学位論文要旨



No 215034
著者(漢字) 釘宮,章光
著者(英字)
著者(カナ) クギミヤ,アキミツ
標題(和) 親水性モレキュラーインプリントポリマーの合成と応用
標題(洋)
報告番号 215034
報告番号 乙15034
学位授与日 2001.04.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15034号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 輕部,征夫
 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 助教授 畑中,研一
 東京大学 講師 池袋,一典
内容要旨 要旨を表示する

 生体のもつ分子認識という機能とデバイスを組み合わせたバイオセンサーは、医療計測や環境計測などの分野で幅広く利用されているが、その分子認識素子に用いられている天然由来の生体分子は安定性に欠けるなどの問題がある。そのため安定性にも優れた人工分子認識材料の開発が望まれているが、一般にこのような分子認識材料を合成するには認識対象分子に対して個々に分子設計を行わなければならず、また合成には数段階のステップが必要である。

 そこで本研究ではテーラーメイド的に、かつ比較的容易に分子認識材料を合成する方法として知られるモレキュラーインプリンティング法(MI法)に着目した。MI法は、認識対象分子と、その分子と相互作用可能な官能基をもつモノマー(機能性モノマー)とを相互作用させた状態で架橋剤を加えて重合させ、その後認識対象分子をポリマーから洗浄することにより、対象分子に対する相補的な結合部位を有するポリマーを得る方法である。

 従来報告されているMI法に関する研究は、極性の低い溶媒中において相互作用に水素結合を利用したものがほとんどであったため、認識対象とすることのできる分子が非常に限られていた。しかし生体内での分子認識および相互作用は水系において行われており、生理活性物質は水溶性のものも多いことから、MI法で認識可能な分子の可能性を広げるためには水系において分子認識能をもつモレキュラーインプリントポリマーを得ることが非常に重要である。しかしこれまで水系で分子認識能を示すインプリントポリマーについての報告はあまりない。

 本研究では親水性を示す分子を認識対象分子として用い、水系において分子認識能を示すインプリントポリマーを合成することを目的とした。

 第1章は緒論であり、本研究が行われた背景、および本研究の目的と意義を述べた。

 第2章では、極性溶媒中で分子認識能を示すモレキュラーインプリントポリマーの合成を試みた。従来、MI法はメタクリル酸を機能性モノマーに用い、水素結合による認識を基としてインプリントポリマーの設計・合成を目指したものが多いため、認識対象とすることのできる分子、ポリマーの使用条件などが非常に限定されていた。そこでメタクリル酸以外の機能性モノマーを用いて相互作用を工夫することにより、極性溶媒中でもアフィニティーを示すインプリントポリマーの合成について検討した。植物の成長促進などに深く関わる植物ホルモンであるインドール酢酸をモデルのターゲット分子に用いた。機能性モノマーとして静電的にカルボキシル基と相互作用可能なN,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートを新規に用いたインドール酢酸インプリントポリマーは、クロロホルムを主成分とする溶離液のほかに、極性の高いアセトニトリル中においてもインドール酢酸と相互作用可能であった。またそのアフィニティーはメタクリル酸を機能性モノマーに用いたインプリントポリマーよりもクロロホルムを主成分とする溶離液では4.1倍、アセトニトリルでは8.7倍高くなり、より優れた分子認識能を持つことが示された。

 第3章では、前章で検討した極性溶媒中においても分子認識能を示すインドール酢酸インプリントポリマーを分離分析技術に応用することを目的とし、インプリントポリマーを認識素子に用いるバイオミメティックセンサーの開発と、アフィニティータイプの固相抽出カラムとして応用することを試みた。

 インドール酢酸インプリントポリマー固定化水晶振動子は、インドール酢酸に対して選択的に応答を示し、10〜200nmolまでのインドール酢酸の定量が可能であった。また、インプリントポリマーをアフィニティー固相抽出カラムへ応用することにより、クロロホルムに溶解したインドール酢酸が選択的に88%の回収率で濃縮された。また極性の高いアセトニトリルに溶解したインドール酢酸も濃縮率は劣るものの、実際の分離法としてのアフィニティー媒体として有効であることが示された。

