学位論文要旨



No 215047
著者(漢字) 奥田,健介
著者(英字)
著者(カナ) オクダ,ケンスケ
標題(和) 酸化還元能に着目した水溶性C60誘導体の生体関連反応に関する研究
標題(洋)
報告番号 215047
報告番号 乙15047
学位授与日 2001.05.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15047号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
内容要旨 要旨を表示する

 [第1章]序論

 C60に代表される炭素クラスターであるフラーレンは1985年にSmally, Kroto等によって発見された新規な炭素同素体であり、1990年に大量合成法が確立されて以来、基礎・応用両面で飛躍的に研究は進展している。

 当初化学反応性は低いと考えられたフラーレン類であるが、電子欠損性オレフィンとして種々のアニオン性基質が容易に付加することが示された。その他、Diels-Alder反応や1, 3-双極子付加反応なども良好に進行し、フラーレンの6員環・6員環接合部位の二重結合への環状付加体を与える。

 この様な化学的に活性な新規物質群が生体に与える影響に関しても興味がもたれる。フラーレンの特徴として、(A)活性酸素を光増感作用により生成すること、(B)高い脂溶性を有すること、(C)酸化還元反応を受けやすく、ラジカルとの反応性が高いこと、が挙げられる。化合物の生理活性は当然その化合物の化学的特徴と関連する。そして、(A), (B)に基づく生理活性はすでに先行研究例が存在していたが、(C)に関連した生理活性の研究は行われていなかった。酸化還元を受けやすい化合物群には、活性酸素生成・消去を行うものがあり、医薬品等にも応用されている。この酸化還元を受けやすい点に着目し、活性酸素消去活性と電子伝達系への効果を検討し、新規骨格を有する医薬品のリード化合物の創製を目ざした。

 私はまず、水溶性C60誘導体によるスーパーオキシド(O2・-)の消去作用を見い出し、実際にin vivoの系で有効に活性酸素毒性を防御することを明らかにした(第2章)。ついでこれらの構造活性相関を行った(第3章)。また、カチオン性C60誘導体の呼吸鎖阻害活性を見いだし、これに基づく抗菌活性、がん細胞増殖抑制効果があることを明らかにした(第4章)。以下に概略を説明する。

 [第2章]水溶性C60誘導体による活性酸素毒性の軽減

 好気的条件下で生育する生物では酸素分子が還元的に活性化され生じる活性酸素種が常に生成している。生体はこれらに対する防御系を有しているが、酸化ストレス時には活性酸素種が過剰に産生され、それらは多くの疾病の原因とも考えられている。従って生体の恒常性を維持するには過剰な活性酸素種の制御が重要である。

 フラーレン自身は高い疎水性のため、生理活性の検討を行うことは困難である。そこで水溶性官能基としてC60 1分子当たりカルボキシル基を4個導入した化合物1を合成した。常法であるキサンチン・キサンチンオキシダーゼ/シトクロムc法によりスーパーオキシド消去活性を検討したところ、化合物1にスーパーオキシド消去活性を見い出した。その一方で、化合物1の部分構造であるマロン酸自身には消去活性がなかった。ついで実際にE. coliを用いた系で検討したところ、活性酸素増産剤によるE. coliの増殖阻害を化合物1は抑制した。

 活性酸素増産剤は、生体内で酸素分子への電子伝達を触媒することにより、スーパーオキシドを増産する。化合物1による活性酸素毒性の抑制は、実際に増産されるスーパーオキシドの消去以外に、活性酸素増産剤のE. coliへの取込み阻害、増産剤の還元抑制あるいは還元型増産剤の消去の可能性も考えられる。そこでE. coliによる酸素消費を検討した。シアン存在下に呼吸鎖の電子伝達系が抑えられた状態で、活性酸素増産剤を添加すると、呼吸鎖から活性酸素増産剤を経て酸素に電子が渡りスーパーオキシドが増産する。この活性酸素増産剤による酸素吸収に対して、化合物1はわずかに吸収を抑えるのみであった。従って活性酸素増産剤取り込みや、スーパーオキシド産生を化合物1が阻害して、活性酸素毒性の抑制を行っているのではないことが判明した。消費されたスーパーオキシドは過酸化水素あるいは水に変換されていると考えられるので、過酸化水素レベルの上昇をカタラーゼ活性から検討した。その結果、化合物1により有意にカタラーゼの誘導が増強された。以上の結果より、活性酸素増産剤存在下化合物1は、スーパーオキシドを消去し代わりに過酸化水素を増産しており、活性酸素毒性を抑制していると考えられる。産生される過剰の過酸化水素は、誘導されたカタラーゼにより充分に除去されるために増殖阻害が抑制されると考察した。

