学位論文要旨



No 215043
著者(漢字) 岡本,卓
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,タカシ
標題(和) G蛋白質の活性化モチーフの同定
標題(洋)
報告番号 215043
報告番号 乙15043
学位授与日 2001.04.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15043号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 教授 廣川,信隆
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 講師 門脇,孝
 東京大学 講師 金子,義保
内容要旨 要旨を表示する

アルツハイマー病は、全世界で、患者数が1500万人を数える、老人性痴呆疾患の代表であり、その病態の解明と、治療法の創成が急務となっている。同病の特徴的病理所見のひとつ、老人斑の主成分であるベータアミロイドペプチドの研究から、その前駆体蛋白である、ベータアミロイド蛋白前駆体の機能解明が最重要研究課題のひとつと認識されるようになった。当該研究では、同前駆体に三量体型GTP結合蛋白質を介した細胞内シグナル伝達作用があることを見い出したので、ここに報告する。

まず、三量体型GTP結合蛋白質と受容体との共役機構の解析から、受容体がG蛋白質と共役する上で、重要と思われる条件を見い出すことができたので、その経過について述べる。つぎに、この条件をもとに、ベータアミロイド蛋白前駆体のG蛋白質を介するシグナル惹起作用を見い出したため、その詳細につき記述する。

三量体型GTP結合蛋白質(G蛋白質)は、細胞内のシグナル変換器として様々な細胞作用を担う(Gilman, 1987)。アデニール酸シクラーゼ、フォスフォリパーゼに代表される下位の効果器の活性制御から、細胞増殖、細胞運動、物質運搬、転写制御など生命現象にとって必須な作用のほぼ全般を司る。G蛋白質をシグナル変換器としている細胞膜表面上の受容体は、リガンドの結合にともない、G蛋白質の活性化を惹起し、これらの作用を制御する。G蛋白質と共役する受容体は、そのアミノ酸一次配列から7回膜貫通構造を有していることが想像されており、現在では、千種類以上のものが知られている。ごく最近になって、このタイプの受容体の代表とされるロドプシンの結晶構造解析がなされ、実際、7回膜貫通構造を有することが証明された(Palczewski et al., 2000)。ヒト個体のホメオスターシスにおけるG蛋白質を中心とするシグナル制御機構の重要性は、この機構がヒトの病気の治療薬のターゲットの半数を占めることからも明白である。

