学位論文要旨



No 215048
著者(漢字) 沖津,修
著者(英字)
著者(カナ) オキツ,オサム
標題(和) 新規ルイス酸触媒を用いる含窒素化合物の効率的合成方法の開発
標題(洋)
報告番号 215048
報告番号 乙15048
学位授与日 2001.05.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15048号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 影近,弘之
 東京大学 講師 眞鍋,敬
内容要旨 要旨を表示する

 創薬研究においては、目的化合物を適切に分子設計し、多くの化合物を効率良く合成することが重要である。最近では、多種類の化合物を効率よく一気に作り上げるコンビナトリアル・ケミストリーが注目されている。また、有害な試薬を用いない安全性に配慮した合成反応を用いることは、ヒトに投与する化合物を合成するという観点、またグリーン・ケミストリーの観点からも特に重要である。これらのためには、高い選択性で収率良く目的化合物のみを合成する優れた手法の開発が重要な鍵となる。天然に多く存在する生理活性含窒素化合物や、現在の医薬品の90%をしめる含窒素化合物は有機化学的にも大変興味深い。さらに最近では、糖鎖の生物学的機能を解明する研究が注目され、創薬研究への応用が期待されている。この場合、糖構造のバイオアイソスターとしてのイミノ糖が注目される。これらを含めて、含窒素化合物の効率的な合成方法の開発は重要な研究課題の1つである。

 Sc(OTf)3、Yb(OTf)3等に代表される希土類金属トリフラートが、アルデヒド、アセタール、イミン、α,β−不飽和エステル等を触媒量で活性化し、シリルエノラートをはじめとする種々の炭素求核剤との反応において、対応する付加体を高収率で与えることが、小林らにより見いだされている。これらの触媒の大きな特徴は基質に対して平衡的に配位し、さらに水、アルコール、アミンによる分解を受けないことである。さらに、イミンに対する親和性が高いことから、含窒素化合物の合成に相応しい触媒であることが示されている。そこで本研究において、これらの希土類金属トリフラートの化学的特徴を踏まえ、イミン類のうち、アシルヒドラゾンと6員環状アシルイミニウム陽イオンに着目し、これら希土類金属トリフラートをルイス酸触媒として用いる新規な炭素−炭素結合生成反応の開発を行った。

 アシルヒドラゾンはアルデヒドやピルビン酸エステルとアシルヒドラジンとから容易に調製することができ、長期保存が可能な安定な固体として得ることができる。まず、触媒量(5 mol%)のSc(OTf)3がアシルヒドラゾンを活性化し、種々のシリルエノラートとのMannich型反応が収率良く進行することを見出した。さらに、基質であるアシルヒドラゾン及び求核剤であるシリルエノラートについて、広い一般性を示すことを明らかにした。この際、SnCl4、TiCl4といった古典的ルイス酸は触媒活性を示さず、希土類金属トリフラートの優れた特徴を示すことができた。これは、希土類金属トリフラートが基質及び生成物に対して平衡的に配位することで触媒機能を発現していることの現れであると考えられる。さらに、アシルヒドラジン、アルデヒド、シリルエノラートからなる3成分反応も可能となった。また、生成物の窒素−窒素結合はラネーニッケル触媒下での接触還元、あるいはSmI2を用いることでの還元的切断が可能であり、アシルヒドラゾンが合成化学的にイミン等価体となり得ることを示すことができた。生成物であるMannich型付加体を合成中間体として用いることで、種々のβ−アミノ誘導体を合成することが可能である。即ち、Mannich型付加体の窒素−窒素結合切断によりβ−アミノエステル、NaOMeによる環化と連続する自動酸化によりピラゾロン、ジアニオンを経由する速度論的環化によりβ−ラクタム、さらにβ−ラクタムの塩酸触媒下での定量的異性化によってピラゾリジノンが、それぞれ収率良く得られた。これらの変換において、いずれも広い基質一般性が見られ、アシルヒドラゾンを基質とするMannich型反応の有用性を示すことができた。また、ピラゾリジノンはMannich型反応と環化反応とを連続的に行わせることでも簡便に合成できることを明らかとした(Scheme 1)。

 アシルヒドラゾンは、アシル部位を足がかりにして高分子上に固定化可能であり、一連の変換反応を固相上で行うことも可能である。固定化する際、高分子担体であるポリスチレンからリンカーを介して固定化することで反応性が向上した。通常固相反応に用いられるリンカーは、その結合生成を容易にするためにアミド、エーテル、エステル結合を用いる場合が多い。本研究では、ルイス酸に影響を与えると考えられるこれら極性の高い結合を有さない炭化水素による直鎖型リンカーを新たに開発した。高分子固定化アシルヒドラゾンはSc(OTf)3を触媒とするMannich型反応が液相と同様に進行し、対応するMannich付加体を与えた。得られたMannich付加体は高分子から切り出す際に、用いる反応を選ぶことで、種々のβ−アミノカルボニル誘導体へと液相の場合と同様に変換することが可能となった。これらの反応を用いることで種々のピラゾロン誘導体を合成することができた(Scheme 1)。

