学位論文要旨



No 215030
著者(漢字) 阿部,誠
著者(英字)
著者(カナ) アベ,マコト
標題(和) 座標測定機の校正とその信頼性に関する研究
標題(洋)
報告番号 215030
報告番号 乙15030
学位授与日 2001.04.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15030号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高増,潔
 東京大学 教授 大園,成夫
 東京大学 教授 毛利,尚武
 東京大学 助教授 佐々木,健
 東京大学 助教授 川勝,英樹
内容要旨 要旨を表示する

 本論文の目的は,座標測定機(以下CMM)に系統的に観察される幾何学的偏差を運動学的に記述されたパラメトリックエラー表現を用いて校正するとき,校正値とともにその信頼性についても統計的に算出し得る校正方法を確立することにある.

 CMMは任意の測定データムを設定し,ほぼ任意の形体の幾何計測を行い得る唯一の測定機として工業的に重要な位置を占めている.(1)その幾何学的な偏差を効率良く校正し,(2)長さの国家標準にトレーサブルな特性を持たせることは今日の幾何計測における最も重要な課題のひとつになっている.(1)については熟練作業者への依存性が高い1次元的な測定標準に代わって2あるいは3次元的な校正アーティファクトが登場したことにより一定の改善が図られている.ところが次元数の多い校正アーティファクトは測定点配置に制限が多い傾向を示すので,従来の校正手段は校正の能率と測定戦略の自由度とを両立することができなかった.(2)については1970年代からおもに1次元的な長さ測定の知見を延長した多くの試みが成されているが,極めて限られた測定タスクにおける信頼性が評価されるにとどまっている.最近になって計算機上に幾何学的偏差の要因をモデル化して記述し,モンテカル口シミュレーションによって自由な測定タスクの信頼性を定量化する試みも行われているが,経済的な理由などにより必ずしもコンセンサスが得られている状況にはない.

 本研究ではまず,CMMの幾何学的偏差と実際に採用し得る数種類の測定方法に特有な座標変換や投影などのプロセスについて,準剛体運動学モデルに基づく線形で統一された代数表現を用いて記述することを試みた.CMMの基本的な測定値は空間中の1点の座標測定値であり,それをある確率密度関数としてとらえるという視点に立ち,代数,計算方法,そして実現方法の3つの水準を意識した統一したモデル化を実現した.これにより校正値としてのパラメトリックエラー曲線を推定するのとほぼ同時に,本研究が提案する拡張した誤差伝播則によってその統計的な信頼性幅を求めることを実現した.この成果に基づいて2台のCMMの直接比較測定による空間座標の比較測定法を考案した.

 始めに,空間座標の比較測定法の実現可能性をシミュレーションにより検討した.シミュレーションは1軸6自由度の直線案内を対象として行った.この系は空間中での剛体の6自由度をすべて含むので,CMMの構造の基本的な機構要素と考えられることから選定した.観測値に分散を含まない場合,および7水準の異なる分散を含む場合を設定してパラメトリックエラーとその信頼性の推定を行った.いずれの条件でも,期待される信頼性でパラメトリックエラー推定を行い得るとの結果を得た.

 次に,CMMの測定の不確かさに関する新しい「座標測定モデル」についての提案を行った.これは十分な知見と経験が得られている長さ測定の不確かさから,単純な分散・共分散による記述を採用することによって空間中の1点における座標測定の不確かさを代数的に導く新しい方法である.幾何計測において観察される偏差量は,単なるばらつきではなく何らかの空間的な拘束条件を伴った確率過程を想定するほうがより現実の現象に近い.この拘束条件を共分散として与えれば,ISOによる幾何計測における不確かさ推定のガイドラインに沿った評価が可能となる点に大きな意義がある.統いて,座標測定モデルの基本的な特性を確認するための数値シミュレーションを行った.それに際して,分散・共分散で記述された確率過程に従う試行値列を代数的に生成する「特異値分解法」を提案した.シミュレーションの結果より,長さ測定の不確かさと座標測定モデルで求めた1点の座標測定の不確かさとの整合性を確認した.ここでの成果は空間座標の比較測定において,参照される基準CMMの座標測定の不確かさを定量化するために適用された.また本研究に限らず,広くCMMの測定の不確かさの定量化に対して適用し得る可能性がある.

