学位論文要旨



No 215031
著者(漢字) 小澤,あつみ
著者(英字)
著者(カナ) オザワ,アツミ
標題(和) リプロンスペクトロスコピー法による界面活性剤水溶液表面のダイナミクス研究
標題(洋)
報告番号 215031
報告番号 乙15031
学位授与日 2001.04.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15031号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,堅志郎
 東京大学 教授 西,敏夫
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 田中,肇
 東京大学 助教授 酒井,啓司
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、液面の波動を用いて界面活性剤水溶液表面における分子ダイナミクスを解明することを目的とした。液体表面の波動の伝搬は重力と表面張力の2つの物理量が復元力となるが、本研究ではそのうちの表面張力を復元力として伝搬する表面張力波・リプロンを選び、これを観測するためにリプロン励振法とリプロン光散乱法という2つの測定系を組み立てた。この測定系を用いて、界面活性剤水溶液表面における表面粘性・表面弾性の緩和現象の観測および異常なスローダイナミクスの存在を明らかにしこれについて検討を行った。

 論文は7つの章から構成されている。第1章「序論」では本研究に至る背景および本研究の目的や論文の構成、界面活性剤の一般論と本研究で用いる試料について述べる。また、界面活性剤の特徴の1つである吸着現象について述べる。

 第2章「水面波とリプロンの分散」では、地球上に存在する海洋波からリプロンに至るまで全ての波を対象とした一般論を述べた後、リプロンの分散関係について述べる。純水液面を伝搬する場合、これに対して粘性がある液面を伝搬する場合、およびその近似解についてそれぞれ分散式を導出して述べる。本研究で観測するリプロンの波長範囲は0.7μmから1.7mmである。

 第3章「リプロンスペクトロスコピー」では本研究に使用した測定系について述べる。10kHz以下の低周波測定としてリプロン励振法を組み立てた。この測定法は静磁場中の電流に働くローレンツ力を利用してリプロンを人工的に励起させ、それを光検出し、位相と振幅からリプロンの位相速度と減衰を求める手法である。これに対して、10kHz以上1MHzまでの高周波測定としてリプロン光散乱法を組み立てた。これは熱的揺らぎにより自然に生じるリプロンを動的光散乱によって観測する方法である。検出には液面クロス型の光ヘテロダイン系を用いている。こうして周波数1kHzから1MHzという周波数帯域3桁半の広帯域でのリプロン観測を可能とするリプロンスペクトロスコピー法が完成した。また、静的表面張力の測定として吊り板法・Whilhelmy法を用いた。また表面の現象と対応させたバルク中の現象を観測するためパルス・エコーオーバーラップ法による超音波測定を行った。

 第4章「予備実験」では第3章で述べた測定系が有効に機能しているかを確認するためのリプロン測定を行った。標準試料として、純水・エタノール・アセトン等の純粋試料で測定を行い、周波数域1kHzから1MHzの広帯域で分散関係を観測することができた。また分散公式から導かれる表面張力や粘性率は文献値とよく一致する結果が得られた。さらに、アルコール・水系での超音波測定によるバルク中での現象とも比較検討した。

 第5章「SDS水溶液における表面弾性の緩和現象」は、リプロンスペクトロスコピーを応用した研究である。界面活性剤の分子が液体表面に吸着して膜構造を形成すると表面は粘弾性をもつ。この緩和について概念を述べ、吸着分子の拡散過程による緩和式を導出した。また、これとはまったく独立にリプロン観測によるリプロンの減衰と分散関係の測定結果から表面粘弾性を求めた。リプロン周波数1kHzの測定結果は濃度1mM以下では上に記した実験結果は吸着理論から予測される理論曲線と完全に一致した。したがって、低濃度域では分子の拡散過程で表面弾性の周波数依存性を説明することができた。ところが、40kHzのリプロンの伝搬では測定結果は拡散理論よりも高い値となり、緩和過程に分子拡散の他のメカニズムが存在することを示唆していることがわかった。またCMC以上では、緩和理論からの予想に反して表面弾性の存在が観測された。これについては吸着脱離分子と近傍層ミセル中のモノマーとの交換に2段階の平衡過程が存在していることで考察された。

 第6章「CTAB水溶液におけるスローダイナミクス」ではCTAB界面活性剤水溶液表面においてCMC以下の低濃度域で表面形成に数十分以上という非常に長い緩和時間をもつことが観測された。この現象を確認するとともに、その原因について検討し以下のように考察した。緩和時間や緩和スペクトルの形から分子拡散による緩和現象ではないことを明らかにした。その機構として、表面近傍層にきた分子が吸着するまでの間にあるポテンシャルバリアを超えなければならないことを仮定し、そのバリアとして活性剤分子の疎水基を取り囲む水分子のクラスター構造がはずされた高エネルギー状態を考え、定性的に説明した。

