No | 215041 | |
著者(漢字) | 金,振萬 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キム,ジンマン | |
標題(和) | ストレプトゾトシン誘導糖尿病ラットにおける坐骨神経の軸索輸送、細小血管および組織所見に対する銀杏葉抽出物の効果 | |
標題(洋) | The effects of Ginkgo biloba extract (GBc) on axonal transport, microvasculature and morphology of sciatic nerve in streptozotocin-induced diabetic rats | |
報告番号 | 215041 | |
報告番号 | 乙15041 | |
学位授与日 | 2001.04.25 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第15041号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.研究目的 糖尿病性の神経障害は腎症、網膜症とともに糖尿病の三大合併症の一つで、その頻度は合併症のなかで最も高く、全身に多彩な症状をもたらす。一方、糖尿病は神経の軸索輸送に障害を与えて輸送速度と量を減じ、軸索の萎縮とともに神経細胞と繊維の構造的変化を起こす。 この神経障害の成因は多因子的である。從來から細小血管障害による神経の榮養血管閉塞が重視され、單一性神経障害については血管障害によることがほぼ確実である。近年、細小血管、血小板、内皮細胞、周細胞の代謝異常による機能面の異常から血管障害説が見直されている。代謝因子は合併症の共通の原因として注目されており、神経細胞とその軸索、さらに血管内皮細胞、周細胞などの障害が代謝因子を強く受けているものである。また、高血糖による血管透過性の亢進や、糖化現象にも注目すべき点がある。しかし、神経の生檢標本では毛細血管の変化が明らかに認められ、1本の神経繊維が部分的に多發的に侵かされている。さらに、神経傳導障害は阻血性障害と思える点が多く、神経細胞内の酸素缺乏が實驗的にも證明されている。從って、神経障害のある限度以上の進展は不可逆的な血管障害(細小血管基底膜の糖化、周細胞凝集、内皮細胞変性、透過性変化など)が関連して血流低下、阻血性変化、さらに酸素缺乏をもたらすことによることが考えられる。 天然物質の一部は生体に利益を与える特有な天然生理活性成分を持っている。この天然物質の一つとして銀杏葉抽出物(Ginkgo biloba extract, GBe)は強力な抗酸化力とさまざまな血液學的因子の改善作用を持ち、血行循環改善效果を有することが知られている。本研究は、ストレプトゾトシン(streptozotocin, STZ)により誘導された糖尿病性ラットの坐骨神経の軸索輸送、細小血管および形態学的変化とこれらに対する銀杏葉抽出物の豫防効果を明らかにすることを目的として実施した。 2.研究方法 生後8週齢のWistar雄ラットを用いた。ラットを3群に分け、2群には糖尿病誘發物質としてSTZ60mg/kgをcitrate緩衝液に溶解して1回腹腔投与した。1週間をおいた後、血糖値が250mg/dl以上を示した動物をGBe投与糖尿病群(n=6)と未投与糖尿病群(n=6)の2群に分けた。他の1群はSTZを投与せずcitrate緩衝液のみを1回腹腔投与し、対照群(n=6)とした。GBe投与糖尿病群には0.1%GBe(鮮京インダストリ,韓国)溶液を飮水として6週間与え、他の2群には水道水を6週間与えた。一方、0.1%GBe溶液の攝取量とGBeの經口投与量との関係の定量のために別の糖尿病ラットに1匹当0.1%GBe溶液100ml(4週後から125ml)を毎日与えてその消費量を測定し、經口投與量に換算した。 体重と血糖は2週間隔で測定し、実験終了直前、肝臟と腎臟の重量、血液生化学(SGOT、SGPT、blood urea nitrogen、creatinine、total protein、cholestero1、triglyceride)の測定および血中の過酸化脂質の水準をYagiの方法に依るthiobarbituric acid reactive substance(TBARS)の定量(MDA/ml)で測定した。STZ投与の4週目に、penthobarbita1麻酔下に第3-5腰椎間を部分切開して脊髓にL-[35S]methionineをmicroinjectionした。その3週後、全ラットを屠殺し、右側坐骨神経を摘出して6mmずつの切片とし、さらにホモゲナイズした。