 空間座標の比較測定法による校正システムを実際に試作した.基準CMMと被校正CMMの2台のCMMを直接比較することによって被校正CMMの幾何学的偏差を自動的に収集する方式の確立を試みた.空間的に等方な信頼性で観測値を得ることに着眼し,球形体を介した3次元的な並進偏差の検出を提案した.また2台のCMMの比較測定をを行う際に発生する系統的な誤差要因について補償方法を検討した.これらの検討結果を含めてシステムの動作手順を立案し,ソフト,ハード両面での実装を行った.

 試作した校正システムを用いて実際に被校正CMMの幾何学的偏差の校正を行った.現実のCMMにおいてパラメトリックエラーとその信頼性の同時推定を行うことが可能であった.また,校正結果の評価にあたって,本システムとは独立に校正されたレーザ干渉測長機を参照し,長さの標準にトレーサブルな検討を行った.レーザ干渉測長機によって推定された校正結果と,空間座標の比較測定によって推定された校正結果について,ふたつの方法における校正の不確かさを考慮した検証をパラメトリックエラー曲線において行った.これらの結果により,校正値としてのパラメトリックエラー曲線の信頼性が明らかな校正手法を他に先駆けて確立することができたと考えている.

 本研究の成果は,単に2台のCMMの比較測定による幾何学的な校正の可能性を示したことにとどまらない.不確かさが明らかな幾何学的校正を具体化することについて,近年の校正技術に対する強い要請がある.空間座標の比較測定法はこれに応えたはじめての校正方法となった.また完全に自動化された校正システムとして,工業的にも極めて有用な校正システムを実用化した.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「座標測定機の校正とその信頼性に関する研究」と題し,座標測定機の幾何学的偏差を運動学的に記述されたパラメトリックエラー表現を用いて校正するとき,校正値とともにその信頼性についても統計的に算出し得る校正方法を確立している.

 まず,座標測定機の幾何学的偏差と実際に採用し得る数種類の測定方法に特有な座標変換や投影などのプロセスについて,準剛体運動学モデルに基づく線形で統一された代数表現を用いて記述することを試みている.CMMの基本的な測定値は空間中の1点の座標測定値であり,それをある確率密度関数としてとらえるという視点に立ち,代数,計算方法,そして実現方法の3つの水準を意識した統一したモデル化を実現している.

 次に,座標測定機の測定の不確かさに関する新しい「座標測定モデル」についての提案を行っている.これは十分な知見と経験が得られている長さ測定の不確かさから,単純な分散・共分散による記述を採用することによって空間中の1点における座標測定の不確かさを代数的に導く新しい方法である.続いて,座標測定モデルの基本的な特性を確認するための数値シミュレーションを行った.それに際して,分散・共分散で記述された確率過程に従う試行値列を代数的に生成する「特異値分解法」を提案した.シミュレーションの結果より,長さ測定の不確かさと座標測定モデルで求めた1点の座標測定の不確かさとの整合性を確認した.

 以上の理論的な提案を評価するために,空間座標の比較測定法による校正システムを実際に試作している.基準座標測定機と被校正座標測定機の2台を直接比較することによって被校正座標測定機の幾何学的偏差を自動的に収集する方式の確立を試みた.試作した校正システムを用いて実際に被校正座標測定機の幾何学的偏差の校正を行っている.また,校正結果の評価にあたって,本システムとは独立に校正されたレーザ干渉測長機を参照し,長さの標準にトレーサブルな検討を行い,レーザ干渉測長機によって推定された校正結果と,空間座標の比較測定によって推定された校正結果について,ふたつの方法における校正の不確かさを考慮して検証している.

 本研究の成果は,単に2台の座標測定機の比較測定による幾何学的な校正の可能性を示したことにとどまらない.不確かさが明らかな幾何学的校正を具体化することについて,近年の校正技術に対する強い要請がある.空間座標の比較測定法はこれに応えたはじめての校正方法となり,完全に自動化された校正システムとして,工業的にも極めて有用な校正システムを実用化している.

 以上,本論文は,座標測定機の新しい校正手法を提案し,この手法により座標測定機の校正と同時に信頼性の評価が行えることを示している.さらに,実際に構築した2台の座標測定機の比較測定による幾何学的な校正の有用性を示し,工業的に有用な校正システムの開発に大きく寄与すると考えられる.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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