No | 215039 | |
著者(漢字) | 武田,英彦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タケダ,ヒデヒコ | |
標題(和) | 片側あるいは両側の難聴者における両耳聴の研究 : 伝音性、感音性、神経性難聴と音像定位 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 215039 | |
報告番号 | 乙15039 | |
学位授与日 | 2001.04.25 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第15039号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | I.緒言 音像定位は両耳間の音の時間差と強度差によって生じる知覚で、上オリーブ核は最初に両耳性入力の干渉がおこる部位で音像定位の最下位の中枢である。音像定位検査はヘッドホンで任意に両耳間の時間差または強度差を調整することによって音像の位置を変化させることができ、臨床的にこれまで後迷路機能障害の診断のため研究が進められてきた。本邦において方向感検査装置TD-01として防音室における検査が可能となった。本研究では実験的研究と臨床研究によって、臨床検査として定量的な音像定位検査法を確立し、更に末梢性の障害の音像定位のメカニズムと臨床検査としての有用性を明らかにする。 II.実験的研究 1.目的 正常者に対して方向感検査装置で自記法により6種類の検査音を用いて検査を施行し、検査音別の両耳間強度差と両耳間時間差の音像定位検査の結果ついて検討し、臨床検査として最適な検査音を用いた検査方法を確立する。 2.実験方法 神経学的な異常がなく生理的な聴力の正常者45例を対象に、方向感検査装置TD-01(リオン社製)で音像定位検査を施行し、検査音には純音(以下PT)は500HzPT、800HzPT、1kHzPT、バンドノイズ(以下BN)は500HzBN、800HzBN、1kHzBNを用いた。防音室において自記法によって両耳間強度差音像移動弁別閾値(IID : interaural intensity difference discrimination)と両耳間時間差音像移動弁別閾値(ITD : interaural time difference discrimination)を測定した。 3.結果 周波数間の比較ではIIDはBN、PT共に周波数間では有意差は認められなかったが、ITDはBN、PT共に周波数間で有意差を認め、低周波数で低値を認める傾向にあった。しかし、多重比較では個々の周波数間で有意差は認められなかった。BNとPTの比較ではIID、ITD共には3周波数いずれにおいてもBNとPTの間で有意差を認めた。ITDのスケールアウト例はPTで認められ、500HzPTで4例(9%)、800HzPTで7例(16%)、1kHzPTで8例(18%)認めた。 4.考察 IIDは周波数による影響は受けなかったもののPTよりBNが弁別しやすかったという結果から、BNの方が左右対称性の発火がより多く伝えられることによって音像自体の移動の弁別が容易であった点がIIDを低値にしたと考える。ITDは低周波数領域の検査音では位相同期による発火の間隔が広く保たれるため上オリーブ核における両耳間時間差の検出が容易になり、またBNではPTと比較して多くの神経線維で発火が伝えられ左右対称性の情報が増加し、音像移動の弁別が容易になると考える。個々の周波数間で有意差は認められなかったが、臨床検査としてこれまで500HzBNが用いられており、これらと比較する点からも、検査音としては500HzBNが適していると考える。 III.臨床研究 1.目的 伝音難聴、混合難聴、感音難聴、ANによる神経性難聴などの末梢性の障害と両耳間強度差ならびに時間差による音像定位との関係を明らかにすることであり、聴力レベルの悪化した症例や聴力左右差の拡大した症例で音像定位機能が悪化するメカニズムについて解明し、更に臨床的有用性について検討する。 2.対象ならびに方法 A群)聴力正常者76例、B群)片側性伝音難聴および混合難聴18例、C群)両側性伝音難聴および混合難聴15例、D群)片側性感音難聴50例。E群)両側性感音難聴25例、F群)片側性神経性難聴24例の計208例で70歳未満を対象とし、検査音として500HzBNを用いて「II.実験的研究」と同様の方法で音像定位検査を施行した。また、F群ではABRを施行した。 3.結果 IIDは正常群と比較して各群とも有意差は認められなかった。ITDは正常群と比較して片側性伝音および混合難聴、片側性感音難聴、両側性感音難聴、ANが有意に高値であった。更に、それぞれの群内で聴力レベルによって異常率を比較した結果、感音難聴では片側例において聴力レベルの悪化に伴いITDの異常例が増加する傾向を認めたがANでは軽度難聴例においてもITDの異常例を高率に認めた。AN症例で内耳道内腫瘍と小脳橋角部に突出した腫瘍との異常率の比較ではITDで有意差を認めた。またABR波形でIII波を認めなかった症例では認めた症例と比較して高率にITDのスケールアウト症例を認めた。 4.