 一方、活性酸素消去作用を有する化合物には、プロオキシダントして働き、逆に酸素毒性を発現するものも見られる。例えばアスコルビン酸は銅存在下、DNAやタンパクに酸化的傷害を与えるが、銅/アスコルビン酸系は酸素を活性酸素に変換している。同系において化合物1を検討したが、ほとんど酸素を消費せず、化合物1は安全性の高い活性酸素消去剤であることが示された。

 以上の結果を私は1996年に発表したが、その後Dugan等により、カルボキシル基を導入したC60誘導体が抗酸化剤として既存の化合物よりも有効に働くことが神経細胞系などでの実験系で報告された。私の研究は彼らの先駈けとなるものである。

 [第3章]水溶性C60誘導体によるスーパーオキシド消去活性の構造活性相関

 さらに高いスーパーオキシド消去活性を持つC60誘導体を求めて、SODの構造を基に正電荷をもつ置換基を導入した。種々のC60誘導体を合成し、スーパーオキシドの消去活性の検討を行った。化合物1-3は負電荷を、化合物4-7は正電荷を有し、化合物8は両性化合物である。その結果、当初予期した通り正電荷を有する誘導体のスーパーオキシドの消去活性は化合物7を除いて高かった。

 さらにin vitroの系で強いスーパーオキシド消去作用が認められた化合物5および消去活性のない7をE. coliを用いた系で検討したが、化合物それ自身による増殖阻害が見られた。一方、増殖抑制作用は化合物1では非常に弱いものであった。増殖抑制機構を検討し、次章に述べる呼吸鎖電子伝達系阻害活性を見いだした。

 [第4章]水溶性C60誘導体による呼吸鎖阻害活性

 E. coliによる酸素吸収に与える影響を検討したところ、水溶性C60誘導体による阻害効果が見られ、増殖阻害の程度と相関していた。また、この阻害効果は時間の経過が必要であり、C60誘導体のE. coli内への吸収が遅いことを示していた。別途内膜を調製して酸素吸収に与える影響を検討したところ、化合物1、5、7ともに濃度依存的な酸素吸収阻害がみられた。この結果より化合物5、7によるE. coliの増殖阻害は、呼吸鎖の電子伝達系の阻害によるものであると考えられる。化合物1は菌体内への取り込みが不十分なため増殖阻害を示さないと考えられ、これはC60に導入する置換基により標的部位をコントロールできることも示唆している。

 呼吸鎖阻害活性を持つ化合物には抗菌活性や、がん細胞増殖抑制効果が期待される。実際化合物7にそれらの活性が見いだされた。抗菌活性を検討した所、化合物7には臨床現場で問題になっているMRSAに対し、バンコマイシンに匹敵する抗菌活性を示した。また、各種癌細胞に対する効果を検討した所、その感受性のパターンにより作用機構が既存の抗癌剤とは類似しておらずユニークであることが示唆された。

 [結論]

 ・酸化還元反応によるスーパーオキシド消去剤を目的として水溶性C60誘導体を合成し、in vitro及びin vivoの系で検討した。C60誘導体がスーパーオキシド消去剤として有効に働くことを示し、その機構解析を行った。

 ・水溶性C60誘導体のスーパーオキシド消去活性に関する構造活性相関を行った。活性には置換基の電荷が重要であることが示された。

 ・カチオン性C60誘導体の呼吸鎖の電子伝達系阻害活性を明らかにし、これに基づく抗菌活性、がん細胞増殖抑制効果を見いだした。

 以上、フラーレン骨格の化学的特徴に基づく生理活性を明らかにしたが、これらは置換基により制御できること、さらに置換基の特性により細胞内分布も変化することを示せた。本研究で得られた結果より、フラーレン誘導体が新規医薬品のリード化合物として有効なことが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

 フラーレンは、近年その存在が証明された新規炭素同素体であり、その特異な構造から種々の新機能が期待され、化学的、物理的特徴が明らかにされつつある。そして、その応用が電子機器分野などを中心に積極的に進められている。生理活性に関しても興味が持たれているが他の分野に比較して遅れていた。これはフラーレン類が限られた溶媒にしか溶解しないことが第一の原因であった。このような背景の中、本研究は様々な水溶性フラーレン誘導体を合成し、新規医薬品への展開を目指したものである。

 フラーレンの特徴として、(A)活性酸素を光増感作用により生成すること、(B)高い脂溶性を有すること、(C)酸化還元反応を受けやすく、ラジカルとの反応性が高いこと、が挙げられる。(A), (B)に基づく生理活性はすでに先行研究例が存在していたが、(C)に関連した生理活性の研究は行われていなかった。酸化還元を受けやすい化合物群には、活性酸素生成・消去を行うものがあり、医薬品等にも応用されている。本研究は、酸化還元を受けやすい点に着目し、活性酸素消去活性と電子伝達系への効果を検討し、新規骨格を有する医薬品のリード化合物の創製を目指している。

