学位論文要旨



No 215046
著者(漢字) 須藤,紀子
著者(英字)
著者(カナ) スドウ,ノリコ
標題(和) 1事業所に勤務する女子交替制勤務者の睡眠パタン,疲労の訴え,及び栄養摂取状況
標題(洋) Sleep patterns, fatigue complaints, and nutrient intake among female shift workers in a computer factory of Japan
報告番号 215046
報告番号 乙15046
学位授与日 2001.04.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第15046号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 助教授 横山,和仁
 東京大学 助教授 川久保,清
 東京大学 助教授 大嶋,巌
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 近年、生産性向上のため、交替制勤務を採用する企業が著しく増加しているが、交替制勤務は、労働の時間帯だけでなく、休息や睡眠、食事の時間帯にも影響し、睡眠障害、疲労、消化器系障害などのリスクを高めるとの指摘がなされている。

 2交替制、3交替制勤務の健康影響に関する研究では、日勤者との比較だけでなく、シフトによる睡眠や疲労状況の違いについても調べられてきた。しかし、そのほとんどが3交替制の看護婦を対象としたものであり、夜勤を伴わない2交替制勤務の睡眠や疲労への影響についてもさまざまな職種を対象に調査していく必要がある。

 消化器系障害への関連が示唆される交替制勤務者の食事摂取状況については、高木(1972)が、交替制勤務により食事回数が減少することを明らかにしたが、栄養素等摂取量への影響については調べられていない。

 そこで、本研究では、精密機器工場で働く女子従業員を対象に、2交替制勤務の睡眠、疲労、栄養摂取状況への影響を調べた。睡眠と疲労については繰り返し調査によって、勤務時間帯の違いによる直接的な影響を日間変動や日内変動をふまえて検討した。食事は、栄養素等摂取量と食事回数の二つの面から評価した。同一集団において、睡眠パタン、疲労の訴え、栄養摂取状況を同時に調査することにより、相互の関連を考慮に人れた総括的な提言をおこなうことを目的とした。

2.研究方法

2-1.対象及び調査期間

 首都圏近県の精密機器工場に勤務する女子従業員199名全員を対象とした。174名(87.4%)が調査に参加した(ただし、後述するように、調査事項により、有効回答者数は異なる)。従業員は日勤者と交替制勤務者に分かれており、日勤(8:30-17:15)は固定しているが、交替制勤務者は1週間毎に早番(6:00-13:45)と遅番(13:40-22:25)を交替する。日勤者はデスクワーク、交替制勤務者は製造工程に携わるが、作業はほとんど座位でおこなう。調査期間は1998年7月4日(月)、6日(水)、8日(金)、10日(日)の4日間であった。

2-2.睡眠に関する調査

 前の晩からの睡眠について、就床・起床時刻、睡眠時間、及び睡眠の質をたずねた。睡眠の質に関しては、循環器疾患の心理社会要因を検討したWHO MONICA Studyのオプショナル研究であるMOPSY (MONICA Psychosocial Optional Study)で用いられた、「寝つきが悪かった」(入眠困難)、「あまりにも早く目が覚めた」(早朝覚醒)、「夜中に何度も目が覚めた」(中途覚醒)、「疲れきってよく眠れなかった」(熟睡困難)の4項目について、当てはまるものに○をつけてもらい、その数をSleep Problem Score (SPS)とした。月曜日(Sun-Mon Sleep)、水曜日(Tue-Wed)、金曜日(Thu-Fri)は始業前に、日曜日(Sat-Sun)は就床前に記入を求めた。本調査の分析対象者数は129名であった。

2-3.疲労に関する調査

 日本産業衛生学会産業疲労委員会による「疲労の自覚症状しらべ」を始業前、終業後、就床前の1日3回(日曜日は就床前の1回のみ)実施した。この調査票は「ねむけとだるさ」に関する10項目、「注意集中の困難」に関する10項目、「局在した身体違和感」に関する10項目の合計30項目からなり、当てはまる項目に○をつけてもらった。本調査の分析対象者数は115名であった。

2-4.栄養摂取状況に関する調査

 食事記録法を用い、摂取重量が不明の場合は目安量の記入を求めた。同時にレンズ付きフィルムで食事内容を撮影してもらい、分析者が栄養計算のために目安量を重量に変換する際の参考とした。本調査の分析対象者数は137名であった。