G蛋白共役受容体のG蛋白活性化機構の研究は、1980年代後半、Duke大学Lefkowitzらを中心に進められ、特に、ベータアドレナリン受容体においては第3細胞内ループのカルボキシル末端がG蛋白質共役に必須な役割を担っていることが証明されていた(Dohlman et al., 1991)。一方、1988年、東京大学の東島らは、短いアミノ酸からなる昆虫毒素(マストパラン)の研究から、G蛋白質を受容体用に活性化するアミノ酸配列の発見に至っていた(Higashijima et al., 1988)。これらの研究結果から、G蛋白質の活性化には、アミノ酸の一次配列が重要である可能性が示されていた。同年、Harvard大学Kahnらは、1回膜貫通構造受容体であるインスリン受容体にG蛋白質活性化能が存在することを証明し、必ずしも7回膜貫通構造がG蛋白質共役に必須な構造上の条件ではなく、1回膜貫通構造受容体でもG蛋白質と共役しうる可能性を提唱した(Rothenberg et al., 1988)。1996年、ニューヨーク州立大学のMalbonらにより、Gi2のターゲッティングマウスにおいて、インスリン作用が激減していることが示され、実際、インスリン受容体シグナルには、Gi2が生体内では必須の役割を果たしている事が証明された(Moxham et al., 1996)。このような状況にあって、東京大学の小島、西本、尾形らは、1987年、シグナル作用については否定的な見解のあった2型インスリン様増殖因子受容体(IGF-II)の惹起する細胞増殖作用、細胞内カルシウム流入促進作用に注目し、このシグナル経路における百日咳毒素感受性蛋白質の関与を指摘することに成功していた(Nishimoto et al., 1987)。後に、これら作用については、1995年、Pfeiferらにより確認されている(Pfeifer et al., 1995)。さらには、西本らは、精製IGF-II受容体とG蛋白質を用いた人工脂質膜再構成系を用いて、同受容体がG蛋白質と共役することを証明し、1回膜貫通構造受容体のG蛋白質共役を実証するに至った(Nishimoto et al., 1989)。その共役機構の分子レベルでの理解を求めて、本研究は開始された。まず第一に、IGF-II受容体の細胞内ドメインに存在する14アミノ酸残基からなる領域が、Gi2の活性化領域であることを特定した(Okamoto et al, 1990)(図1)。この領域のアミノ酸配列からなる合成ペプチド(P14と命名)は、精製Gi2の活性化を容量、時間依存性に惹起することができた。また、この活性化には、マイクロモル濃度程度のマグネシウムイオンが必要であったこと、百日咳毒素の前処理により、P14によるGi2の活性化を完全に抑止できたことから、このペプチドは、受容体様にGi2を活性化することが判明した。ナノモル濃度のGi2の活性化に、P14は、大過剰のマイクロモル濃度が必要であったが、脂質膜上に再構成したGi2においては、IGF-II受容体の膜貫通領域の一部をP14に付加することで、活性化に必要な濃度は、Gi2のそれとほぼ匹敵する程度に減少させることができ、P14によるGi2の活性化は、生理的条件下でも起こりうる現象であることを示した。一方、IGF-II受容体とGi2を再構成したベジクルに、P14に対する抗体を導入することで、IGF-II依存性のGi2の活性化を遮断することが出来た。以上の結果から、IGF-II受容体のP14領域は、リガンド依存性のGi2活性化領域であることが証明されたといえる。つまり、1回膜貫通構造受容体であるIGF-II受容体は、短い一次アミノ酸配列からなる細胞内の一部領域を機能ドメインとして用いることで、Gi2との共役を可能にすることが明らかになり、この考えかたをいわゆるG蛋白共役受容体である7回膜貫通構造受容体にも適応した場合、同受容体の場合もまた、短い一次アミノ酸配列がG蛋白質共役機構の本質を担う新たな可能性を提示したことになる。また、P14ペプチドのアミノ酸配列に網羅的に変異を加えることで、Gi2の活性化に必要とされるアミノ酸配列上の条件の演繹に成功した。

この条件を用いて、いわゆるGi蛋白質と共役することが知られている7回膜貫通構造受容体に対して、独自のプログラムを作成することで、データベースを用いて検索を行ったところ、ムスカリン受容体、アルファアドレナリン受容体、ドーパミン受容体の細胞内ドメインに、G蛋白質共役候補配列を見い出す事ができた(Okamoto et al., 1992)(図2)。そして、これら配列に対する合成ペプチドを作成し、G蛋白質活性化能を検定したところ、これら受容体のリガンド依存性のG蛋白質共役配列として作動している可能性の高い領域を選び出す事ができた。特に、アルファ2アドレナリン受容体の第2細胞内ループに見い出されたGs活性化配列は、後になって、Liggettらにより、細胞レベルで、Gs活性化能を有する事が示され、我々の見い出したアミノ酸一次配列上の条件は、G蛋白質共役候補配列の同定に有用であることが実証された(Eason et al., 1995)。そこで、この条件を用いて、Gsと共役することが知られるベータ2アドレナリン受容体の細胞内ドメインにGs共役配列を求めたところ、条件に合致する領域を第3細胞内ループのC末部分に見い出すことができた(Okamoto et al., 1991)(図3)。実際、その部分の配列を持つ合成ペプチドは、精製Gsを受容体様に活性化することができた。また、弱いながら、Giを活性化する能力も有していた。また、この合成ペプチドは、膜アデニール酸シクラーゼを活性化することができた。この領域には、プロテインキナーゼAによりリン酸化されるセリン残基が含まれていた。そこで、このセリン残基をリン酸化した合成ペプチドのGi, Gsに対する効果を検討したところ、非リン酸化状態に比し、Gsに対する活性化能は有意に減弱していたが、逆に、Giに対する活性化作用の有意な増強を認めた。実際、リン酸化ペプチドは、膜アデニール酸シクラーゼを活性化する能力を失っていた。以上の結果から、ベータ2アドレナリン受容体のGs共役領域は、第3細胞内ループのC末部分に存在すること、そして、この領域は、自身の出力であるプロテインキナーゼAによって、リン酸化を受けること、リン酸化により、Gs活性化能を失い、逆に、Gi活性化能を獲得することが判明したといえる。後に、Lefkowitzらにより、細胞レベルで、GsからGiへの活性化スイッチがリガンド依存性に生じることが、マップキナーゼをGiの下流の効果器として用いる事で証明され、我々の仮説が正しいことが証明されている(Daaka et al., 1997)。また、Patelらは、我々が見い出したGs共役配列は、実際Gs活性化配列として用いる事ができることを確認している(Sun et al., 1995)。

