学位論文要旨



No 215055
著者(漢字) 栗山,幸久
著者(英字)
著者(カナ) クリヤマ,ユキヒサ
標題(和) 高精度小中径電縫鋼管ミルの実用化技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 215055
報告番号 乙15055
学位授与日 2001.05.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15055号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木内,学
 東京大学 教授 谷,泰弘
 東京大学 教授 横井,秀俊
 東京大学 助教授 柳本,潤
 東京大学 助教授 吉川,暢宏
内容要旨 要旨を表示する

 電縫管は、熱間圧延工程の加工熱処理により優れた材質を確保できること、冷間成形であるため寸法精度が良いことから、溶接部の信頼性・品質さえ確保できれば、シームレスを代替できる優れた造管法である。そのため電縫溶接部の信頼性・品質向上の研究が望まれていた。また、厳格化する市場への要求に応えるには、優れた材質を劣化させない成形・矯正技術、また、更なる寸法精度の向上が必要である。

 しかしながら、電縫管に関する研究は、成形・溶接・矯正がばらばらに行なわれ一貫した視点に立った研究はなされていなかった。電縫溶接に関する研究は溶接温度などの監視による入熱制御に関するものが殆どであり、エッジの接近速度と溶融後退速度のバランスする状態が最も溶接欠陥が少ないことが示されたものの成形との関連は明確にされていなかった。また、成形は、ブレークダウン、ケージ、フィンパスなど個別の成形領域に関する研究は種々行われてきたが、エッジ成形をどの領域で行うのが溶接に対して良いかなどの検討はなされていなかった。さらに、捩れなど操業上は大きな問題となっても前後工程との関わりから実験室的な検討が難しい問題は体系化された検討がなされていなかった。

 これらの問題に対し、成形・溶接・矯正という電縫管のラインを一貫した視点で捉えて、従来明らかにされていなかった課題を明確にし、生産性の観点からの検討も加え、その対応策を提示して行なった電縫管に関する設備化・操業技術の研究に本研究の特徴がある。

 成形・溶接・矯正という電縫管のラインを一貫して検討した結果をまとめて以下に述べる。

1) 電縫管成形技術

 電縫管の成形技術に関しては、溶接突合せ確保の上でのエッジ成形の重要性を明らかにし、エッジ成形をブレークダウン、中流域、フィンパスのどこで行えば良いかを検討した。その結果、ブレークダウンでエッジ成形を行うのが、エッジ増肉を抑制し電縫溶接に適した突合せ形状が得られること、後段での絞りを低減し低歪成形が可能となることを示した。そこで、電縫管成形においては、エッジ成形をブレークダウンで行い、フィンパスは端面整形機能に重点を置いた成形とする方式が有利である。

 また、肉厚/外径比1〜12%という薄肉から厚肉まで、適切なエッジ成形が行える成形方式を研究した。その結果、新しいエッジ成形方式であるWベンド成形方式は、厚肉でのエッジ成形のみならず、薄肉でのエッジ座屈防止に効果があることを明らかにし、また、Wベンド成形適用のための技術を体系化した。このWベンド成形方式により従来肉厚/外径比2〜8%であった成形範囲を1〜12%に拡大し、成形精度も向上することができた。

2) ロール共用化による生産性向上

 電縫管成形においては、孔型ロールを用いるためサイズ毎にロール交換が必要であり、ロール交換作業、また、その後のロール調整作業のため生産性を阻害しており、ロール共用化が望まれてきた。これに対し、小径でのVRF(Vertical Roll Forming)成形、大径でのIHI-Yoder型フルケージ成形による共用化の研究が行われ実機化されているが、これらは肉厚/外径比1〜5%という薄肉しか対応できず、外径共用範囲も2.5倍と狭かった。

