No | 215045 | |
著者(漢字) | 久保田,雅也 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | クボタ,マサヤ | |
標題(和) | 脳磁図を用いたロ−ランドてんかんのロ−ランド発射発生機序の研究 | |
標題(洋) | Magnetoencephalographic study of generator mechanism of Rolandic discharges in patients with Rolandic epilepsy. | |
報告番号 | 215045 | |
報告番号 | 乙15045 | |
学位授与日 | 2001.04.25 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第15045号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | はじめに 良性ローランドてんかん(BRE)は3才から12才の小児期に発症する予後良好なてんかん症候群であり、脳波上の特徴として中心側頭部に頻発するいわゆるローランド発射(rolandic discharge, RD)を有する。RDは小さい陽性棘波、大きい陰性棘波、それに続く陽性徐波より成る(図1a)。本症候群の典型的発作であるシルビウス発作(sylvian seizure)は睡眠時の片側口腔顔面の運動発作であり、発語停止や唾液分泌過多を伴い、意識は保たれていることが多い。また、本症候群は片側上肢の間代性けいれんを伴うことが多い。本症候群の脳波上の特徴であるローランド発射はシルビウス発作との関連からその起源は中心溝周囲の主に口腔顔面を支配する一次感覚運動野が推定されているがその詳細、および年齢依存性、14、5歳までには消失する発達上の機構については不明である。良性ローランドてんかんの患者のうち約40%で上下肢のハンマーによるタッピングや正中神経の電気刺激により脳波上ローランド発射と極めて類似した誘発電位が認められることは従来から知られていたがその発生機構やローランド発射そのものとの時間空間的な関係は不明なままであった。近年脳磁図測定装置は多チャンネル化が進み脳波と比較し電流源に関しての空間解像度が高く、また無侵襲であるため小児に対しても臨床応用が検討されるようになった。本研究では正中神経の電気刺激により誘発されるローランド発射に類似した巨大な誘発電位を有するBREの患者に対し脳磁図を用いその発生機構の解析と発達特性の検討を行ったものである。 対象 5人(男児3人、女児2人、6-9才、平均7.6才)のBREの患者が対象であり、全ての患者は正中神経刺激により反対側中心頭頂部に巨大な体性感覚誘発電位中潜時成分が誘発される(図1b)。5人中3人にシルビウス発作、上肢の間代性けいれんがみられ、他の2人は二次性全般化と考えられる全身性強直性間代性けいれん、および非定型欠伸を認めた。5人とも精神運動発達に異常はなく、頭部MRIにも異常を認めない。比較のため巨大な体性感覚誘発電位の誘発されないBREの患者6人(男児4人、女児2人、7-13才、平均10.5才)およびその他の小児期発症てんかん症候群7人(男児2人、女児5人、8-12才、平均9.5才)を対象とした。 脳磁図によるローランド発射および体性感覚誘発磁場の解析方法 ローランド発射および正中神経刺激による体性感覚誘発磁場は磁気遮蔽室においてBTi社37チャンネル脳磁図測定装置により測定された。検出器は直系144mmで2cm間隔で37点の磁場を測定するもので中心頭頂部に置かれた。鼻根、両耳介前点をsensor position indicatorにて検知し、検出器との空間的関係を記録し、頭部座標を確立した。また頭部表面をデジタイザーでなぞり、後の球近似、及び等価電流双極子の頭部MRI重畳に使用した。ローランド発射に関する脳磁図は同時記録した脳波を見ながら6秒ごとに0.1もしくは1.0-200Hzでフィルター後500Hzのサンプル周波数で記録した。その後5-100Hzでデジタルフィルターをかけローランド発射の各頂点の電流源を2ミリ秒ごとに球近似、単一等価電流双極子の仮定のもとに計算した。等価電流双極子の強度(dipole moment)、及び位置と方向を求めた。推定結果から理論的に求まる磁場分布と実際に観測された磁場分布との相関計数が0.98以上の場合を検討の対象とした。体性感覚誘発磁場は手首部にて正中神経を感覚閾値の2-3倍の強さで0.2m秒電気刺激し、反対側中心部に検出器を置き測定した。0.1-800Hzでフィルター後4kHzのサンプル周波数で記録した。刺激前40ミリ秒および刺激後100もしくは160ミリ秒を200-300回加算平均した。