学位論文要旨



No 215078
著者(漢字) 清水,善久
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,ヨシヒサ
標題(和) 都市ガス供給網のリアルタイム地震防災システムの開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 215078
報告番号 乙15078
学位授与日 2001.06.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15078号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山崎,文雄
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 堀,宗朗
 東京大学 助教授 目黒,公郎
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では都市ガス供給網のリアルタイム地震防災システムの開発に関する研究として、まず液状化センサーや新SIセンサー、リアルタイム液状化検知ロジック、防災テレメーター装置(DCX)、防災GIS等要素技術の開発や湘南地区、横浜市、台北市などにおける地震観測データを用いた地盤増幅特性についての検討を実施した。その結果に基づき、高精度被害推定と高密度遠隔監視・制御等を実施することにより都市ガス供給網における緊急措置レベルの大幅な向上を目指す超高密度リアルタイム地震防災システム"SUPREME"の開発に関する研究について記した。

 都市ガスは、快適な都市生活のために不可欠のエネルギー源であるが、可燃性であるが故に地震等により都市ガス供給網に損傷が発生した場合は火災・爆発等の二次災害の危険性も併せ持っている。そこで地震発生時は、被害の甚大な地区において二次災害防止のために速やかに都市ガスの供給停止等の緊急措置を判断して実施する必要がある。

 1995年に発生した阪神・淡路大震災においては、主として都市ガス低圧供給網で26,000件を越す被害が発生し、大規模な供給停止を余儀なくされ、地震時の緊急措置の重要性とその実行の困難さを痛感した。

 そこで、今後の地震防災レベルのより一層の向上を図るため、マルチ機能を搭載した小型地震計(新SIセンサー)を開発し、それを約3,700基配備した世界一超高密度な新リアルタイム地震防災システム−SUPREME−の構築を行うこととし、図1に示すような研究を行った。

 第1章では、これまでの大地震時における都市ガス施設の被害や二次災害を防ぐための対応を示すと共に、阪神・淡路大震災によって明らかになった都市ガス供給網におけるリアルタイム地震防災システムの重要性について述べた。また他機関における同システムの現状について概観した。さらに東京ガスにおける地震防災対策の現状及び阪神・淡路大震災以降取り組んでいる内容について述べた。最後に本研究の構成と内容を説明した。

 第2章では、既往の研究として「地震時導管網警報システム-SIGNAL-」について説明する。SIGNALはガス供給停止等緊急措置の判断を支援するために1994年6月に実用化された。357基の地震センサーを設置して、地震発生時に無線を使ってこれらから情報を収集すると共に、事前に整備されたデータベースと組み合わせて被害推定を行うシステムである。またSIGNALデータのインターネットを利用した一般公開と、横浜市・京葉ガスと協定を結びデータ共有化を実現している事例について述べた。

 第3章ではSIGNALで用いられている液状化センサーの開発について述べた。1964年の新潟地震等で液状化現象が発生し地中埋設管が多くの被害を受け、都市ガスの緊急措置を的確に行うためには液状化発生を把握することが重要であることが認識された。しかしながら既存の間隙水圧計を地中に設置して液状化を検知する方法は耐久性に課題があり、長期間信頼性を維持できるセンサーの開発の必要性があった。そこで今回「地中内に埋設された中空管内の水位上昇量を地上部で測定することにより液状化を検知する」方法を提案した。測定原理の検証を模型を用いた実験にて行った結果、水位上昇量は過剰間隙水圧比にほぼ比例しており、本方式が液状化センサーとして有効であることが確認された。そこで試作機を使用した実規模振動実験等を実施してその適用性の検証を行った。さらに実現場に設置した後の小規模地震による液状化センサーの挙動を分析し、本センサーにより液状化発生と程度を検知できることが明らかになった。なお、液状化センサーの情報はSUPREMEにも取り込むこととした。

