学位論文要旨



No 215085
著者(漢字) 羽部,浩
著者(英字)
著者(カナ) ハベ,ヒロシ
標題(和) 細菌におけるダイオキシン類分解系遺伝子群とその周辺領域の解析
標題(洋)
報告番号 215085
報告番号 乙15085
学位授与日 2001.06.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15085号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大森,俊雄
 東京大学 教授 高橋,秀夫
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 講師 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

 近年特に大きな社会問題となっているダイオキシン汚染のbioremediationを目的として、ダイオキシン分解能を有する真菌や細菌等の微生物が取得され盛んに研究が行われている。細菌によるダイオキシンの分解に関しては、Sphingomonas wittichii RW1株において、塩素化ダイオキシンの基本骨格をなすdibenzo-p-dioxin(DD)やdibenzofuran(DF)分解代謝系が分子レベルで解析されている。その結果DD/DFは、酸素原子に隣接する核間炭素原子への特異な初発酸化(angular dioxygenation)を受けた後、ヘテロ環が自発的に環開裂してtrihydroxy体に変換され、その後メタ開裂、加水分解を経て代謝されていくことが明らかとなっている。我々の研究室においても、DFを唯一の炭素源・エネルギー源として生育可能な細菌Terrabacter sp.DBF63株のDF分解系について解析を行い、2,2',3-trihydroxybiphenylからsalicylic acidへの変換を行うdbfBC遺伝子を既に単離していた。しかしながら、DD/DF骨格の中でも強固なエーテル結合を特異的に開裂するのに重要な初発酸化酵素をコードする遺伝子の取得には成功していなかった。そこで本研究では、DBF63株からdibenzofuran 4,4a-dioxygenase (DFDO)をコードする遺伝子を取得し機能解析を行った。また当研究室では、DD/DFと類似の構造を有するcarbazole (CAR)を資化するPseudomonas sp. CA10株のCAR分解代謝系についても研究を行っており、DD/DFと類似な経路で代謝されることや、CAR分解代謝系遺伝子群(car遺伝子群)がDD/DF分解能を有していることも既に明らかにしている。car遺伝子群がユニークな遺伝子構造をとることから、その周辺領域の構造についても興味が持たれており、本研究ではCA10株のcarAaAaBaBbCAcORF7Ad遺伝子群の周辺領域について詳細な解析を行った。

 さらに、塩素化ダイオキシンと同様に強い毒性を示すcoplanar PCB (Co-PCB)もダイオキシン類に含まれるが、Co-PCBの基本骨格をなすbiphenylの微生物分解についても当研究室では解析を行ってきた。その結果、biphenyl資化菌から精製された分解系酵素がbiphenylだけでなく、単環芳香族化合物であるcumene (isopropylbenzene)も分解可能であったことから、bipheny分解系酵素(Bph)とcumene分解系酵素(Cum)は類似の酵素群であることが推測されていた。そこで本研究では、cumene資化菌を単離し、cum遺伝子を取得・解析することで、bph遺伝子群との分子進化上の関連性について知見を得ることとした。

1.Dibenzofuran資化菌Terrabacter sp. DBF63株のdibenzofuran 4,4a-dioxygenase (DFDO) componentをコードする遺伝子の単離と機能解析

 DBF63株からPCR法により、DF代謝に関与する初発酸化酵素(DFDO)のoxygenase componentをコードする遺伝子(dbfA1A2)を取得した。DbfA1は、現在までにangular dioxygenaseのoxygenase component large subunitとして報告されているCA10株のCarAaやSphingomonas wittichii RW1株のDxnA1とは分子系統樹上で異なるグループに属しており、新規なangular dioxygenaseであることが明らかとなった。またDFDOの基質特異性を検討した結果、DDやDFだけでなく数種類の1〜3塩素化ダイオキシンも分解可能であることが示された。DFDOはCAR、xanthene、phenoxathiinといった基質に対してはangular dioxygenationを触媒せず、naphthaleneのような多環芳香族炭化水素に対してcis-dihydroxylationを行わないことも示された。

