No | 215084 | |
著者(漢字) | 栗本,康司 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | クリモト,ヤスジ | |
標題(和) | 液化木材からのボリウレタンフィルムの調製とそれらポリウレタンフィルムの化学的および機械的特性の解明に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on the preparation of polyurethane films from liquefied wood and elucidation of their chemical and mechanical properties. | |
報告番号 | 215084 | |
報告番号 | 乙15084 | |
学位授与日 | 2001.06.25 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 第15084号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 酸触媒存在下における多価アルコールを用いた木材液化は、木材の細胞を構成する高分子物質を化学原料に転換するための一手法である。この液化法は、150℃程度の温度で木材を加溶媒分解するため液化反応中の成分損失がほとんどなく、木材成分の90-99%(液比:3-5)を液状物として得ることができる。これまでの研究では、特定の樹種やセルロースを試料に液化条件や反応メカニズムを知るための検討が多く行われたが、液化木材から調製したポリウレタン(PU)の性質についてはほとんど知られていない。本研究では、廃木材からの液化物をPU樹脂用のポリオール原料として利用することを目的に、針葉樹や広葉樹の混在した木材に対しても同一の処理で液化できるよう最適な液化条件と溶媒の検討を行った。(2章)さらに、得られた液化木材を化学量論的に取り扱うことによってPUフィルムを調製し、[イソシアネート基]/[水酸基]([NCO]/[OH])比、木質濃度、原料となる樹種の各条件が、フィルムの架橋構造、機械的特性、熱的特性、湿熱劣化性などに与える影響を3章から6章に取りまとめた。 1章では、木材を始めとするバイオマス資源を化学原料に転換して利用することの意義と1920年代にまで遡ることが可能であった木材の液化手法について取りまとめた。また、液化木材をPU樹脂として利用するに際し解明すべき幾つかの事柄を明かにし研究の目的について述べた。 2章では、針葉樹材4種と広葉樹材3種を用い、すべての樹種に対して高い液化率と安定した水酸基価を与える液化条件を150℃の反応温度で検討した。液化溶媒としてポリエチレングリコール(PEG)#400のみを用いた液化では、反応途中にすべての樹種で縮合反応が起こり、結果として液化率を高めることができなかった。縮合反応にはリグニン成分が関与しており、グアイアシルプロパン構造を多く持つ針葉樹材の方が広葉樹材よりも縮合を起こしやすかった。一方、PEG#400にグリセリンを混入した混合溶媒を用いて液化した場合、縮合を起こすまでの時間がすべての樹種で長くなり液化率の向上が認められた。グリセリン濃度を検討した結果、10%グリセリンを含む混合溶媒がいずれの木材試料に対しても60分の液化時間で、97%の液化率とほぼ等しい水酸基価(200-220mgKOH/g)を与え液化溶媒として最も優れていた。 3章では、10%のグリセリンを含むPEG#400を液化溶媒として木質濃度の異なった液化木材(約10-30%濃度)をスギ材から調製した。図1に木質濃度24%の液化木材を示す。さらに、これらの液化木材とポリメリックメチレンジフェニレンジイソシアネート(PMDI)をジクロロメタン中で架橋させた後、溶媒キャスト法によりPUフィルムを成型した。図2に得られたPUフィルムの外観を示す。フィルムの調製には樹脂化触媒、整泡剤、減粘剤などの添加剤は全く使用していない。液化木材中の木質濃度の増加は、水酸基価を減少させるとともに粘度を著しく増大させた。また、これら液化木材の水酸基価と水分量はイソシアネートの配合量を決定する指標として有効であった。