G蛋白共役候補配列探索条件の有用性が証明されたことを受けて、いよいよ、それまで、機能が不明であったアルツハイマー病の原因遺伝子の一つ、ベータアミロイド前駆体蛋白の機能解析に取り組んだところ、その細胞内ドメインにこの条件に合致する領域を見い出すことができた(Nishimoto et al., 1993)(図4)。つまり、同前駆体には、G蛋白質活性化機能が存在する可能性が示唆されたといえる。そこで、実際、この領域にG蛋白質活性化能があるか否かの検討を試みた。まず、この領域に対応する合成ペプチドの各種精製G蛋白質に対する効果を検討したところ、脳G蛋白質であるGoを選択的に活性化することが判明した。その活性化は、百日咳毒素により阻害を受け、マグネシウム濃度に依存したことから、受容体様の様式をとることも明かとなった。つまり、ベータアミロイド蛋白前駆体は、Goと共役する脳受容体である可能性が提示されたといえる。後に、脳ラフト画分で、同前駆体とGoが複合体形成していることが、フランスのAllinquantらにより示され、この仮説は、支持されるようになった(Brouillet et al., 1999)。

家族性アルツハイマー病では、原因遺伝子に変異を来すと、病気の表現型が100%出現するため、これら原因遺伝子とされる分子の機能解明が主流となっている。ベータアミロイド蛋白前駆体の機能が明らかとなれば、アルツハイマー病の根本原因に迫れる可能性が高いため、さらに、同前駆体とGoの共役の可能性につき、追求を続けた。

ベータアミロイド蛋白前駆体と精製Goを人工脂質膜上に再構成し、抗ベータアミロイド蛋白前駆体抗体で、刺激を加えた。Goの活性化は、抗ベータアミロイド蛋白前駆体抗体により、容量、時間依存性に生じた(Okamoto et al., 1995)(図5)。この活性化は、百日咳毒素の前処理により、阻害を受け、抗Go共役配列抗体により、容量依存性に阻害された。また、マグネシウム濃度依存性に活性化が認められた。さらには、Gi2と同前駆体を再構成した人工脂質膜では、G蛋白質の活性化は、抗ベータアミロイド蛋白前駆体抗体によっては惹起されなかった。以上のことから、ベータアミロイド蛋白前駆体は、Goと選択的に共役する機能的受容体である可能性が示唆されたといえる。そこで、同前駆体とGoとの機能共役が、アルツハイマー病の病態と関連している可能性につき、病気で発見された変異体を用いて、次に検討を加えた。家族性アルツハイマー病で見い出された遺伝子変異にが、同前駆体のGo活性化能を変えることができれば、病態との関連性を議論できると予想したからである。

家族性アルツハイマー病の変異を持つ前駆体を精製し、Go分子と、人工脂質膜に再構成し、Goの活性を抗ベータアミロイド蛋白前駆体刺激下、非刺激下の両者の条件下に検討した。Goとの再構成により、抗ベータアミロイド蛋白前駆体非刺激下において、すでに、Goは活性化されていた(Okamoto et al, 1996)(図6)。つまり、Goの構成的活性化を認めた。この活性化は、やはり、百日咳毒素前処理、抗Go共役配列抗体により阻害を受けたため、病気の変異体もまた、野生型と同様、受容体様に、Goを活性化していること、細胞内ドメインに存在するGo共役配列を用いてGoの活性化を惹起していることが判明した。これらの結果から、病気の変異体は、Goを構成的に活性化する機能を有することが判明した。

