学位論文要旨



No 215051
著者(漢字) 高菅,卓三
著者(英字)
著者(カナ) タカスガ,タクミ
標題(和) 廃棄物処理に伴う微量有機ハロゲン化合物の分析化学的・環境化学的研究
標題(洋)
報告番号 215051
報告番号 乙15051
学位授与日 2001.05.01
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15051号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 教授 大森,俊雄
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 助教授 大久保,明
内容要旨 要旨を表示する

 現代の人間活動に伴い膨大な種類・量の化学物質が様々な形で生産・使用される大量消費・廃棄型の社会においては、すべての物質が集約されてくる廃棄物として、その処理が深刻な社会問題となっている。特に近年、廃棄物の問題は環境問題の構造の変化に伴い複雑かつ多面的になっており、廃棄物処理に関連した有害化学物質対策が求められている。その一つが「ダイオキシン」である。ダイオキシン類とはポリ塩化ジベンゾ-p-ジオキシン(Polychlorinated dibenzo-p-dioxin, PCDD)およびポリ塩化ジベンゾフラン(Polychlorinated dibenzofuran, PCDF)のそれぞれ75および135種類の同族体(homologue)とその異性体(congeners、isomers)を含む化合物の総称であるが、これらは化学物質の合成や塩素処理、廃棄物の焼却過程等で非意図的に生成するものである。日本では特に人口に対する狭い有効国土面積から廃棄物の焼却処理が一般に行われているが、適正な条件下での処理が望まれている。

 ダイオキシンをはじめ主として有機塩素系化学物質には、外因性内分泌撹乱化学物質(環境ホルモン)として、極微量で人体や環境に何らかの影響があると疑われる化学物質や、残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants, POPs)として環境中での残留性、生物蓄積・濃縮性、半揮発性で大気経由でのグローバルな移動等により人の健康、環境への有害性が確認されているものがある。

 このような、廃棄物処理に伴う微量有機ハロゲン化合物に関する最新技術による高度なレベルでの分析化学的な研究はまだ発展段階であり、それを推進することは、最適な分析手法の検討・確立及び普及による全体の分析技術レベルの向上に資するものである。また様々な環境モニタリング、未知の発生源・汚染源調査、原因究明調査、処理技術対策等の研究など多岐にわたって分析が重要な役割を担っている。さらにこれら測定値をもとに環境リスク評価や暴露量の評価が行われるため、測定値の信頼性が非常に重要で社会的影響も大きい。分析では対象とする媒体や化学種及び目的に応じた微量分析技術が要求され、方法論的に十分に検討することが要求される。また、環境の変動要因は様々であり、それらを代表する測定値でなければならない。分析機器や分析技術レベルの進歩により、このような要求に応えることが次第に可能になりつつある。一方ではデータの品質管理、精度管理が必要不可欠であり、ハード及びソフトの両面からのアプローチが必要である。

 本研究では分析化学的な研究として特に最適な分析手法及び詳細な分析手法の確立と、未知の化学物質及び分析上の妨害成分の同定・定量に主眼を置いている。

 また、分析化学的研究から発展し、環境化学的視点から様々な実試料の詳細な測定を実施し、分析値を解析することで、さらに新たな知見を得ることを目的とした。本研究では特に廃棄物処理に伴う試料として燃焼・燃焼プロセス試料における未解明の微量有機ハロゲン化合物の挙動解析、工業製品であったPCBやPCNと燃焼プロセスで生成するPCB,PCNとの異性体組成等の違いのキャラクタリゼーションから生成メカニズムに関する解析を行い、廃棄物処理と環境への負荷低減の観点から廃棄物試料と環境試料のデータを解析し、環境化学的視点から研究を行った。

 研究成果の概略として分析化学的意義と環境化学的意義を以下に示す。

 分析化学的意義としては、クリーンアップ、高分解能型のHRGC/HRMSによるダイオキシン分析の最適条件化を達成した。これらは各種ダイオキシンの分析マニュアル及びJISにも一部応用されている。また、HRMS分析においてマスピークプロファイル(MP)法による応用で、各種試料で見られた未知妨害ピークの精密質量数を測定し、妨害物質の確認と同定する手法を確立し、多くの妨害成分の同定を行った。その多くは有機ハロゲン化合物であり、クリーンアップによる除去効果も示した。この手法で未知微量有機化学物質の同定の可能性及びMSの測定精度確認方法も示唆された。さらに、PCBの詳細分析方法を確立させ、製品PCBと廃棄物焼却関連試料を詳細に比較調査した。各国の製品PCBの組成を明らかにした。また、PCNについても分析方法を確立させ、製品PCNと廃棄物焼却関連試料を調査した。大気試料でみられた妨害成分について、MP法を応用し、これらがクロルデン化合物である事を同定し、除去方法を確立した。

