学位論文要旨



No 215090
著者(漢字) 清水,清
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,キヨシ
標題(和) Notchリガンド(Deltal, Jagged1, Jagged2)の機能解析
標題(洋) Charaterization of three Notch ligands, Deltal, Jagged1 and Jagged2
報告番号 215090
報告番号 乙15090
学位授与日 2001.06.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15090号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 助教授 中福,雅人
内容要旨 要旨を表示する

 Notchは無脊椎動物から高等脊椎動物まで生物種を問わず広く個体の発生・細胞の分化調節することで知られている1回膜貫通型の300kDaを超える非常に大きなレセプターであり、これまでに高等脊椎動物ではNotch1からNotch4までの複数のNotchレセプターの存在が報告されている。その基本構造は非常に保存されていて、細胞外領域内に29-36個のEGF様配列と3個のLIN配列を、細胞内領域にcdc10/Ankyrin repeatsとPEST領域を有している。細胞外領域にあるEGF様配列はリガンドとの結合に、Notchの細胞内領域にあるcdc10/Ankyrin repeatsは、Notchの活性に関与するとされている。細胞内領域からなるNotchタンパク質は、リガンド刺激の有無に関わらずNotchシグナルを自立的に伝達させることから活性型Notchと呼ばれ、それを使った解析によってNotchは種々の細胞に対する分化抑制作用を有する分子であることと複数存在するNotchレセプター間に機能的差違が存在することが明らかとなっている。

 そのNotchレセプターは、最初1本鎖前駆体タンパク質として合成され、その後ゴルジ装置内でfurinプロテアーゼによりNotch細胞外領域内で切断を受け、その切断によって生じた断片は再び会合し、2量体の状態で細胞表面に提示されている。一方、Notchシグナルを自立的に伝達する活性化型Notchは、主に核内に存在する。したがってリガンド刺激によるNotchレセプター活性化について以下のようなモデルが提唱されている。このモデルは、リガンドのNotchの細胞外領域への結合により、Notch膜貫通領域内での切断が誘導され、その切断により生じた細胞内領域はその後核内へ移行し、転写補助因子としてRBP-Jk転写遺伝子と協調し、HES-1やHES-5といった下流の標的遺伝子の発現調節に関わるといったものである。これまでにリガンド刺激に依存したNotch切断に関しては細胞と個体を使った2系統の実験で、リガンドに依存したNotchの核移行については個体内での高感度レポーターを使った特殊な手法により示唆されている。しかし、前者ではNotch切断後の核移行については観察されておらず、また後者においてはNotchの核移行が切断によってもたらされたものであるか不明であり、リガンドによるNotchレセプターの活性化について正確に理解するためには、2つの現象を同時に評価可能である実験系を用いてリガンド刺激後のNotchレセプターの挙動について正確に知ることが望まれていた。

 一方、NotchリガンドもNotchレセプター同様に膜貫通型タンパク質であることが知られ、高等脊椎動物ではDelta1、Delta3、Jagged1及びJagged2の4種類のリガンドが現在までに報告されている。その基本構造は細胞外領域内のDSL(Delta/Serrate/Lin)領域と複数のEGF様配列及び、非常に短い細胞内領域から構成されている。これまでに、少なくともDelta1、Jagged1、Jagged2の3種類のDSLタンパク質はNotch1の機能的なリガンドであることが知られている。しかし、他のNotchレセプターに対してリガンドとして機能するかどうかについては不明であり、レセプターとリガンドの対応関係の理解は、Notchレセプター間の機能的差異を理解するためにも不可欠であった。しかし現状は対応関係だけでなく、これらの間の結合についてもほとんど分かってない状況であり、この点についての解析も待たれていた。

 本研究において、私はまず新規のDSLタンパク質を単離する目的で、これら間で非常に保存されている領域であるDSL配列をプローブに使い、マウス胎児由来のcDNAライブラリーを起源として、low-stringencyハイブリダイゼーション法を実施した。その結果、マウスJagged1遺伝子を新規に単離することに成功した。次に、Jagged1の結合可能なNotchレセプターを同定するため、またその結合の特徴について理解するため、その全細胞外領域からなる可溶化型Jagged1タンパク質を作製し、それを用いた2種類の結合評価系の構築に成功した。1つは、"細胞を使った結合評価系"で、もう1つは可溶化型Notchレセプターを固相化させた"固相化結合評価系"である。その"細胞を使った結合評価系"において、Jagged1がマウスpro-B細胞株であるBaF3とマウス骨髄前駆細胞株である32Dに強く結合すること及び、そのいずれの結合もカルシウムイオンに依存したものであることを見い出した。また、RNA解析と共沈実験により、Jagged1の結合相手であるレセプターがNotch2であったことを明らかとした。さらに、Jagged1とNotch2との結合は、可溶化型Notch2レセプターを固相化させた別の評価系"固相化結合評価系"においても観察された。これら間の結合の結合解離定数は、2つの異なる評価系を使った結合飽和曲線解析から、0.4または0.7nMであることと、BaF3細胞表面上に存在するJagged1の結合箇所は1細胞あたり、5548個であることが示された。また、Jagged1の欠失変異体を用いた解析によって、DSL領域が最小結合単位であることと、結合に必須な領域であることが示され、EGFリピート配列は結合の安定化に寄与していることも明かとなった。