水溶性C60誘導体による活性酸素毒性の軽減

 フラーレン自身は高い疎水性のため、生理活性の検討を行うことは困難である。そこで水溶性官能基としてC60 1分子当たりカルボキシル基を4個導入した化合物1を合成し、スーパーオキシド消去活性を見い出した。ついで実際にE. coliを用いた系で検討したところ、活性酸素増産剤によるE. coliの増殖阻害を化合物1は抑制した。

 活性酸素増産剤は、生体内で酸素分子への電子伝達を触媒することにより、スーパーオキシドを増産する。化合物1による活性酸素毒性の抑制は、実際に増産されるスーパーオキシドの消去以外に、活性酸素増産剤のE. coliへの取込み阻害、増産剤の還元抑制あるいは還元型増産剤の消去の可能性も考えられる。しかし、シアン耐性呼吸の検討から、活性酸素増産剤取り込みやスーパーオキシド産生を化合物1が阻害して、活性酸素毒性の抑制を行っているのではないことを示した。さらに、化合物1により有意に大腸菌内のカタラーゼの誘導が増強されたことを明らかにし、活性酸素増産剤存在下、化合物1は、スーパーオキシドを消去し代わりに過酸化水素を増産していることを示した。産生される過剰の過酸化水素は、誘導されたカタラーゼにより除去されるために増殖阻害が抑制されると考察している。

 一方、活性酸素消去作用を有する化合物の中にはプロオキシダントして働き、逆に酸素毒性を発現するものも見られる。例えばアスコルビン酸は銅存在下、DNAやタンパクに酸化的傷害を与えるが、この銅/アスコルビン酸系は酸素を活性酸素に変換している。同系において化合物1の効果を検討したが、ほとんど活性酸素を生成せず、化合物1は安全性の高い活性酸素消去剤であることが示された。

 活性酸素は様々な疾病の原因と考えられており、活性酸素消去活性を有する化合物には疾病の予防、治療効果が期待できる。

水溶性C60誘導体によるスーパーオキシドの消去活性の構造活性相関

 さらに高いスーパーオキシド消去活性を持つC60誘導体を求めて、SODの構造を基に正電荷をもつ置換基を導入した。種々のC60誘導体を合成し、スーパーオキシドの消去活性の検討を行った。化合物1-3は負電荷を、化合物4-7は正電荷を有し、化合物8は両性化合物である。その結果、当初予期した通り正電荷を有する誘導体のスーパーオキシドの消去活性は化合物7を除いて高かった。

 強いスーパーオキシド消去作用が認められた化合物5および消去活性のない7をE. coliを用いた系で検討したが、化合物それ自身による増殖阻害が見られた。その一方、この増殖抑制作用は化合物1では非常に弱いものであった。増殖抑制機構を検討し、次章に述べる呼吸鎖電子伝達系阻害活性を見いだした。

呼吸鎖阻害活性

 E. coliによる酸素吸収に与える影響を検討し、化合物1、5、7に増殖阻害の程度と相関した阻害効果を見いだした。大腸菌内膜を調製して酸素吸収に与える影響を検討したところ、化合物1、5、7ともに濃度依存的な酸素吸収阻害がみられた。以上の結果より、化合物5、7によるE. coliの増殖阻害は、呼吸鎖の電子伝達系の阻害によるものであると考えられる。化合物1は菌体内への取り込みが不十分なため増殖阻害を示さないと考えられ、これはC60に導入する置換基により標的部位をコントロールできることも示唆しており重要な知見である。

 呼吸鎖阻害活性を持つ化合物には抗菌活性や、がん細胞増殖抑制効果が期待される。抗菌活性を検討した所、化合物7には臨床現場で問題になっているMRSAに対し、バンコマイシンに匹敵する抗菌活性を示した。抗菌剤に対し新たな耐性菌が出現し問題となっている。フラーレン類は従来にない骨格を有していることから耐性菌が出現しにくい可能性が考えられ興味深い。また、各種がん細胞に対する効果を検討したところ、作用機構が既存の抗癌剤とは類似しておらずユニークであることが感受性のパターンにより示唆された。

 以上、フラーレン骨格の化学的特徴に基づく生理活性を明らかにしているが、これらは置換基により制御できること、さらに置換基の特性により細胞内分布も変化することを示している。現在、様々な疾病にたいし、従来と異なった新規骨格を持つ医薬品の開発が望まれている。本研究はフラーレンを新規医薬品として開発する上での重要な基礎データを提供したものであり、博士(薬学)の学位論文として十分であると認定した。

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