学位論文要旨



No 215091
著者(漢字) 朝蔭,孝宏
著者(英字)
著者(カナ) アサカゲ,タカヒロ
標題(和) ステージI/II舌癌における腫瘍の厚みと術後頚部転移に関する検討
標題(洋)
報告番号 215091
報告番号 乙15091
学位授与日 2001.06.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15091号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 助教授 菅澤,正
 東京大学 助教授 丹下,剛
内容要旨 要旨を表示する

(背景、目的)ステージI/II舌癌においては口内法による舌部分切除術後の局所制御率は100%に近いが、頚部リンパ節転移が30〜40%の症例において認められる。そこで術後頚部リンパ節転移を来たす症例にはどのような臨床病理組織学的特徴が認められるのかを解明することを第一の目的として研究を行った。そして術後頚部リンパ節転移の可能性が高いと予想される症例に対する予防的頚部郭清術に関して考察する事を第二の目的とした。また、術後頚部リンパ節転移を来す症例の基底膜の状態を免疫組織学的に検討することを第三の目的とした。腫瘍の厚みが術後頚部リンパ節転移の予測因子となることが明らかとなったため、さらに超音波検査法による舌癌の腫瘍の厚みの計測の有用性についての検討を第四の目的とした。

(対象、方法)国立がんセンター頭頚科(1980〜1991)および国立がんセンター東病院頭頚科(1992〜1995)において舌部分切除術を行った舌扁平上皮癌一次例44例を対象とした。術後頚部転移例は21例、術後5年以上経過し転移を認めなかった症例は23例であった。男性は27例、女性は17例で、年齢は36歳から85歳で中央値は63歳であった。

これら対象症例の手術材料の最大割面におけるヘマトキシリンエオジン染色標本にて病理組織学的評価を行った。それに加えて腫瘍の厚みの計測も施行した。また、IV型コラーゲンおよびラミニンの一次抗体を用いて免疫染色を施行し腫瘍の基底膜の状態の評価を施行した。さらに術中肝臓用プローブを用いて口内法による超音波検査により舌癌の腫瘍の厚みを計測した。

各臨床病理組織学的因子と術後頚部リンパ節転移との相関を単変量解析および多変量解析を用いて解析した。生存率はログランク検定および一般化ウイルコクソン検定を用いて解析した。P値が0.05未満で有意と評価した。

(結果)単変量解析にて術後頚部リンパ節転移の有無と相関を認めた因子は、腫瘍の発育形式、腫瘍先進部の分化度および核の多形性、腫瘍と正常部分の境界線の形態(辺縁)、腫瘍胞巣の形態、浸潤性発育の割合、腫瘍先進部の層、腫瘍の厚みであった。それに対して年齢、性別、T分類、腫瘍発生部位、喫煙歴、飲酒歴、核分裂像、腫瘍表層の分化度および核の多形性、結合組織の増生、リンパ球浸潤、神経傍浸潤では相関を認めなかった。

上記の術後頚部リンパ節転移の有無と相関を認めた因子を大きく三つのカテゴリーに分けた。第一のカテゴリーは腫瘍の厚さに関連するもので腫瘍の発育形式、腫瘍先進部の層、腫瘍の厚みから成るものとした。第二のカテゴリーは腫瘍細胞の性状に関連するもので腫瘍先進部の分化度および核の多形性から成るものとした。第三のカテゴリーは腫瘍の浸潤発育に関連するもので腫瘍と正常部分の境界線の形態(辺縁)、腫瘍胞巣の形態、浸潤発育の割合から成るものとした。これら各カテゴリーの代表として腫瘍の厚み、腫瘍先進部の核の多形性、浸潤発育の程度の3つの因子を選択し多変量解析を施行したところ、唯一腫瘍の厚みが有意な因子であり、腫瘍の厚みが4mmを超える症例で術後頚部リンパ節転移が多いことが判明した(p=0.016、オッズ比=9.4)。

同様にして無病生存率と相関を認めた因子についても単変量解析にて検討したところ、上記の因子に加えて神経傍浸潤も相関を認めた。前述の3つの因子に神経傍浸潤を加えて4つの因子を用いて多変量解析にて検討したところ同様に腫瘍の厚みのみが有意な因子であることが判明した(p=0.032、危険比=5.6)。

また腫瘍の厚みが4mmを超える症例で腫瘍先進部の分化度が低い腫瘍は有意に術後頚部転移を来たしやすいことが判明した。

基底膜の免疫組織学的検討ではIV型コラーゲンおよびラミニンはほぼ同様の染色様式を示した。腫瘍の厚みが4mm以下の17症例に関してはIV型コラーゲンでは13例(76%)、ラミニンでは12例(71%)が基底膜の保たれた連続型であった。逆に腫瘍の厚みが4mmを超える27症例に関してはIV型コラーゲンでは23例(85%)、ラミニンでは22例(81%)が基底膜の破壊された断続型であった。腫瘍の厚みとIV型コラーゲンおよびラミニンの染色様式の間に強い相関を認めた。

術前の超音波検査法による腫瘍の厚みの実測値は0mmから24mmで平均は7.6±5.9mmであった。また病理標本による腫瘍の厚みの実測値は0mmから25mmで平均8.5±6.6mmであった。両者の相関係数は0.954であり強い相関を認めた。

