学位論文要旨



No 215059
著者(漢字) 民田,太一郎
著者(英字)
著者(カナ) タミダ,タイチロウ
標題(和) PDPの放電および発光基礎特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 215059
報告番号 乙15059
学位授与日 2001.05.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15059号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡部,俊太郎
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 助教授 三尾,典克
 東京大学 助教授 志村,努
内容要旨 要旨を表示する

 PDP(Plasma Display Panel)が、大画面の平面型ディスプレイとして昨今の注目を集めている。PDPの特長として、大画面化が容易であり、薄型、軽量であること、自発光素子であるので画質が良く視野角が広いこと、などが挙げられる。現在では駅や地下街や展示場などでごく普通に見られるまで普及し、次世代の表示デバイスと位置づけれている。PDPの高性能化のために必要な多くの開発課題は、「発光効率の向上」と「低コスト化」の2つに集約することができる。

 現在もっとも広く用いられている面放電型のPDPの構造を図1に示す。2枚のガラスパネルの間に封入されたガス(XeとNeの混合ガス)が放電によって紫外線を発光し、その紫外線が赤、緑、青の3色の蛍光体を励起して可視光が発光する。PDPは放電を用いた発光素子であると同時に、放電の特性を利用して画像の制御を行っており、数十万あるいは100万以上の放電セルを同時に、均一に、かつ正確に制御しなければならない。つまりPDPは他に類を見ない複雑で高度な放電制御を実現している装置である、と言うことができる。

 さらにPDPは、駆動電源回路、放電、プラズマの形成、発光、紫外線の伝搬、蛍光体の発光、可視光の取りだし、といったさまざまな要素が複雑に組み合わさったシステムであり、これら一つ一つの特性を個別に評価するだけでは不十分であり、PDPというシステムの総合的な開発が必要である。

 この観点から本論文では、電気回路と放電、およびプラズマと紫外光の関係を明確にすることを目的とする。まず論文前半ではPDPの放電の電気的な特性について述べる。無声放電の観点からPDP放電の電気的な特性をV-Q Lissajous図を用いて測定、解析する方法を確立し、PDP放電の特徴を定性的、定量的に明確にする。結果として、PDPの電気的特性を定量的に表現できるシミュレーションツールを開発した。

 後半ではPDPの主な発光線であるXeの共鳴線発光の、PDPガス中の伝搬について述べる。共鳴線発光はいわゆるHolsteinの光の閉じ込め効果を生じ、その伝搬特性は極めて複雑である。このことについて実験と理論計算の両面から取り組む。結果としてPDP放電における光の閉じ込め効果についてその解析手段を確立し、PDPの紫外発光の利用効率を見積もることができた。

 ・V-Q Lissajous図を用いたPDPの放電計測

 PDPの放電は、電極間に誘電体を介して交流放電させる、いわゆる無声放電である。一般に無声放電では放電ギャップ内の電圧変化などギャップ間の情報を直接測定することが難しい。この方法としてV-Q Lissajous図形を用いた測定を提案する。

 PDPは、立ち上がり速度の速度の極めて速い矩形波電圧で駆動される、という特徴がある。図2にPDPの電流電圧波形およびV-Q Lissajous図を示す。低い周波数の正弦波を印加した場合に比べて、PDPのような矩形波で駆動される場合の特徴は、電圧の立ち上がり速度が放電の遅れ時間に比べて十分に短いため、放電は電圧が立ち上がりきった後に生じること、従って放電が開始する電圧はいわゆる放電維持電圧よりも十分に高く、放電が終了する電圧も放電維持電圧よりも低いこと、と言うことができる。この特徴は、PDPの画像表示に必要なメモリ機能など、PDPの電気特性を理解するうえで極めて重要である。V-Q Lissajous図による計測によって、PDPの放電の特徴を明確にできるだけでなく、ギャップ間の電圧変化や投入電力の測定など定量的な測定も行うことができる。

 またこのPDP放電の特徴から、PDPの電力の投入式を導出した。これによってパネルの形状と印加電圧から電力の投入量を概算することができる。

 ・PDPの電気特性シミュレーション

 PDPの放電を電気回路としてどのようにモデル化すればよいかについて述べる。放電の破壊、電子増倍、消滅などを詳細に議論することは非常な困難を伴う。しかし電源回路から放電ギャップを見た場合、最終的に必要なのはギャップ間のインピーダンスである。放電ギャップを一つの抵抗と考え、その抵抗値が放電の成長にしたがってどのように変化するかだけに着目する極めて簡単なモデルを考案し、マクロ放電モデルと名付けた。放電の成長する周波数δ+、および放電が消滅する周波数δ−とし、放電ギャップ間の導電率g(t)が下記の式に従って時間的に変化するとする。

