No | 215042 | |
著者(漢字) | 田村,幸子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タムラ,ユキコ | |
標題(和) | スギ花粉主要アレルゲン特異的IgE抗体およびIgG抗体が認識するB細胞エピトープに関する検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 215042 | |
報告番号 | 乙15042 | |
学位授与日 | 2001.04.25 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第15042号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | <緒言> スギ花粉症は、スギ花粉蛋白をアレルゲンとしたI型アレルギーである。1964年に初めて堀口らにより我が国のスギ花粉症が報告され、以後増え続けている。現在では、我が国のスギ花粉特異的IgE抗体保有率は30%を超し、その発病率も10%前後と推定されている。 スギ花粉の主要アレルゲンとしてCry j 1、Cry j 2が同定され、そのアミノ酸配列が明らかにされている。Cry j 1は主に花粉壁や外壁に付着している顆粒に、Cry j 2は花粉の細胞質に存在する。花粉中のCry j 1、Cry j 2は鼻粘膜粘液層で遊離され、肥満細胞や好塩基球表面のFcレセプターに結合したIgE抗体に結合する。Fcレセプター間が架橋されるとヒスタミンを初めとする種々の化学伝達物質が細胞外に放出され、平滑筋収縮作用や血管拡張、血管透過性の亢進作用などよりアレルギー反応が引き起こされる。 近年ニホンザルにおいても、鼻水、くしゃみ、目のかゆみなどヒトとまったく同じ症状を示す自然発症のスギ花粉症ザルの存在が報告された。スギ花粉特異的IgE抗体を保有するサルは、Cry j 1、Cry j 2のどちらか一方あるいは両方に対する特異的IgE抗体をもち、ヒトスギ花粉症患者と同様、血中の好塩基球からのCry j 1およびCry j 2特異的ヒスタミン遊離が見られることが報告されている。 スギ花粉症の治療としては、抗アレルギー剤、抗ヒスタミン剤、ステロイド剤、漢方薬などの他、根治療法として減感作療法が行われているが、抗原の量を増量する過程でアナフィラキシーショックなどの副作用を起こすことがあり、問題が残されている。この反面、IgE結合エピトープとならないT細胞エピトープ直鎖や、肥満細胞上のIgE抗体を架橋するおそれのないペプチドを従来の減感作療法に用いれば、アナフィラキシーなどの副作用のない免疫療法が可能となる。スギ花粉症に対するペプチド免疫療法も現在開発中であるが、そのためにはIgE抗体エピトープとT細胞エピトープの同定が必要である。本研究では、第1章において、Cry j 1で免疫したマウスの動物実験モデルを用いて、第2章において、Cry j 2免疫マウスだけでなく、スギ花粉症患者と自然発症のスギ花粉症ザルの血清を用いて、スギ花粉症主要アレルゲンのIgE抗体結合B細胞エピトープについて解析を行った。 <第1章 スギ花粉主要アレルゲンCry j 1で免疫したマウス血清中IgEおよびIgG抗体が認識するCry j 1特異的B細胞エピトープの解析> 免疫マウスはヒト花粉症患者と同様の症状は示さないが、特異的IgE抗体の上昇やリンパ節の抗原特異的増殖能が認められ、簡易に使用できる動物モデルとして極めて有用である。本研究では、Cry j 1を腹腔内投与したCry j 1免疫マウスを用いて、Cry j 1特異的B細胞エピトープを解析した。Cry j 1の合成ペプチドを作成し、マウスのCry j 1特異的IgEおよびIgG抗体とペプチドの反応を、ELISA法を用いて解析した。特異的IgEおよびIgG抗体はどちらもペプチドno.15 141GVEPVHPQDGDALTLRTATN160に強く反応し、その他のペプチドには反応しなかった。特異的IgEおよびIgG抗体とペプチドno.15の反応は、Cry j 1によって強く抑制され、ペプチドno.15はCry j 1蛋白の表面に存在することが推定された。さらに、ペプチドno.15のN末端とC末端側からアミノ酸を1つずつ減らしたペプチドを用いてELISA阻止法を行い、抗体結合に必要な最小のエピトープ145VHPQDGDA152を同定した。