 第7章「まとめ」では本研究全体を総括する。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、液面の波動を用いて界面活性剤水溶液表面における分子ダイナミクスを解明することを目的とした。液体表面の波動の伝搬は重力と表面張力の2つの物理量が復元力となるが、本研究ではそのうちの表面張力を復元力として伝搬する表面張力波・リプロンを用い、これを観測するためにリプロン励振法とリプロン光散乱法の2つの測定系を組み立てた。これを用いて、界面活性剤水溶液表面における表面粘性・表面弾性の緩和現象の観測および異常なスローダイナミクスの存在を明らかにしこれについて検討を行った。

 論文は7つの章から構成されている。第1章「序論」では本研究に至る背景および本研究の目的や論文の構成、界面活性剤の一般論と本研究で用いる試料について述べる。また、界面活性剤の特徴の1つである吸着現象について述べる。

 第2章「水面波とリプロンの分散」では、地球上に存在する海洋波からリプロンに至るまで全ての波を対象とした一般論を述べた後、リプロンの分散関係について述べる。純水液面を伝搬する場合、これに対して粘性がある液面を伝搬する場合、およびその近似解についてそれぞれ分散式を導出して述べる。本研究で観測するリプロンの波長範囲は0.7μmから1.7mmである。

 第3章「リプロンスペクトロスコピー」では本研究に使用した測定系について述べる。10kHz以下の低周波測定としてリプロン励振法を組み立てた。この測定法は静磁場中の電流に働くローレンツ力を利用してリプロンを人工的に励起させ、それを光検出し、位相と振幅からリプロンの位相速度と減衰を求める手法である。これに対して、10kHz以上1MHzまでの高周波測定としてリプロン光散乱法を組み立てた。これは熱的揺らぎにより自然に生じるリプロンを動的光散乱によって観測する方法である。検出には液面クロス型の光ヘテロダイン系を用いている。こうして周波数1kHzから1MHzという周波数帯域3桁半の広帯域でのリプロン観測を可能とするリプロンスペクトロスコピー法が完成した。また、静的表面張力の測定として吊り板法・Whilhelmy法を用いた。また表面の現象と対応させたバルク中の現象を観測するためパルス・エコーオーバーラップ法による超音波測定を行った。

 第4章「予備実験」では第3章で述べた測定系が有効に機能しているかを確認するためのリプロン測定を行った。標準試料として、純水・エタノール・アセトン等の純粋試料で測定を行い、周波数域1kHzから1MHzの広帯域で分散関係を観測することができた。また分散公式から導かれる表面張力や粘性率は文献値とよく一致する結果が得られた。さらに、アルコール・水系での超音波測定によるバルク中での現象とも比較検討した。

 第5章「SDS水溶液における表面弾性の緩和現象」は、リプロンスペクトロスコピーを応用した研究である。界面活性剤の分子が液体表面に吸着して膜構造を形成すると表面は粘弾性をもつ。この緩和について概念を述べ、吸着分子の拡散過程による緩和式を導出した。また、これとはまったく独立にリプロン観測によるリプロンの減衰と分散関係の測定結果から表面粘弾性を求めた。リプロン周波数1kHzの測定結果は濃度1mM以下では上に記した実験結果は吸着理論から予測される理論曲線と完全に一致した。したがって、低濃度域では分子の拡散過程で表面弾性の周波数依存性を説明することができた。ところが、40kHzのリプロンの伝搬では測定結果は拡散理論よりも高い値となり、緩和過程に分子拡散の他のメカニズムが存在することを示唆していることがわかった。またCMC以上では、緩和理論からの予想に反して表面弾性の存在が観測された。これについては吸着脱離分子と近傍層ミセル中のモノマーとの交換に2段階の平衡過程が存在していることで考察された。

 第6章「CTAB水溶液におけるスローダイナミクス」ではCTAB界面活性剤水溶液表面においてCMC以下の低濃度域で表面形成に数十分以上という非常に長い緩和時間をもつことが観測された。この現象を確認するとともに、その原因について検討し以下のように考察した。緩和時間や緩和スペクトルの形から分子拡散による緩和現象ではないことを明らかにした。その機構として、表面近傍層にきた分子が吸着するまでの間にあるポテンシャルバリアを超えなければならないことを仮定し、そのバリアとして活性剤分子の疎水基を取り囲む水分子のクラスター構造がはずされた高エネルギー状態を考え、定性的に説明した。第7章「まとめ」では本研究全体を総括する。

 以上を要するに本研究で得られた成果は、物理工学上非常に重要なものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42852