学位論文要旨



No 215036
著者(漢字) 志賀,元
著者(英字)
著者(カナ) シガ,ハジメ
標題(和) リバースイムノジェネティックスを用いたHLA−B35に提示されるHIV−1細胞障害性T細胞抗原エピトープの同定
標題(洋)
報告番号 215036
報告番号 乙15036
学位授与日 2001.04.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15036号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 前川,和彦
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 藤野,雄次郎
内容要旨 要旨を表示する

(研究背景)

 細胞障害性T細胞(CTL)は、HIV-1感染症の病態進行メカニズムの上で、また生体内におけるHIV-1ウィルス排除機構の中で、重要な役割を担っていると考えられている。詳細な機序が解明されていないこれらのメカニズムを明らかにし、感染防御法や治療法を開発するために、CTLが認識するHIV-1エピトープを、数多く同定し解析することが望まれている。これまでに行われてきたオーバーラッピングペプチドを用いたエピトープ解析法では、手技が煩雑である上に、あらかじめ得られたCTLに対応したウィルスの部分タンパクの限られた数のエピトープしか、一度には同定することができなかった。Pamerらによって考案されたリバースイムノジェネティックスは、あらかじめ作成したエピトープ候補ペプチドの中かち、実際にCTLに認識されるものを絞り込んで行くエピトープ解析法である。FalkらによるHLA結合ペプチドモチーフの解明や、Takamiyaらによるバインディングアッセイ法の確立により、その絞り込みの手順もかなり簡便なものになった。本研究は、このリバースジェネティックスを用いて、HIV-1SF2株の全アミノ酸配列を対象として、HLA-B35拘束性CTLエピトープの大規模な検索を行ったものである。それにより大量のCTLエピトープの同定を試みるとともに、得られたエピトープの細胞内部からのプロセッシングをも組み換えワクシニアウィルス感染細胞を用いることで検討し、より完全な形でのエピトープ解析法として、リバースイムノジェネティックスを確立することを目的とした。

(研究方法)

1)Falkらにより報告されたHLA-B*3501結合モチーフに基づいて、HIV-1SF2株の全アミノ酸配列の中から候補ペプチドを選択する。

2)選択された候補ペプチドを合成し、それぞれについてHLA-B*3501分子に対する結合能をTakamiyaらの方法により測定する。

3)HLA-B*3501を保有するHIV-1感染患者の血液から分離したリンパ球を、HLA-B*3501分子に結合することが確認されたペプチドで刺激する。

4)ペプチドで刺激した患者リンパ球のペプチド特異的なCTL活性の有無を、ペプチドを提示した細胞に対するCTL活性を測定することにより確認する。

5)ペプチド特異的なCTL活性が確認されたリンパ球について、そのペプチドが由来するウィルスタンパク遺伝子を導入した組み換えワクシニアウィルスに感染した細胞に対するCTL活性を検討し、対象としたペプチドが細胞内でプロセッシングされ、細胞表面に提示されることを確認する。

(結果)

HIV-1・SF2株のアミノ酸配列の中から抜き出した、HLA-B*3501結合モチーフに合致したアミノ酸配列は、全部で64種類であった。これらをすべてペプチドとして合成し、それぞれについてHLA-B*3501分子に対する結合能を測定したところ、結合親和性が認められたペプチドは27種類であった。この27種類のペプチドで、HLA-B35を保有している2名のHIV-1感染患者のリンパ球を刺激したところ、合計12種類のペプチドに対して、HLA-B*3501拘束性で、ペプチド特異的なCTL活性を持つBulk CTLを誘導することができた。これらのBulk CTLのHIV-1タンパク遺伝子を導入した組み換えワクシニア感染細胞に対するCTL活性を検討した結果、12種類のペプチドのうち1種類は、細胞内からの誘導提示が確認できず、さらに1種類は、HLA-B*3501ではなく、HLA-B*5101拘束性のエピトープであることが判明した。残る10種類については、細胞内からの誘導提示も確認され、HLA-B*3501拘束性のHIV-1ウィルスCTLエピトープであると判定された。列記すると次の通りである。