 環境化学的意義としては、燃焼により新たに生成する様々な微量有機ハロゲン化合物(Cl-PAHs)を確認、同定・定量・一部半定量し、その存在レベルを明らかにした。主なCl-PAHsの存在順位はクロロフェノール(CPhs)≧クロロベンゼン(CBzs)>ポリ塩化ナフタレン(PCNs)>PCBs,PCDFs≧PCDDs>その他のCl-PAHsの順であり、Cl-PAHsの多くは低塩素化成分が主体であった。これらの内PCDDsを除いてハロゲンが未置換のPAHsとしても多量に存在していることが確認された。同族体分布から低塩素化体が多い点に関して、骨格のPAHとの関係から存在比を考察した。その存在量はPCDDを除き関連が見られ、骨格PAHへの核置換反応が起こっていると推測された。ΣCl-PAHsと全有機ハロゲン(TOX)を比較すると、同定・定量されたCl-PAHsは試料中の大部分を占めていることがわかった。特に、CPhs, CBzs両者でほぼTOXの96%以上を占めていた。したがってTOXの測定をすることにより有機ハロゲン化合物の存在レベルが確認でき、またダイオキシン類の濃度のオーダーも推定可能であることが示唆された。

 PAHsの塩素化合成実験からは、同じ示性式であっても構造の異なるPAHsではCl-PAHsの生成量に大きな差がみられ、分子構造のπ電子密度に依存した塩素置換反応性の差がみられた。

 燃焼で生成した成分の同族体及び異性体組成は特徴的であり、熱的に安定な異性体が多く存在していることを見出した。特にPCBとPCNでは、製品PCB,PCNと燃焼で生成した異性の特徴についてキャラクタリゼーションを行い、燃焼で検出された異性体が工業製品のPCB,PCNと異なり、同族体・異性体のパターンが大きく異なり、毒性の高い異性体であるnon-ortho, mono-ortho PCBs等が優勢な傾向である事を明らかにした。さらに実験室でHCl存在下のモデル排ガスを用いてBiphenylの加熱生成実験を行い,PCBsの生成の可能性についても検討し、同様な結果を得、異性体の詳細な解析を行った。

 また飛灰中のダイオキシンの分解処理方法としての還元雰囲気下加熱脱塩素化処理により、PCB,PCNの高塩素化の同属体のみならず毒性の高い異性体が分解され、特にコプラナーPCBは生成しにくいことを見出した。

 発生源の異なるコプラナーPCBやPCNの評価解析を行い、熱プロセスで生成する有機塩素化合物の環境への影響を調査し、大気捕集試料の異性体分布と挙動の違いを発生源の観点から考察し、環境への負荷を抑えるためにはダイオキシン類対策と同様の制御対策が必要であることを指摘した。

審査要旨 要旨を表示する

 現代の大量生産、消費、廃棄型の社会は既に行き詰まりを見せ、循環型社会への移行が叫ばれているが、その中で廃棄物処理が深刻な社会問題となっている。特に近年、廃棄物の問題は環境問題と関連し複雑かつ多面的になっており、廃棄物処理に関連した実質的な有害化学物質対策が求められている。しかし、有害化学物質のうちダイオキシンをはじめとする微量有機ハロゲン化合物に関する分析化学的・環境化学的な研究は技術的にまだ開発途上にあり、最適な分析手法を確立し普及させることは、単に分析技術レベルの向上に資するばかりでなく、実用的で効果的なモニタリングシステム、未知発生源の同定、汚染源調査、処理技術対策等の研究に不可欠であり、その社会的貢献度は計り知れない。

 こうした観点から、本研究は廃棄物処理に伴う微量有機ハロゲン化合物の解析手法を確立するとともに、その実態を明らかにし、さらにその処理技術対策を確立することを目的としており、分析化学的、環境化学的側面の両面から検討を加えたものである。