 糖類のグリコシル化反応の研究歴史は長く、アノマー位に対するα、β選択的合成手法は、オリゴ糖の合成を可能とするO−グリコシル化反応やC−グリコシル化反応として例が多い。この場合アノマー位の隣接する水酸基の保護基としてベンジル基やシリル基を用い、アノマー効果を利用してのα選択的グリコシル化、アセチル基やベンゾイル基の隣接基関与を利用してのβ選択的グリコシル化が方法論として確立している。しかし、糖構造の環内酸素原子を窒素原子に置き換えたイミノ糖に関しては統一した研究例がほとんどない。イミノ糖構造は有機化学及び生物活性の面から興味深いものの、市販されているものが少なく合成化学的に作り出すことが必要である。そこで本研究において、糖におけるグリコシル化反応の方法論がイミノ糖の系において適用可能かどうかを検討し、新しい反応開発を行うこととした。窒素原子をベンジルオキシカルボニル基(Cbz基)で保護し、2位(アノマー位)に脱離基としてメトキシ基、アセトキシ基を有する、N-Cbz-2−メトキシピペリジン、N-Cbz-3−ベンジルオキシ-2−アセトキシピペリジン及びN-Cbz-3−アシロキシ-2−アセトキシピペリジンを基質とし、種々のシリルエノラートを炭素求核剤とする求核置換反応を検討した。その結果、触媒量(10 mol%)のCu(OTf)2、Sn(OTf)2、Sc(OTf)3、Hf(OTf)4に触媒活性が見いだされ、高い収率かつ広い一般性をもってピペリジンの2位に炭素−炭素結合を生成することが可能となった。なお、古典的ルイス酸であるSnCl4、BF3・OEt2には触媒量での触媒活性は見いだされなかった。さらに3−ベンジルオキシピペリジンにはアノマー効果に由来するシス選択性が、3−アシロキシピペリジンでは隣接基関与に由来すると考えられるトランス選択性が、糖の場合と同様に見いだされることが明らかとなった。また、反応点が嵩高い求核剤を用いた際は完全なトランス選択性を示すことが明らかとなり、マロン酸エステルとベンゾイル酢酸エステル由来のシリルエノラートが高いトランス選択性を示し、後者の場合はレトロクライゼン縮合により完全なトランス選択性をもって、酢酸エステル基をピペリジンの2位に導入することが可能となった。なお、容易に入手可能な5−アミノ−1−ペンタノールから収率良く変換されるエンカルバメートに対するマイクロカプセル化四酸化オスミウム触媒を用いるジオール化反応を開発し、これにより安全、簡便かつ大量に出発原料であるピペリジン誘導体を得ることができ、これに対するジアステレオ選択的反応を十分に検討することができた(Scheme 2)。

 フェブリフジンは優れた抗マラリア活性を有する天然物アルカロイドである。この絶対立体配置は、小林らによる高立体選択的合成法の開発により決定された。フェブリフジンをリード化合物として、さらに優れた抗マラリア剤を開発するために、本研究で開発したピペリジンに対するジアステレオ選択的アルキル化反応をフェブリフジン合成に適用した。反応基質である光学活性ピペリジン化合物は、触媒的不斉アルドール反応を鍵反応として合成した。さらに、系内で調製されたスズ(II)エノラートとカップリングさせることでフェブリフジンの不斉合成を完了した。この合成方法では、フェブリフジンを3位に水酸基を有するピペリジンとキナゾロンを有するケトンのエノラートとのカップリング体と見なすことができ、多くのフェブリフジン類縁体を容易に合成することが可能な方法として期待される(Scheme 3)。

 以上、希土類金属トリフラートを触媒とする新規なアシルヒドラゾンに対するMannich型反応と、ピペリジンに対する新規なジアステレオ選択的アルキル化反応を開発し、含窒素化合物の新しい合成方法を示すことができた。今後、ここで開発された新しい方法論は、生物活性を有する種々の含窒素化合物合成に広く応用されるものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 天然物や医薬品には、窒素原子を含む有機化合物が数多く存在し、その効率的合成法の開発は重要な研究課題の一つとなっている。本論文はこの課題に取り組み、新規ルイス酸触媒を巧みに用いることにより、窒素原子を含む有機化合物の効率的な合成法を開発した結果について述べたものである。