3.結果

3-1.睡眠パタン

 平日の就床及び起床時刻は、早番で最も早く、遅番で最も遅かった。睡眠時間は早番で最も短く、遅番で最も長かった。SPSは4日間を通じて、早番で最も高く、遅番で最も低かった。遅番においては、Sun-Monのスコア(中央値=0.568)が4日間中最も高かった。SPSと起床時刻及び睡眠時間の間には有意な負の相関がみられた。

3-2.疲労の訴え

3-2-1.各グループ内の日内比較

 早番では、始業前の疲労の訴え数が最も多く、終業後に有意に減少した。遅番では、始業前に比べて終業後と就床前では有意に増加した。日勤では、就床前の訴え数が最も多く、始業前や終業後に比べて有意に増加していた。

3-2-2.グループ間比較

 平日の就床前の「ねむけとだるさ」の訴え数が、日勤は早番より有意に多かった。

3-2-3.始業前、終業後、就床前の疲労に関連する因子

 SPSは始業前、終業後、就床前のどの時点においても疲労と強い相関がみられたが、特に始業前の疲労と強い正の相関がみられた。通勤時間と実労働時間は、就床前の疲労の訴え数との間に有意な正の相関がみられた。

3-3.栄養摂取状況

 平日のエネルギーと各栄養素の充足率は日勤で最も高く、遅番で最も低い傾向がみられた。日曜日の充足率には3群間で有意差はみられなかった。平日3日間のエネルギー充足率の平均値を朝食、昼食、夕食という食事のカテゴリ別に3群間で比較したところ、早番は夕食からのエネルギー充足率が日勤より有意に少なかった。遅番は朝食と夕食からのエネルギー充足率が日勤に比べ有意に少なかった。

 平日3日間の食事回数を食事のカテゴリ別にみたところ、早番で夕食を3日間すべて食べていた者の割合は46.8%に過ぎなかった。遅番の54.3%が3日間で一度も朝食をとっていなかったが、夕食は91.3%の者が3日間すべてとっていた。3日間を通じて60%前後の遅番者は社員食堂で夕食をとっていた。

4.考察

4-1.睡眠パタン

 早番においては、始業時刻が早いことによって睡眠時間が短縮されることが分かった。早番において睡眠の質が低かったことは、起床時間が早いことと睡眠時間が短いことに関連していた。遅番において、Sun-Monのスコアが最も高かったことは、前週の早番の影響がまだ消えずに残っているためと考えられた。

4-2.疲労の訴え

 勤務時間帯の違いによって疲労の訴え数の日内変動のパタンに差がみられた。早番においては始業前の訴え数が最も多く、その一つの理由は、早番における睡眠の質の低さによると考えられた。第二の理由は、日勤と遅番においては、起床から始業までの時間がそれぞれ約2時間と4時間であったのに対し、早番では1時間足らずで短く、起床時にみられる身体不調和感が影響したと考えられた。遅番では勤務の前後で疲労の訴え数が有意に増加していたが、これは勤務時間帯が遅いために、午後から夜にかけて増加する疲労の日内変動の影響を受けていると考えられた。早番と遅番ではそれぞれ勤務時間の前後に疲労の訴えが高くなっており、仕事の能率や安全性への影響が懸念された。

4-3.栄養摂取状況

 日曜日の栄養素等の充足率には3群間で有意差はみられなかったことから、勤務時間帯の違いが充足率に影響していると考えられた。日勤と比較して、早番で充足率が低かったことは、夕食を欠食する者が多いことと関連していた。充足率が最も低かった遅番については、朝食を欠食する者の割合が高いことと、夕食をとる場合も、エネルギー密度の低い食事であることが影響していた。遅番では、勤務時間内に夕食時間が設けられており、大部分の遅番者は社員食堂で夕食をとることによって、食事内容の選択の幅が制限され、軽い食事を選ぶ傾向にあった。以上のように、勤務時間帯の違いが食事の回数や食事の内容に影響し、その結果、栄養摂取状況が異なると考えられた。

