学位論文要旨



No 215062
著者(漢字) 黄,建順
著者(英字)
著者(カナ) ファン,ジェンシュン
標題(和) TiO2被覆による炭素鋼の大気腐食の防食
標題(洋) PROTECTION OF STEEL FROM ATMOSPHERIC CORROSION BY TiO2 COATING
報告番号 215062
報告番号 乙15062
学位授与日 2001.05.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15062号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 篠原,正
 東京大学 教授 辻川,茂男
 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 前田,正史
内容要旨 要旨を表示する

 金属材料の耐食性の向上を目的として、ゾルーゲル法による表面のTiO2被覆が試みられている。TiO2はn型酸化物半導体としての性質を持ち、光照射時には非照射時と比較して低い浸漬電位を示す。したがって、光照射時にTiO2被覆した金属材料の電位を、不感域まで卑下して全面腐食を防ぐ、あるいは局部腐食の臨界電位より卑にしてこれを防ぐ、というカソード防食ができる可能性がある。本論文ではゾルーゲル法によって作製したTiO2膜を中心に、大気環境における炭素鋼の非犠牲カソード防食の可能性について調査した。

 第1章は緒言であり、TiO2をはじめとする酸化物半導体の光電気化学的特性およびこれらによる非犠牲カソード防食の原理について解説するとともに、本論文の構成について述べている。

 第2章では、アルカリ性環境(pH11)で不動態化している鉄への本防食法の適用可能性について検討した。

 TiO2を研摩まま炭素鋼に被覆した場合、光効果はあってもわずかで、焼成温度を400あるいは500℃まで上げても30mV程度の電位卑化にとどまった。化成処理法(アルカリ黒色酸化処理)と熱処理により、炭素鋼の上にFe3O4、γ-Fe2O3およびα-Fe2O3を生成させた後、ゾル−ゲル法によりTiO2を被覆しその暗・光電位を調べた結果、最表層がFe3O4あるいはγ-Fe2O3である450℃以下では、光電位は卑化しなかった。これに対し、α-Fe2O3が生成する温度域では処理温度の上昇とともに光電位が卑化した。Fe酸化物のうちFeO、Fe3O4およびγ-Fe2O3はp型半導体、α-Fe2O3はn型半導体、とされる。以上のように、炭素鋼上にゾル−ゲル法により被覆したTiO2のn型半導体電極としての特性は、α-Fe2O3に起因していると考えられ、これを生成させる前処理が必要であることがわかった。

 実環境下で材料に照射される光としては太陽光が最も一般的であろう。ステンレス鋼においては、TiO2とFe添加TiO2(Fe-TiO2)からなる2層構造TiO2被覆(TiO2/Fe-TiO2)を用いることによって、光照射後の電位貴化遅延特性を発現させられることがわかっている。第3章では、この手法の炭素鋼の防食への可能性を、第2章と同様のアルカリ性環境で検討し、TiO2/Fe-TiO2/α-Fe2O3という多層構造を採用することにより、Feにも電位貴化遅延特性を付与できることが確認した。また、こうした特性については、水溶液中のH+が皮膜内に侵入し、Fe-TiO2中のFe(III)がFe(II)へと還元されるため、と考察している。

 以上のように、アルカリ性水溶液環境中の炭素鋼に対して、光照射下(昼間)のみならず夜間を含めた本防食法の可能性が示された。

 第4章では、大気環境における本防食法の可能性について検討した。

 まず、種々のTiO2被覆を施した炭素鋼に絶縁層およびFeを層状に重ねたTiO2被覆鋼(幅5mm)/絶縁層(厚さ0.1mm)/裸Fe(幅1mm)−対センサ(TiO2-Fe対センサ)を作製した。これに種々の量の海塩を付着させた後に恒湿槽中に入れ、光照射下あるいは非照射下でのセンサ出力(I)を、種々の相対湿度(RH)条件下で測定した。光照射下ではRH=30%という低湿度においても裸Fe電極がカソードとなり、大気環境においても本防食法が適用可能であることがわかった。また、夜間を想定したRH=90%の暗状態へ移した後3000min(50h)においても裸Fe電極がカソードとなっており、電位貴化遅延特性も付与できることが確認できた。また、非接触で大気中での電位測定が行なえる電位Kelvinプローブによる検討も行い、海塩付着量(Ws)が0.1g/m2以下の場合には、RH=85−95%以上を除いて本手法の防食域となることを確認した。

 第5章では、亜鉛めっき鋼板について本防食法を適用し、第4章までの課題であった高Ws域・高RH域での防食の可能性について検討した。従来のTiO2被覆用ゾル液は酸性であるため、デイッコーテイング法による皮膜作製の間に、めっき層のZnは溶解してしまう。そこで、TiO2およびFe-TiO2にかわる酸化物皮膜にSrTiO3およびFe-SrTiO3を採用した。これらのゾル液は中性である。亜鉛めっき鋼板においてもこの表面にn型半導体としての特性を有するZnOを生成させ、SrTiO3/Fe-SrTiO3/ZnOという多層を採用することにより、かなり卑な光電位と電位貴化遅延特性を付与できることを、pH9.2の水溶液中で確認した。また、SrTiO3-Fe対センサでの検討により、炭素鋼に対するTiO2被覆の防食域(第4章)においては、SrTiO3によりめっき層のZnおよびを炭素鋼が防食され、高Ws域・高RH域ではZnにより炭素鋼が防食される、ことを見い出した。