 第4章ではSUPREMEにて3,700箇所に配備される新SIセンサーについて述べる。阪神・淡路大震災を契機として、都市ガス供給網における地震防災レベル向上のニーズが高まり、既存センサーの老朽化対応のためにも、新しい地震計の開発を行うこととなった。既存センサーは単機能でありながら高価かつ精度の低いものであったが、3,700基に及ぶ全てのセンサーを更新するには、新SIセンサーは高機能・高精度かつ安価でなければならず、ここではリアルタイムに高精度SI値計算が可能でコンパクトな新SI値計算アルゴリズムを提案した。これに加えて第5章に詳述するリアルタイム液状化検知ロジックも搭載し、かつ加速度波形保存や感震遮断機能等マルチ機能を保持する地震センサーが誕生し、SUPREMEに適用していくこととした。

 第5章では、世界で初めて地震センサーに搭載され実用化された「地震波形から液状化の発生をリアルタイムに検知する方法」について述べる。これまでの間隙水圧計や液状化センサーを用いる方法では高精度に液状化の発生や程度を検知できるが、ボーリング作業を必要とするためコスト面や設置スペースの点から都市部で面的に高密度に配備することは困難であり、簡易に液状化発生の有無を検知する方法の開発が望まれた。そこで液状化が観測された地点近傍での強震記録の異質性に注目し特徴を検討した結果、振動周期が長くなることと最大変位が大きいことが液状化時の特徴であることを確認した。過去の液状化、非液状化波形を用いて具体的指標を検討し、周期は加速度の最大ゼロクロス周期Tz、変位は東畑らが提案した最大推定変位Dmaxを採用しTz>2sec、Dmax>10cmかつPGA>100Gal、SI>20kineを液状化検知条件とした。さらに同時性と方向性の条件を加えてリアルタイム液状化検知ロジックとし新SIセンサーにそのロジックを搭載して振動台実験にて液状化波形を再現し充分な精度であることを確認した。なお、本方法を新SIセンサーに組み込むことで安価に液状化発生の有無の検知を実行できることからSUPREMEにて高密度液状化検知が実現できる。

 第6章では、SUPREMEでより高精度に地震動空間分布を推定し被害推定を実施する際に必要となるSI値に関する地盤増幅度について検討した。まず、湘南地域に設置した新SIセンサー地震観測データを用いてSI値増幅度とこれまでSIGNALで使用している4種類の地盤分類の相関が低く、SUPREMEでは地盤ゾーニングを改善する必要があることが示された。次に横浜市150点の地震観測データ等を用いてSI値増幅特性と相関の高い因子について検討した。その結果深度20mまでの平均S波速度AVS(20)がSI値増幅度と相関が高いことが示された。また、PS検層データから求めた平均S波速度とボーリングデータから求めたそれとが高い相関を持ち、防災GIS上で50,000本を越えるボーリングデータがあることからボーリングデータからAVS(20)を算出しSI値増幅度を求めることとした。さらに中小地震の観測データを用いたSI値増幅度が、液状化が生じない条件では大地震時にも適用できることが確認された。これらの結果を基にSUPREMEで適用する地盤ゾーニング方法の検討を行いSUPREMEの地震動空間分布推定につなげていくこととした。

 第7章では、台北市にて設置された31基の新SIセンサーによる1999年集集地震などの地震観測記録と常時微動観測及び地盤情報の分析を行い、台北市域における地盤増幅特性の検討を行った。その結果、集集地震と中小地震のSI値の増幅度については、大きく変化しないことが確認され、中小地震観測の重要性が再確認できた。また第6章で示したAVS(20)と揺れ易さとは相関が高くこれをSUPREMEのゾーニングや地震動補間に使えることが明らかとなった。また新SIセンサーと既存の強震計のデータは大きな差異がないことが明らかとなり、新SIセンサーの地震観測記録の妥当性が検証できた。