 そこで、肉厚/外径比1〜12%、外径共用範囲3.5倍をカバーできるロール共用性のある成形方式を研究した。IHI-Yoder型フルケージは外径が変わっても変形は相似であるとの仮定に基づいてロールを直線上をスライドさせる簡素な構造により共用性を持たせている。しかしながら、ケージ内の変形をエネルギー法により解析した結果、肉厚/外径比1〜12%、外径共用範囲3.5倍の共用性を考えると変形形状は相似と見做せないことを初めて明らかにし、これらの共用性を満足できる設定自由度の高いケージを開発した。

 また、空間的な位置・ロールの傾きなど自由度の高いケージロールの設定方法は、従来示されていなかったが、ケージロールの包絡面で変形曲面を近似できると仮定し、変形曲面に接するようにケージロールを設定する新たな設定方法を考案し、ケージロールが管径の2倍程度と密に配置されていれば、この方法で十分な精度でケージロールが設定できることを示した。

 これらにより、肉厚/外径比1〜12%、外径共用範囲3.5倍の共用性を持ったケージのハード・ソフトを開発・実機化し、厚肉まで含めた高い共用性を示すことができた。

3) 溶接部品質向上技術

 従来、電縫管の成形と溶接に関する研究はばらばらに行われていたため、溶接欠陥の少ない溶接入熱条件、また、V収束角拡大が溶接欠陥低減に効果があることが溶接側の研究で明らかになってきたが、それに伴って必要となる成形への要請は知られていなかった。成形溶接の一貫した試験を通じ、溶接突合せ形状はI型形状が良いがエッジ増肉があると適正入熱条件からずれて溶接欠陥が増えてしまうため、エッジ増肉を抑えたI型突合せの確保が必要であることが明らかになり、Wベンド成形+フィンパスの最適化により増肉を抑えたI型突合せを確保した。

 更に、V収束角拡大は溶接欠陥の低減に有効ではあるが、アップセットに対する感受性が上がってしまうため同時にアップセット変動を低減しなければならないことを初めて明らかにした。また、アップセット変動の低減のためフィンパスとスクイズのミル剛性をバランスさせると言う新たな概念を導入し、従来±0.5mmあったアップセット変動を±0.1mmに低減することができた。

 これらの成形・溶接の一貫した研究により溶接欠陥を0.025%と従来の1/10以下へと飛躍的に低減することができた。

4) 矯正・操業に関する技術

 捩れが発生するとロール調整、再通板など操業上は大きな損失となる問題であるが、溶接前の捩れ(主にロール拘束の弱い中流域で発生する)も、溶接後の捩れも前後工程を含め実験室的な試験が難しいこと、要因が複雑なことから、体系的な研究はされていなかった。

 溶接前の捩れは左右の反力差によって生ずる捩れモーメントのモーメントアームを最小にするケージ設定を考案し、溶接前の捩れを防止する方法を示した。また、溶接後の捩れは、発生する捩れをクロスピンチロールにより0に制御する方法を考案し、捩れを抑制する方法を提示した。これらの捩れ対策により、操業が安定したのみならず、溶接ビード切削精度が向上し母材に近い板厚を確保できるようになり、また、溶接シーム部の2段熱処理が可能となり溶接部材質を母材と同等にすることができるようになった。また、曲がり矯正の際にシーム方向が一定になることにより矯正の安定化にも貢献した。

 曲がり矯正に関しては、回転矯正、上下+左右の繰返し曲げ矯正の研究はあるものの矯正能力の観点からの研究であり、素材の特性を損なわない為の低歪矯正の観点での研究はなされていなかった。曲がり方向に合せて繰返し曲げを行うことにより最小限の歪で曲がり矯正を行う適応型インライン曲がり矯正法を考案し、インライン曲がり計測設備とともに実機化し低歪矯正を実現した。