 さらに、Delta1やJagged2も含めNotch2に対する結合能を可溶化型リガンドだけでなく膜結合型(全長タイプ)も使って詳細に比較検討した。その結果、これらDSLタンパク質のいずれの膜結合型も細胞表面上のNotch2レセプターに結合することが示された。一方、Delta1やJagged1の可溶化型タンパク質は細胞表面上のNotch2に結合可能であったが、可溶化型Jagged2はNotch2に結合することができなかった。この膜結合型Jagged2と可溶化型Jagged2の間の結合能の違いは、Jagged2がNotch2に結合するために、Delta1やJagged1とは異なった何らかの別の機構を必要とすることを示唆した。これら膜結合型リガンドのNotch2への結合後、Notch2の膜貫通サブユニットの切断が15分以内に誘導されることと、その切断によって遊離されたNotch2断片も同じような時間経過で核内に移行することが分かった。興味深いことに、核に移行したNotch2が時間依存的に過度のリン酸化を受けることも判明した。また、レポーター遺伝子を用いた転写実験では、これらDSLタンパク質刺激によるNotch2を介したシグナル伝達も観察された。そのNotch2シグナルは、Notch1シグナル同様にHES1やHES5転写遺伝子を活性化することも明かとなった。

 以上より、いずれのDSLタンパク質も、Notch2のリガンドとして機能することが、結合、その後のNotch2の切断、核移行、転写活性化能という連続的な複数の観点から証明された。また、リガンド結合後、Notchレセプターの切断、核移行、リン酸化という様々な現象が非常に迅速に引き起こされることも判明し、このことは更なるNotchシグナリングの理解を進めるものであると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

高等動物Notchシグナル系は複数のNotchレセプターとそのリガンドと考えられているDSLたんぱく質より構成され、個体の発生・細胞の分化・細胞の癌化に関係することが知られている。本研究は高等動物Notchシグナル系のよりよい理解を目的に、独自に構築した結合評価系またはシグナル検出系を用いて複数NotchとDSLたんぱく質間のレセプター・リガンド対応関係とリガンドによるNotchレセプターの活性化機構を評価し、下記の結果を得ている。

1.新規のDSLたんぱく質を単離する目的で、これら間で非常によく保存されている領域であるDSL配列をプローブに使い、マウス胎児由来のcDNAライブラリーを起源としてlow-stringencyハイブリダイゼーション法を実施し、マウスJagged1遺伝子を単離した。

2、Jagged1結合細胞または結合Notchレセプターを同定する目的で、全細胞外領域からなる可溶化型Jagged1蛋白質を作製し、それを利用した結合細胞株のスクリーニングによって白血球系細胞株であるBaF3と32D細胞株を見い出した。さらにRNA解析と共沈実験を行い結合レセプターとしてNotch2を同定した。さらにJagged1欠失変異体を用いた解析によりDSL領域は必須領域かつ最小結合単位であることとEGF様リピート配列は結合の安定化に寄与することも明らかにした。

3、Jagged1を含めた3種類のDSLたんぱく質がNotch2レセプター活性化能を有する分子であることを示すため、全長DSLたんぱく質発現細胞株を作製し、結合試験によってJagged1だけでなくJagged2やDelta1も細胞表面上Notch2に結合することを示した。さらにNotchシグナル特異的なレポーター遺伝子を遺伝子導入したBaF3細胞と共培養を行うと、共培養依存的にレポーター遺伝子の活性化がおきることも明らかとした。一方、コントロールに用いたDSL蛋白質を発現していない親株では遺伝子の活性化は認められなかった。これらのことは3種類のDSLたんぱく質がいずれもNotch2のリガンドであることを示唆するものであった。

4、さらに、DSLたんぱく質刺激後のBaF3内Notch2レセプターの挙動についても検討し、刺激によってBaF3膜表面上Notch2のたんぱく量が減少し、核内に新たに表面上Notch2たんぱく質より小さい断片が蓄積されるという現象を見い出した。このことは、DSLたんぱく質刺激によりNotchレセプターの細胞内領域が切断され、切断されたNotch断片が核内に移行したことを意味するものであった。また、その切断・核移行は15分といった非常に早期におこることと、核内に移行したNotch2断片は過度にリン酸化を受けていることも明らかとした。

5、Notch2強制発現CHO細胞株を用いたレポーター・アッセイで、3種類のDSLたんぱく質はいずれも外来性Notch2レセプターを活性化可能であることを示した。また、Notch2シグナルはHES1やHES5といった細胞の分化調節に関わる遺伝子の発現を活性化させることも明らかとした。

6、solid-phase binding assayと呼ばれる可溶化型Jagged1蛋白質をプレートに固定化した結合試験系を用いて、3種類のDSLたんぱく質がNotch2だけでなくNotch1やNotch3にも結合することを示した。このことは3種類のDSLたんぱく質がNotch2だけでなくNotch1とNotch3レセプターのリガンドであることを強く示唆するものであった。

 本論文は、Delta1、Jagged1、Jagged2はいずれもNotch1, Notch2, Notch3のリガンドであることと、リガンド刺激後にNotchレセプターの細胞内領域で切断がおこり、切断によって遊離したNotch断片はその後核内に移行し転写補助因子として機能するといったNotchシグナリング経路が存在することを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、複数存在するNotchとDSLたんぱく質間のレセプター・リガンド対応関係とリガンドによるNotchレセプター活性化機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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