学位論文要旨



No 215087
著者(漢字) 石塚,小太郎
著者(英字)
著者(カナ) イシヅカ,コタロウ
標題(和) 日本産フトミミズ属の分類学的研究
標題(洋)
報告番号 215087
報告番号 乙15087
学位授与日 2001.06.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15087号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古田,公人
 東京大学 教授 田付,貞洋
 東京大学 助教授 久保田,耕平
 独立行政法人森林総合研究所多摩森林科学園 教育的資源研究チーム長 新島,渓子
 林野庁 首席研究企画官 福山,研二
内容要旨 要旨を表示する

 ミミズ類は世界の各地に広く分布する大型の土壌動物である。とりわけ,暖温帯では個体数も多く,したがってバイオマスも大きく,土壌動物の中でも代表的なものといえる。ミミズ類はリターの破砕,土壌の物理性の改善,土壌の熟成に大きな働きをしている。したがって,陸上のさまざまな生態系での物質循環過程の解明や土壌の条件の改善はミミズ類に関する知見なしには不可能であるといってよい。しかしながら,わが国に分布するミミズ類の中でもっとも優占的なフトミミズ類については,これまでから分類の決め手となる形質が少なく,しかも形態変異が大きいとされてきており,事実上その分類は困難であった。このため,わが国のミミズに関する研究は世界的に見てもきわめて立ち遅れた状態にあったといえる。

 本研究はフトミミズ属について新しい研究手法を開発し,分類の決め手となる形質を検討することを目的として行った。また,その結果をもとに種検索表の作成と日本産既知種の再検討を行い,さらに東京産フトミミズ属51種の新種記載を行ったものである。

1.研究手法

 これまでのフトミミズ属の分類学的研究はミミズの生活を考慮せずに行っていることを反省し,その生活の特性との関連から重要な手がかりが得られるのではないかと考えた。このため,採集にあたっては土壌の層位別に,また同一地点で四季を通して採集し,観察を行った。さらに,形態の観察にあたっては内部形態と外部形態を対応させて観察し,両者の関連性を重視した。

2.分類基準

 a.形質同士の相互の関連性,形質と生活様式との関連性を総合的に検討した結果,腸盲嚢,性徴,生殖腺,外部標徴はそれぞれいくつかの型に類型化できることが判明した。下記は分類上必要な形質として命名(和名,英名共)した新形態用語である。(アンダーライン和名,英名共)。

腸盲嚢四型:突起状型(Simple type),指状型(Manicate type),鋸歯状型(Serrate type),多型状型(Multyple type)

性徴二型:吸盤状型(Sucker type),小粒状型(Papillae type)

生殖腺三型:胞状生殖腺(Duct lacking type)瓶状単生殖腺(Simple duct type),瓶状複生殖腺(Complex duct type)

外部標徴(External marking):有彩色紋型(Colord patch type),吸盤状型(Sucker type),深溝型(Deep groove type)

 なお,吸盤状の外部形態は,体腔内は生殖腺と連結しているものと,体腔内は何も無いものとがあることから,前者を性徴,後者を外部標徴と区別して命名した。

 b.全ての形質について変異の状態を調べ,フトミミズ属の形質変異はどのようであるのか,形質の安定性はどのようであるのかを明らかにした。その結果,雌性生殖器官では変異はみられなかったが,雄性生殖器官では外部,内部共にその有無,形態等に変異がみられた。なかには雄性孔や摂護腺を全く保有しない種や保有が5%以下である種もみられた。このような雄性生殖器官の有無や形態変異は腸盲嚢が指状型である表層種に多くみられた。また,性徴は表層種,地中種ともにどの種でもその存在位置や数の変異が多かった。

4.フトミミズ属の分類

 上記の各作業を通じて東京産フトミミズ属75種を確定し,全種の形態と特徴を図示するとともに検索表の作成をした。このうち,新種は58種で,51種についてはすでに記載発表をした。この新種記載は石塚の上記の研究による分類基準と新用語設定命名による用語を使用した。

 1998年以前の日本産フトミミズ属の既知種には不明確な点が多いため,記載文献等を検討し,シノニムやホモニムの判定を行い,70種の既知種を確定した。さらに,1999年以降の石塚による新種記載種を合わせて,2001年現在における日本産フトミミズ属の既知種124種を確定した。

5.フトミミズ属の分割

 フトミミズ属(Genus Pheretima)は貧毛類の中でも,極端に種数の多い大きな属であることより,属の分割を検討した。その結果,腸盲嚢と他形質及び生活様式との関連性から,腸盲嚢の形態の違いはフトミミズ属を4(亜)属に分割できるほど重要であることが判明した。腸盲嚢四型を基準に分類すれば,生活様式との関連性が強く,ミミズの生態を研究するうえでも大いに役立つ分類法である。また,腸盲嚢四型を基準に新しくグループ分けした基準は,東京産以外の既知種や他地区で採集したフトミミズ属にあてはまり,今回の手法が東京産フトミミズ属に限らず広く適用できた。

 腸盲嚢四型の型は突起状型より,指状型のグループと鋸歯型・多形型グループに分岐したと考えられる。その根拠は,突起状型のグループの種数が多いこと,一年生と越年性の両型がみられること,生活様式が指状型と鋸歯型の中間に位置することである。

