学位論文要旨



No 215080
著者(漢字) 佐々木,敏明
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,トシアキ
標題(和) プラズマCVD法による太陽電池用高品質アモルファスシリコン系膜堆積の研究
標題(洋)
報告番号 215080
報告番号 乙15080
学位授与日 2001.06.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15080号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 中野,義昭
内容要旨 要旨を表示する

 アモルファスシリコン(a-Si)を材料に用いた太陽電池は、薄膜、大面積、低温プロセスなどの特長をもち、その発明当初より低価格太陽電池の本命と目されている。しかし、従来の発電方式に対抗する経済性を備えるためにはより一層のコストダウンが不可欠である。そのためには、大量生産プロセスの開発とともに、変換効率の向上が最も重要である。a-Siは、作製方法によって材料の特性が大きく変化する。a-Siに加えて、アモルファスシリコン合金、アモルファスシリコン中に結晶粒が10%からほぼ100%まで混在した材料である微結晶シリコン(μc-Si)も太陽電池に用いられ、これらを総称してa-Si系膜と呼ぶ。

 a-Si系膜の高品質化は、変換効率向上へのブレークスルーにつながる可能性が高い。また、高品質化のためにはプラズマCVD法における製膜機構の解明と、新しい製膜手法の開発が重要である。本研究は、太陽光発電の低コスト化を目指した太陽電池の変換効率向上のために、プラズマCVD法による高品質なa-Si系膜の作製を目的とする。大別すると、以下の3点について研究を行なった。

 (1)ボトムセルi層用ナローギャップ膜の高品質化、プラズマCVDの製膜機構の解明および新

 製膜手法の開発(2〜5章)。

 (2)窓層用p型膜の高品質化と、プラズマCVDの製膜機構の解明(6章)。

 (3)高品質a-Si系膜を、大量生産プロセスが可能なフィルム基板太陽電池への適用(7章)。

 まず、第2章でナローギャップ材料である水素化アモルファスシリコンゲルマニウム(a-SiGe:H)膜について、一般的に用いられている容量結合型のRF(13.56Hz)プラズマCVD法を用いて高品質化を行なった。ガス圧(Pr)、基板温度(Ts)、電極間隔(d)、放電パワー密度(Pw)の外部放電制御パラメータに対して、a-SiGe:Hの膜質、プラズマパラメータがどのように変化するかを詳細に調べた。第1図に、主要な研究機関から報告されているa-SiGe:Hのバンドギャップ(Eg)に対する光感度(σph/σd)を、本研究の結果と合わせて示す。a-SiGe:Hはgの減少あるいは膜中Ge密度の増加とともに、指数的にσph/σdが減少して膜質が低下する。第2章では、a-SiGe:Hの膜質がEgの減少とともに指数的に低下する影響を取り除くために、製膜時にGeH4とSiH4のガス比を適宜調整してEg=1.6ev一定の膜を作製して比較した。その結果、Tsが膜質に最も大きな影響を及ぼし、170〜190℃でσph/σdが最大になること、電子温度(Te)が低いときに膜質が向上することが明らかになった。第1図に示すように、Eg=1.6eVにおいて世界でトップレベルであるσph/σd=3.0×105のa-SiGe:H膜が得られた。このとき、Ts=170℃、Pr=40Pa、Pw=50mW/cm2、d=30mmで、Te=2.5eVである。

 第3章では、第2章の結果を受けて、新しい製膜方法であるパルス放電CVD法(PD-CVD:Pulse Discharge Chemical Vapor Deposition)を用いて、a-SiGe:H膜の高品質化を試みた。PD-CVDの電極構造は通常のRFプラズマCVDと同様の平行平板電極であるが、印加電圧として小さいデューティー比(0.5〜2%)で負の高電圧(-1〜-2kV)の矩形波パルスを用いることを特徴とする。このため、ほとんどの製膜時間が電子温度の非常に低いアフターグロープラズマになる。パルス電圧印加中は、プラズマは直流放電に近い放電構造をしており、基板の置かれた接地電極近傍にほとんど電界はかからず、膜へのイオン衝撃の影響は少ない。