以上の結果から、アミロイド蛋白前駆体は、Goと共役しうる脳受容体であり、病気の変異に伴い、Goを構成的に活性化する能力を獲得することが示されたと言える。後になって、別のアルツハイマー病の原因遺伝子、プレセニリンー1にも、Goとの結合機能がSmineらにより見い出された(Smine et al., 1998)。これらのことを総合すれば、家族性アルツハイマー病の病因遺伝子群の共通の標的としてGoを想定することができ、Goの制御するシステムの理解が、アルツハイマー病の病態理解に連結するものと推定された。

文献

 Brouillet, E., Trembleau, A., Galanaud, D., Volovitch, M., Bouillot, C., Valenza, C., Prochiantz, A., and Allinquant, B. (1999). The amyloid precursor protein interacts with Goheterotrimeric protein within a cell compartment specialized in signal transduction. J Neurosci 19, 1717-27.

 Daaka, Y., Luttrell, L. M., and Lefkowitz, R. J. (1997). Switching of the coupling of the beta2-adrenergic receptor to different G proteins by protein kinase A. Nature 390, 88-91.

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 Eason, M. G., and Liggett, S. B. (1995). Identification of a Gs coupling domain in the amino terminus of the third intracellular loop of the alpha 2A-adrenergic receptor. Evidence for distinct structural determinants that confer Gs versus Gi coupling. J Biol Chem 270, 24753-60.

 Gilman, A. G. (1987). G proteins: transducers of receptor-generated signals. Annu Rev Biochem 56, 615-49.

 Higashijima, T., Uzu, S., Nakajima, T., and Ross, E. M. (1988). Mastoparan, a peptide toxin from wasp venom, mimics receptors by activating GTP-binding regulatory proteins (G proteins). J Biol Chem 263, 6491-4.

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 Okamoto, T., Takeda, S., Giambarella, U., Murayama, Y., Matsui, T., Katada, T., Matsuura, Y., and Nishimoto, I. (1996). Intrinsic signaling function of APP as a novel target of three V642 mutations linked to familial Alzheimer's disease. EMBO J 15, 3769-77.

 Okamoto, T., Takeda, S., Murayama, Y., Ogata, E., and Nishimoto, I. (1995). Liganddependent G protein coupling function of amyloid transmembrane precursor. J Biol Chem 270, 4205-8.

 Palczewski, K., Kumasaka, T., Hori, T., Behnke, C. A., Motoshima, H., Fox, B. A., Le Trong, I., Teller, D. C., Okada, T., Stenkamp, R. E., Yamamoto, M., and Miyano, M. (2000). Crystal structure of rhodopsin: A G protein-coupled receptor. Science 289, 739-45.

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 Smine, A., Xu, X., Nishiyama, K., Katada, T., Gambetti, P., Yadav, S. P., Wu, X., Shi, Y. C., Yasuhara, S., Homburger, V., and Okamoto, T. (1998). Regulation of brain G-protein go by Alzheimer's disease gene presenilin-1. J Biol Chem 273, 16281-8.

 Sun, H., Seyer, J. M., and Patel, T. B. (1995). A region in the cytosolic domain of the epidermal growth factor receptor antithetically regulates the stimulatory and inhibitory guanine nucleotide-binding regulatory proteins of adenylyl cyclase. Proc Natl Acad Sci U S A 92, 2229-33.