マウスのCry j 1-IgEエピトープとIgGエピトープは一致した。Cry j 1のB細胞エピトープについて、これまでにマウス特異的モノクローナル抗体を用いた解析により5つのエピトープの存在が確認されているが、これらのモノクローナル抗体はペプチドno.15に反応しなかった。本研究で同定されたB細胞エピトープは6つ目のシークエンシャルなエピトープと考えられた。 <第2章 スギ花粉症患者、スギ花粉症サル、スギ花粉主要アレルゲンCry j 2免疫マウスにおけるCry j 2特異的B細胞エピトープの解析> Cry j 2の合成ペプチドを用いて、スギ花粉症患者と自然発症のスギ花粉症ザル、Cry j 2免疫マウスにおけるB細胞エピトープの解析をELISA法を用いて行った。 ヒトスギ花粉症患者20人中、16人が1つ以上のペプチドに反応した。10人がペプチドno.13 121GQCKWVNGREICNDRDRPTA140に反応し、8人がペプチドno.31 301YCTSASACQNQRSAVQIQDV320に反応した。ペプチドno.13あるいはno.31を認識した患者血清中の特異的IgE抗体とそれぞれのペプチドの反応は、Cry j 2によって強く抑制され、ペプチドno.13とペプチドno.31はCry j 2蛋白の立体構造の表面に位置することが推測された。また、ペプチドno.13を認識する患者血清中の特異的IgE抗体とCry j 2との反応は、ペプチドno.13によって中程度阻止され、ペプチドno.13は主要なエピトープの1つであることが推測された。スギ花粉症ザルは7匹中5匹がペプチドno.13に反応し、その他のペプチドには反応しなかった。ELISA阻止法により、ヒトスギ花粉症患者と同様、ペプチドno.13は主要なエピトープであることが推測された。Cry j 2免疫マウス血清中の特異的IgE、IgG抗体もペプチドno.13に強く反応し、その他のペプチドには反応しなかった。さらに、異なる2つのエピトープを認識することが確認されている3つのCry j 2特異的マウスモノクローナル抗体のうち、2つがペプチドno.13に反応した。第1章と同様、ペプチドno.13のN末端とC末端側からアミノ酸を1つずつ減らしたペプチドを用いて、ヒトとサルの主要なエピトープno.13の抗体結合に必要な最小のエピトープ124KWVNGREI131を同定した。 IgE抗体はアレルゲンを介して好塩基球や肥満細胞のIgEレセプターを架橋することにより化学伝達物質を遊離させるため、厳密にはIgE抗体がアレルゲン上のエピトープに結合することと、その結合が機能的にもアレルギー反応をもたらすかということは、分けて考える必要がある。本研究ではペプチドno.13がヒトスギ花粉症患者の好塩基球からのヒスタミン遊離を刺激することを確認し、ペプチドno.13がIgE抗体を介してアレルギー反応をひき起こす機能的なエピトープであることが明らかになった。 <結語> スギ花粉症は近年急速に増加し、日本でもっとも患者数の多い慢性疾患の1つであり、大きな社会問題となっている。患者は毎年春、花粉症の症状に苦しみ、現在のところ普及している根治的な治療法はない。本研究では、第1章において、スギ花粉主要アレルゲンCry j 1で免疫したマウスにおけるIgE、IgG-B細胞エピトープを、Cry j 1の合成ペプチドを用いて同定した。Cry j 1免疫マウスにおいて、モノクローナル抗体を用いた方法で解析されたエピトープが少なくとも5つ確認されており、本研究でシークエンシャルなエピトープが1つ同定できたことにより、今後、Cry j 1の3次元立体構造の解明と、マウスにおけるアレルギー機序の解明に役立つものと考えられた。第2章において、Cry j 2合成ペプチドを用いた方法にて、スギ花粉症患者、スギ花粉症サル、Cry j 2免疫マウスにおけるIgE、IgG結合エピトープを解析した。スギ花粉症患者は個人によりいくつかのIgEエピトープを認識することが分かった。また、Cry j 2免疫マウスとスギ花粉症患者、スギ花粉症サルには共通のエピトープが一つ存在することが明らかになった。さらに、エピトープと同定されたペプチドno.13による刺激でスギ花粉症患者の好塩基球からのヒスタミン遊離が確認され、ペプチドno.13は、IgE抗体を介して好塩基球からヒスタミンの遊離を刺激する、機能的なIgE抗体の結合領域であることが明らかになった。 