後頸骨神経刺激による体性感覚誘発磁場も3例で求めた。 結果 代表的なローランド発射の脳磁図−脳波同時記録を図2aに、また正中神経刺激による体性感覚誘発磁場(SEF)および誘発電位(SEP)を図2bに示す。ローランド発射の初期陽性棘波(a)と大きい陰性棘波(b)に相当する部位に位相の逆転した磁場変化PRDmとNRDmを認める。また、SEPでのN20, P27, N70に相当する磁場変化としてSEFにてN20m, P30m, N70mを認める。このPRDmとNRDmとP30m, N70mは波形、磁場分布とその時間的な関係が酷似していた。5人の患者全てに同様の傾向を両側半球で認めた。BRE以外のてんかん症候群のSEFの各頂点の等価電流双極子の強度(dipole moment)の平均+3SDを超える場合を巨大SEFとすると表のようにN70mが5人では全て巨大化していた。P30mは症例3を除き片側もしくは両側で巨大化した。N20mは症例1の右半球での反応のみ巨大化していた。 BREの患者で巨大体性感覚誘発電位の誘発されない群は各頂点の等価電流双極子の強度はその他のてんかん症候群と大差なかった。また、症例3は9才および11才に検査を行い、11才時にはRDおよび発作は消失していたが、9才時には巨大化していたN70mの等価電流双極子の強度が11才では正常化した。次にRDの陰性棘波とSEF成分の電流源の局在をみると図3のようになった。5人の両側半球の結果を総合するとN70m電流源はN20m電流源の後方8.6±4.2mm(1.9-18.5mm)に位置した。これは中心後溝に位置し後部頭頂皮質(posterior parietal coetex、area 5, 7)での発生が推定された。またRDの陰性棘波の電流源(NRDm)はN70mのそれと同方向を向きほぼ同じ部位に位置した。症例1ではN70m以外に巨大化したN90mを独立して認め、N20mの電流源より18mm前下方にその電流源が局在し、二次感覚野での発生が推定された。また、全ての症例でN20m-P30m-N70mの電流源の動きを詳細に追ってみると中心溝後部より発生したN20mがやや前方に向かい、右半球では時計方向に、左半球では反時計方向に回転しながらほぼ同位置でP30mとなり、その後さらに回転しN20mやP30mと独立に後部頭頂皮質でN70mが発生した。後頸骨神経刺激による体性感覚誘発磁場においては巨大な反応は誘発されなかった。 考察 本研究により以下のことが明かとなった。 (1)RDと正中神経電気刺激によるSEFは波形、空間的分布、各頂点の時間的関係が対応する。特にRDの初期陽性波はSEFのP30mに、RDの陰性棘波はSEFのN70mに対応した。P30m, N70mは対象と比較しその電流源強度は有意に巨大化していた。N20mの巨大化は1例の一側のみであり視床から一次感覚野へ到達以降の感覚情報処理過程(P30m-N70mの巨大化)、特に中潜時成分の巨大化にRDの発生の要因はあると思われる。これらはラットにおける体性感覚誘発電位中潜時成分と脳波上の棘波の発生との関係に一致し、共通の生理学的基盤が推測される。中潜時成分の感覚情報処理過程において興奮性および抑制性のアンバランスがあり、てんかん源性を獲得していくものと思われる。 (2)P30m, N70mの電流源の局在をみるとP30mは主に一次感覚野area 3b, N70mは後部頭頂皮質area5, 7が想定された。1例でN70m以外にN90mも独立して認め、その電流源は第二感覚野に想定された。末梢から視床、一次感覚野へ上向してきた体性感覚はさらに後部頭頂皮質(頭頂連合野)や第二感覚野で高次の処理を受けるがP30m, N70m, N90mの巨大化、ひいてはRDの発生にはこの正常でみられる過程での何らかの機能的変容が関連するすると考えられた。一般に皮質の成熟の過程で初期には過剰なニューロンやシナプスが形成されその後統合選択により数としては減少し、髄鞘化も感覚経路でいうと高次処理をつかさどる部位ほど完成は遅れる。後部頭頂皮質(頭頂連合野)や第二感覚野での処理が本疾患患者では機能的に未熟もしくは過剰であり、その生理学的表現が初期皮質成分N20mは正常で中潜時成分N70m, N90mが巨大化していると考えられる。 (3)症例3において急性期(9才)と症状の治まった時期(11才)に検査したが、脳波上のRDの消失に対応する様にSEFにおける巨大N70mは正常化した。この所見もRDの発生及び消滅に中潜時成分N70mが強く関連することを示唆した。今だ不明の機序により本疾患は治癒に向かうが生理学的には中潜時成分N70mの正常化、RDの消失が対応する。これまでの報告とあわせると本疾患の年齢依存性は中枢神経発達過程における手や口腔顔面領域の感覚情報処理のアンバランスな成熟にあると思われる。個々の患者の発作型は過興奮性を持つ領域の脳内分布に依存する。