その後、電氣泳動(SDS-PAGE)とクマジーブル染色(CBB)とともにフルオログラフィを実施した。坐骨神経を通じて移動する遲い軸索輸送(Slow component a, SCaすなわち分子量68kDa neurofilament成分とSlow component b, SCbすなわちβ−tubulinとactin成分)の状態は放射性ラベルによる分布をBio-imaging analyzer(BAS 2000)を利用する方法で測定した。 一方、左側坐骨神経を摘出し、脊髓から80mmの位置で切片として、前固定、後固定、脱水および包埋の手順による組織處理をした。この組織を0.75cに薄切した後トルイジンプルー(toluidine blue)染色し、光学顕微鏡で觀察した。さらに、semiauto image analyzer(IPAP)で神経纖維密度、軸索直徑と神経内微細血管密度と微細血管内腔などの形態学的分析を行なった。また、坐骨神経内微細血管の組織病理学的觀察をするために固定された組織を0.1μmに超薄切(ultrathin section)後,methanolic uranyl acetateと1ead citrateで染色をして電子顕微鏡で觀察した。 3.研究結果 1) 軸索輸送 GBe未投与糖尿病群は対照群にくらべて遲い軸索輸送因子中のSCa(68kDa neurofilament)の速度は有意差がなかったが、SCb(β−tubulin, actin)速度が有意に減少した(p<0.05)。GBe投与糖尿病群は対照群にくらべて軸索輸送因子速度が減少する傾向を示したが、有意差はなかった。 GBe投与糖尿病群は未投与糖尿病群にくらべてactinの速度が有意に増加した(p<0.05)。 2) 組織所見 (1) 坐骨神経の組織所見 GBe未投与糖尿病群は対照群とくらべて神經軸索の直径が有意に減少した(p<0.01)。GBe投与糖尿病群は対照群にくらべて減少する傾向を示したが、有意差はなかった。3群間の神経纖維密度には有意差がなかった。3群をまとめると軸索輸送因子の速度と軸索の直径には有意な相関があった(Spearman相関係数,rs=0.84, p<0.01)。 (2) 坐骨神經内細小血管の組織病理所見 GBe未投与糖尿病群は対照群とくらべて細小血管内徑が有意に減少した(p<0.05)。GBe投与糖尿病群は対照群と有意差はなかったが増加する傾向を示し、GBe未投与糖尿病群とくらべて有意に増加した(p<0.05)。3群間の細小血管密度には有意差がなかった。GBe未投与糖尿病群は対照群にくらべて内皮細胞変性、周細胞凝集、血管基底膜肥厚により血管内腔が著じるしく減少したが、GBe投与糖尿病群はこの変化があまり大きくなかった。 3) 血液生化学的水準と体重、臟器の重量 GBe未投与糖尿病群は対照群にくらべて血糖が有意に増加し、体重が有意に減少した(各p<0.001)。血液生化学では、血中過酸化脂質をはじめtriglyc eride(各p<0.01)、total protein、cholesterol、BUN、creatinine(各p<0.05)が有意に増加し、肝臟と腎臟の重量(各p<0.01)が有意に減少した。GBe投与糖尿病群も対照群にくらべて血糖が有意に増加し(p<0.001)、体重が有意に減少した(各p<0.01)。血液生化学ではtriglyceride(p<0.05)以外に血中過酸化脂質などは有意差がなく、肝臟と腎臟の重量も有意差がなかった。またGBe未投与糖尿病群より血糖、triglyceride(各p<0.01, p<0.05)と体重(p<0.01)が有意に回復した。 4) GBeの經口投與量 0.1%GBe溶液の攝取量を經口投与量として換算すると、本実験各条件ではGBeの経口投与量は平均120mg/kgであった。 4.考察 本研究でストレプトゾトシン(streptozotocin)により誘導された糖尿病ラットは高血糖と血中過酸化脂質増加および血液生化学異常を示した。さらに坐骨神経系においては軸索輸送速度と軸索徑が共に減少し、また神経内細小血管の内腔減少と損傷を示した。この糖尿病性ラットに6週間銀杏葉抽出物(GBe)を投与した結果、病症は正常水準には完全に戻らなかったが、血糖、血中過酸化脂質と神経内細小血管内腔減少と損傷、軸索輸送速度および軸索徑の有意な改善効果が見られた。さらに、軸索輸送速度と軸索徑の相関が見られた。これより、糖尿病では軸索輸送の異常が骨格系蛋白質(特に、低分子量蛋白質;SCb)の移動に影響を及ぼし、軸索の骨格形成に損傷をあたえると考えられた。