HIV-B35-14 (pol330-338: NPDIVIYQY)、HIV=B35-18(pol587-596: EPIVGAETFY)、HIV-B35-SF2-25(pol587-596: EPIVGAETF)、HIV-B35-POL-20(pol311-319: SPAIFQSSM)、HIV-B35-SF2-4(pol273-282: VPLDKDFRKY)、HIV-B35-SF2-24(pol448-456: IPLTEEAEL)、HIV-B35-SF2-6(nef75-85: RPQVPLRPMTY)、HIV-B35-SF2-8(nef72-80: FPVRPQVPL)、HIV-B35-SF2-33(env77-85: DPNPQEVVL)、HIV-B35-SF2-36(env255-263: RPIVSTQLL)

 これらのうち、HIV-B35-SF2-24及びHIV-B35-SF2-33の2種類は、組み換えワクシニアウィルス感染細胞に対する検討の中で、HLA-B*5101分子にも結合提示認識されていることが判明した。また、HIV-B35-18は、そのアミノ酸配列の中にHIV-B35-SF2-25を含んでいるが、前者によって誘導されたBulk CTLは、後者を負荷したターゲット細胞に対してもCTL活性を示した。HIV-B35-SF2-6もその配列の中に(VPLRPMTY)というモチーフに合致した配列を含んでおり、この配列はCulmannらによってCTLエピトープとしてすでに報告されているものでもあるが、HIV-B35-SF2-6によって誘導されたBulk CTLは、この配列のペプチドを負荷したターゲット細胞に対してCTL活性を示さなかった。

(考察) HLA-B35拘束性のHIV-1ウィルスCTLエピトープは、今回我々が同定した10種類を除くと、現在までに合計6種類が同定されている。このうち1種類は、今回我々が同定したものの変異エピトープである。今回同定した10種類のうち新規のものを9種類と考えると、B35拘束性のHIV-1ウィルスCTLエピトープは合計15種類となる。この数は、これまでに最も多くのHIV-1ウィルスCTLエピトープが同定されたHLAタイプであるHLA-A2の13種類を凌ぐものである。

 今回我々が同定した10種類のエピトープのうち2種類は、HLA-B*3501とHLA-B*5101の2種類のHLA両方に結合提示されるエピトープであることが判明した。このような共通エピトープは、これまでに報告されたことはなく、HLAの抗原提示メカニズムを考える上で興味深い現象である。

 今回我々が同定した10種類のエピトープのうち2種類は、そのアミノ酸配列の中に別のエピトープを包含したものであった。うち1種類から誘導されたBulk CTLは、包含されたエピトープを負荷したターゲット細胞に対して活性を示し、包含されたエピトープと共通したエピトープである可能性も残された。別の1種類から誘導されたBulk CTLは、包含されたエピトープを負荷したターゲット細胞に対して活性を示さず、包含されたエピトープとは別のエピトープとして機能していると考えられた。

 今回検討を行ったHLA-B35分子は、HIV-1感染症の病態進行の上でのrapid progressing因子であるとされている。今回の検討の中で観察された現象の中には、その機序解明につながるものは必ずしも認められなかった。しかし、この問題を含めて、HIV-1感染症の未だ解明されていない特殊な病態の中で、CTLが大きな役割を果たしていることは、多くの研究者が指摘している。より多くの種類のエピトープの解析が必要と考えられているが、今回我々が、飛躍的なまでに大量のエピトープを同定できたことは、病態解明に大きく寄与するものと考えられる。