PUフィルムのFT-IRスペクトルや有機溶媒(アセトン)中での重量減少率の変化から、液化木材とイソシアネートが反応して架橋構造を形成していることが認められた。フィルムの機械的特性(ヤング率、引張り強さ、最大伸び)は[NCO]/[OH]比を変えることにより調整できることが判った。また[NCO]/[OH]比が一定の場合、木質濃度を変えることで機械的特性をコンロトールできた。これらの結果は、たとえポリオール原料が天然物に由来するものであっても化学量論的な取り扱いができる資源であることを示している。 4章では、DMF中におけるPUフィルムの膨潤量や重量減少率を測定することによって架橋密度と未架橋成分重量(Sol faraction)を定量化すると共に、フィルムの熱的性質を評価した。[NCO]/[OH]比の増加がフィルム中の架橋密度を増すと同時にSol fractionを減少させたことから、液化した木質成分がPMDIとの反応によりフィルム中に固定されて行くことが確かめられた。しかしながら、[NCO]/[OH]比が1.4を越しても3.1%程度のSol fractionを示した。このことは、水酸基を持たない成分や分子中に水酸基が1個しか持たない成分など、フィルムに取り込まれない木質成分も液化反応中に生成していることを示唆する。PUフィルムのガラス転移温度(Tg)は、[NCO]/[OH]比の増加にともなって高温側へ移動し、架橋密度との間に高い相関が認められた。[NCO]/[OH]比が一定の場合、木質濃度の増加は架橋密度とTgを増加させた。また、液化木材から調製したPUフィルムの中には、木質成分を含まないフィルム(コントロール)よりも架橋密度が低いにも関わらず大きなヤング率を示すものが認められた。これは、芳香環やピラノース環を持つ液化成分に起因するものと考えられた。熱重量測定の結果、PUフィルム([NCO]/[OH]=1.0)に10-17%の木質成分を含んでいても熱分解開始温度が低下することは無く、液化木材からのPUフィルムの耐熱性は、コントロールと比較して優れていると判断できた。 5章では、樹種の違いがPUフィルムの架橋密度と機械的特性(ヤング率、引張り強度、最大伸び)に及ぼす影響を検討した。フィルムのヤング率、引張り強度、または最大伸びを同じ[NCO]/[OH]比で比較すると樹種間に有意差が認められ、機械的特性は液化に用いる樹種により異なることが判った。また、高粘度の液化木材を使用するほど堅い性質のフィルムとなることが認められた。低粘度と高粘度の液化木材を混合し、粘度を調整した液化木材からフィルムを調製したところ、得られたフィルムの機械的特性は元の液化木材から調製したフィルムの平均値に近い値を示した。液化木材の粘度を調整することは、[NCO]/[OH]比を変えずに目的とする機械的特性を持ったPUフィルムを調製するのに有効な方法であると考えられた。 6章では、PUフィルムの湿熱劣化性について検討した。[NCO]/[OH]=1.0のPUフィルムを80℃の飽和水蒸気下で84日間暴露したところ、31%の木質成分を含む液化木材から調製したフィルムは木質成分を全く含まないフィルム(コントロール)よりも大きく重量が減少(12%)したにもかかわらず、フィルムの引張り強さは暴露前と比較して1.7倍に達した。このとき、コントロールの引張り強さは初期値の1/2にまで低下している。PUフィルムの湿熱劣化性が、液化木材を含む場合と含まない場合で全く異なる傾向を示した要因は、脱イオン水中での重量減少量や暴露期間の経過に伴うTgの変化を考慮すると、フィルムの架橋構造に組み込まれていない木質成分のためと推察することができた。[NCO]/[OH]比を1.2に増加し暴露中の重量減少を抑制したPUフィルムは、80℃の飽和水蒸気下で84日間暴露した後も引張り強さは初期値より10%程度低下しただけで(コントロールは25%低下)高い強度保持率を示した。液化木材からのPUフィルムはコントロールと比較して加水分解を受けにくいと判断した。 図1スギ材より調製した液化木材の外観木質濃度:24%. 図2ポリウレタンフィルムの外観木質濃度:右:13.1%;中央:5.2%;左:0%. | |