 第8章では、SUPREME構築の背景と目的を示し、基本的な構成について説明した。大地震発生後は通信の輻輳が起きるため、SUPREMEで一般回線を用いて3,700点の地震計等の情報を迅速に収集するための防災テレメータ装置(DCX)開発の概要を述べる。さらにSUPREMEの通信網を用いて地区ガバナの遮断を確実に迅速に遠隔で行うことで低圧ガス供給停止を行う地区ガバナ遠隔遮断技術の開発を述べ、大幅に地震時緊急措置レベルが向上することを示した。次にリアルタイム被害推定の高精度化のために、膨大な情報量を事前整備した防災GISの開発について示した。特筆すべきは50,000本を越える豊富なボーリングデータベースであり、これを用いて地盤増幅度と液状化層厚データベースを構築した。この防災GISとリアルタイムにモニタリングする超高密度地震情報から高精度被害推定を実施する方法を検討した。まず、センサー地点間の地震動を高精度に推定するために地盤増幅度データベースを用いるSI値空間補間方法を確立した。液状化情報も同様にリアルタイムSI値を基に東畑らの方法で算出する液状化層厚と液状化限界層厚データベースを使って液状化層厚の空間分布を推定する方法を提案し、高精度で低圧ガス導管被害推定が実現できることを示した。これらの技術を統合した、超高密度リアルタイム地震防災システム−SUPREME−(図2)が2001年に稼働を開始する予定であり、都市ガス供給網の地震防災レベルを大幅に向上させることができる。

 第9章では本研究の全体内容を総括し、本研究で得られた成果を要約した。

図1 本論文の研究フロー

図2 SUPREME/地震センサー配置図

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では,大規模都市ガス供給網の地震時安全性を確保するための,防災情報システムの開発に関する総合的な研究を行っている.超高密度リアルタイム地震防災システム"SUPREME"の開発に関連するテーマして,液状化センサーの開発,新SIセンサーの開発,地震波形に基づく液状化検知手法の開発,湘南地区,横浜市,台北市などにおける地震観測データを用いた地盤増幅特性の評価,防災GIS等の要素技術の開発などを行い,それらを実際のシステムに組み込むための実用的な研究を実施している.

 論文は全9章から構成されている.

 第1章では,これまでの大地震時における都市ガス施設の被害や二次災害を防ぐための対応を示し,都市ガス供給網におけるリアルタイム地震防災システムの重要性について述べ,同システムの開発の現状についてサーベイした.また,東京ガスにおける地震防災対策の現状と開発動向について述べるとともに,本研究の構成と位置づけを明らかにした.

 第2章では,現在,稼働している「地震時導管網警報システム−SIGNAL−」について概要を記述した.SIGNALはガス供給停止の緊急措置判断を支援するために1994年に実用化されたもので,地震発生時に無線を使って357基の地震センサーからの情報を収集し,事前に整備されたデータベースと組み合わせて被害推定を行うシステムである.

 第3章では,SIGNALで使用されている液状化センサーの開発について述べた.1964年新潟地震等で液状化現象が発生し多数の埋設管が被害を受け,都市ガスの緊急措置のためには液状化発生の把握の重要性が認識された.しかし,間隙水圧計を地中に設置する既往の液状化検知法は,耐久性に課題があり,長期間耐用するセンサーの開発が望まれた。そこで本研究において「地中内に埋設された中空管内の水位上昇量を地上部で測定することにより液状化を検知する」方法を提案した.模型実験によって測定原理の検証を行った結果,水位上昇量は過剰間隙水圧比にほぼ比例し,この方式が液状化センサーとして有効であることが示された.プロトタイプを使用した実規模振動実験を実施して適用性の検証を行うとともに,実際に設置した液状化センサーの小地震による挙動を分析し,同センサーの性能を確認した.液状化センサーの情報はSUPREMEにも取り込む予定となっている.

 第4章ではSUPREMEにおいて3,700箇所に配備される予定の新SIセンサーの開発について述べた.兵庫県南部地震以降,都市ガス供給網における地震防災レベル向上の社会ニーズが高まり,既存センサーの更新時期に当たったこともあって新しい地震計の開発を行うことになった.既存センサーはSI値と最大加速度を測るだけの機能でありながら,高価かつSI値観測精度において問題があった.既存のセンサーの更新に際して,新センサーは高機能・高精度かつ安価であることが要請されたため,リアルタイムかつ高精度にSI値の計算が可能な計算アルゴリズムを提案した.これに加えて第5章述べるリアルタイム液状化検知法も搭載し,加速度波形のメモリー保存,感震遮断機能などの多機能を有する地震センサーを開発し,振動台実験による機能の検証を行った.