 第6章では、第4および5章で最適化されたTiO2被覆炭素鋼およびSrTiO2被覆亜鉛めっき鋼板の防食効果を確認するために、種々の条件下での暴露試験を行った。TiO2被覆炭素鋼では、雨が直接かからない低Ws環これに対して、SrTiO3被覆亜鉛めっき鋼板では、いずれの環境下でもさびは発生せず、本防食法の効果が確認できた。なお、雨が直接かかる環境下でのTiO2被覆炭素鋼であっても、電気防食を組み合せると、低Ws環境下であれば1μA/cm2以上、また、高Ws(10g/m2)環境下でも5μA/cm2以上、のカソード電を流せば炭素鋼を防食できることを見い出した。

 このように、TiO2あるいはSrTiO3のn型半導体としての光電気化学的特性を利用した本非犠牲カソード防食法は、亜鉛めっき鋼板のZnや電気防食と組み合わせることにより、大気環境中での炭素鋼の防食に適用可能であることを確認した。

 第7章は結言であり、各章の成果と関連についてまとめている。

審査要旨 要旨を表示する

 n型酸化物半導体であるTiO2は、光照射時には非照射時と比較して低い浸漬電位を示す。また化学的にも安定であることから、これをステンレス鋼や銅など比較的耐食性の良い金属に被覆し、これら金属を非犠牲的にカソード防食することが検討されてきた。本論文は、ゾルーゲル法によって作製したTiO2膜を中心に、大気環境における炭素鋼に対して本防食法の適用を図ったもので、7章からなる。

 第1章は緒言であり、TiO2をはじめとする酸化物半導体の光電気化学的特性およびこれらによる非犠牲カソード防食の原理について解説するとともに、本論文の構成について述べている。

 第2章では、本防食法の炭素鋼への適用可能性について検討するため、鉄が不動態化するアルカリ性環境下(pH11)において光電気化学的調査を行った。TiO2を研摩したままの炭素鋼に被覆しただけでは、焼成の際にFeがTiO2層へ侵入してしまい、光効果はあってもわずかで、30mV程度の電位卑化にとどまった。これに対して、化成処理法(アルカリ黒色酸化処理)と熱処理により、最表層にn型酸化物半導体であるα-Fe2O3を生成させると光電位が大きく卑化することを見い出し、炭素鋼に対しても本防食法が適用可能であるとした。

 ステンレス鋼においては、TiO2とFe添加TiO2(Fe-TiO2)からなる2層構造TiO2被覆(TiO2/Fe-TiO2/ステンレス鋼基板)を用いることによって、光照射後の電位貴化遅延特性が発現し、夜間においても本防食法が適用可能であることが見い出されている。第3章では、この手法の炭素鋼への適用を第2章と同様のアルカリ性環境で検討し、{TiO2(200℃焼成)/TiO2(400℃焼成)/Fe-TiO2/α-Fe2O3/炭素鋼基板}という多層構造を採用することによって、炭素鋼にも電位貴化遅延特性を付与できることを確認した。ここで、電位貴化遅延特性についてはFe-TiO2中のFe(II)/Fe(III)の酸化還元反応に伴い発現すると考察し、最外層のTiO2(200℃焼成)はカソード反応を小さくしてFe(II)の酸化に伴う電位貴化を抑制させるために必要であるとしている。

 第4章では、種々のTiO2被覆を施した炭素鋼に絶縁層およびFeを層状に重ねたTiO2被覆鋼/絶縁層/裸Fe−対センサ(TiO2-Fe対センサ)を作製し、大気環境中の炭素鋼に対する本防食法の可能性について検討するとともに、防食性能−裸Fe電極へのカソード電流−におよぼす海塩付着量(Ws)および相対湿度(RH)の影響について調査した。併せて、非接触で大気中での電位測定が行なえるKelvinプローブによる検討も行い、Wsが0.1g/m2以下の場合には、RH=85〜95%以上を除いて本手法の防食域となることを確認した。

 第5章では、亜鉛めっき鋼板について本防食法を適用し、第4章までの課題であった高Ws域・高RH域での防食の可能性について検討した。ここでは、めっき層のZnの溶解を防ぐため、ゾル液が中性であるSrTiO3およびFe-SrTiO3を被覆している。亜鉛めっき鋼板においてもこの表面にn型酸化物半導体であるZnOを生成させ、{SrTiO3/Fe-SrTiO3/ZnO/Znめっき層}という多層構造を採用することにより、かなり卑な光電位と電位貴化遅延特性を付与できることを、Znが耐食性を示すpH9.2の水溶液中で確認した。また、SrTiO3-Fe対センサを用いた大気環境中での検討により、4章で示した炭素鋼に対するTiO2被覆の防食域においてはSrTiO3によりめっき層のZnおよび炭素鋼が防食され、高Ws域・高RH域ではZnにより炭素鋼が防食される、ことを見い出した。

 第6章では、第4および5章で最適化されたTiO2被覆炭素鋼およびSrTiO2被覆亜鉛めっき鋼板の防食効果を確認するために、種々の条件下での暴露試験を行った。TiO2被覆炭素鋼では雨が直接かからない低Ws環境において、またSrTiO3被覆亜鉛めっき鋼板ではいずれの環境下においても、さびは発生せず、本非犠牲カソード防食法が実際の大気環境中における炭素鋼の防食に適用可能であることを確認した。また、雨が直接かかる環境下でのTiO2被覆炭素鋼であっても、外電法カソード防食と組み合せることにより防食可能であることも見い出している。

 第7章は総括である。

 以上要するに、本論文は、従来比較的耐食性の良い金属材料に対して検討されてきたTiO2の光電気化学的特性を利用した非犠牲カソード防食法を、大気環境中における炭素鋼に適用させることに成功したものである。これらは金属表面工学への貢献が大きく、金属防食法の発展への大きな寄与が期待される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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