学位論文要旨



No 215037
著者(漢字) 林,幸子
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,ユキコ
標題(和) 免疫組織化学およびIn situ hybridization法の病理組織学への応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 215037
報告番号 乙15037
学位授与日 2001.04.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15037号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 森本,幾夫
 東京大学 助教授 丹下,剛
内容要旨 要旨を表示する

 近年、免疫学や遺伝子工学が急速に進歩し、病理組織診断にもそれらの技法が取り入れられるようになった。著者は病理標本を通し、これらの方法を日常応用可能な方法として開発し、患者病態の解明のために役立てるべく研究を行ってきた。以下、著者の取り組んできた種々の手法と得られた知見につき3章に分け述べる。

第一章 正常肺および女性生殖器におけるアミラーゼの証明 −組織化学、免疫組織化学および免疫電子顕微鏡による検出−

 肺癌や卵巣癌の中にアミラーゼを産生する症例が知られており、癌細胞の"異所産生"であると考えられていた。一方、肺や女性生殖器にもアミラーゼが存在するという生化学的所見が報告されたが、アミラーゼ産生細胞の同定はなされていなかった。そこで、正常肺と女性生殖器について免疫組織化学、酵素組織化学および免疫電子顕微鏡法の3法を用い、アミラーゼの局在を検索した。PLP固定凍結標本に対する免疫染色と組織化学は、アミラーゼの局在、染色強度とも同様の結果を示した(Table 1)。肺では上皮細胞と気管支腺漿液細胞に陽性像が認められた。卵管では上皮細胞および上皮細胞内に存在するciliary vesicleに、子宮体部と頚部では上皮細胞と腺細胞に陽性所見が得られた。免疫電子顕微鏡法では、アミラーゼ陽性細胞の蛋白産生にかかわる小器官に陽性反応が認められた。これらの所見は肺癌や卵巣癌が産生するアミラーゼは異所産生ではなくeutopicであることを支持するものであった。また肺の炎症性疾患において生じる肺組織中のアミラーゼ上昇も局所のアミラーゼ産生亢進に基づくと考えられる。

 この研究は肺および子宮の組織にはじめてアミラーゼの局在を示したものであり、さらにその産生は炎症や腫瘍における高アミラーゼ血症の病態を理解する基礎的な知見であると考えられる。

第二章 増殖細胞抗原の同定

 第1部 ホルマリン固定パラフィン標本でのbromodeoxyuridine染色の検討

 第2部 核内増殖細胞抗原とbromodeoxyuridineとの比較検討および、Ki-67染色の肺腫瘍への応用

 腫瘍細胞の増殖能の分析は、腫瘍の悪性度、患者の予後の判定などに有用であるといわれている。古くはラジオアイソトープを標識したthymidineを細胞に取り込ませる方法を用いていたが、近年、増殖細胞抗原に対するモノクローナル抗体が種々開発され、病理標本に応用されるようになった。第1部ではthymidineのアナログであるbromodeoxyuridine(BrdU)に対する抗体を用いたホルマリン固定パラフィン標本での染色法の確立を行った。従来BrdUはホルマリン固定標本での染色は困難であるとされていたが、pronase、pepsin、trypsin等の酵素で前処理することによりアルコール固定標本と同様の染色結果を得る事に成功した。

 第2部では、BrdUに変わりうる増殖細胞抗原の選択をはかった。すなわち、あらかじめ増殖細胞に異種物質を取り込ませる必要のない細胞内在性の核内増殖細胞抗原であるKi-67、DNA polymerase α、PCNAに対する抗体による免疫染色の検討を行った。その上で、それぞれのpositive ratio (PR)とBrdU labeling index (LI)の比較を行った。その結果、BrdU LIと他の抗原のPRは、いずれも良好な相関関係を示し、特に、BrdU LIとKi-67 PRの相関係数はr=0.98、回帰直線はy=1.26x+2.5(y=Ki−67 PR、x=BrdU LI)と最も良好であった(Fig. 1)。そこで、Ki-67を肺腫瘍に免疫染色し、その有用性を検討した。肺腫瘍では組織型によりKi-67 PRが異なり、腺癌での平均値は15%、扁平上皮癌では30%と両者のKi-67 PRに有意差が認められた。腺癌と扁平上皮癌について、それぞれの平均Ki-67 PRより低いグループと高いグループに分け、生存曲線の検討を行った。その結果、Ki-67 PRの低いグループの方が有意に生存率が良好であった。

第3章 Pneumocystis cariniiのIn situ hybridization法による検出

 Pneumocystis carinii (Pc)は免疫能低下患者に多く認められる病原体で、病理組織診断において、特異的染色法の確立が期待されていた。ribosomal RNA (rRNA)は病原体に多量に存在し、種特異性が高いことが知られているが、これをin situ hybridizationに応用した報告はいまだなかった。そこで、rRNAを標的とし、ビオチン標識した合成oligonucleotideを用いてホルマリン固定パラフィン切片上でのin situ hybridizationによるPcの同定を試みた。その結果、Pcが陽性であることが既に判明していた肺(解剖例、12例)はすべて陽性、陰性であることが判明していた肺(解剖例、20例)はすべて陰性という結果を得た(Table 2)。その他の病原体であるウイルス(サイトメガロ、ヘルペス)、マイコバクテリウム(M. tuberculosis、M. kannsasii)、原虫(赤痢アメーバ、クリプトスポリジウム、トキソプラズマ)、真菌(カンジダ、ムコール、クリプトコッカス、アスペルギルス)にはすべて陰性であった。Pcに対するモノクローナル抗体を用いた免疫染色を行ったところin situ hybridization法の結果と一致した。