5) 実機適用、および、その結果得られた電縫管

 これまでの研究の成果であるWベンド成形、自由度の高いセミケージ、最適化されたフィンパス、剛性バランスを取ったスクイズ、捩れ制御、適応型インライン曲がり矯正などを新しい16"電縫管ミルに実機化した。このミルでは、溶接欠陥が0.025%と飛躍的に低減されているため従来シームレスしか用いられなかった高級油井管・ラインパイプの市場で電縫管が初めて採用された。また、高精度低歪成形、低歪矯正により、熱処理型シームレス鋼管に比べ、寸法精度が高く、圧潰特性、低温靭性、腐食ガス環境下での耐食性にも優れており、また、低コスト省エネルギー生産であり、石油メジャーからも高い評価を得て新しい電縫管市場を開拓できた。

本研究の工学的意義

 これまでに述べた研究成果は工業的には新しい16"電縫管ミル、また、高級電縫油井管・ラインパイプとして結実したが、その研究を通じて明らかにされた内容は電縫管に関して共通のものであり、下記の工学的意義があるものと考える。

1) 電縫管成形におけるエッジ成形に関する技術の体系化

2) 成形と溶接を一体にした研究により溶接欠陥を飛躍的に低減する技術

3) ロール共用化、特にケージ内での変形の明確化、自由度の高いケージの設定方法の提示

4) 捩れ・曲がり矯正技術の体系化

 これらは、いずれも小径から大径までの電縫管に共通の課題に対する技術的解答を与えるものと考えており、電縫管に関する技術の向上に資することを期待している。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究の背景と特徴は概略以下の通りである。

 従来の電縫管に関する研究は、その製造のための要素技術である成形・溶接・矯正に関する検討がばらばらに行なわれ、一貫した視点に立ったものではなかった。例えば、電縫溶接に関する研究は、溶接温度の監視による入熱制御に関するものが殆どであり、エッジ(素板の両縁部)の接近速度と溶融後退速度のバランスする状態が最も溶接欠陥が少ないことが示されたものの、成形との関連は明確にされていなかった。また、ブレークダウン、ケージ、フィンパスなど個別の成形過程に関する研究は種々行われてきたが、どの成形をどの過程でどの程度で行うのが電縫管の品質向上のために適切であるかなどの検討はなされていなかった。さらに、捩れなど操業上の大きな問題も実験室的な検討が難しいことから、本格的な検討がなされていなかった。

 本研究は、成形・溶接・矯正という電縫管製造の各過程を一貫した視点で捉えて、従来明らかにされていなかった課題を明確にし、生産性の観点からの検討も加え、その対応策を提示して設備化・操業技術化を実現した点に特徴がある。

 以下、本研究の成果について説明する。

 まず、電縫管の成形技術に関しては、溶接部突合せ形状を適正化する上でのエッジ成形の重要性を明らかにし、エッジ成形をブレークダウン、中間(ケージ)、フィンパス過程のどこで行えば良いかを検討し、ブレークダウン過程でエッジ成形を重点的に行うことにより、エッジ増肉を抑制し電縫溶接に適した突合せ形状が得られること、後段での絞りを低減し低歪成形が可能となることなどを系統的に示した。

 また、肉厚/外径比1〜12%という薄肉材から厚肉材まで、適切なエッジ成形が行える成形方式について検討を進め、新しいエッジ成形方式であるWベンド成形方式が、厚肉材のエッジ成形のみならず、薄肉材成形時のエッジ座屈防止に効果があることを明らかにし、併せて、Wベンド成形適用のための技術を体系化した。このWベンド成形方式の高度化により、従来肉厚/外径比2〜8%であった成形範囲を1〜12%に拡大し、成形精度も向上することに成功した。

 次に、ロール共用化技術の開発を進め、肉厚/外径比1〜12%、外径共用範囲3.5倍をカバーできる共用性のあるケージ成形方式について検討し、従来のフルケージ成形方式が外径が変わっても変形は相似であるとの仮定に基づいているのに対して、ケージ内の変形をエネルギー法により解析し、肉厚/外径比1〜12%、外径共用範囲3.5倍の共用性を考えると変形形状は相似と見做せないことを初めて明らかにした。それらの結果をふまえて、目標とする共用性を満足できる設定自由度の高いケージ成形機および成形方式を開発した。