現在、スギ花粉症に対する治療として、ペプチド免疫療法やDNAワクチン療法の開発が行われている。本研究におけるCry j 1およびCry j 2のB細胞エピトープの同定は、これらの治療法開発に不可欠な情報であると考えられた。また、これまでにマウスやサルとヒトで合成ペプチドを用いてIgE抗体が認識するエピトープを比較した報告はなかったが、スギ花粉症患者、スギ花粉症サル、免疫マウスに共通したエピトープの存在により、これらの動物を治療法評価が可能なモデル動物として使用できる可能性があり、興味深い結果であると考えられた。今後は、スギ花粉症動物モデルとしてのマウスとサルにおける治療法開発、さらにスギ花粉症患者治療法の開発に繋がるものと期待される。 | |
審査要旨 | 本研究は、スギ花粉症の根治療法開発のため、その主要アレルゲンCry j 1、Cry j 2のIgEおよびIgG-B細胞エピトープの解析をスギ花粉症患者、花粉症ザル、免疫マウスで試みたものであり、下記の結果を得ている。 1. Cry j 1を腹腔内投与したCry j 1免疫マウスを用いて、Cry j 1特異的B細胞エピトープを解析した。Cry j 1の合成ペプチドを作成し、マウスのCry j 1特異的IgEおよびIgG抗体とペプチドの反応を、ELISA法を用いて解析したところ、特異的IgEおよびIgG抗体はどちらもペプチドno.15 141GVEPVHPQDGDALTLRTATN160に強く反応した。 2.ペプチドno.15のN末端とC末端側からアミノ酸を1つずつ減らしたペプチドを用いたELISA阻止法により、抗体結合に必要な最小のエピトープ145VHPQDGDA152を同定した。 3.Cry j 1特異的マウスモノクローナル抗体を用いた解析により、これまでに5つのエピトープの存在が確認されているが、これらのモノクローナル抗体はペプチドno.15に反応しなかった。ペプチドno.15は、6つ目のシークエンシャルなエピトープと考えられた。 4.Cry j 2の合成ペプチドを用いて、スギ花粉症患者と自然発症のスギ花粉症ザル、Cry j 2免疫マウスにおけるB細胞エピトープの解析をELISA法を用いて行った。ヒトスギ花粉症患者20人中、16人が1つ以上のペプチドに反応した。10人がペプチドno.13 121GQCKWVNGREICNDRDRPTA140に反応し、8人がペプチドno.31 301YCTSASACQNQRSAVQIQDV320に反応した。 5.スギ花粉症ザルは、7匹中5匹がペプチドno.13に反応し、その他のペプチドには反応しなかった。 6.Cry j 2免疫マウス血清中の特異的IgE、IgG抗体もペプチドno.13に強く反応し、その他のペプチドには反応しなかった。さらに、異なる2つのエピトープを認識することが確認されている3つのCry j 2特異的マウスモノクローナル抗体のうち、2つがペプチドno.13に反応した。 7.ペプチドno.13のN末端とC末端側からアミノ酸を1つずつ減らしたペプチドを用いたELISA阻止法により、ヒトとサルの主要なエピトープno.13の抗体結合に必要な最小のエピトープ124KWVNGREI131を同定した。 8.ペプチドno.13とヒト血清アルブミンをEDCにて結合した蛋白を用いて、ヒトスギ花粉症患者の好塩基球を刺激したところ、ヒスタミン遊離が確認された。ペプチドno.13はIgE抗体を介してアレルギー反応をひき起こす機能的なエピトープであることが明らかになった。 以上、本論文は、スギ花粉症主要アレルゲンCry j 1において、免疫マウスにおけるIgE、IgG-B細胞エピトープを合成ペプチドを用いて同定した。また、Cry j 2において、スギ花粉症患者、スギ花粉症サル、Cry j 2免疫マウスにおけるIgE、IgG-B細胞エピトープを解析し、患者とサル、免疫マウスに共通したエピトープの存在を明らかにした。本研究は、スギ花粉症動物モデルとしてのマウスとサルにおける治療法開発、さらにスギ花粉症患者治療法の開発に繋がる重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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