(図1)IGF-II受容体のGi2活性化機構

IGF-II受容体は、リガンドであるIGF-II依存性に、Gi2を、その共役ドメインを介して活性化する。その共役ドメインは、G蛋白質活性化配列モチーフ構造を持つ。

(図2)M4ムスカリン受容体のG蛋白質活性化機構

M4ムスカリン受容体のG蛋白質活性化候補配列は、その第3細胞内ループのC末の領域に存在する。

(図3)ベータアドレナリン受容体のGs活性化機構

ベータアドレナリン受容体は、Gs活性化領域を介してリガンド依存性に、Gsを活性化する。Gsの活性化は、アデニール酸シクラーゼ、PKAの活性化を促し、その下位の効果器の機能制御を担う。一方、PKAは、ベータアドレナリン受容体のGs活性化領域をリン酸化する。リン酸化されたGs活性化領域は、非リン酸化状態では、弱いGi刺激活性が増進される反面、Gs活性化能を失い、アデニール酸シクラーゼの活性抑制に転ずる。

(図4)APPのGo共役領域

APPの機能ドメインとして、細胞外のヘパリン結合ドメインが良くしられているが、その細胞内ドメインには、Goとの結合領域があることが判明した。

(図5)APPのリガンド依存性のGo活性化機構

APPは、細胞内ドメインに存在するGo活性化領域を介して、リガンド依存性にGoを活性化することができる。

(図6)家族性アルツハイマー病でみられるAPP変異体の構成的Go活性化機構

APPのGo活性化能は、家族性アルツハイマー病でみられるAPP内の点突然変異にともない、構成的にONとなる。

審査要旨 要旨を表示する

アルツハイマー病は、全世界で、患者数が1500万人を数える、老人性痴呆疾患の代表であり、その病態の解明と、治療法の創成が急務となっている。同病の特徴的病理所見のひとつ、老人斑の主成分であるベータアミロイドペプチドの研究から、その前駆体蛋白である、ベータアミロイド蛋白前駆体の機能解明が最重要研究課題のひとつと認識されるようになった。当該研究では、同前駆体に三量体型GTP結合蛋白質を介した細胞内シグナル伝達作用があることを見い出し、以下の結果を得ている。

1.まず第一に、IGF-II受容体の細胞内ドメインに存在する14アミノ酸残基からなる領域が、Gi2の活性化領域であることを特定した。この領域のアミノ酸配列からなる合成ペプチド(P14と命名)は、精製Gi2の活性化を容量、時間依存性に惹起することができた。また、この活性化には、マイクロモル濃度程度のマグネシウムイオンが必要であったこと、百日咳毒素の前処理により、P14によるGi2の活性化を完全に抑止できたことから、このペプチドは、受容体様にGi2を活性化することが判明した。ナノモル濃度のGi2の活性化に、P14は、大過剰のマイクロモル濃度が必要であったが、脂質膜上に再構成したGi2においては、IGF-II受容体の膜貫通領域の一部をP14に付加することで、活性化に必要な濃度は、Gi2のそれとほぼ匹敵する程度に減少させることができ、P14によるGi2の活性化は、生理的条件下でも起こりうる現象であることを示した。一方、IGF-II受容体とGi2を再構成したベジクルに、P14に対する抗体を導入することで、IGF-II依存性のGi2の活性化を遮断することが出来た。以上の結果から、IGF-II受容体のP14領域は、リガンド依存性のGi2活性化領域であることが証明されたといえる。つまり、1回膜貫通構造受容体であるIGF-II受容体は、短い一次アミノ酸配列からなる細胞内の一部領域を機能ドメインとして用いることで、Gi2との共役を可能にすることが明らかになり、この考えかたをいわゆるG蛋白共役受容体である7回膜貫通構造受容体にも適応した場合、同受容体の場合もまた、短い一次アミノ酸配列がG蛋白質共役機構の本質を担う新たな可能性を提示したことになる。また、P14ペプチドのアミノ酸配列に網羅的に変異を加えることで、Gi2の活性化に必要とされるアミノ酸配列上の条件の演繹に成功した。

2.この条件を用いて、いわゆるGi蛋白質と共役することが知られている7回膜貫通構造受容体に対して、独自のプログラムを作成することで、データベースを用いて検索を行ったところ、ムスカリン受容体、アルファアドレナリン受容体、ドーパミン受容体の細胞内ドメインに、G蛋白質共役候補配列を見い出す事ができた。そして、これら配列に対する合成ペプチドを作成し、G蛋白質活性化能を検定したところ、これら受容体のリガンド依存性のG蛋白質共役配列として作動している可能性の高い領域を選び出す事ができた。