 以上,本研究によって,フトミミズ属の分類には腸盲嚢が重要な形質であることが明らかになり,この腸盲嚢は四型に区分することができた。また,生活様式によって表層種,浅層種,深層種の三型区分ができ,この生活様式三型と腸盲嚢は四型及び生存年数の間には関連性が認められた。さらに,腸盲嚢四型と他の形質及び生活様式三型や生存年数との関連性について総合的にとらえた結果,腸盲嚢は重要な形質であるとの認識にいたった。

 c.腸盲嚢四型と性徴二型,生殖腺三型,体長,体型,隔膜・体壁の厚さ(丈夫さ),受精嚢孔の形状,貯精嚢・摂護腺の大きさ(占体節数)等との間に関連性が認められた。

 d.上記各形質の変異性と安定性を考慮して分類・同定の基準となりうる形質の選定とその優先順位を確定した。また,既存の分類基準の再検討を行い,新形質を含めた新分類・同定基準を設定した。優先順位は1.腸盲嚢,2.受精嚢孔対数,3.性徴,4.生殖腺,5.受精嚢,6.外部標徴とした。

3.生態と分布

 a.フトミミズ属は生息層位に基づく棲み分けが認められ,表層種(Ground surface),浅層種(Upper layer),深層種(Deeper layer)の三型に区分することができた。

 b.フトミミズ属は一年生と越年性とに分けることができた。表層種は一年生のフトミミズ属で,春に卵包が孵化し,7月には成体となり,8〜12月の間に全ステージが消滅した。深層種は越年性のフトミミズ属で,春〜秋に卵包が孵化し,夏〜秋に成体となり,全ステージまたは成体が越冬した。浅層種は一年性と越年性の両方がみられるが,越年性である種の方が多かった。

 c.東京全域の採集地を標高別に山地(奥多摩地区),丘陵地(多摩地区),低地(都内緑地等)の三区分における新種の割合,固有種と考えられる分布の状態を検討した。その結果,山地は新種の割合(82%)が高く,低地は新種の割合は低く,既知種の割合が高いことが判明した。そして,山地は固有種の割合が高いことが考えられた。また,低地から山地までの三区分に分布する種は北海道から九州まで分布する広域種(13%)であることが判明し,垂直分布と水平分布の間に一定の関係が認められた。

 d.腸盲嚢四型と生息層位三型との関連性では,突起状型が最も種類が多く,主として浅層種であり,指状型のグループは表層種,鋸歯状型と多型状型は深層種であった。これらの関連性は,腸盲嚢を基準とした分類法が生活様式を推定するうえでも大いに役立つことを証明するものであった。

審査要旨 要旨を表示する

 ミミズ類は世界の各地に広く分布する大型の土壌動物である。とりわけ、暖温帯では個体数も多く、したがってバイオマスも大きく、土壌動物の中でも代表的なものといえる。ミミズ類はリターの破砕、土壌の物理性の改善、土壌の熟成に大きな働きをしており、陸上の物質循環過程の解明と土壌環境の理解はミミズ類に関する知見なしには不可能であるといってよい。しかしながら、わが国に分布するミミズ類の中でもっとも優占的なフトミミズ属については、これまでから分類の決め手となる形質が明らかではなく、しかも形態変異が大きいとされてきており、事実上その分類は困難であった。このため、わが国のミミズに関する研究は世界的に見てもきわめて立ち遅れた状態にあったといえる。

 本研究はフトミミズ属について新しい研究手法を開発し、分類の決め手となる形質を検討することを目的として行った。また、その結果をもとに種検索表の作成と日本産既知種の再検討、さらに新種記載を行ったものである。

1. 研究手法

 これまでのフトミミズ属の分類学的研究はミミズの生活を考慮せずに行われてきたが、生活特性との関連性に重要な手がかりがあると考え、土壌の層位別、また同一地点で四季を通した採集によって資料の蓄積をはかった。さらに、形態の観察にあたっては内部形態と外部形態を対応させて観察し、両者の関連性を重視した。

2. 分類基準

 形質の検討により腸盲嚢、性徴、生殖腺、外部標徴をいくつかの型に類型化した。すなわち、腸盲嚢を突起状型(Simple type)、指状型(Manicate type)、鋸歯状型(Serrate type)、多型状型(Multiple type)の4型、性徴を吸盤状型(Sucker type)、小粒状型(Papillae type)の2型、生殖腺を胞状生殖腺(Duct lacking type)、瓶状単生殖腺(Simple duct type)、瓶状複生殖腺(Complex duct type)の3型に分けた。また外部標徴は有彩色紋型(Colored patch type)、吸盤状型(Sucker type)、深溝型(Deep groove type)の3型である。

 問題とされてきた形質変異については、雄性生殖器官では認められたが、雌性生殖器官には認められなかった。

 形質の変異性と安定性を考慮して、分類・同定の基準となりうる形質とその優先順位を、1 腸盲嚢、2 受精嚢孔対数、3 性徴、4 生殖腺、5 受精嚢、6 外部標徴とした。

3 フトミミズ属の分類

 以上の分類基準と新用語設定命名により、東京産フトミミズ属75種を確定し、全種の形態と特徴を図示するとともに検索表を作成した。このうち新種は58種で、51種についてはすでに記載発表を済ませている。

 1998年以前の日本産フトミミズ属の既知種には不明確な点が多いため記載文献等を検討し、シノニムとホモニムの判定を行い、70種の既知種を確定し、1999年以降の著者による新種記載種とあわせて2001年現在124種を確定した。

4 フトミミズ属の分割

 腸盲嚢と他の形質、および生活様式との関連性から、腸盲嚢の形態をもとにフトミミズ属は4(亜)属に分類されるべきことを提案した。

 以上、本研究は腸盲嚢を主とする諸形質によってこれまで混乱の見られたフトミミズ属の分類基準を確定し、分類・同定を可能にしたものである。わが国に生息するミミズ類の種のうち95%はフトミミズ属のものであり、この研究によってわが国のミミズ研究は始めて可能になったといえる。学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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