 δ+は電離などによって電子を増加させる働きを表し、δ−は電子の再結合や壁面での損失などを表す。δ=δ+−δ−はギャップ間電圧に依存するので、この式は印加電圧の変化による放電の成長と消滅を表現することができ、PDPの放電現象を含めた、一般の無声放電現象の電気的特性を定性的に表現することができる。

 無声放電はその放電現象がいくつかの領域に分けられる。低周波(オゾナイザなど)、高周波(CO2レーザの励起など)、および矩形波の無声放電(PDPなど)である。図3にそれぞれ低周波、高周波および矩形波を印加した場合の放電の電気特性を、マクロ放電モデルで計算した結果を、V-Q Lissajous図およびIg-Vg Lissajous図で示す。これらの物理的位置づけは、電圧の変化の速度と放電の成長消滅の速度との兼ね合いである、ということを明確にすることができた。

 PDPのパネル設計や回路設計のために実用的に用いるためには、実用的なパラメータの範囲で定量的な結果が得られること、放電や数値計算の知識がなくとも容易に用いることができること、が必要であると考えた。マクロ放電モデルを面放電型のPDPに適用し、パネルの電流電圧波形、および電源インピーダンスおよびパネル寸法依存性が再現できるような、PDPの電気特性シミュレーションモデルの作成に成功した。図4に用いた等価回路モデルを、図5に計算結果と実験結果の比較の一例を示す。

 さらに、モデルの各要素を電気素子の組み合わせで置き換えることで、放電モデルをあたかも電気素子の一部として扱い、外部の駆動回路と同時に解析する方法を提案した。これによってPDPの放電も含めた形で回路設計やパネル設計を誰でも容易に行うことができるようになった。

 ・PDP放電における光の閉じ込め効果と紫外線の利用効率

 PDPは放電によって発生した紫外線が、蛍光体を励起して、可視光を発光する。PDPはXeとNeの混合ガスを用いているが、主な紫外線発光はXeの共鳴線発光(147nm)と分子線発光(173nm)である。図6に測定された紫外線発光のスペクトルを示す。これらのうち、共鳴線は基底準位のXe原子によって極めて短い時間で吸収され、吸収と再発光を繰り返しながらガス中を伝搬する。これをHolsteinの光の閉じ込め効果と呼び、これによってXe共鳴準位の実効的な寿命が長くなる、伝搬によってエネルギーを損失する、スペクトル形状が変化する、などの影響が生じる。

 PDPにおける共鳴線の閉じ込め効果の影響を評価するために、共鳴線の伝搬の1次元シミュレーションを行い、測定された紫外発光の時間変化およびスペクトル形状との比較を行い、実験結果と良く一致することを確認した。伝搬距離を変化させた場合のスペクトル形状の変化の実験結果と計算結果の比較を図7に示す。光閉じ込め効果による自己反転形状などの特徴が現れている。

 放電によって放出された紫外線がどの程度蛍光体の励起に利用されているのかは、PDPの発光効率の見積もりやパネル設計の際に非常に重要になる。上記モデルの計算結果から紫外線の利用効率を見積もった結果を図8に示す。紫外線の伝搬距離が長くなると蛍光体表面に到達する共鳴線の割合が減少し、その分のエネルギーが蛍光体と逆方向に再放出されて損失となったり、分子線として放出されたりすることがわかる。

 ・まとめ、本研究の意義

 本研究は前半でPDPにおける電気回路と放電の関係を、後半でプラズマと紫外線の関係を調べた。まずV-Q Lissajous図による測定ではPDPの電気特性をいかに測定、解析するかについて調べ、PDPの解析方法の基礎を築き、新しい駆動方法の開発と評価に役立てることができた。ここで導出されたPDPの電力投入式は駆動回路の設計に利用されている。

 次にマクロ放電モデルおよびPDPの電気特性シミュレーションモデルの開発によって、放電現象を、電気的なモデルとして扱うことを可能にした。このことはPDPの回路やパネル設計にとってきわめて有用なツールとなっただけでなく、電気回路設計のための重要な手法を提案することができた。

 最後に紫外線の伝搬を物理的なモデルに基づいて調べることによって、紫外線の伝搬中の吸収が発光効率にどのように影響しているのかを明確にした。このことは紫外線や可視光の利用効率の高いセル構造設計への重要な指針を与えるものと考えている。

図1、PDPの構造

図2、矩形波を印加した場合の電流電圧波形およびギャップ間電圧(左)と、V-Q Lissajous図(右)左図において、点線:電圧波形、細線:電流波形、太線:ギャップ間の電圧変化