考察 伝音および混合難聴では伝音機能障害のみがIIDおよびITDに与える影響は軽微であり、蝸牛障害を合併し、その左右差の拡大によってITDを悪化させたと考える。内耳性難聴では蝸牛障害によって臨界帯域幅が拡がり、正中定位音像の輪郭は不鮮明になり、音像移動の弁別閾値(IIDとITDの両者)に影響を与えると考える。また、有毛細胞の障害は位相同期の精度を低下させ、正確な時間情報が減少した点もITDを悪化させると考えられる。 AN例では主に蝸牛神経障害によって高率にITDの異常を認めた。またABRとの関係からAN症例では障害された神経線維において神経発火の伝導の遅れや消失が生じ、両耳間時間差の処理に必要な左右の対応した位相同期した発火が減少するため、上オリーブ核における両耳間時間差の弁別が困難になると考える。またIIDも高度の蝸牛神経障害で悪化する可能性があり、AN症例における聴覚伝導路障害の程度を評価するにはITDだけでなくIIDも参考になるであろう。 音像定位検査はITDによって容易に聴覚伝導路の時間因子の検出が可能であり、500HzBN検査音で興奮した基底膜の特定な部分に起源をもつ蝸牛神経線維の障害の程度を表わす検査として有用な検査法と言える。また、これまでIIDは臨床的に重視されてこなかったが、難聴例でITDと相関を認めた点や蝸牛神経の高度障害で悪化する可能性がある点から、聴覚伝導路障害の程度を評価するにはITDだけでなくIIDも重要である。また、内耳性難聴においても、音像定位検査は容易に難聴者の時間因子の分析能についての情報を得ることができる検査として寄与することが期待される。 IV.総括 ・ITDは低周波数領域の検査音で位相同期による発火の間隔が広く保たれるため、上オリーブ核における両耳間時間差の検出が容易になったと考える。 ・IID、ITD共にBNではPTと比較して多くの神経線維で発火が伝えられ左右対称性の情報が増加する点が音像移動の弁別を容易にしたと考える。 ・末梢性難聴において蝸牛障害によって生じた周波数選択性の低下や位相同期の精度の低下がITDを悪化させたと考える。 ・ANにおいて障害された神経線維では神経発火の伝導の遅れや消失が生じ、正確に位相同期した発火が減少するためITDは高率に悪化した。また、高度の蝸牛神経障害はIIDも悪化させる可能性があることから、IIDとITDは検査音の周波数に特徴周波数を有する蝸牛神経の障害の程度を表すと言える。 ・音像定位検査は、容易に難聴例の時間因子の分析能を評価できる心理学的聴力検査であり、左右差が少ない難聴例ではANのスクリーニング検査としても有用と言える。 | |
審査要旨 | 本研究は難聴例において障害レベルや程度によって音像定位機能が悪化するメカニズムを明らかにするため両耳間強度差音像移動弁別閾値(IID)と両耳間時間差音像移動弁別閾値(ITD)の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.臨床的に有用な音像定位検査方法を確立することを目的として、正常者を対象に方向感検査装置を用いて自記法による検査を施行した。検査音には500Hz、800Hz、1kHzのバンドノイズ(BN)と純音(PT)の6種類を用いて検査を施行し、検査音別のIID、ITDについて検討した。 2.IIDとITDは共にPTに比べBNの方が低値であり、ITDでは周波数による有意差を認めた。BNではPTと比較して多くの神経線維で発火が伝えられ左右対称性の情報が増加する点が音像移動の弁別を容易にすると考えられた。また、低周波数領域の検査音では位相同期による発火の間隔が広く保たれるため、上オリーブ核における両耳間時間差の検出が容易になると考えられた。 3.難聴例において障害レベルや程度によって音像定位機能が悪化するメカニズムを解明し、検査の臨床的有用性について検討することを目的とし、伝音難聴、混合難聴、感音難聴、聴神経腫瘍(AN)による神経性難聴を対象に500HzBN検査音を用い音像定位検査を施行しIIDとITDを測定した。 4.末梢性難聴において聴力レベルの悪化やその左右差の拡大は音像定位機能、特にITDを悪化させた。蝸牛障害によって生じた周波数選択性の低下や位相同期の精度の低下がITDを悪化させると考えられた。 5.ANにおいてITDは高率に悪化し、ABRと密接に関係した。障害された神経線維では神経発火の伝導の遅れや消失が生じ、正確に位相同期した発火が減少するため、上オリーブ核における両耳間時間差の弁別が困難になると考えられた。また、高度の蝸牛神経障害はIIDも悪化させる可能性があることから、IIDとITDは検査音の周波数に特徴周波数を有する蝸牛神経の障害の程度を表すと考えられた。 6.音像定位検査は、容易に難聴例の時間因子の分析能を評価できる心理学的聴力検査であり、軽度難聴例や左右差が少ない難聴例ではANのスクリーニング検査としても有用と考えられた。 以上、本論文は聴神経より末梢の障害でIIDとITDの悪化するメカニズムを明らかにした。本研究は難聴者の音像定位機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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