1)分析化学的研究

 多種の構造異性体からなる多様な有機ハロゲン化合物を同定、定量するための最適かつ詳細な分析手法の確立、ならびに共存する未知化学物質および分析上の妨害成分の同定と除去法を検討した。この目的を達成するために、高分解能型ガスクロマトグラフィ/質量分析法(HRGC/HRMS)を用いて、その性能を最大限に引き出すためには、試料の前処理、特にクリーンアップ操作が極めて重要であることを実証し、具体的にダイオキシン類分析の最適条件化を達成した。また、HRMS分析において、各種試料で見られた未知妨害ピークの精密質量数を測定し、妨害物質の確認、同定する手法としてマスピークプロファイル(MP)法を確立し、多くの妨害成分の同定を行った。その多くは有機ハロゲン化合物であり、クリーンアップによる除去効果も示した。ポリ塩化ビフェニル(PCBs)については詳細分析法を確立し、製品PCBと廃棄物関連焼却試料中のPCBの構成成分比を明らかにするとともに、各国の製品PCBの組成を明らかにした。また、ポリ塩化ナフタレン(PCNs)についても分析法を確立し、製品と廃棄物焼却試料中のPCNの構成比を求め、特に大気試料中の妨害成分がクロルデン化合物であることをMP法により明らかにし、その除去法を確立した。

2)環境化学的研究

 環境化学的視点からは、様々な実試料について、特に廃棄物の燃焼、燃焼プロセスにおける未解明の微量有機ハロゲン化合物の生成とその挙動解析、工業製品であるPCBやPCNと燃焼プロセスで生成するPCBやPCNとの異性体組成等の違いから生成メカニズムを解析し、廃棄物処理と環境への負荷低減の観点から検討を行った。

 燃焼により様々な微量有機ハロゲン化合物(主にCl-PAHs)が新たに生成することを検証し、その同定と存在レベルを明らかにした。主なCl-PAHsの存在順位はクロロフェノール(CPhs)≧クロロベンゼン(CBzs)>PCNs>PCBs,ポリクロロジベンゾフラン(PCDFs)≧ポリクロロジベンゾーパラージオキシン(PCDDs)>その他、の順であり、Cl-PAHsの多くは低塩素化成分が主体であった。これらの化合物群ではPCDDsを除いてその骨格である多環芳香族炭化水素(PAHs)も多量に存在していた。このことから骨格のPAHとCl-PAHの存在比の関連を考察した結果、PCDDを除き、骨格PAHへのハロゲンの核置換反応が起こっているを推定した。同定、定量された総Cl-PAHsは試料中の全有機ハロゲン(TOX)の大部分を占めており、特に、CPhs, CBzs両者でほぼTOXの96%以上を占めていることが分かった。

 燃焼で生成したCl-PAHの同族体あるいは異性体組成は特徴的であり、熱的に安定な異性体が多く存在していることを見出した。特に、PCBとPCNでは燃焼で検出された異性体は工業製品のPCB、PCNの同族体、異性体のパターンと大きく異なり、高塩素型が減少する代わりに毒性の高い異性体であるnon-ortho、mono-ortho型のコプラナーPCBsが優勢な傾向を示すことを明らかにした。さらに実験室でHCl存在下のモデル排ガスを用いてbiphenylの加熱生成実験を行い、燃焼により毒性の高い低塩素型コプラナーPCBsが生成されることを確認した。

 燃焼により生成した飛灰中には高濃度のダイオキシンが含まれる。その分解処理方法としての還元雰囲気下加熱脱塩素化処理は、PCB, PCNの高塩素化の同属体のみならず毒性の高い異性体も分解すること、特にコプラナーPCBは生成しにくいことを見出し、その処理法の有効性を検証した。

 最後の総合考察では、発生源の異なるコプラナーPCBやPCNの評価、熱プロセスで生成する有機塩素化合物の環境への影響、大気試料の異性体分布と挙動について発生源の観点から考察し、有機塩素化合物による環境への負荷を抑えるためにはダイオキシン類対策と同様の制御対策が必要であることを指摘した。

 以上、本論文は、廃棄物処理に伴う微量有機ハロゲン化合物の解析手法の開発ならびにその実用的な処理技術対策に関する分析化学的、環境化学的検討を加えたもので、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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