高血糖と血中過酸化脂質は神経内細小血管内皮細胞の変性、周細胞凝集、血管基底膜肥厚などを起こして血管内腔を減少させ、神経細胞内の酸素缺乏が誘発され、これが惡循環の始まりになることが考えられている。 これらに対し、銀杏葉抽出物は抗酸化力と多様な血液学的因子の活性化によって糖尿病による神経内微細血管と血行循環の障害を改善したことが考えられた。この效果が今回軸索輸送の損傷による神経の構造変化もある程度抑制したことが推測できる。從って銀杏葉抽出物はストレプトゾトシン誘導糖尿病の神経障害による末梢神経の機能と形態に対する改善効果があると期待される。ヒトにおける糖尿病への適用と効果についてさらに研究が必要と考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究では、ストレプトゾトシン(Streptozotocin, STZ)により誘導された糖尿病疾患モデルラットにおいて、糖尿病の三大合併症の一つである神経障害に関わる坐骨神経の軸索輸送と神経内細小血管の形態学的変化を調べている。この神経障害では、神経の軸索輸送に障害を与えて輸送速度と量が減じ、軸索の萎縮とともに神経細胞と纖維の構造的変化が起こる。この神経障害の成因の一つには血管障害(細小血管基底膜の糖化、周細胞凝集、内皮細胞変性、透過性変化)が關与しており、血流低下、虚血性変化などの神経の榮養血管閉塞によると考えられる。銀杏葉抽出物(Ginkgo biloba extract, GBe)は、抗酸化力と多様な血液学的因子の改善作用を持ち、血行循環改善効果を有することが知られている。本研究はSTZ処理で誘導された糖尿病モデルラットの神経障害と血管障害に対するGBeの効果を調べたもので、下記の結果を得ている。 1.STZにより誘導された糖尿病ラットは、正常ラットにくらべると坐骨神経系において遅い軸索輸送因子中のSlow component b(SCb, 主にβ−tubulinとactin)の速度と神経軸索の直径が有意に減少した。6週間GBeが投与された糖尿病ラットでもこの軸索輸送速度と神経軸索の直径が減少する傾向を示したが、正常ラットにくらべて有意差がなかった。また、糖尿病ラットよりactinの速度が有意に増加していた。神経纖維密度は糖尿病ラット、GBe投与糖尿病ラットおよび正常ラット間で有意差がなかった。これら3群をまとめると軸索輸送因子の速度と軸索の直径には有意な相関があった。これより、STZで誘導された糖尿病ラットでは骨格系蛋白質(特にSCb)の軸索輸送が影響を受け、軸索の形成に損傷を受けると考えられる。 2.糖尿病ラットは正常ラットとくらべて細小血管内径が有意に減少したが、GBe投与糖尿病ラットでは糖尿病ラットにくらべると有意に増加した。一方、3群間の細小血管密度には有意差がなかった。糖尿病ラットでは、内皮細胞の変性、周細胞の凝集、血管基底膜の肥厚による血管の内腔が著じるしく減少した。GBe投与糖尿病ラットではこの変化があまり大きくなかった。 3.糖尿病ラツトは正常ラツトにくらべて血糖が有意に増加し、体重は有意に減少した。血液生化学に関しても、血中過酸化脂質、triglyceride、total protein、cholestero1、blood urea nitrogen、creatinineなどの量が有意に増加し、肝臟と腎臟の重量は有意に減少した。高血糖と血中過酸化脂質などが神経内細小血管の内皮細胞変性、周細胞凝集、血管基底膜肥厚などを起こして血管の内腔を減少させ、神経細胞内の酸素缺乏が誘発され、神経障害惡循環の始まりになる考えられている。GBe投与糖尿病ラットも正常ラットにくらべて血糖、体重とtriglycerideは有意に変化したが、他の血液生化学指標は有意差がなく、臟器重量にも有意差がなかった。また糖尿病ラットより血糖、体重とtriglycerideが有意に増加していた。GBeは、細小血管のみでなく糖代謝の改善にも効果が有ると推測される。 以上、本論文はSTZにより誘導された糖尿病ラットについて、損傷を示した坐骨神経系の軸索輸送、細小血管の形態学的変化などに対して6週間GBeを投与した結果を調べたものである。病症は完全に正常の水準には戻らなかったが、血糖、血中過酸化脂質などと神経内細小血管の損傷の改善が示された。この効果が軸索輸送の損傷による神経の構造変化の抑制に働らく可能性が考えられる。 以上のように、本研究ではGBeの糖尿病に対する効果の可能性を実験条件の限界と共に示したものであり、糖尿病の機序と治療に関して新しい知見を提供するもので、学位の授与に値するものと認められる。 | |
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