上肢、口腔顔面領域の発作は多いが下肢は少ない。後頸骨神経刺激による体性感覚誘発磁場では巨大反応が誘発されなかったことも上記2つの領域が大きいだけでなく足の領域に比べ異なる発達特性を有するためと考えられる。 (4)本研究と同様にRDと体性感覚誘発反応を機能的MRIやSEPを用いて解析した研究はあるが、それぞれ時間解像度と空間解像度が劣り詳細な解析は不可能であった。今回脳磁図を用いることによりそれらの時間空間的動態が明らかとなった。脳磁図は無侵襲であり小児期の神経生理学的検索における有用性も示された。 図1 ローランド発射(a)および正中神経刺激による巨大誘発反応(b) 図2ローランド発射(a)および体性感覚誘発磁場(SEF)、電位(SEP)(b) 図3 RDの各頂点(PRDm, NRDm, NRDm')とSEF成分の等価電流双局子の局在 表5人の患者とコントロールの各SEF成分のダイポールモーメント | |
審査要旨 | 本研究は正中神経の電気刺激により誘発されるローランド発射(RD)に類似した巨大な誘発電位を有する5例の良性ローランドてんかん(BRE)の患者に対し、脳磁図を用い、その発生機構の解析と発達特性の検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.RDと正中神経電気刺激による体性感覚誘発磁場(SEF)は波形、空間的分布、各頂点の時間的関係が対応した。特にRDの初期陽性波はSEFのP30mに、RDの陰性棘波はSEFのN70mに対応し、それらは対象と比較しその電流源強度が有意に巨大化していた。N20mの巨大化は1例の一側のみであり視床から一次感覚野へ到達以降の感覚情報処理過程(P30m-N70mの巨大化)、特に中潜時成分の巨大化にRDの発生の要因はあると思われた。これらはラットにおける体性感覚誘発電位中潜時成分と脳波上の棘波の発生との関係に一致し、共通の生理学的基盤が推測された。 2.P30m, N70mの電流源の局在をみるとP30mは主に一次感覚野area 3b, N70mは後部頭頂皮質area5, 7が想定された。1例でN70m以外にN90mも独立して認め、その電流源は第二感覚野に想定された。末梢から視床、一次感覚野へ上向してきた体性感覚はさらに後部頭頂皮質(頭頂連合野)や第二感覚野で高次の処理を受けるがP30m, N70m, N90mの巨大化、ひいてはRDの発生にはこの正常でみられる過程での何らかの機能的変容が関連すると考えられた。一般に皮質の成熟の過程で初期には過剰なニューロンやシナプスが形成されその後統合選択により数としては減少し、髄鞘化も感覚経路でいうと高次処理をつかさどる部位ほど完成は遅れる。後部頭頂皮質(頭頂連合野)や第二感覚野での処理が本疾患患者では機能的に未熟もしくは過剰であり、その生理学的表現が初期皮質成分N20mは正常で中潜時成分N70m, N90mが巨大化していると考えられた。 3.症例3において急性期(9才)と症状の治まった時期(11才)に検査したが、脳波上のRDの消失に対応する様にSEFにおける巨大N70mは正常化した。この所見もRDの発生及び消滅に中潜時成分N70mが強く関連することを示唆した。今だ不明の機序により本疾患は治癒に向かうが生理学的には中潜時成分N70mの正常化、RDの消失が対応する。これまでの報告とあわせると本疾患の年齢依存性は中枢神経発達過程における手や口腔顔面領域の感覚情報処理のアンバランスな成熟にあると思われ、個々の患者の発作型は過興奮性を持つ領域の脳内分布に依存する。上肢、口腔顔面領域の発作は多いが下肢は少ない。後頸骨神経刺激による体性感覚誘発磁場では巨大反応が誘発されなかったことも上記2つの領域が大きいだけでなく足の領域に比べ異なる発達特性を有するためと考えられた。 4.本研究と同様にRDと体性感覚誘発反応を機能的MRIやSEPを用いて解析した研究はあるが、それぞれ時間解像度と空間解像度が劣り詳細な解析は不可能であった。今回脳磁図を用いることによりそれらの時間空間的動態が明らかとなった。脳磁図は無侵襲であり小児期の神経生理学的検索における有用性も示された。 以上、本論文は正中神経刺激による巨大な誘発電位を有する良性ローランドてんかん(BRE)の患者において、脳磁図を用いることにより、RDの発生に一次感覚野−後部頭頂皮質、二次感覚野の機能的変容が存在することを示し、その正常化の過程と疾患の治癒が関連することを明らかにしたものである。本研究はこれまで未知に等しかった、小児期発症の良性てんかん症候群の発生機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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