2.Carbazole資化菌Pseudomonas sp.CA10株のcarbazole代謝に関与する酵素遺伝子群及びその周辺領域の解析

 CA10株において既に解析されていたcarAaAaBaBbCAcORF7Ad遺伝子群の周辺領域を単離・解析したところ、carAd遺伝子のすぐ下流域にCARの代謝中間体である2-hydroxypenta-2,4-dienoic acidの代謝に関与する酵素遺伝子群(carDFE)が、carAa遺伝子の約21 kb上流にanthranilic acidからcatecholへの変換に関与すると推測される酵素遺伝子群(antABC)が存在することを明らかにした(図1)。また、catecholの代謝に関与する酵素遺伝子群(catRBCA)がCA10株のchromosome上に存在し、car及びant遺伝子群はメガプラスミドpCAR1上に存在することも示された。以上の結果から、CA10株のCAR分解に関与すると考えられる全酵素遺伝子群の構造及び局在性を明らかにすることに成功した。さらに、car及びant遺伝子群の構造を明らかにしていく過程で、4つの互いに相同性の高い挿入配列IS5car1〜IS5car4を同定した。これらISとその周辺領域を詳細に解析したところ、car遺伝子群が現在のユニークな遺伝子構造を形成するに至った遺伝子再構成の痕跡を数多く見出すこともできた。例えば、antABC遺伝子を含むIS5car2とIS5car3に挟まれた領域が複合トランスポゾン様の構造をとっており、transpositionによって現在の位置に転移してきたことが推測された。また、IS5car2とそれに続いて存在するantA遺伝子の5'末端部分のone-ended transpositionによって、IS5car1とそれに続くORF9の5'末端部分が形成されたことも推測された。さらに、ORF11とORF12の周辺領域で遺伝子のduplicationが起こった痕跡や、carFE遺伝子がgene shufflingなどにより後から挿入され、現在のcar遺伝子群を形成した可能性も示された。

3.Cumene資化菌Pseudomonas fluorescens IP01株のcumene代謝酵素遺伝子の単離と機能解析

 土壌中より単離したcumene資化菌Pseudomonas fluorescens IP01株から、indigo生成を指標とした初発酸化酵素のショットガンクローニングを行い、cumene分解代謝系遺伝子群(cumA1A2ORF3A3A4BC)を取得した。このcumene分解代謝系酵素がcumeneから相当するメタ開裂物質2-hydroxy-6-oxo-7-methylocta-2,4-dienoic acidへの変換だけでなく、4,4'-dichlorobiphenylを相当するメタ開裂物質へと分解することも示された。また、cum遺伝子群はIP01株の生育基質でもあるtolueneの代謝系遺伝子群(tod)とは47-64%程度の相同性であったが、bph遺伝子群とは57-78%と相同性が高いことも明らかとなった。さらにbph遺伝子群に隣接して存在する機能未知のORFと相同性の高いORF3がcum遺伝子群にも存在するなど、各ORFの大きさや遺伝子構造もbph遺伝子群と非常に類似していることが明らかとなった。

4.総括と展望

 本研究により世界で初めてグラム陽性細菌からangular dioxygenaseのoxygenase componentを単離することに成功した。DbfA1A2は塩素化ダイオキシンに対しても分解活性を有しているため、今後、本酵素のX線結晶構造解析を行い反応部位周辺の三次元構造が明らかになれば、基質認識機構や反応機構について有用な知見が得られるものと期待される。また、その知見をタンパク質工学を用いた酵素の改変へとフィードバックすることで、さらに有用な分解酵素の創製も可能になるものと期待される。

 本研究でCA10株のcar及びant遺伝子群が、2つのISに挟まれた複合トランスポゾン様構造をとっていることが明らかとなった。さらにcar遺伝子群はメガプラスミドpCAR1上に局在していることも示された。これらの結果は、ダイオキシン分解系遺伝子群が"動く"因子上にコードされていることを示しており、実際にISに挟まれたcar遺伝子群が欠失したり、car遺伝子群をコードするpCAR1と類似のプラスミドが異種微生物間を転移する現象も既に確認されている。今後、これらISやpCAR1が動くメカニズムを解明することは、ダイオキシンのbioaugmentationを高効率で行う技術を開発するうえでも重要であると思われる。