また、ラジカルの発生は、負グローと陰極暗部の境界付近で、パルス電圧印加中だけに起きる。このため、PD-CVDにおいて、基板の置かれた製膜領域は、ラジカル発生領域から空間的にも時間的にも分離されている。PD-CVDによるa-SiGe:H膜の特性は、電極間隔(d)を減少させて、基板をラジカル発生領域に近づけると著しく向上する。この理由はラジカル密度分布のシミュレーションから、dが小さい場合にはSiあるいはGeを1ケだけ含む「1次ラジカル」が主体で製膜されて膜質が良くなり、dが大きい場合にはSiあるいはGe原子を複数個含む「高次ラジカル」が主体で製膜されてa-SiGe:H膜質が悪くなるといえる。第1図に示すように、PD-CVDで最適化の結果、Eg=1.42eVにおいて世界でトップレベルであるσph/σd=3.1×104のa-SiGe:Hが得られた。このとき、パルス電圧-1.24kV、デューティー比0.5%、基板ヒータ温度200℃、d=10mm、Pr=47Pa、SiH4流量28sccm、GeH4流量2sccmである。

 第4章では、高品質ナローギャップ材料の開発のもう一つのアプローチとして、水素化アモルファスシリコン(a-Si:H)のナローギャップ化を図った。その際、原料ガスをあらかじめ加熱してからプラズマに導入するプラズマCVD法(ガス加熱プラズマCVD法:Gas Heated Plasma-CVD)を開発し、250'C以下の低い基板温度を保ったままa-Si:Hのナローギャップ化を行なった。原料ガスはパイプ状のガスヒータで加熱されてからメッシュ状のRF電極を通過してプラズマに導入される。プラズマは容量結合型のRF(13.56MHz)プラズマである。ガスヒータ温度(Tg)の増加とともにEgが減少し、Tg=500℃でEg=1.65eVまでa-Si:H膜をナローギャップ化することができた。このとき、σph/σdは4.2×106と良好な値を示し、Eg=1.65eVにおいて世界でトップレベルのa-SiGe:H膜のσph/σdを凌駕している(第1図)。Egは全結合水素密度ではなく、SiH2伸縮モードの結合水素密度と強い相関をもつ。このことから、膜質を低下させずにa-Si:Hをナローギャップ化するためには、未結合手の終端や構造緩和に必要な膜中水素の量を保持しながら過剰な水素を減らすことが重要であると示唆される。また、ガス加熱による効果は実験及びシミュレーションから、ガス分子数密度の減少によるものではなく、振動励起分子による製膜前駆体の表面拡散エネルギーの増加によって緻密なa-Si:H膜が形成されたためと考えられる。

 第5章では、第2、3章において電子温度が低く、膜へのイオン衝撃が小さいときにa-Si系膜の膜質が良くなることに着目し、基板に入射するイオンエネルギー(Vs)がa-Si:H膜特性に与える影響を調べた。そのため、ダブルプローブの原理を応用してVsをプラズマ状態と独立に制御可能なイオンエネルギー制御形プラズマCVD(Ion Energy Controlled Plasma CVD)を開発した。Vsを浮動電位相当の20Vから170Vへ増加したところ、a-Si:H膜中の欠陥密度は2〜4倍に指数的に増加した。すなわち、膜へのイオン衝撃はa-Si:Hの膜質を低下させることが明らかになった。

 第6章では、窓層であるp層の高品質化を試みた。その際、p層材料に新たにp型微結晶シリコン(μc-Si(p))を導入し、RFプラズマCVDによる製膜条件に対する結晶性およびセル特性の関係を調べた。μc-Si(p)製膜時の基板温度Ts=85℃において、結晶性、セル特性ともに最適温度となり、開放電圧(Voc)、短絡電流密度、変換効率が最大となる。従来のa-Si0(p)あるいはa-SiC(p)をp層に用いたシングルセルのVocが0.88〜0.90Vであるのに対して、μc-Si(p)を用いたセルのVocは最大0.975Vの非常に高い値を示した。Ts=85℃において、μc-Si(p)の結晶粒は隙間なく、下地層の上に直接成長する。しかし、Ts>85℃では、p層の製膜初期にa-Si層ができて、光吸収層となるとともに、欠陥層として再結合電流を増やし、Jsc、Vocが減少する。一方、Ts<85℃では、初期a-Si層は発生しないが、結晶粒が球状もしくは柱状になって、結晶粒と結晶粒の間に隙間ができる。このため、良好なp/i界面を形成できず、拡散電位が減少して、Jsc、Vocが低下する。