 第4章では、生体分子に代表されるような親水性の化合物のインプリンティングを実現することを目指し、水系において分子認識能を示すインプリントポリマーの合成について検討した。生体内において細胞接着や細胞間情報伝達など重要な役割を担っている単糖のシアル酸にアフィニティーを示すポリマーをMI法により合成した。シアル酸はジオール基とカルボキシル基の2つを官能基としてもつため、cis−ジオール基と相互作用可能なホウ酸基、カルボキシル基と相互作用可能と考えられるアミンを結合部位にもつシアル酸インプリントポリマーをそれぞれ合成した。さらにシアル酸に対するアフィニティーの向上を目指し、シアル酸の2つの官能基とそれぞれ相互作用可能な2種類の官能基を結合部位にもつシアル酸インプリントポリマーの合成について検討した。それと同時に水酸基をもつモノマーの2−ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)を加えて重合することにより100%水系で分子認識能を有するポリマーを合成することも試みた。

 得られたポリマーの結合能の評価を行ったところ、2種類の官能基を結合部位にもつシアル酸インプリントポリマーは、pH8.0という条件においてシアル酸に選択的な結合能を示した。また重合時にHEMAを加えることによってインプリントポリマーに親水性の効果を与え、かつ水系において相互作用可能な機能性モノマーを選択することにより100%水系において分子認識能を示すインプリントポリマーの合成が可能となった。

 第5章では、親水性モレキュラーインプリントポリマーの認識機構の解析を行った。前章で水酸基をもつモノマーのHEMAを加えてポリマーを重合すると水系で認識能を示すインプリントポリマーが得られたが、このモノマーを用いることによりインプリントポリマーの重合、認識およびポリマーネットワークに及ぼす効果について液体クロマトグラフィー、NMR等により検討した。

 その結果、ポリマーマトリックス内にHEMA由来の水酸基が配置されることによりポリマーに親水性の効果が付与され、水とインプリントポリマーがなじむことで化合物がインプリントポリマーと接近して相互作用しやすくなり、水系における認識が可能になったと考えられた。ポリマーマトリックス内に適切な化学的環境を付与することにより、MI法により認識対象とすることのできる化合物の範疇が親水性を示す化合物にまで広がり、MI法の汎用性が非常に高まったといえる。

 第6章では、第4章において検討したシアル酸インプリントポリマーを認識素子にもつセンサーシステムの構築について検討した。ホウ酸基と四級アンモニウム基とを認識部位にもつシアル酸インプリントポリマーをSPRチップまたは水晶振動子の上に固定化してセンサー素子を構築し、水系での応答の評価を行った。シアル酸を非還元末端にもつ糖脂質であるガングリオシドGM1を用いてシアル酸インプリントポリマーを固定化したSPRセンサーの応答を評価をしたところ、0.1mg/mL〜1.0mg/mLの範囲でガングリオシドGM1の計測が可能であり、シアル酸をインプリントした効果もみられた。この結果から、インプリントポリマーは、水系におけるセンサーの分子認識素子として応用可能である事が示された。

 第7章は総括であり、本研究によって得られた結果を要約した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はモレキュラーインプリンティング法(MI法)により、水系において分子認識能を示すポリマーを合成する方法と、それを分離分析技術に応用する研究に関するものであり、全7章より構成されている。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにしている。

