No | 215071 | |
著者(漢字) | 古山,昭子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | フルヤマ,アキコ | |
標題(和) | 肺胞上皮細胞による基底膜の形成制御機構の解明 | |
標題(洋) | Study on the assembly of basement membrane by alveolar epithelial cells | |
報告番号 | 215071 | |
報告番号 | 乙15071 | |
学位授与日 | 2001.05.24 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 第15071号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 基底膜は、上皮細胞の直下に存在するシート状の細胞外マトリックス構造体である。基底膜の主要構成分子として、ラミニン、IV型コラーゲン、エンタクチン(ニドジェン)、ヘパラン硫酸プロテオグリカンがよく知られている。これらは薄く連続したシート状の難溶性構造体であるラミナデンサ層に局在する。基底膜は、上皮細胞の配置に沿って複雑に褶曲し、反対側では結合組織に繋がっているため、基底膜部分のみを単離することは難しい。また、構成分子が相互に結合し、難溶性の高分子複合体を成しているので、組織より抽出することも困難である。基底膜の生化学的および細胞生物学的解析には、Engelbreth-Holm-Swarm(EHS)tumorから抽出した基底膜成分であるマトリジェルがその材料として用いられ、構成分子の構造解析や分子間の会合体形成モデルの作成等に寄与してきた。しかし、マトリジェルは構造的に脆弱であり、基底膜が有する粘弾性などの力学的特性を欠いている。さらに、基底膜の各構成分子は複数のアイソフォームから構成されることが明らかになった。また、細胞外に分泌された後も様々な修飾を受ける基底膜構成分子は、遺伝子工学を用いて調製した構造と、細胞外マトリックス中に実際に存在する状態とで異なる。遺伝子工学により、基底膜構成分子あるいはその修飾に関与する分子の欠損、または異常分子を胚に発現させることは、in vivoでの分子の機能の解析を可能にした。その結果、基底膜構成分子の欠損や異常は致死性であることが明らかになった。このように、基底膜が、多細胞生物における生命現象に重要な役割を有することに疑いの余地はない。しかし、基底膜構成分子の生化学的および細胞生物学的解析からは、固相状態としての基底膜構造体の全体像を解明するのは不可能である。 それぞれの基底膜構成分子が相互に集積し基底膜として形成される過程や関与する機能分子、あるいは基底膜の細胞機能への影響等、基底膜構造体の構築の制御機構に関する全体像は、依然不明瞭さを残している。炎症や線維化に伴って、しばしば基底膜の異常が観察され、基底膜の異常と上皮細胞の増殖・分化・形質発現が正常に維持されないことの関連が考察されている。したがって、基底膜構造体の形成制御の機構を明らかにすることは、細胞生物学的意義だけではなく疾病治療を探る上でも意義がある。基底膜構成分子を細胞外に分泌し、構造体として組み上げ、上皮細胞の直下に層状に局在させるためには、基底膜構成分子以外にも様々な機能分子が関与すると考えられている。しかし、in vivoでは、組織を構成する細胞は多種にわたる。また、細胞外マトリックスの代謝や上皮細胞機能に影響を与える様々なサイトカインや成長因子が存在する。その点、細胞の環境と細胞間の相互作用を制御することが容易で、基底膜形成に関与する要因を絞り込むことが可能な、細胞培養系が優れている。本研究は、in vivoにおける基底膜構築の制御機構の解明に資するために、in vivoにおける基底膜構造体の構築を目指した。 本研究では、肺胞上皮細胞の培養系を用いた。肺は、上皮細胞を裏打ちする基底膜が発達している器官であることから、肺胞上皮細胞の基底膜形成能は高いと推測される。しかし、肺胞上皮細胞を単独で培養しても基底膜は形成されなかった。これまで、上皮細胞単独の細胞培養系で基底膜が形成されたとの報告はない。近年、皮膚や角膜の培養細胞を用いた研究から、基底膜構成分子が上皮細胞からだけでなく、間葉系細胞からも分泌されることが明らかになってきた。そこで、肺胞上皮細胞を肺線維芽細胞と共培養することで、基底膜の形成を目指すこととした。肺胞上皮細胞の基底膜形成能を正確に捉え、基底膜形成に関与する肺線維芽細胞の要因を詳細に検討するために、他細胞の混入のない肺胞上皮細胞を用いる必要がある。しかし、肺から調製した初代培養肺胞II型上皮細胞は、肺線維芽細胞が混入している可能性があり、肺線維芽細胞に由来する基底膜構成分子やサイトカイン、その他の酵素類の影響を排除できない。