学位論文要旨



No 215073
著者(漢字) 舘野,功太
著者(英字)
著者(カナ) タテノ,コウタ
標題(和) MOCVDによるGaAs系化合物半導体の結晶成長におけるドーピング特性と機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 215073
報告番号 乙15073
学位授与日 2001.06.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15073号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩澤,康裕
 東京大学 教授 太田,俊明
 東京大学 教授 小林,昭子
 東京大学 教授 斉木,幸一郎
 東京大学 教授 上田,寛
内容要旨 要旨を表示する

 比較的短距離の光通信用光源として近年注目されている面発光レーザ(VCSEL:vertical-cavity surface-emitting laser)はGaAs系化合物半導体の多層膜構造を有している。その結晶成長においては、(1)Al組成の高いAlGaAsへの高効率かつ急峻なドーピング、(2)面方位の異なる基板上への成長、(3)メサの埋込成長の3項目を更なる特性向上のための検討課題として挙げることができる。

 III-V族半導体ではp型のドーパントとしてII族、n型のドーパントとしてVI族を用いる場合と、両性であるIV族を用いる場合がある。GaAsの場合、CはAsサイトに配位しアクセプタになりやすく、SiやGeはGaサイトに配位しドナーになりやすい。MOCVD成長においては、p型としてZnに代わりCが、結晶中の拡散が小さく急峻なp型層が可能なこと、アクセプタとしてのC濃度の割合が大きく電気的な活性化率が高いこと等により盛んに用いられるようになってきている。VCSELのようなAl組成の異なるAlGaAsを多層成長し、低抵抗で光吸収の小さいことが要求される構造では適したドーパントである。しかしながらAl組成が0.5以上のAlGaAsを用いたデバイスは稀であるため、高Al組成AlGaAsへのドーピング特性の詳細な報告は少ないのが現状である。ここでは先駆的に検討したCドーピング材料のひとつであるCBr4に関してAlGaAsに限らずGaInAsP、GaInPへのドーピング特性や付随して生じるエッチング特性、(311)面でのドーピング特性について得られた知見を明らかにした。また、SiはC同様に結晶中の拡散が小さくn型のドーパントとして知られている。AlGaAsのSiドーピングのAl組成依存性や(311)面でのAlAsのSiドーピング特性について得られた知見を明らかにした。更に、高抵抗化を目的としたp/n-GaInP埋込み成長において埋込み形状やキャリア分布状態を調べ、提案する埋込み型VCSEL構造の結晶成長についての検討を行った。本論文はVCSELへの適用を目的としたGaAs系化合物半導体のMOCVD結晶成長におけるC、Si、Znのドーピングの基本特性及びドーピングに関連した反応や成長機構について述べたものである。

 結晶成長は減圧横型のMOCVD装置により行った。原料の化学物質はTMGa、TMAl、TMIn、AsH3、PH3、SiH4、CBr4、DEZnを用いた。図1はMOCVDの装置構成を示す。有機金属化合物は水素でバブリングし、水素の流量を変えることにより供給量を制御した。成長温度は成長速度が原料の供給律速である600-800℃で行った。基板はGaAs(100)面、(311)A面、(311)B面を用い、RF加熱により水素雰囲気中76 Torrで成長を行った。成長層はDCXD測定、PL測定、SEM、TEM観察、SIMS測定、ホール測定により主に評価した。

 GaAs、AlAsのCBr4によるCドーピングでは、C濃度はCBr4流量に比例し、AsH3流量に逆比例する。GaAsへのドーピングの活性化エネルギーは-1.4 eV、AlAsは-1.3 eVであり、絶対値はCBr4のギブス自由エネルギーの1.3 eVに近い値である。CBr4はCBr3に解離しやすいことからC濃度はCBr3の蒸気圧平衡で決まると考えられる。GaAsとAlAsのCBr4による成長速度減少特性ではCBr4の流量にどちらも比例する。AsH3依存性と温度依存性では異なり、GaAsではAsH3の-0.5乗に比例するがAlAsでは-1.0乗に比例し、GaAsの活性化エネルギーは1.2 eVであるのに対しAlAsでは-1.5 eVである。GaAsの場合HBrのエッチングと傾向が同じであることから、CBr4からの分解性生物であるHBrの反応と考えられる。AlAsの場合、Cドーピングと傾向が似ている。成長速度減少度はVegard則から見積もられる高濃度Cによる格子定数の変化では説明できず、ドーピング時の中間生成物である吸着種CBrx(a)のエッチング反応モデルが考えられる。図2にAlGaAsのドーピング特性を示す。CドーピングではAlAsとGaAsにおける特性を線形的に考えることができる。しかしながらエッチング効果はAl組成が中間の領域付近で極大を取る非線形的な曲線を示し、合金の効果が反応性に影響していると考えられる。

 AlGaAsのSiH4によるSiドーピング特性では、SiH4が分解しにくいことから高温ほどドーピング量が高い傾向を示す。図2に示すようにキャリア濃度のAl組成依存性では、同じ流量に対してAl組成0.4-0.5付近で極小値を示す。温度を上げることにより極小部のキャリア濃度は増加し、滑らかな曲線を示すようになる。この組成では欠陥あるいは酸素等によるキャリア補償の影響を受けやすいものと考えられる。AlGaAsではAlとCの結合が強いことからノンドープの状態でp型を示す。SiH4の流量を上げるにつれてp型からn型に変化し、Al組成の高いほどCが多く混入するためn型化に多くの流量を必要とする。抵抗に関してはAl組成が高いほどホールの有効質量も大きいことと、CとSiの濃度が高いためイオン散乱の影響が大きいことで移動度が小さく、高抵抗である。

 GaAsに格子整合するGaxIn1-xAsyP1-yのCBr4によるCドーピングではAs組成yを低くする(Ga組成xを低くすることと同じ)につれてホール濃度は急激に減少し、y<0.5からn型に反転する。0<y<0.6の範囲では表面モホロジが劣化し、キャリア補償の割合が高くなる。この組成領域はミシビリティギャップ内であり、微小欠陥等の影響であると考えられる。CBr4によるエッチングではInAsP構成要素のエッチング速度がGaAsP構成要素よりも大きい。熱力学的な解析からGaBrとInBrの分圧の増加がエッチングに関与していると考えられる。

 (311)面上のGaAs及びAlAsへのC及びSiドーピング特性ではA面とB面でドーピング特性が異なり、Cドーピングではホール濃度は(311)A>(100)>(311)Bの順に高い。ホール濃度はV/III比を上げることによりいずれも減少するが、成長温度を上げると(311)B面上のAlAsは増加し、それ以外は減少する傾向を示す。(311)B面上のAlAsは成長温度を上げ、V/III比を下げ、CBr4の流量を上げることで2次元成長モードが促進される。(311)B面上のGaAsは750℃の高温、V/III比15の低AsH3圧でディスク上の構造が現れる。Siドーピングでは電子濃度は(311)B>(100)>(311)Aの順に高く、(311)A面上のAlAsはp型を示す。AlAsとGaAsではAlAsの方が高い成長条件依存性を示す。AlAsと他の化合物との反応性の高さによるものと考えられる。(311)面上の量子井戸構造は理論的に予測されるように光学利得の面方位依存性を示し、[233]方向のPL強度が[011]方向のよりも8.4%大きいことを実験的に確認している。レーザ発振時では[233]方向に揃った安定した偏波を確認している。

 p/n-GaInPによる埋込み成長では、Zn及びSiによりドーピングされた1018cm-3のキャリア濃度の200 nm繰り返し層により、SiO2のマスクで覆われたp型GaAsメサを埋込み成長し、埋込み形状や電気的特性を調べた。埋込み層の平坦性は成長温度を625℃から700℃に上げることにより改善され、更にV/III比を60から7に下げることにより改善される。しかしながら、V/III比を7に下げた場合はメサ近傍で溝が形成される。GaAsのVPE成長とMOCVD成長の成長速度の面方位依存性によるデータを元に埋込み層の形状を解析するとVPEによるプロファイルが温度625℃、V/III比60のGaInPのプロファイルに類似する。これより温度を上げるか、V/III比を下げることで(111)A方向の成長速度が減少しGaAsのMOCVD成長に近づくことが考えられる。700℃で埋込み成長したV/III比60と7のサンプルを用いてSiO2のマスクを除去した後にn-AlGaAsをメサ上に成長しp-nダイオードを形成すると、電流−電圧測定でどちらも類似のダイオード曲線を示す。これより埋込み形状は異なっても高抵抗の層がメサ周辺に形成されていると考えられる。これらの結果を元に成長を行った埋込み型のVCSEL構造の断面写真を図3に示す。このVCSELはフォトリソグラフィーを行うために埋込み層とn層の2回再成長を行っている。このVCSELはこの形態では初めて室温CWに成功した。

 以上のように、本論文ではMOCVDによるGaAs系化合物半導体結晶成長におけるドーピング特性及びドーピングに関連した反応や成長機構について記述した。CBr4によるドーピングでは付随するエッチング特性が顕著であり、また、IV族のC、Siは化合物の種類や成長条件、基板の面方位でアクセプタとドナーの両性を示すことを明らかにした。また、p/n-GaInP埋込み成長では埋込み形状の成長条件依存性を明らかにし、埋込み型VCSELへ適用することを可能とした。

図1 MOCVD装置の概略図

図2 CBr4を用いたCドーピング及びSiH4を用いたSiドーピングにおけるキャリア濃度のAl組成依存性

図3 埋込み型VCSELの断面SEM写真

審査要旨 要旨を表示する

 比較的短距離の光通信用光源として近年注目されている面発光レーザ(VCSEL:vertical-cavity surface-emitting laser)はGaAs系化合物半導体の多層膜構造を有している。その結晶成長においては、(1)Al組成の高いAlGaAsへの高効率かつ急峻なドーピング、(2)面方位の異なる基板上への成長、(3)埋込成長、が解決すべき課題とされている。本論文は、VCSELへの適用を目的としたGaAs系化合物半導体のMOCVD結晶成長におけるC、Si、Znのドーピングの基本特性と反応および成長機構について述べたものであり、8章よりなる。

 1章は本研究の背景と目的について述べている。

 2章ではMOCVD法および成長装置を詳細に述べている。

 3章では、先駆的に検討したGaAsとAlAsへのCBr4によるCドーピング反応の次数、活性化エネルギーなど速度論的パラメータを検討している速度論的検討の途中で通常のVegard則では説明できない高濃度Cによる格子定数の変化を見いだし、独自のエッチング反応モデルを提出した。

 4章はAlGaAsのSiH4によるSiドーピング特性を検討したものである。キャリア濃度のAl組成依存性、温度効果などを調べ、SiH4の流量を上げるにつれてp型からn型に変化することを明らかにした。

 5章はGaAsに格子整合するGaxIn1-xAsyP1-yのCBr4によるCドーピングを論じている。熱力学的な解析からGaBrとInBrの分圧とエッチング反応速度との関係を明らかにしている。

 6章では、GaAs(311)面上のGaAs及びAlAsへのC及びSiドーピングの結果をまとめている。A面とB面でドーピング特性が異なり、Cドーピングではホール濃度は(311)A>(100)>(311)Bの順に高くなること、(311)B面上のAlAsはCBr4の流量を上げることで2次元成長モードが促進されることを見いだした。一方、Siドーピングでは電子濃度は(311)B>(100)>(311)Aの順に高く、(311)A面上のAlAsはp型を示すことを見いだした。

 7章はp/n-GaInPによる埋込成長に関してまとめている。Zn及びSiによりドーピングされた1018cm-3のキャリア濃度の200 nm繰り返し層により、SiO2のマスクで覆われたp型GaAs体を埋込成長し、SiO2のマスクを除去した後にn-AlGaAsを成長させることで、初めて室温CWに成功した。

 8章は本論文全体を通しての結論を述べている。

 以上、本論文では先駆的に検討したCBr4を用いたCドーピング特性及びドーピングに関連した反応や成長機構について検討し、埋込型VCSEL構造を提案し、それを実証したもので、物理化学に貢献するところ大である。また、本論文の研究は、本著者が主体となって考え実験を行い解析したもので、本著者の寄与は極めて大きいと判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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