 第7章では、大面積太陽電池の実用形態として開発しているフィルム基板太陽電池に、高品質a-Si系膜の適用を行った。フィルム基板太陽電池は、フレキシブルなプラスチックフィルムを基板に用いることにより、基板材料の低価格化、ロール状に巻けることを生かした大量生産プロセスが可能となり、太陽電池の大幅なコスト低下が見込まれる。第2図に、フィルム基板太陽電池の変換効率向上およびモジュール面積拡大の推移を示す。フィルム基板太陽電池に、第2章で明らかにした最適条件を設計指針としてボトムセルi層にa-SiGe:Hを適用し、第6章で高品質化を図った窓層用μc-Si(p)膜を適用することによって、安定化効率が9.0%まで向上した。これは、フィルム基板を用いた30cm角(1フィート角)以上の大面積a-Si系太陽電池としては、世界最高効率である。

 以上本研究では、RFプラズマCVDによるボトムセルi層用ナローギャップ膜であるa-SiGe:Hと、p型窓層のμc-Si(p)の高品質化により、大面積フィルム基板太陽電池の変換効率を9.0%まで向上することができた。また、次世代の製膜方法として、パルス放電CVD法、ガス加熱プラズマCVD法を開発し、製膜機構の解明とともに高品質ナローギャップ膜が作製可能なことを示した。

第1図 a-SiGe:Hのバンドギャップ(Eg)に対する光感度(σph/σd)

第2図 フィルム基板太陽電池の変換効率向上およびモジュール面積拡大の推移

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「プラズマCVD法による太陽電池用高品質アモルファスシリコン系膜堆積の研究」と題し、プラズマCVD法による太陽電池用の高品質なアモルファスシリコン(a-Si)系膜の作製を目的とし、製膜機構の解明を通じてボトムセルi層用ナローギャップ膜の高品質化、窓層用p型膜の高品質化、および高品質a-Si系膜のフィルム基板太陽電池への適用の研究をとりまとめたもので、8章より構成される。

 第1章は「序論」であり、a-Si系膜およびそれを用いた太陽電池の特徴を説明し、本論文で作製を行う太陽電池用高品質a-Si系膜に必要な特性を明確化している。また、これまで行われているRFグロー放電プラズマCVD法およびプラズマ状態の測定について説明し、高品質a-Si系膜の製膜機構の解明のために必要な研究課題を明らかにしている。

 第2章では「ナローギャップa-SiGe:H膜特性とプラズマ特性」と題し、ナローギャップ材料である水素化アモルファスシリコンゲルマニウム(a-SiGe:H)膜について、容量結合型のRF(13.56MHz)プラズマCVD法を用いて高品質化を行なっている。バンドギャップ(Eg)の減少とともに指数的に光感度(σph/σd)が減少してa-SiGe:Hの膜質が低下する影響を取り除くために、Eg=1.6eV一定の膜を作製して、外部放電制御パラメータがa-SiGe:H膜およびプラズマ状態に与える効果を調べている。その結果、基板温度が膜質に最も大きな影響を及ぼし、170〜190℃でσph/σdが最大になるこ温と、電子が低いときに膜質が向上することを明らかにし、Eg=1.6eVにおいて世界でトップレベルの特性であるσph/σd=3.0×105のa-SiGe:H膜を得ている。