審査要旨 | 常圧で酸触媒存在下に多価アルコールを用いる木材液化は、木材はほぼ全ての成分を化学原料に転換するための一手法である。この液化法は、150度程度の温度で木材を加溶媒分解するため液化反応中の成分損失がなく、木材成分のほとんどを液化物として得られ樹脂原料として利用でき、発泡体や接着剤が試作されている。既往の研究では、特定の樹種やセルロースを試料に液化条件や反応メカニズムを知るための検討が行われているが、液化木材から調製したポリウレタン(PU)の性質についての検討は皆無である。PUの機械的特性、物理化学的特性などに関する基礎的知見の欠如は、液化技術の実用化を阻む一因となっている。 本研究では木質系廃材の液化技術の実用化を目的とし、針葉樹や広葉樹の混在した木材に対して同一の処理を施しで液化できるような最適液化条件と溶媒の検討を行い、得られた液化木材を化学量論的に取り扱うことによってPUフィルムを調製し、[イソシアネート基/[水酸基]([NCO]/[OH])比、木質濃度、原料となる樹種の各条件が、フィルムの架橋構造、機械的特性、熱的特性、湿熱劣化性などの基礎的性質におよぼす影響を検討した結果を取りまとめている。 第1章では、木材を始めとするバイオマス資源を化学原料に転換して利用することの意義と現在までの木材の液化手法の変遷について論じている。 第2章では、針葉樹材4種と広葉樹材3種を用い、すべての樹種に対して高い液化率と安定した水酸基価を与える液化条件を明らかにしている。液化溶媒としてポリエチレングリコール(PEG#400)のみを用いた従来の液化では反応中にすべての樹種で縮合反応が起こり液化率を高めることができなかった。一方、PEG#400にグリセリンを混入した場合、縮合が抑制され液化率の向上が認められた。グリセリン濃度を検討した結果、10%のグリセリンを含む混合溶媒が最も優れていることが見出された。 第3章では、木質濃度の異なった液化木材からPUフィルムを調製し、架橋構造の形成過程をFT IRスペクトルの変化から追跡するとともに、機械的特性と[NCO]/[OH]比あるいは木質濃度との関係を議論している。分光分析の結果、液化木材とイソシアネートが反応して架橋構造を形成することが確認された。さらにフィルムの機械的特性は、[NCO]/[OH]比あるいは木質濃度を変えることで調整できることが明らかとなった。 この結果はたとえポリオール原料が天然物に由来するものであっても化学量論的な取り扱いができる資源であることを示したものである。 第4章では、DMF溶媒中におけるPUフィルムの膨潤量や重量減少を測定することによって架橋密度と未架橋成分重量を定量化するとともに、フィルムの熱的性質を評価している。この結果、フィルムの架橋密度は、機械的特性と同様に[NCO]/[OH]比あるいは木質濃度を変化させることで制御できることを明らかにした。また、窒素雰囲気下での熱重量測定の結果、液化木材から高い耐熱性を持つPUが調整可能であることを明らかにしている。 第5章では、樹種の違いがPUフィルムの機械的特性に及ぼす影響を論じている。フィルムのヤング率、引張り強さおよび伸びは樹種間で有意差があり、高粘度の液化木材を使用するほど硬い性質のフィルムとなることが認めた。しかしながら、機械的特性の樹種依存性を改善するためには、液化木材の粘度を調整することが簡便な方法であることを見出した。 第6章では、PUフィルムの湿熱環境下での重量減少と機械的特性の変化について、液化木材を含まないものと比較対照として議論している。液化木材からのPUフィルムは未架橋成分を含むため暴露中にかなりの重量減少を示すものの、強度低下が木質成分を全く含まないフィルムと比べて小さくなることを認め、総体として液化木材からのPUは高い耐湿熱性を持つことを明らかにしている。 以上、本研究では様々な樹種を原料とした場合の液化条件を確立するとともに、液化木材から調製したPUフィルムの機械的、熱的諸性質を明らかにして液化木材の応用に関する新たな知見を見出している。現在、木質資源の有効利用が問題となっている状況において、本研究で得られた知見は端材などの未利用資源の有効利用だけでなく、防腐処理木材や化学修飾木材などのリサイクルにも応用できるものであり、今後の研究開発にとって大きく寄与することが明らかである。 よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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