(考察)これまでにも頭頚部扁平上皮癌の頚部リンパ節転移に関する研究はいくつか報告されてきた。しかしステージI/II舌扁平上皮癌に対象を絞りかつ治療方法を統一した症例に関する検討は認めなかった。本研究では臨床病理組織学的因子と術後頚部リンパ節転移の相関を多変量解析を用い検討したところ、腫瘍の厚みが4mmを越える症例では有意に術後頚部リンパ節転移の発現頻度が高いことが判明した。さらに腫瘍の厚みが4mmを越える症例のなかでも、腫瘍先進部の分化度が低い症例ほど術後頚部リンパ節転移を来しやすいことが明らかとなった。しかし予後と相関する因子は明らかとはならなかった。これは、術後頚部リンパ節転移の早期発見、早期治療によりほとんどの症例を救済できたためと考えた。

ステージI/II舌癌に対して予防的頚部郭清術を施行するか否かは議論の分かれるところであるが、これまで国立がんセンターおよび国立がんセンター東病院頭頚科では口内法による舌部分切除術のみを行い、術後頚部リンパ節転移が出現した時点で頚部郭清術を施行するようにしてきたが、前述のごとくほとんどの症例を救済可能であった。しかし臓器温存の観点から腫瘍の厚みが4mmを越える症例では予防的な頚部郭清術の適応があると考えた。術式としては胸鎖乳突筋、内頚静脈、副神経を温存した機能的頚部郭清術として、郭清範囲はN1症例に準じてオトガイ下部、顎下部、上深頚部、中深頚部の郭清を行うsupraomohyoid neck dissectionが適当と考えた。

IV型コラーゲンおよびラミニンの免疫染色により、腫瘍の厚みが4mmを越える症例では基底膜が破壊されている場合が多く術後頚部リンパ節転移を来しやすい状態であることが明らかとなった。

腫瘍の厚みは術前の触診にておおよそを知ることが可能であるが、口内法の超音波検査による計測で腫瘍の厚みを厳密に計測することが可能であると考えた。

予防的頚部郭清術の意義を明らかとするには術前の口内法による超音波検査にて腫瘍の厚みが4mmを越える症例を対象として、予防的頚部郭清術施行群と非施行群の2群に分けたrandomized control trialが必要と考えた。

(結語)

1、ステージI/II舌癌における術後頚部リンパ節転移と臨床病理学的因子の多変量解析による検討によって、腫瘍の厚みが唯一予測因子となることが明らかとなった。腫瘍の厚みが4mmを越える症例では術後頚部リンパ節転移を有意に多くみとめた。

2、ステージI/II舌癌における予後予測因子は明らかとはならなかった。これは術後頚部リンパ節転移症例を早期発見、早期治療により救済しえたためと考えた。

3、腫瘍の厚みが4mmを越える症例のなかでも、腫瘍の先進部の分化度が低い症例において術後頚部リンパ節転移を多く認めた。

4、腫瘍の厚みが4mmを越える症例では予防的頚部郭清術として、supraomohyoid neck dissectionの適応があると考えた。

5、腫瘍の厚みが4mm以上の症例では基底膜が破壊されている症例を多く認め、転移を来しやすい状態であることが考えられた。

6、口内法での超音波検査により術前にステージI/II舌癌の腫瘍の厚みを計測することが可能と考えた。

7、ステージI/II舌癌に対する予防的頚部郭清術の意義を明確とするために、術前の口内法による超音波検査法による計測で、腫瘍の厚みが4mmを越える症例を対象として予防的頚部郭清術のrandomized control trialのprospective studyを計画中である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はステージI/II舌癌の舌部分切除術後にしばしば発生する頚部リンパ節転移の予測因子、術後頚部リンパ節転移が予測される症例の基底膜の状態、術後頚部リンパ節転移が予測される症例に対する予防的頚部郭清術の術式、舌部分切除術施行前に術後頚部リンパ節転移を予測する方法などの諸問題に対して、多くの臨床および病理学的所見を解析することで検討を加えたものであり、以下の結果を得ている。

1.ステージI/II舌癌の臨床病理組織学的因子を多変量解析の手法を用いて検討したところ、腫瘍の厚みが唯一術後頚部リンパ節転移の予測因子となることが明らかとなった。腫瘍の厚みが4mmを越える症例では術後頚部リンパ節転移を有意に多く認めた(70%)。

2.腫瘍の厚みが4mmを越える症例のなかでも、腫瘍先進部の分化度が低い症例において術後頚部リンパ節転移を多く認めた。

3.ステージI/II舌癌における予後予測因子は明らかとはならなかった。これは、術後頚部リンパ節転移を早期発見、早期治療により救済しえたためであった。

4.腫瘍の厚みが4mmを越える症例では予防的頚部郭清術としては、舌癌の転移を認めることが多い、オトガイ下、顎下、上深頚、中深頚の郭清を行うsupraomohyoid neck dissectionが適切であると確認された。

5.腫瘍の厚みが4mmを越える症例では基底膜が破壊されている症例を多く認め(IV型コラーゲン 85%、ラミニン 82%)、転移を来しやすい状態であった。

6.口内法での超音波検査によるステージI/II舌癌の腫瘍の厚みの計測値と病理標本上の計測値は極めてよく相関した。

以上、本論文はステージI/II舌癌における術後頚部リンパ節転移の予測因子を明らかにし、そのような症例では基底膜の破壊を認め転移を来しやすい状態にあることを明らかとした。また、口内法での超音波検査によりステージI/II舌癌の腫瘍の厚みが計測可能であることを明らかとし、術前に頚部リンパ節転移を来しやすい症例の選別を可能とし、予防的頚部郭清術を選択的に施行することを可能としたものであり、今後のステージI/II舌癌治療に大きな貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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