。このため、地区計画策定による効果を、地区計画策定後、地区内のすべての建築物が計画事項に適合した建築物に建て替わり、意図した街並みや公共的空間の整備が実現するという前提条件のもとで評価することは過大評価となる。

 このため、第4章では、地区ダミー変数を導入した地価関数の推計による効果計測手法について検討し、千代田区における都心区型地区計画策定地区における地区計画策定効果を試算した。

 具体的には、地区計画が策定された地域とそれ以外の地域の双方を含む地域を対象として、地価及び地点属性データを収集したうえで、説明変数として地価調査地点が策定地域内である場合に1、地域外の場合に0の値をとる地区ダミー変数を含めた地価関数を推計する方法である。

 千代田区では、現在10地区において都心区型地区計画が計画決定済み又は計画手続き中である。うえの方法によってこれら地区での地区計画策定による土地資産価値変動効果を試算したところ、これら地区では他の地区に比較し、土地資産価値が約15万円/m2(1998年)上昇していることが明らかになった。

 第5章では、別のヘドニックアプローチによる地区計画策定効果の計測手法を検討した。

 すなわち、都心区型地区計画策定による土地資産価値変動効果は、(a)当該敷地の利用可能容積率増大による高度利用効果、(b)隣接敷地の利用可能容積率増大による環境効果及び(c)地区全体の計画的市街地更新による環境効果から構成される。(c)は地区内の全敷地に対してほぼ一律の効果をもたらすが、(a)及び(b)の大きさは個別の敷地毎に異なる。

 このため、地区計画策定地区内だけの敷地を対象として、従前利用可能容積率及び緩和容積率の双方を説明変数として採用した地価関数を推計するというヘドニックアプローチにより、(c)の効果を捨象した(a)+(b)だけの効果すなわち都心区型地区計画による容積率緩和がもたらす土地資産価値変動効果を計測することが可能となる。

 うえの方法によって、神田和泉町地区を対象として地区計画策定による土地資産価値変動効果を試算した。その結果、地区計画による緩和容積率は土地資産価値を増大させる有意な要因であって、緩和容積率により同地区内の資産価値は約8.3%(1997年)上昇していることが明らかとなった。

 第6章では、本研究で得られた成果を総括するとともに、今後の研究課題を摘出した。

審査要旨 要旨を表示する

 論文題目 容積率緩和型都市計画制度の特色及び地区計画策定等による土地資産価値増大効果の分析

 この論文では、用途別容積型地区計画制度及び街並み誘導型地区計画制度を対象として、容積率制限等を緩和する理論的根拠を検討し、このような制度の創設が可能となった理由を解明するとともに、これらの地区計画策定による効果を実証的に分析した。

 都市計画法等の用途地域による容積率制限は、公共施設に対する負荷を調整するとともに、建物による空間占有度を制御することを通じて、市街地環境を確保するために定められている。容積率制限等緩和型制度とは、公共施設が整備済みであるなどの要件が満たされることで公共施設への負荷を調整するとともに、有効な空地の確保等による市街地環境の整備・改善への貢献に応じて、用途地域による容積率制限等を緩和する制度である。

 第1に、これら制度が創設された経緯、法令上の規定等を分析することによって、制度創設の目的と容積率制限を緩和する理論的根拠を分析するとともに、他の制度に比較して、緩和の要件が比較的緩やかであり、かつ、地方公共団体が弾力的に運用することも可能である制度であることを提示したうえで、それにも拘わらず、市街地環境の整備・改善に資することが制度上の要件によって担保された制度として創設されていることを明らかにした。

 第2に、このような都心区型地区計画策定が地権者や居住者にもたらす効果を実証的に計測し、地権者等にとっての計画策定によるインセンティブが高いことを解明した。具体的には、都心区型地区計画が策定されれば、地権者が利用可能な容積率が増大するとともに、計画事項に適合した建替が漸次的に積み重ねられることによって、良好な街並みが形成されること等を通じて、居住者の効用は増大し、地権者にとっての土地経営の期待収益は増大するという仮説を、ヘドニックアプローチを活用した地区計画策定等による土地資産価値増大効果の分析により検証した。

 第1章では、都市計画法及び建築基準法における容積率制限等緩和型制度について体系的に整理し、その体系における用途別容積型地区計画制度及び街並み誘導型地区計画制度の特色を明らかにした。用途別容積型地区計画制度は、特定行政庁の認定なしに確認段階で容積率制限の緩和が可能であるし、街並み誘導型地区計画制度は特定行政庁の認定によって斜線制限も緩和することが可能である。

 第2章では、用途別容積型地区計画制度の特色を分析した。用途別容積型地区計画制度は、公共施設の整備状況が良好な地区を対象として、個別の建築行為の誘導により住宅供給を含めた市街地環境の整備・改善を図る制度として創設された。このような制度の創設が可能となった理由は、住宅の発生集中交通量は他の用途に比較して小さいという知見にあり、これを踏まえた用途別容積率の指定という新たな公共施設負荷調整手法が法令上で担保されたためであることを明らかにした。

 第3章では、街並み誘導型地区計画制度の特色を分析した。街並み誘導型地区計画制度は、既成市街地のうち公共施設の整備が不十分な地区をも対象として、都心居住推進及び都市の防災性向上等の市街地環境の整備・改善を図っていくための制度として創設された。地権者に対して十分なインセンティブを付与しつつ、個別の建築活動の誘導によって、地域特性を生かした市街地像を実現する制度の創設が可能となったことを明らかにした。

 第4章では、地区ダミー変数を導入した地価関数の推計による効果計測手法について検討し、千代田区における都心区型地区計画策定地区における地区計画策定効果を試算した。千代田区では、現在10地区において都心区型地区計画が計画決定済み又は計画手続き中である。これら地区での地区計画策定による土地資産価値変動効果を試算したところ、これら地区では他の地区に比較し、土地資産価値が約15万円/m2(1998年)上昇していることが明らかになった。

 第5章では、別のヘドニックアプローチによる地区計画策定効果の計測手法を検討した。地区計画策定地区内だけの敷地を対象として、従前利用可能容積率及び緩和容積率の双方を説明変数として採用した地価関数を推計するというヘドニックアプローチにより、都心区型地区計画による容積率緩和がもたらす土地資産価値変動効果を計測することが可能となる。この方法によって、神田和泉町地区を対象として地区計画策定による土地資産価値変動効果を試算した。その結果、地区計画による緩和容積率は土地資産価値を増大させる有意な要因であって、緩和容積率により同地区内の資産価値は約8.3%(1997年)上昇していることが明らかとなった。

 以上のように、容積率緩和型の地区計画制度に関して、現状制度の位置づけとその効果を明確にしたこの論文の学問的な貢献は大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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