 まず第一章では、希土類金属トリフラートの化学的特徴を踏まえ、これを触媒として用いるアシルヒドラゾンへの求核付加反応について述べている。第一節では、触媒量(5 mol%)のSc(OTf)3がアシルヒドラゾンを有効に活性化し、種々のシリルエノラートとのMannich型反応が収率良く進行することを見出している。この際、SnCl4、TiCl4といった古典的ルイス酸は触媒活性を示さず、希土類金属トリフラートの優れた特徴が明らかにされている。また、アシルヒドラジン、アルデヒド、シリルエノラートの3成分反応も収率よく行われている。生成物の窒素−窒素結合はラネーニッケル触媒下での接触還元、あるいはSmI2を用いることでの還元的切断が可能であり、アシルヒドラゾンが合成化学的にイミン等価体となり得ることを示している。続いて第二節では、生成物であるMannich型付加体を合成中間体として用いることで、種々のβ−アミノ酸誘導体、ピラゾロン、β−ラクタム、ピラゾリジノンが、それぞれ収率良く合成できることを明らかにしている。これらの変換において、いずれも広い基質一般性が見られ、アシルヒドラゾンを用いるMannich型反応の有用性が示されている。また、Mannich型反応と環化反応とを連続的に行わせることで、ピラゾリジノンがより簡便に合成できることも明らかにしている。さらに第三節では、アシルヒドラゾンのアシル部位を足がかりにして高分子上に固定化し、一連の変換反応を固相上で行っている。その際、高分子担体であるポリスチレンからリンカーを介して基質を固定化することで、反応性が大きく向上することを明らかにしている。Sc(OTf)3存在下、高分子固定化アシルヒドラゾンを用いるMannich型反応は、液相とほぼ同様に進行し、対応するMannich型付加体を高収率で与え、また、得られた付加体は高分子から切り出す条件を選ぶことにより、種々のβ−アミノカルボニル誘導体へ変換可能であることを明らかにしている。また、これらの反応を用いることで種々のピラゾロン誘導体を合成できることも示している。

 さて、糖類のグリコシル化反応に関する研究の歴史は長く、特にオリゴ糖合成に必須であるアノマー位に対するα、β−選択的合成手法に関して、様々なO−グリコシル化反応やC−グリコシル化反応が開発されている。これらの反応では、アノマー位の隣接する水酸基の保護基としてベンジル基やシリル基を用い、アノマー効果を利用してのα−選択的グリコシル化、アセチル基やベンゾイル基の隣接基関与を利用してのβ−選択的グリコシル化が方法論としてほぼ確立している。しかし、糖構造の環内酸素原子を窒素原子に置き換えたイミノ糖に関しては、これまで系統的な研究例がほとんどなかった。本論文第二章ではこの課題に取り組み、糖におけるグリコシル化反応の方法論がイミノ糖において適用可能かどうかを検討し、新しい反応開発を行っている。まず、窒素原子をベンジルオキシカルボニル基(Cbz基)で保護し、2位(アノマー位)に脱離基としてメトキシ基、アセトキシ基を有する、N-Cbz-2−メトキシピペリジン、N-Cbz-3−ベンジルオキシ−2−アセトキシピペリジン及びN-Cbz-3−アシロキシ−2−アセトキシピペリジンを基質とし、種々のシリルエノラートを炭素求核剤とする求核置換反応を検討している。その結果、Cu(OTf)2、Sn(OTf)2、Sc(OTf)3、Hf(OTf)4に触媒活性が見い出され、高い収率かつ広い基質一般性をもってピペリジンの2位に炭素−炭素結合が生成できることを明らかにしている。さらに、3−ベンジルオキシピペリジンではアノマー効果に由来するシス選択性が、3−アシロキシピペリジンでは隣接基関与に由来すると考えられるトランス選択性が、糖の場合と同様に見い出されることを明らかにしている。

 さらに第三章では、第二章で開発したピペリジンに対するジアステレオ選択的アルキル化反応を用い、優れた抗マラリア活性を有する天然物アルカロイドであるフェブリフジンおよびその誘導体の合成を行っている。反応基質である光学活性ピペリジン化合物は、触媒的不斉アルドール反応を鍵反応として合成し、系内で調製されたスズ(II)エノラートと縮合させることでフェブリフジンの不斉合成を完成している。この合成方法によれば、フェブリフジンを、3位に水酸基を有するピペリジンとキナゾロンを有するケトンのエノラートとの縮合体と見なすことができ、本法は多くのフェブリフジン類縁体を容易に合成することが可能な方法として期待される。

 以上、本論文は希土類金属トリフラートを中心とする新規ルイス酸を触媒として用い、これまで困難であった含窒素化合物の新しい合成方法を示したものであり、今後、ここで開発された新しい方法論は、生物活性を有する様々な含窒素化合物合成に広く応用されるものと期待される。有機合成化学、医薬品化学の分野に貢献するところ大であり、よって博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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