図1.car及びant遺伝子群とその周辺領域の遺伝子構造

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、細菌におけるダイオキシン類の分解代謝に関与する酵素遺伝子群やその周辺領域の解析を目的とし、ジベンゾフラン(DF)資化菌Terrabacter sp. DBF63株、カルバゾール(CAR)資化菌Pseudomonas sp. CA10株、クメン資化菌P. fluorescens IP01株の3種類の細菌から、それぞれDF、CAR、クメン分解代謝系遺伝子群およびその周辺領域を取得し、遺伝子構造解析および機能解析を行うとともに、これらが塩素化ダイオキシン類に対する分解能を有していることを明らかにしたものであり、全4章からなる。

 第1章の序論に引き続き、第2章ではDBF63株からPCR法を用いてDF代謝に関与する初発酸化酵素dibenzofuran 4,4a-dioxygenase(DFDO)のoxygenase componentをコードする遺伝子(dbfA1A2)を取得し、既知のangular dioxygenaseのoxygenase componentとは分子系統樹上異なるグループに属する新規なangular dioxygenaseであることを示した。また、本研究によりグラム陽性細菌から世界で初めて単離されたDFDOが、ジベンゾパラダイオキシンだけでなく、数種類の1〜3塩素化ダイオキシンも分解可能であることを明らかにした。

 第3章においては、CA10株において既に明らかとなっているcarAaAaBaBbCAc(ORF7)Ad遺伝子群の周辺領域約44kbについて塩基配列を決定し、carAd遺伝子の直下流にCARの中間代謝物である2-hydroxypenta-2,4-dienoic acidの代謝に関与する酵素遺伝子群(carDFE)が、carAa遺伝子の約21 kb上流にアントラニル酸からカテコールへの代謝に関与する酵素遺伝子群(antABC)が存在していることを示した。また、carおよびant遺伝子群がプラスミドpCAR1上に局在しているのに対し、カテコールの代謝に関与する酵素遺伝子群(catRBCA)がCA10株のchromosome上に存在していることも明らかにした。さらに、carおよびant遺伝子群の周辺領域に互いに相同性の高い4つの挿入配列IS5car1〜IS5car4を同定し、それらを詳細に解析したところ、IS5car2とIS5car3に挟まれたantABC遺伝子群が複合トランスポゾンとして転移を起こした可能性や、IS5car2が直下流に存在するantA遺伝子の5'末端領域を伴ってone-ended transpositionを起こした可能性、IS5car1のすぐ上流に存在するORF11とORF12の周辺領域で遺伝子の重複が起こった可能性等が示唆されるなど、carおよびant遺伝子群が現在のユニークな遺伝子構造を形成するに至った遺伝子再構成の痕跡も数多く示した。

 第4章においては、クメン資化菌IP01株からインジゴ生成を指標としたショットガンクローニングを行い、クメンから相当するメタ開裂物質までの分解に関与する酵素遺伝子群(cumA1A2A3A4BC)を取得するとともに、これら酵素により塩素化ビフェニルもメタ開裂物質へと分解されることを示した。またcum遺伝子群が、P. putida F1株のトルエン分解系tod遺伝子群やBurkholderia cepacia LB400株のビフェニル分解系bph遺伝子群と相同性が高いだけでなく、遺伝子構造も非常に類似しており、進化的な関連性があることを明らかにした。

 以上、本論文は、3種の細菌Terrabacter sp. DBF63株、Pseudomonas sp.CA10株、P. fluorescens IP01株から、ダイオキシン類分解に関与する新規酵素遺伝子群やその周辺領域を取得し、遺伝子構造および機能を明らかにするとともに、CA10株のcar遺伝子群の周辺領域に存在した複数のISの解析から、ダイオキシン分解系遺伝子群周辺領域で起こったと考えられる遺伝子構造の再構成の過程を考察する等、ダイオキシン分解系酵素及びその遺伝子構造に関する新知見を与えたものとして学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42857