 また、空間的な位置・ロールの傾きなど自由度の高いケージロールの設定方法は、従来示されていなかったが、ケージロールの包絡面で変形曲面を近似できることを見出し、変形曲面に接するようにケージロールを設定する新たな方式を考案し、ケージロールが管径の2倍程度と密に配置されていれば、この方法で十分な製品精度を実現し得るロール設定ができることを示した。

 次に、成形溶接の一貫した試験を通じ、溶接突合せ形状としてはI型形状が良いが、エッジ増肉があると適正入熱条件からずれて溶接欠陥が増えてしまうため、エッジ増肉を抑えたI型突合せの確保が必要であることを明らかにし、Wベンド成形+フィンパス成形の最適化により、増肉を抑えたI型突合せ形状を確保できる成形方式を開発した。

 更に、V収束角拡大は溶接欠陥の低減に有効ではあるが、アップセットに対する感受性が上がってしまうため、V収束角の拡大と同時にアップセット変動を低減しなければならないことを初めて明らかにし、アップセット変動の低減のためフィンパスとスクイズのミル剛性をバランスさせると言う新たな概念を導入し、従来±0.5mmあったアップセット変動を±0.1mmに低減することに成功した。

 これらの成形・溶接の一貫した研究により溶接欠陥を0.025%と従来の1/10以下へと飛躍的に低減する技術を確立した。

 更に、溶接前の素管の捩れは、左右の反力差によって生ずることを示し、捩れモーメントのモーメントアームを最小にするケージ設定を考案し、溶接前の捩れを防止する方法を開発した。また、溶接後の捩れをクロスピンチロールにより0に制御する方法を考案し、実機化した。これらの捩れ対策により、操業が安定したのみならず、溶接ビード切削精度が向上し、母材に近い肉厚を確保できるようにした。また、溶接シーム部の2段熱処理が可能となり溶接部材質を母材と同等にすることを可能とした。

 曲がり矯正に関しては、曲がり方向に合せて繰返し曲げを行うことにより、最小限の歪で曲がり矯正を行う適応型インライン曲がり矯正法を考案し、インライン曲がり計測設備とともに実機化し低歪矯正を実現した。

 本研究では、以上検討したWベンド成形技術、自由度の高いセミケージ成形技術、最適化されたフィンパス成形技術、剛性バランスを取ったスクイズ技術、捩れ制御技術、適応型インライン曲がり矯正技術などを統合化し、新しい16"電縫管ミルに実機化した。このミルの製品即ち電縫管は、溶接欠陥が0.025%と飛躍的に低減されているため従来シームレス鋼管しか用いられなかった高級油井管・ラインパイプの市場で初めて採用されるという成果を収めた。高精度低歪成形、低歪矯正により、熱処理型シームレス鋼管に比べ、寸法精度が高く、圧潰特性、低温靭性、腐食ガス環境下での耐食性にも優れており、また、低コスト省エネルギー生産であり、石油メジャーからも高い評価を得て新しい電縫管市場を開拓することに成功した。

 本研究の成果は、工業的には新しい16"電縫管ミル、また、高級電縫油井管・ラインパイプとして結実したが、その研究を通じて明らかにされた内容は下記の工学的意義があるものと考えられる。

1) 電縫管成形におけるエッジ成形理論の体系化

2) 成形と溶接を一体にすることにより溶接欠陥を飛躍的に低減する手法の体系化

3) 成形過程における素板の変形挙動の理論解析化、および、兼用ロールの自由度の高い理論的設定方法の提示

4) 捩れ・曲がり矯正理論の体系化

 これらは、いずれも小径から大径までの電縫管に共通する課題に対する工学的・技術的解答を与えるものであり、広く板材の成形技術の向上に資すること大であると評価できる。

 以上の成果によって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク