学位論文要旨



No 215077
著者(漢字) 高村,義晴
著者(英字)
著者(カナ) タカムラ,ヨシハル
標題(和) 首都機能移転における総合評価手法の開発・適用とその応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 215077
報告番号 乙15077
学位授与日 2001.06.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15077号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 篠原,修
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 清水,英範
内容要旨 要旨を表示する

 従来、国家的事業等の立地選定は、為政者、少数の決定者により、又は一部の機関内部でなされてきた。しかし、民主主義の成熟化等に伴い、その立地選定には、公正、透明性が強く求められるようになってきた。今や、選定結果の根拠に加え、その選定過程までもの明瞭さが必要とされる。20世紀型の密室的な選定に替えて、新しい国家的事業等の立地選定システムが求められている。

 一方、国家的事業等の立地は、長期にわたり、広範な範囲に極めて多様、多大な影響を及ぼす。このため、その立地選定を行うことを目的として、広範、多岐にわたる見識者で構成する中立的専門機関を設置することは有効である。

 本論文は、広く国家的事業等の立地選定問題を扱う。新たな時代に向け、国民に分かり易く、公正、透明な決定を目的として、中立的専門機関による立地選定方策を主題とする。そこでは、広範、多岐にわたる多数の識者による公正、透明な選定と、多様な価値基準(価値観)を総合化し纏め上げ、一つの候補地についての合意を得ることが課題となる。

 以上の基本認識を踏まえ、本論文は、世紀を越える国家の大事業である首都機能移転をもとに、国会等移転審議会(以下「審議会」という。)による移転先候補地選定のための総合評価手法を開発し、その適用結果について述べる。さらには、それらを拡張して、広く国家的事業等の立地選定に向けた手法等を提案し、留意点を明らかにする。

 本論文の主要な内容は、以下の4点である。このうち、第一点は、筆者が中心となって開発した方法が審議会で採用され、有効に機能したものであり、第二、第三点は、基本的に審議会終了後、更に筆者が分析を継続し、同種問題への適用を可能とするため知見や手法を得たものである。第四点は、審議会での知見をもとに、更に一般化を目指し考察を加えたものである。

 第一点は、審議会(委員数は19名)において移転先候補地を選定するため、開発し適用した総合評価手法についてである。公正、透明で分かり易い選定プロセス、委員の多様な価値基準の反映等に留意し、重みづけ手法を基本に4つの措置・工夫を試みた。国家の大事業に関する政府の審議会に、重みづけ手法が適用されたのは初めてであった。

 評価項目については、階層構造を明らかにし、大きくは16項目、細かくは18項目を設定した。評価の対象地域としては10地域を設定した。その上で、専門家による評価項目ごとの専門的判断と、委員による大局的な判断を切り離す措置を導入した。評価項目ごとに、関係の専門家よりなる検討会を設置し、5点満点で地域の評点づけを行った。

 重みづけについては、階層構造に基づき、一対比較法(AHP手法により評価項目のペアごとに重要度を相対比較)、直接評価法(直接、評価項目間の重みづけを実施)により実施した上で、いずれかの重みを採用し、更には微修正も可とするなど、十分重みづけ者が納得のいくプロセスを導入した。また重みづけ終了後、評価項目ごとの重み分布を審議会に報告し共通認識の醸成を行い、重みづけを繰り返すデルファイ法的プロセスを採った。重みづけは3回繰り返した。

 その上で、総合評点の算出に当たっては、多様な価値基準(価値観)を反映し、一方で極端な意見による影響を排除するため、平均値法(重みの平均を採用)、中央値法(重みの中央値を採用)、オリンピック採点競技方式(最大値、最小値を排除した平均を採用)、後述する新しい方法を試みた。いずれの方法によっても総合評点の上位地域の順位は変わらなかった。

 同法の適用結果については、審議会では十分に信頼でき、尊重すべきとの意見が多く、否定的な意見は殆どなかった。広く国民に明快に説明し易い、新しい取り組みとして評価する意見も少なくなかった。多数の委員の価値基準を総合し、意思決定を行う上で、各委員がその価値基準を重みづけにより具現化し、決定に参加する重みづけ手法は有効である。また、中立的専門機関による国家的事業等の公正、透明な立地選定を可能とする上で、重みづけ手法を基本に、今回用いた工夫・措置を導入することは有効と考えられる。

 併せて、審議会終了後、この適用過程で実際に生じた問題を踏まえ、今後の課題についても整理を行った。各評価項目の考え方や問題点が、重みにも影響する点にも注意が求められる。

 第二点は、中立的専門機関としての審議会という実践の場における重み・重みづけ特性についてである。重み特性については、(1)重みづけの繰り返しにより、評価項目ごとの重みの標準偏差は概ね縮小傾向を持つ、(2)各評価項目ごとの重み分布は、大きくは3つの基本形(平均値に概ね集中するタイプ、少数の委員が著しく高い重みを付けているタイプ、幅広く均等に分散するタイプ)に分かれる、(3)繰り返しの過程で一部の例外はあるものの、重み分布の基本形は概ね変化しない傾向にある、(4)繰り返しの過程で、突出した重みは緩和する傾向にあるが、一部の評価項目では最後までそのような重みが残る、ことなどを明らかにした。

 また、重みづけ特性については、一対比較法又は直接評価法のいずれによる結果を採用したかについては、概ね同じような割合となった。微修正の措置が多用され、特に一対比較法では殆どこの措置が併用された。3回目は、殆ど前回の重みを採用又は微修正により対応がなされた。大局的判断と確固たる信念を有する識者の重みづけに当たっては、このような特性に配慮した措置を講ずる必要がある。

 第三点は、中立的専門機関が重みづけ手法により立地選定を行う場合の主課題とその対応策に関する、大きくは3つの提案についてである。これに関連し、重みづけ手法の合意形成法としての可能性や側面に着目し、国家的事業等の立地に関連した、地元反対住民との調整法についても、その方向と可能性を述べた。

 先ず、委員の多様な価値基準は重みの形で表明されるが、総合評点の算出の際には、委員の平均値で代表されてしまうことになる。委員の多様な重みが必ずしも反映されないとの問題を有する。このため、重みを可変とする考え方を導入する。その上で、二つの原則に基づき、重みを一定の領域の中で変化させることを考える。一つの原則は、ある地域を積極的、好意的に評価するため、その地域にとって最も有利となる重みを採用するもの(最有利法)であり、もう一つはその逆(最不利法)である。全ての評価項目間の重みのペアは、実際の各委員の重みの最大比、最小比の中に存在するとする。この方法は、包絡分析法(DEA : Date Envelopment Analysis)の考え方と同じである。これにより、一つの地域に対し、最有利法と最不利法により二つの総合評点を算出でき、二次元の最有利・最不利図上に落とすことができる。このような最有利・最不利図を解釈し、合意を形成する(グループデシジョン合意形成法)。

 審議会の場でもこの方法の適用を試みた。重みづけ者が多く、重みに相当の幅や多様性がある場合には、地域ごとの優劣が見えてこない。このような場合、動かせる重みの幅を前述の最大比、最小比を決定する重みを段階的に除去していき、除去個数ごとの最有利・最不利図の変化をみて解釈する。首都機能移転の例では、6個除去あたりから上位地域間の優劣が発現し、その結果は平均値法等による結果と同じとなった。単に、平均値が高いというだけではなく、好意的、積極的に、また、その逆に地域を評価する方法は、新たな合意形成ための有力な手法となり得る。

 次に、利害関係者が重みづけ者に入り込む場合も、その影響や対策が求められる。審議会での総合評点(平均値法等)で1位・2位の地域に関係する県の首都機能移転担当者(それぞれの地域10名ずつ)に審議会委員と同様な重みづけを要請した。それぞれのグループによる重みを用いた総合評点の地域順位は、大きく異なった。しかも、平均値法、中央値法、オリンピック採点競技方式を採用しても結果は殆ど変わらなかった。また、二つのグループの和集合による重みを用いた総合評点の地域順位は、審議会による地域順位と同じであった。異質なグループを混合させることは、地域の利害による影響を減じる。

 審議会委員と2位の地域の関係者が入れ替わる3つの基本パターンを作成し、熱心な利害関係者(その重みが2位の地域を高く評価することになる者)が入り込むケースを想定した。平均値法による総合評点での地域の順位は、熱心な利害関係者が入り込む場合、比較的少数でも影響を受ける。しかし、オリンピック採点競技方式、中央値法は、確実にその影響を減じる効果を持った。ただし、その効果には限界がみられた。また熱心な利害関係者でなければ、平均値法では、相当の利害関係者が入り込んでもその影響は大きくないことも明らかにした。利害関係者による影響において問題となるのは熱心な利害関係者であり、その影響を回避するための委員選定の視点や、重みづけのあり方等についても述べた。

 さらに、上位地域の総合評点に差がない場合や、多様な集計・総合化を行ったとき順位が変動する場合には、中立的専門機関での合意の仕方が課題となる。この場合の対応として、計算上の意見調整法を提案した。委員ごとの意見は重みに反映されるため、重みに着目し調整する方法を考える。重みづけにあわせ、各評価項目ごとの重みについて、受認の範囲でどの程度譲歩が可能かを重みづけ者が登録する。この際、各評価項目ごとの重みの順位は、各委員の価値観の中でも重要であり、各委員ごとに保持する。この場合にも、重みを変数と見なし、登録のあった変更の範囲内で動かし、最高得点の地域を見つけだす。密室の調整に比べ、あくまでも計算上の調整となるため、公正、透明性は確保し易い。

 第四点は、公正、透明に評価対象地域を設定する方法や、評価項目の設定法、評価年次の考え方、個々の評価項目ごとの評価システムについてである。これらは、審議会での検討作業を振り返り、広く国家的事業等の立地選定への適用を可能にするため明らかにしたものである。評価項目の設定法については、開発条件、立地条件、意義・効果の視点に基づく方法を提案した。評価項目ごとの評価システムに関しては、18の項目についてそれぞれ、(1)評価の対象と視点、(2)評価の基本的な枠組みと方針、(3)評価の方法、(4)課題と留意点を体系的に整理した。

 本論文で開発した総合評価手法等や知見は、新たな時代に向け、広範、多岐にわたる多数の識者からなる中立的専門機関の設置とその審議を通じ、公正、透明な立地選定による国家的事業等の新たな推進に資すると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 国家的事業等の立地決定には、中立的専門機関等による公正、透明な立地選定が一層求められている。本論文は、首都機能の移転先候補地選定のための総合評価手法を開発し、適用した内容について述べ、さらには、それを拡張して広く国家的事業等の立地選定に向けた手法等を提案し、留意点を明らかにしたものである。

 本論文の成果として評価し得る点は、以下のようにまとめられる。

(1)第I部の第1章では、重みづけ手法を中心に、1)「客観的、専門的判断」と「価値観により異なる大局的な判断」を分離する措置、2)重みづけに際しての工夫、3)新たな方法を含む総合評点の多様な算出等を付加する手法を開発し、国会等移転審議会(以下「審議会」という)での移転先候補地の選定に適用した結果、有効に機能したことを明らかにした。政府の審議会という場で、議論の内容を明解に開示できる総合評価手法を適用したことの意義は大きい。今後の重みづけ手法による国家的事業等の立地選定の先駆的取組みといえる。適用結果を踏まえた課題や留意点については、第3章で詳細に明らかにしている。

(2)あわせて、第1章では、審議会という実践の場における重み特性と重みづけ特性について分析を行っている。各評価項目ごとの重み分布は必ずしも正規分布とはならず、正規分布タイプの他に、価値観の違いを反映し、少数の委員が著しく高い重みを付けているタイプ、幅広く均等に分散するタイプの三つの基本タイプがあることを示している。また、重みづけの繰り返しの過程で、1)一部の例外はあるものの、重み分布の基本形は概ね変化しない傾向にある、2)評価項目ごとの重みの標準偏差は総じて縮小傾向にあるが、一部の評価項目では突出した重みが最後まで残ることを示している。

 重みづけ特性については、一対比較法、直接評価法、微修正の措置が委員により、どのように採用されたかを分析し、1)一対比較法と直接評価法がほぼ同じような割合で採用され、2)微修正の措置が多用されたことを明らかにしている。これら明らかにされた重み・重みづけ特性は、広く中立的専門機関において重みづけの方法を検討・工夫するに際し参考となる。

(3)第2章では、中立的専門機関において重みづけ手法により立地選定を行うに際して、委員の多様な価値観を反映する、新たな合意形成法を提案している。総合評点の算出法として、従来一般的に用いられてきた平均値を用いると、ある意味で一人の仮想的な評価者が全評価者の判断を代表することになり、評価者の価値観の多様性については反映しきれてはいない。本決定過程では、二つの方法(評価尺度)を併用している。第一は各地域が他と比較して相対的に評価の高い評価項目に着目し、その重みを一定の範囲で大きくし、長所を積極的に評価する方法、「最有利法」である。第二は、逆に、他と比較して相対的に評価の低い評価項目に着目し、その重みを一定の範囲で大きくして、短所を評価する方法、「最不利法」である。積極的、好意的に、また、その逆に、地域を二次元で評価し、作成される最有利・最不利図を解釈し評価する方法は、中立的専門機関で一つの合意を得るための有効な手法となり得ることを示している。

(4)第4章では、重みづけ者に利害関係者が入り込む場合の影響と対応策について検討を行っている。審議会委員と同様な重みづけを、関係県の首都機能移転担当者に依頼し、実際の利害関係者の重みを用い分析しており、ここで得られた成果は今後の適用に対し参考となる。具体的には、1)一般の利害関係者が入り込む場合にはその影響は緩慢であるが、熱心な利害関係者が含まれる場合には比較的少人数でも影響は無視できない、2)重みの中央値の採用や最大・最小値を除いた分析により、その影響を緩和できることなどを明らかにしている。

(5)第5章では、上位の地域の総合評点に差がない場合や、多様な集計および総合化の方法を採ったとき順位が変動する場合に対応するための、中立的専門機関での合意形成法について考察し、計算上の意見調整法を提案している。この方法は、従来の密室での調整に比べ計算上の調整となるため、公正、透明さを確信し易いとの利点を有する。また、第6章では、重みづけ手法の合意形成法としての可能性や種々の側面に着目し、国家的事業の立地に関連した地元反対住民との意見調整法について、その方向と可能性を明らかにしている。これらの成果は公共プロジェクトの透明性が求められている状況に対し有用である。

(6)第II部では審議会での検討作業等を振り返り、評価項目の設定法、評価年次の考え方、個々の評価項目ごとの評価システムを明らかにしている。これらは、総合評価の前に行った各分野の専門的評価の内容を示したものであり、第I部で明らかにされた総合評価手法と一体となって、今後、国家的事業等の立地選定のための評価を実施する際の貴重な参考資料となろう。

 以上の研究成果は、多様な委員で構成する中立的専門機関において、国家的事業等の立地を公正、透明に選定する場合の総合評価手法とその適用上の課題と対応策を示したものであり、これらは新たな時代に向けた国家的事業等の立地選定に対し大きな示唆を得るものと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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