 第3章では「パルス放電CVD法によるa-SiGe:H膜特性」と題し、新しい製膜方法であるパルス放電CVD法(PD-CVD)を用いて、a-SiGe:H膜の高品質化を行っている。PD-CVDは印加電圧として小さいデューティー比(0.5〜2%)で負の高電圧(-1〜-2kV)の矩形波パルスを用いることを特徴とする。放電観察、シングルプローブ測定、発光分光測定から、PD-CVDでは、膜へのイオン衝撃の影響が少ないこと、基板の置かれた製膜領域はラジカル発生領域から空間的にも時間的にも分離されていることを本論文で初めて明らかにしている。PD-CVDによるa-SiGe:H膜は、電極間隔の減少や原料ガスの水素希釈でσph/σdが向上する一方、Ar希釈ではσph/σdが低下することを明らかにしている。ラジカル密度分布のシミュレーションを元にした本論文で初めて提案する「クラスターモデル」により上記の現象を統一的に説明できることが示されている。上記の検討の結果、PD-CVDを用いて、Eg=1.42eVにおいて世界のトップレベルであるσph/σd=3.1×104のa-SiGe:Hが得られた。

 第4章では「ガス加熱プラズマCVD法によるa-Si:Hのナローギャップ化」と題し、高品質ナ口ーギャップ材料の開発のもう一つのアプローチとして、水素化アモルファスシリコン(a-Si:H)のナローギャップ化を行っている。新しい製膜方法として、原料ガスをあらかじめ加熱してからプラズマに導入するプラズマCVD法(ガス加熱プラズマCVD法)を開発している。ガスヒータを500℃まで加熱することにより、250℃以下の低い基板温度を保ったまま、a-Si:H膜をEg=1.65eVまでナローギャップ化することに成功し、世界でトップレベルのa-SiCe:H膜のσph/σdを凌駕するσph/σd=4.2×106のa-Si:H膜を得ている。

 第5章では「イオンエネルギー制御型プラズマCVD法によるイオン衝撃とa-Si:H膜特性」と題し、第2、3章において電子温度が低く、膜へのイオン衝撃が小さいときにa-Si系膜の膜質が良くなることに着目し、基板に入射するイオンエネルギー(Vs)がa-Si:H膜特性に与える影響を定量的に調べている。ダブルプローブの原理を応用してVsをプラズマ状態と独立に制御可能な新しい製膜方法であるイオンエネルギー制御形プラズマCVDを開発している。Vsの増加に対してa-Si:H膜中の欠陥密度が指数的に増加して膜質が低下することを明らかにしている。

 第6章では「窓層用p型微結晶シリコンの高品質化」と題し、太陽電池の窓層であるp層の高品質化を行っている。その際、新しいp層材料であるp型微結晶シリコン(μc-Si(p))を導入し、RFプラズマCVDによる製膜条件に対する結晶性およびセル特性の関係を調べている。μc-Si(p)製膜時の基板温度Ts=85℃において、結晶性、セル特性ともに最適温度となり、開放電圧(Voc)、短絡電流密度、変換効率が最大となることを本論文で初めて明らかにしている。従来のa-Si0(p)あるいはa-SiC(p)をp層に用いたシングルセルのVocが0.88〜0.90Vであるのに対して、μc-Si(p)を用いたセルのVocは最大0.975Vの非常に高い値を示すことを明らかにしている。

 第7章では「フィルム基板太陽電池」と題し、大面積太陽電池の実用形態として開発しているフィルム基板太陽電池に高品質a-Si系膜の適用を行っている。フィルム基板太陽電池に、第2章で明らかにした最適条件を設計指針としてボトムセルi層にa-SiGe:Hを適用し、第6章で高品質化を図った窓層用μc-Si(p)膜を適用することによって、安定化効率が9.0%まで向上することを明らかにしている。これは、プラスチックフィルム基板を用いた30cm角(1フィート角)以上の大面積a-Si系太陽電池としては、世界最高効率である。

 第8章は「結論」であり、本論文の成果をまとめるとともに、将来展望を示している。

 以上これを要するに、本論文は、微結晶シリコン窓層を有するアモルファスシリコン系太陽電池を対象として、RFプラズマCVDによる製膜機構の解明を通じ高品質化を図ることにより、大面積フィルム基板太陽電池の変換効率を9%まで向上するとともに、次世代の製膜方法としてパルス放電CVD法、ガス加熱プラズマCVD法を開発し、高品質ナローギャップ膜が作製可能なことを明らかにしている点で、電気工学、特にプラズマ工学および半導体工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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