そこで、不死化肺胞II型上皮細胞であるSV40-T2を、肺胞上皮細胞として用いた。 第1章では、主要基底膜構成分子を分泌するが、基底膜は形成できない肺胞上皮細胞を、肺線維芽細胞を包埋したI型コラーゲンゲル上で共培養することにより、連続した構造体としての基底膜が形成された。ここにはじめて、in vitro培養系にて再現性高く基底膜を形成させる方法を確立し、基底膜形成の制御機構を、肺胞上皮細胞の基底膜形成に寄与する肺線維芽細胞の役割に注目して検討することが可能となった。In vitroで形成された基底膜は、1) 上皮細胞直下に細く連続したラミナデンサ様構造体が観察され、2) 主要基底膜構成分子がこのラミナデンサ様構造体上に局在する点において、in vivoで観察される基底膜と区別のつかない構造体であった。第2章では、肺胞上皮細胞の基底膜形成を促進する因子として、線維芽細胞由来の基底膜構成分子に注目した。培養液に添加した外因性基底膜構成分子は、肺胞上皮細胞の基底膜に組み込まれて、シート状の基底膜構造体の形成を促進することが明らかになった。この時、添加した基底膜構成分子は上皮細胞が存在しなくても、すでに存在する基底膜構成分子上に沈着するが、連続した基底膜が形成されるためには、肺胞上皮細胞の存在が必要であった。第3章では、線維芽細胞由来のサイトカインであるtransforming growth factor (TGF)-β1に注目した。特に、1.0 ng/mlのTGF-β1添加により、肺胞上皮細胞は基底膜構成分子の分泌を亢進し、最終的にはシート状の基底膜構造体が形成された。さらに高い濃度のTGF-β1(5.0 ng/ml)では、間質性細胞外マトリックスの細胞直下への沈着が障害となって、基底膜が形成されないことが明らかになった。これらのことから、基底膜形成は、基底膜構成分子の合成と分解のバランスだけでなく、基底膜構成分子と間質性細胞外マトリックスの上皮細胞直下への固相化のバランスによっても制御されることが示唆された。第4章では、不死化肺胞II型上皮細胞と比較して、初代培養肺胞II型上皮細胞は、ほぼ同様の基底膜形成をすることが明らかになった。また、再構成した細胞外マトリックスの肺胞上皮細胞への影響、肺線維芽細胞からのTGF-β1分泌量の測定、および肺線維芽細胞から分泌される基底膜構成分子の検出を行った。これらの結果を踏まえ、肺胞上皮細胞と肺線維芽細胞の共培養系において、基底膜形成の促進に最も貢献する肺線維芽細胞の機能は、基底膜構成分子の分泌であると結論した。 本研究では、肺胞上皮細胞の基底膜形成に、外因性基底膜構成分子の供給、TGF-β1の存在量、および足場となる細胞外マトリックスの状態が影響を及ぼし、これら因子の制御に線維芽細胞が関与していた。In vivoとほぼ同様な形態的特徴を持った基底膜がin vitroで形成されたことで、基底膜研究に様々な展開が可能となる。例えば、基底膜形成の制御機構を利用して設計・作製した基底膜構造体を、細胞培養の基質に利用して、基底膜の機能を解析することが考えられる。また、致死的な遺伝子欠損や変異を持つ細胞についても、細胞培養系で基底膜形成能を検討し、基底膜構造体への影響を解析をすることが可能である。さらに細胞培養系は、特定の細胞のみにより均一な基底膜を形成させることができるため、基底膜の生化学的解析も可能である。本研究の成果は、基底膜の構造形成、基底膜の組織特異的な機能への関与など、多細胞生物における複雑な生命現象の解明に資すものと考える。 | |
審査要旨 | 基底膜は、上皮細胞の直下に存在する薄く連続したシート状の細胞外マトリックス構造体である。基底膜構成分子が相互に結合して固相化した、難溶性の生体高分子複合体である基底膜は、上皮細胞の構造的な足場となり、細胞の極性や機能の発現に影響を与える。主要基底膜構成分子の欠損や異常は致死であったり、重度の疾病を引き起こすことが明らかになっている。また、炎症や線維化に伴って観察される基底膜構造の異常は、上皮細胞の増殖・分化や形質発現が正常に維持されないことと関連していると考えられている。このように、基底膜が多細胞生物における生命現象に重要な役割を有することに疑いの余地はない。基底膜構成分子の生化学的および細胞生物学的解析の研究は著しい進展を遂げた。しかし、それぞれの基底膜構成分子が相互に集積し基底膜として形成される過程、あるいはその機構(過程に関与する機能分子など)は殆ど解明されていない。また、マトリジェルと呼ばれる基底膜成分が混在した基質を用いることにより、さまざまな培養細胞の増殖・機能に基底膜成分あるいはその組み合わせが有効との研究がなされてきたものの、シート状の構造体としての基底膜が有する細胞機能への影響等、基底膜の機能についての解明はないと言っても過言でない。