 感染防御の上でのCTLの役割は明らかではないが、HIV感染に対し高いリスクを有しながらHIV-1抗体陰性にとどまっている健常者の血液からHIV-1エピトープ特異的なCTLが誘導されている事実から見ても、その関与は確実である。リバースイムノジェネティックスを他のHLA分子に適用していくことで、ウィルスの易変異性とHLAの多様性に阻まれていたHIV-1ペプチドワクチンについても、展望が開けるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、リバースイムノジェネティックスにより、HIV-1SF2株の全アミノ酸配列を用いて、HLA-B35拘束性CTLエピトープの大規模な検索を行ったものである。全アミノ酸配列の中から、HLA-B*3501分子結合ペプチドモチーフに合致した、N末端から2番目にプロリンが位置し、かつ8乃至11番目のC末端にチロジンが位置するものおよび9番目のC末端にメチオニン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシンが位置するもの全てを抜き出し、ペプチドとして合成した。これらのペプチドについて、HLA-B*3501結合能、患者血液からのCTL誘導能、組み換えワクシニア感染細胞における発現を検定することで、候補ペプチドを絞り込んでゆき、一度に大量のエピトープを同定したもので、次の結果を得ている。

(1)報告されているHIV-1SF2株の全アミノ酸配列の中で、HLA-B*3501分子に結合するペプチドモチーフに合致する部分は、合計64箇所であった。

(2)64種類の合成ペプチドのうち、HLA-B*3501分子に結合親和性を示したものは、合計27種類であった。

(3)27種類の結合ペプチドのうち、患者血液由来のリンパ球からペプチド特異的なCTLを誘導することができたものは、次の12種類であった。

 HLA-B35-14 NPDIVIYQY pol330-338

 HLA-B35-18 EPIVGAETFY pol587-596

 HLA-B35-SF2-25 EPIVGAETF pol587-595

 HLA-B35-POL-20 SPAIFQSSM pol311-319

 HLA-B35-SF2-4 VPLDKDFRKY pol273-282

 HLA-B35-SF2-24 IPLTEEAEL pol448-456

 HLA-B35-SF2-6 RPQVPLRPMTY nef75-85

 HLA-B35-SF2-8 FPVRPQVQL nef72-80

 HLA-B35-SF2-11 YPLTFGWCF nen39-147

 HLA-B35-SF2-33 DPNPQEVVL env77-85

 HLA-B35-SF2-36 RPIVSTQQL env255-263

 HLA-B35-SF2-38 LPCRIKQII env413-421

(4)組み換えワクシニア感染細胞に対するCTL活性を測定することで、HLA-B35-SF2-11は、細胞内からの誘導が認められないことが判明した。HLA-B35-SF2-38は、HLA-B51拘束性の活性を示したため、HLA-B5101分子によって提示されるエピトープであることが判明した。HLA-B35-SF2-25のアミノ酸配列は、HLA-B35-18に完全に包含されるものであり、これらは同一のエピトープで、真のエピトープ部分はHLA-B35-SF2-25であることが示唆された。

(5)以上より、HLA-B35-14、HLA-B35-SF2-25、HLA-B35-POL-20、HLA-B35-SF2-4、HLA-B35-SF2-24、HLA-B35-SF2-6、HLA-B35-SF2-8、HLA-B35-SF2-33、HLA-B35-SF2-36の9種類は、HIV−1SF2株由来のHLA-B*3501分子によって提示されるエピトープであると同定された。

 以上、本論文は、リバースイムノジェネティックスを大規模に行うことにより、9種類というかつてないほどに大量のエピトープを一度に同定したものであり、リバースイムノジェネティックスがエピトープ検索法として優れたものであることを明らかにしたものである。また、従来のリバースイムノジェネティッスに組み換えワクシニア感染細胞を用いた行程を加えることで、エピトープが実際に細胞内から発現することも確認できており、より完全な形でのリバースイムノジェネティックスを確立したものとも言える。本論文で用いたHLA-B35は、AIDS発症のrapid progressor因子として知られているものであり、今回同定したエピトープからは、数々の興味深い特性が観察されていることからも、本論文が、HIV-1感染症の病態解明へ向けて、大きく寄与することは疑いなく、本論文は学位の授与に値するものと考えられる。

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