5.結論

 起床時刻が早く、睡眠時間が短くなると、睡眠の質が低下する傾向がみられ、睡眠の質が最も悪かったのは早番であった。また、早番において、1日の中で始業前の疲労の訴え数が最も多かったことは、睡眠の質が低かったことと、起床から始業までの時間が1時間以下と短く、起床時にみられる身体不調和感の影響を強く受けているためと考えられた。そこで、早番の始業時刻を1時間程度遅らせることによって、睡眠の質の改善と始業前の疲労感の軽減が期待できると考えられた。

 遅番のときは、勤務時間帯が遅いために、午後から夜にかけて増加する疲労の日内変動の影響を受けるので、非常に遅い時間の就業は避けた方がよい。遅番において1日の栄養素等充足率が低かったことは、夕食は食べているが、エネルギー密度の低い軽い食事をとっていることが一因となっていたので、社員食堂で提供される夕食の充実と食事休憩を1時間程度遅らせて通常の夕食時刻に近づけることにより、夕食からの栄養摂取量の増加が期待できる。食事休憩を遅らせることは、夜間に増加する疲労感を緩和する効果も期待できる。

 早番と遅番の両者において、欠食が充足率の低下につながっていたことから、1食でも欠食すると1日の栄養所要量を満たすことが非常に困難になるということを実際の食事調査の結果を示しながら、栄養指導していくことが必要だと思われた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は睡眠障害、疲労、消化器系障害などのリスクを高めると指摘されている交替制勤務のうち、既存研究が少ない夜勤を伴わない2交替制勤務の健康影響を明らかにすることを目的とした。精密機器工場で働く女子従業員を対象に、2交替制勤務者の健康を睡眠、疲労、食事・栄養という複数の視点から総合的に評価するため、質問紙調査を繰り返し行なったものであり、日勤、早番、遅番の3群間の比較により下記の結果を得ている。

1.起床時刻が早く、睡眠時間が短くなると、睡眠の質が低下する傾向がみられ、睡眠の質が最も悪かったのは早番であった。また、早番において、1日の中で始業前の疲労の訴え数が最も多かったことは、睡眠の質が低かったことと、起床から始業までの時間が1時間以下と短く、起床時にみられる身体不調和感の影響を強く受けているためと考えられた。そこで、早番の始業時刻を1時間程度遅らせることによって、睡眠の質の改善と始業前の疲労感の軽減が期待できると考えられた。

2.遅番のときは、勤務時間帯が遅いために、午後から夜にかけて増加する疲労の日内変動の影響を受けるので、非常に遅い時間の就業は避けた方がよいことが示唆された。遅番において1日のエネルギー・栄養素充足率が低かったことは、夕食は食べているが、エネルギー密度の低い軽い食事をとっていることが一因となっていたので、社員食堂で提供される夕食の質の向上と食事休憩を1時間程度遅らせて通常の夕食時刻に近づけることにより、夕食からの栄養摂取量の増加が期待できる。なお、食事休憩を遅らせることは、夜間に増加する疲労感を緩和する効果も期待できる。

3.早番と遅番の両者において、欠食が充足率の低下につながっていたことから、1食でも欠食すると1日の栄養所要量を満たすことが非常に困難になることを実際の食事調査の結果を示しながら、栄養指導していくことが必要と考えられた。

 以上、2交替制勤務の睡眠への影響は、遅番より早番において深刻であり、3交替制勤務の遅番と早番にみられる傾向と一致していることから、本研究で得られた知見は広く一般化できる可能性が示唆された。また、疲労の繰り返し調査によって、早番と遅番では疲労の訴え数が増加する時間帯の異なることが初めて明らかとなり、これは作業の効率や安全性を考慮する上で有用な知見であると考えられた。食事については、交替制勤務によって栄養摂取状況が悪化すること、すなわち早番では食事回数の減少が、遅番では食事回数の減少と貧しい食事内容の両方が影響しており、栄養摂取状況の悪化の原因が早番と遅番では異なることが明らかになった。交替制勤務者として一括りにせず、早番と遅番のシフトに従事する場合を別々に扱ったことで、早い時間帯と遅い時間帯に働くことの睡眠、疲労、食事(エネルギー・栄養素摂取量)への影響を詳細に検討することに成功した。以上のように、交替制勤務者の健康問題を総合的な視点から実証的に明らかにし、具体的な改善策をも提示したことは、この分野の研究に資する点がきわめて多く、学位の授与に値するものと考えられる。

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