 第5章では,「地震波形から液状化の発生をリアルタイムに検知する方法」の開発とその新センサーへの装着について述べた.従来の間隙水圧計や液状化センサーを用いる方法では,高精度に液状化の発生や程度を検知できる反面,コストや設置スペースから都市部に高密度に配備することは困難であり,液状化発生の有無を簡易に検知する方法の開発が望まれていた.液状化が実際に観測された地点近傍での強震記録の特徴を検討した結果,振動周期が長くなることと最大変位が大きいことが液状化発生時の特徴であることが分かった.既往の液状化および非液状化地盤での観測波形を用いて,地震動指標の特徴について検討し,加速度の最大ゼロクロス周期,推定最大地盤応答変位,最大地盤加速度,SI値の4つの指標に閾値を設定し液状化検知条件とした.これに同時性と方向性の条件を加えてリアルタイム液状化検知方法とし,新SIセンサーにそのロジックを搭載した.液状化波形を再現した振動台実験によってこのセンサーが充分な精度であることを確認した.本方法によって,高密度液状化検知をSUPREMEにおいて実現することが可能となった.

 第6章では,高精度に地震動空間分布と埋設管・建物被害を推定する際に必要となるSI値の地盤増幅度について検討した.湘南地域に設置した新SIセンサーの観測データを用いて,SI値増幅度と現在SIGNALで使用している4種類の地盤分類の相関が低いことを示した.次に横浜市が設置した150地点の地震観測データを用いて,SI値増幅特性と相関の高い因子について検討し,深度20mまでの平均S波速度AVS(20)がSI値増幅度と相関が高いことが分かった.また,PS検層データから求めた平均S波速度とボーリングデータからの推定値が近似していることを確認し,防災GIS上で50,000本を越えるボーリングデータがあることから,ボーリングデータからAVS(20)を算出しSI値増幅度を求めることにした.さらに中小地震記録を用いたSI値増幅度が、液状化が生じない条件では大地震時にも適用できることを確認した.これらの結果に基づいて,地盤ゾーニング方法の検討を行いSUPREMEの地震動空間分布推定に適用することにした.

 第7章では,台湾台北市に設置された31基の新SIセンサーによる1999年集集地震の観測記録と常時微動観測及び地盤情報の分析を行い,台北市域における地盤増幅特性について検討した.その結果,集集地震とその余震におけるSI値増幅度はあまり変化しないことが確認され,中小地震観測の重要性を示した.またAVS(20)と揺れ易さとは相関が高く,これを地盤ゾーニングや地震動の空間補間に利用可能なことを示した.また新SIセンサーと台湾中央気象局の強震計データは大きな差異がないことを確認し,新SIセンサーの地震観測記録の妥当性を示した.

 第8章は,新地震防災システムSUPREMEの開発目的を示し,その基本構成について紹介した.大地震の発生後は通信の輻輳が起きるため,一般回線を用いて3,700点の地震計等の情報を迅速に収集するために,防災テレメータ装置(DCX)を開発した.またこの通信網を用いて,地区ガバナの遮断を遠隔で確実・迅速に行うこと,地区ガバナ遠隔遮断技術の開発を行い,地震時緊急措置の信頼性が大幅に向上することを示した.次に,ボーリングデータベースなど,膨大な情報量を事前整備した防災GISを開発し,これを用いて地盤増幅度と液状化層厚データベースを構築した.この防災GISとリアルタイム超高密度地震情報に基づく,高精度被害推定方法について検討した.地震動分布を高精度に推定するために,地盤増幅度データベースを用いたSI値の空間補間方法を開発した.液状化情報に関しても,同様にSI値と液状化限界層厚データを用いて,液状化層厚分布を推定する方法を提案した.これらの技術を統合して,超高密度リアルタイム地震防災システムSUPREMEが2001年に稼働を開始する予定である.

 第9章では,本研究の概要をまとめるとともに,得られた成果と今後の展望を示した.

 以上のように,本論文では,大規模都市ガス供給網の地震時安全性を確保するための,防災情報システムの開発に関する総合的な研究を行っている.地震センサーの開発や実験を含むさまざまな要素技術の研究開発を行い,それらを実際のシステムに組み込んで実用化にまでつなげている.このように本研究の結果は,今日の都市地震防災において重要な課題であるライフライン・システムの地震時安全性確保において,きわめて有用かつ実用的な情報を与えている.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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