3.そこで、この条件を用いて、Gsと共役することが知られるベータ2アドレナリン受容体の細胞内ドメインにGs共役配列を求めたところ、条件に合致する領域を第3細胞内ループのC末部分に見い出すことができた。実際、その部分の配列を持つ合成ペプチドは、精製Gsを受容体様に活性化することができた。また、弱いながら、Giを活性化する能力も有していた。また、この合成ペプチドは、膜アデニール酸シクラーゼを活性化することができた。この領域には、プロテインキナーゼAによりリン酸化されるセリン残基が含まれていた。そこで、このセリン残基をリン酸化した合成ペプチドのGi,Gsに対する効果を検討したところ、非リン酸化状態に比し、Gsに対する活性化能は有意に減弱していたが、逆に、Giに対する活性化作用の有意な増強を認めた。実際、リン酸化ペプチドは、膜アデニール酸シクラーゼを活性化する能力を失っていた。以上の結果から、ベータ2アドレナリン受容体のGs共役領域は、第3細胞内ループのC末部分に存在すること、そして、この領域は、自身の出力であるプロテインキナーゼAによって、リン酸化を受けること、リン酸化により、Gs活性化能を失い、逆に、Gi活性化能を獲得することが判明したといえる。

4.G蛋白共役候補配列探索条件の有用性が証明されたことを受けて、それまで、機能が不明であったアルツハイマー病の原因遺伝子の一つ、ベータアミロイド前駆体蛋白の機能解析を施行したところ、その細胞内ドメインにこの条件に合致する領域を見い出すことができた。つまり、同前駆体には、G蛋白質活性化機能が存在する可能性が示唆されたといえる。そこで、実際、この領域にG蛋白質活性化能があるか否かの検討を試みた。まず、この領域に対応する合成ペプチドの各種精製G蛋白質に対する効果を検討したところ、脳G蛋白質であるGoを選択的に活性化することが判明した。その活性化は、百日咳毒素により阻害を受け、マグネシウム濃度に依存したことから、受容体様の様式をとることも明かとなった。つまり、ベータアミロイド蛋白前駆体は、Goと共役する脳受容体である可能性が提示されたといえる。

5.ベータアミロイド蛋白前駆体と精製Goを人工脂質膜上に再構成し、抗ベータアミロイド蛋白前駆体抗体で、刺激を加えた。Goの活性化は、抗ベータアミロイド蛋白前駆体抗体により、容量、時間依存性に生じた。この活性化は、百日咳毒素の前処理により、阻害を受け、抗Go共役配列抗体により、容量依存性に阻害された。また、マグネシウム濃度依存性に活性化が認められた。さらには、Gi2と同前駆体を再構成した人工脂質膜では、G蛋白質の活性化は、抗ベータアミロイド蛋白前駆体抗体によっては惹起されなかった。以上のことから、ベータアミロイド蛋白前駆体は、Goと選択的に共役する機能的受容体である可能性が示唆されたといえる。

6.家族性アルツハイマー病の変異を持つ前駆体を精製し、Go分子と、人工脂質膜に再構成し、Goの活性を抗ベータアミロイド蛋白前駆体刺激下、非刺激下の両者の条件下に検討した。Goとの再構成により、抗ベータアミロイド蛋白前駆体非刺激下において、すでに、Goは活性化されていた。つまり、Goの構成的活性化を認めた。この活性化は、やはり、百日咳毒素前処理、抗Go共役配列抗体により阻害を受けたため、病気の変異体もまた、野生型と同様、受容体様に、Goを活性化していること、細胞内ドメインに存在するGo共役配列を用いてGoの活性化を惹起していることが判明した。これらの結果から、病気の変異体は、Goを構成的に活性化する機能を有することが判明した。

以上、本論文は、アミロイド蛋白前駆体は、Goと共役しうる脳受容体であり、病気の変異に伴い、Goを構成的に活性化する能力を獲得することを示したと言える。これらのことを総合すれば、家族性アルツハイマー病の病因遺伝子群の共通の標的としてGoを想定することができ、Goの制御するシステムの理解が、アルツハイマー病の病態理解に連結するものと推定されたことになり、アルツハイマー病の病態理解に役立つ重要な貢献をしたものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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