そこで、論文提出者はin vitroで基底膜構造体の構築を目指した。基底膜が構築できるならば、細胞外環境と細胞との間の相互作用の解析が容易となると考えたからである。基底膜形成に上皮・間葉相互作用が重要との観点から、肺胞上皮細胞と肺線維芽細胞とを共培養したところ、in vivoと同様な基底膜構造体が形成された。肺線維芽細胞から基底膜構成分子が分泌されることにより、肺胞上皮細胞の直下に基底膜が形成されるとの結論を得た。 得られた研究成果の概要は次の通りである。肺から調製した初代培養肺胞II型上皮細胞は、肺線維芽細胞が混入している可能性があり、肺線維芽細胞に由来する基底膜構成分子やサイトカイン、酵素類の影響を排除できないことを考慮し、肺胞II型上皮細胞をSV40-T2により不死化した細胞を用いた。肺胞上皮細胞単独の培養では基底膜は形成されないが、基底膜構成分子の主要なものは分泌されていた。肺線維芽細胞を包埋したI型コラーゲンゲル上で、肺胞上皮細胞を培養することにより、連続した構造体としての基底膜が形成された。in vitroで形成された基底膜は、1) 上皮細胞直下に細く連続したラミナデンサ様構造体が観察され、2) 主要基底膜構成分子がこのラミナデンサ様構造体上に局在する点において、in vivoで観察される基底膜と同様な構造体であった。このようにして、肺胞上皮細胞の基底膜形成に対する肺線維芽細胞の寄与により、再現性高く基底膜を形成させる方法を確立できた。 次に、線維芽細胞が肺胞上皮細胞による基底膜形成を促進する因子は線維芽細胞による基底膜構成分子の分泌による可能性をテストするために、肺胞上皮細胞の培養液に基底膜構成分子は添加したところ、ラミニン、エンタクチン、IV型コラーゲンなどが、肺胞上皮細胞の基底膜に組み込まれて、これらの成分の濃度が高いほど、基底膜構造体の形成を促進することが明らかになった。基底膜構成分子は、すでに存在する基底膜構造体上には非共有結合性の分子間相互作用により沈着した。しかし、連続した構造体として基底膜が形成されるためには肺胞上皮細胞が必要であった。また、線維芽細胞由来のサイトカインであるtransforming growth factor (TGF)-β1を1.0ng/ml添加することにより、シート状の基底膜構造体が形成された。このとき、TGF-β1の刺激で、肺胞上皮細胞からの基底膜構成分子の産生・分泌が亢進しており、それが原因と考えられる。さらに高い濃度の5.0 ng/ml TGF-β1では、基底膜構成分子の産生・分泌は亢進されるにもかかわらず、基底膜は形成されなかった。分解作用については変化がないが、フィブロネクチンあるいはI型コラーゲンなど非基底膜成分の細胞外マトリックス成分が細胞直下への沈着増加していた。非基底膜成分の沈着上昇が障害となって、基底膜構成分子の沈着が阻害されたためと示唆される。再構成I型コラーゲンゲルの影響、肺線維芽細胞によるTGF-β1分泌および肺線維芽細胞から分泌される基底膜構成分子の同定などを行った。肺胞上皮細胞と肺線維芽細胞の共培養系において、基底膜形成が促進されるのに最も貢献するのは、基底膜構成分子の分泌であるとの結論が示された。一方、初代培養肺胞II型上皮細胞を用いての追試でも同様の結果であった。 肺胞上皮細胞の基底膜形成は基底膜構成分子の供給量だけでなく、間質性細胞外マトリックスの上皮細胞直下への固相化によって不完全となる可能性が示唆された。このような意味では、本培養系は、肺胞上皮組織の傷害からの再生や線維化に陥ることによる傷害の後遺症を再現しているととらえることもできる。基底膜構成分子の上皮細胞直下への集積に関与する機能分子やそれらの発現に影響を与えるサイトカイン等を解明し、詳細な基底膜構造体の形成機構についての研究が可能となった。さらに、in vivoとほぼ同様な形態的特徴を持った基底膜がin vivoで形成されたことで、基底膜研究に様々な展開が可能となると思われる。例えば、基底膜形成の制御機構を利用して設計・作製した、組織特異的あるいは異常・人工的な基底膜構造体を細胞培養の基質に利用して、基底膜の機能や構造体中の基底膜構成分子からの細胞内シグナル伝達を解析すること、さらに生化学的解析に供することが考えられる。また、致死的な細胞外マトリックス遺伝子欠損や変異を持つ細胞についても、細胞培養系で基底膜構造体への影響を解析することも可能であろう。以上の論文の内容の一部は共同研究として公表されているが、申請者の貢献度が最も高い。これらの内容について審査委員会で評価した結果、審査委員全員一致して、申請者論文は博士(学術)の学位にふさわしいと結論した。 | |
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