図3、無声放電の3つの領域の物理的位置づけ

図4、面放電型PDPの等価回路

図5、実験結果と計算結果の比較、印加電圧依存性

図6、PDP(Xe:5%、Ne:95%)の紫外線発光のスペクトル、全圧力依存性。

右図は147nm付近の詳細

図7、共鳴線発光スペクトル形状の伝搬距離依存性Lは伝搬距離、実線は計算結果、記号は測定結果

図8、紫外線の伝搬効率の計算結果

■が蛍光体上に到達する共鳴線の効率を示す

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、PDP(プラズマディスプレイパネル)の放電と発光の特性について述べたものである。現在PDPの開発には、発光効率の向上と低価格化が求められているが、このようなPDPの性能向上のためには、PDPの発光過程をシステム的にとらえた研究が不可欠である。この観点から本研究は、特に電気回路と放電、プラズマと紫外光の関係を明確にすることを目的としている。

 論文は11の章で構成され、大きく前半と後半とに分けられる。前半(2章〜6章)ではPDPの放電の電気的な特性について述べている。PDPが無声放電の一種であることに着目し、放電機構の観点からPDPの放電の電気的な特性を定性的、定量的に明確にする。結果として、PDPの電気的特性を定量的に表現できるシミュレーションツールを開発した。

 後半(7章〜10章)ではPDPの主な発光線であるXeの共鳴線147nmの、PDPガス中の伝搬について述べている。共鳴線発光はいわゆるHolsteinの光の閉じ込め効果を生じ、その伝搬特性は極めて複雑である。このことについて実験と理論計算の両面から取り組む。結果としてPDP放電における光の閉じ込め効果についてその解析手段を確立し、PDPの紫外発光の伝搬効率を見積もった。

 第2章では、後の議論に必要となるPDPの構造、駆動についての概略の紹介を行う。また無声放電の一般的な特徴について触れ、無声放電のひとつとしてのPDPの放電を位置づける。

 第3章ではPDPの放電の電気的特性について、現象的、定性的に調べた結果について述べている。無声放電現象を観測するのに適したV-Q Lissajous図形によるPDPの放電観測の方法を紹介し、この方法を用いて移動電荷量、壁電圧、ギャップ間の電圧の変化など、重要な放電パラメータを測定することが可能であることを示している。

 第4章では、電圧波形と放電の変化から他の無声放電現象との比較を行い、実験的な観点からPDP放電の位置づけを明確にしている。さらにPDPの回路設計上非常に有用であるPDPの電力投入の式を導出している。

 第5章では無声放電のマクロ放電モデルについて説明している。マクロ放電モデルとは放電を単なる抵抗として電気回路的に取り扱い、その抵抗の導電率が放電の成長と消滅にしたがって変化する、としたものである。このモデルを用いることによって放電現象と駆動回路が相互に及ぼす影響を評価することができる。さらに、このモデルはPDPだけではなく、一般の無声放電現象に適用できる。従来無声放電には低周波および高周波の両極の無声放電現象があることが知られていたが、これらにPDPの矩形波放電を加えた、3つの無声放電現象を、このマクロ放電モデルを用いて、印加電圧波形の違いという観点から、体系的に理解することができたことを示している。

 第6章では面放電型PDPの放電の電気特性シミュレーションについて述べている。PDPの電気特性を解析した結果から、面放電型PDPの放電を表現するためには、最低限どのような物理現象をモデル化しなければならないかを考え、マクロ放電モデルと組みあわせることによって、PDP放電の電気的特性の、電極形状、外部電源条件依存性などを実用的な範囲で定量的に表現することのできるPDPのシミュレーションモデルを開発することに成功した。

 第7章ではPDPの励起準位や発光の素過程について基本的な内容を述べている。また、PDPの真空紫外発光の分光測定を行い、スペクトル形状の圧力依存性を測定した結果を示している。

 第8章では共鳴線の伝搬理論とシミュレーションについて述べてる。一次元のHolstein理論をレート方程式と組み合わせることによって、PDPセル内での光の閉じ込め効果のシミュレーションを行い、Xeの共鳴準位の空間分布の時間変化を計算し、その結果が実験で観測された発光の減衰時間と良く一致したことを示している。

 第9章では共鳴線の閉じ込め効果によって、スペクトルの形状が伝搬位置に対して変化していくことを示している。第8章の計算結果を基にスペクトルの形状の自己反転型形状の伝搬距離依存性を計算し、その結果が実験結果と良く一致したことを示している。

 第10章ではPDPの発光効率と真空紫外光の伝搬効率について述べている。第8章の計算結果から、PDPの共鳴線発光および分子線発光の強度が伝搬によってどのように変化するかを計算することができる。これから共鳴線自己吸収の効果を考慮した紫外線の伝搬効率を見積もり、PDPの発光効率の支配要因について考察している。

 最後に第11章では、本論文の内容をまとめるとともに、PDPの性能向上のために本研究の成果がどのような意義を持つかについて考察している。

 以上を要するに本研究で得られた成果は、PDPを設計するにあたり不可欠な指針をあたえるものであり、物理工学上非常に重要なものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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