 第2章では、本論文の目的である水系において分子認識能を示すインプリントポリマーを合成するための序章として、まず極性溶媒中で分子認識能を示すモレキュラーインプリントポリマーの合成を行っている。すなわち植物ホルモンのインドール酢酸の存在下で、機能性モノマーのN,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、架橋剤のエチレングリコールジメタクリレートを共重合させて合成したインドール酢酸インプリントポリマーの結合能の評価を行っている。その結果、メタクリル酸を機能性モノマーとして用いたインプリントポリマーよりも、クロロホルムを主成分とする溶離液ではアフィニティーが4.1倍、アセトニトリルでは8.7倍高くなることを示している。新規の機能性モノマーを用いて相互作用を工夫することにより、極性溶媒中においても優れた分子認識能をもつインプリントポリマーが合成可能であると述べている。

 第3章では、前章で検討した極性溶媒中においても分子認識能を示すインドール酢酸インプリントポリマーを分離分析技術に応用することを目的とし、インプリントポリマーを認識素子に用いるバイオミメティックセンサーの開発と、アフィニティータイプの固相抽出力ラムとして応用することを検討している。インドール酢酸インプリントポリマーを固定化した水晶振動子は、インドール酢酸に対して選択的に応答を示し、10〜200nmolまでのインドール酢酸の定量が可能であることを示している。また、インプリントポリマーをアフィニティー固相抽出力ラムへ応用することにより、クロロホルムに溶解したインドール酢酸が選択的に88%の回収率で濃縮されることを明らかにしている。さらに極性の高いアセトニトリルに溶解したインドール酢酸も濃縮率は劣るものの、実際の分離法としてのアフィニティー媒体として有効であり、MI法で合成したポリマーは実際の分離分析技術に応用可能であると述べている。

 第4章では、本研究の目的である親水性の化合物のインプリンティングを実現することを目指し、生体内において細胞接着や細胞間情報伝達など重要な役割を担っている単糖のシアル酸に対して水系においてアフィニティーを示すインプリントポリマーの合成を行っている。インプリントポリマーに親水性の効果を与えるため、水酸基をもつモノマーである2−ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)を加えるとともに、シアル酸のジオール基と相互作用可能なホウ酸基、カルボキシル基と相互作用可能なアミンを官能基にもつ機能性モノマーを用いてシアル酸インプリントポリマーを合成している。そのようにして得られたシアル酸インプリントポリマーは、pH8.0のトリス緩衝液中でシアル酸に選択的な結合能を有すると述べている。このように8重合時にHEMAを加えてインプリントポリマーに親水性の効果を与えることで、100%水系において分子認識能を示すインプリントポリマーが合成可能であることを明らかにしている。

 第5章では、親水性モレキュラーインプリントポリマーの認識機構の解析を行っている。すなわち水酸基をもつモノマーであるHEMAを加えることによりインプリントポリマーの重合、認識およびポリマーネットワークに及ぼす効果について液体クロマトグラフィー、NMR等により検討している。その結果、ポリマーマトリックス内にHEMA由来の水酸基が配置されることによりポリマーに親水性の効果が付与され、水とインプリントポリマーがなじむことで化合物がインプリントポリマーと接近して相互作用しやすくなり、水系における認識が可能になったと述べている。すなわち、インプリントポリマーに親水性の効果を与えるモノマーと、水系で結合可能な機能性モノマーを選択して使用することにより、水系において分子認識能をもつインプリントポリマーの合成が可能であるということを明らかにしている。

 第6章では、第4章において検討したシアル酸インプリントポリマーを認識素子にもつセンサーシステムの構築について検討している。シアル酸インプリントポリマーを表面プラズモン共鳴(SPR)チップの上に固定化したセンサーについて水系での応答の評価を行ったところ、シアル酸を非還元末端にもつ糖脂質であるガングリオシドGM1を0.1mg/mL〜1.0mg/mLの範囲で計測可能であることを示している。よってインプリントポリマーは分子認識素子として、水系におけるセンシングに応用可能であると述べている。

 第7章は総括であり、本研究を要約して得られた研究成果をまとめている。

 このように本論文では、MI法を用いて水系において分子認識能を有するポリマーの合成法について明らかにしている。またそのポリマーをセンサー素子として適用し、水系における分離分析材料として有効であることを示している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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