 本法によるPcの同定は長期間固定した解剖例のホルマリン固定標本においても充分検出可能であった。また、Pcの塩基配列と類似したrRNAをもつ真菌や赤痢アメーバにも反応しないこと、モノクローナル抗体による免疫染色と同様の結果を示したことなど、特異性の高い方法であった。rRNAを検出する方法は、他の病原体にも応用可能な方法であると考えられ、広く普及することが期待される。

Fig.1 Correlation between BrdU LI and Ki-67 PR Regression line : y=1.26x+2.5 Correlation coefficient : r=0.97

Table 1. Reactivity for amylase observed using histochemical and immunohistochemical procedures

Table 2. Reactivity of in situ hybridization and monoclonal antibody with lung tissues.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では最新の免疫学や遺伝子学の手法を病理組織染色に取り入れるため、技術の開発を行った。これらの方法を病理組織学に応用、以下の新しい知見を得ている。

1.正常肺および女性生殖器におけるアミラーゼの証明

 肺癌や卵巣癌にアミラーゼを産生する症例が知られていたが、それは癌細胞の"異所産生"であると考えられていた。しかし、正常の肺や女性生殖器にもアミラーゼを産生する細胞があるのではないかと考え、組織化学、免疫組織化学、免疫電子顕微鏡の三法を用い、これらの正常組織のアミラーゼ染色を行った。その結果、肺では気管支上皮細胞、気管支漿液細胞に、女性生殖器には子宮体部および頸部の腺細胞に陽性細胞が認められた。組織化学的方法ではアミラーゼ活性の、免疫染色ではアミラーゼ蛋白の組織学的証明であり、原理の異なる方法で、同一細胞にアミラーゼの局在を証明した。これらの所見は肺癌や卵巣癌の腫瘍細胞が産生するアミラーゼは異所産生ではなくeutopicであることを支持するものであった。

2.増殖細胞抗原の同定

 腫瘍細胞の増殖能の分析は腫瘍の悪性度、患者の予後の判定に有用であることが知られている。古くはラジオアイソトープを標識したthymidineを細胞に取り込ませる方法が用いられていたが、病理組織診断に応用することが困難であった。近年、増殖細胞抗原に対するモノクローナル抗体が種々開発され、増殖細胞の陽性率を求めることが容易になり、病理標本への応用に道が開けた。しかし、抗体により、得られるデータが異なり、病理診断に有用な抗体の選択を図ることは重要なテーマであった。thymidineのアナログであるbromodeoxyuridine (BrdU)に対する抗体を用いる方法は、細胞のS期を同定する優れた方法であるが、あらかじめ細胞にBrdUを取り込ませる操作が必要とされる(標識法)。一方、細胞内在性の核内増殖細胞抗原であるKi-67、DNA polymerase α、あるいはProliferative cell nuclear antigen (PCNA)に対する抗体を用いる染色は増殖細胞に異種物質を取り込ます必要がない(非標識法)。そこで、上記3種の内在性核内増殖細胞抗原に対する抗体を用いた方法で得られた増殖細胞陽性率とBrdU標識法で得られた標識率を比較検討し、BrdU標識法に変わりうる増殖細胞抗体の選択を試みた。その結果、Ki-67染色がBrdU標識法で得られた値とよく一致したため、Ki-67染色を肺癌に応用した。その結果、Ki-67陽性率が患者の予後判定に有効であることが判明した。

3.Pneumocystis carinii (Pc)のin situ hybridization法による検出

 カリニ肺炎の病原体であるPcの特異的染色法を開発した。ribosomal RNA(rRNA)は生物に多量に存在し、しかも種特異性が高いという点に着目し、PcのrRNAを標的とした新しいin situ hybridization法を考案した。種特異性の高い部位・3カ所に対しビオチン標識anti-sense oligonucleotideを合成、プローブとし、ホルマリン固定パラフィン標本でのPc検出法を検討、確立した。Pc以外の病原体であるウイルス(サイトメガロ、ヘルペス)、マイコバクテリウム(M. tuberculosis、M. kannsasii)、原虫(赤痢アメーバ、クルプトスポリジウム、トキソプラズマ)、真菌(カンジダ、ムコール、クルプトコッカス、アスペルギルス)にはすべて陰性であった。また、Pcに対するモノクローナル抗体による免疫染色でもin situ hybridization法と同様の結果を得た。以上の結果より、本法は特異的なPcの染色法であり病理組織診断に有用な方法であると考えられた。

 以上、免疫染色およびin situ hybridization法の改良、開発を行い、病理組織診断への応用を図り、(1)アミラーゼは膵、唾液腺以外の肺や女性生殖器にも微量ながら存在する、(2)増殖細胞抗原Ki-67染色の有用性、(3)病原体のrRNAを標的とした、in situ hybridization法という新しい試みに成功した事など新知見を得た。これらの研究は病理診断への寄与に多大に貢献し、学位の授与に値するものと考えられる。

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