No | 215092 | |
著者(漢字) | 川名,敬 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カワナ,ケイ | |
標題(和) | ヒトパピローマウイルスに対する遺伝子型共通ワクチンの基礎的研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 215092 | |
報告番号 | 乙15092 | |
学位授与日 | 2001.06.27 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第15092号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ヒトパピローマウイルス(HPV)は、ウイルスDNAの塩基配列の相同性に基づいて80種以上の遺伝子型に分類され、粘膜型と皮膚型に大別される。粘膜型のうち10種以上あるoncogenic HPV(HPV16/18/31/33/35/45/52/56/58等)は、性器癌から多く検出され(子宮頚癌の95%、肛門癌の85%、外陰部癌の50%)発癌ウイルスと考えられる。一方、粘膜型のうちnon-oncogenic HPV(HPV6/11/13/42/43/44等)は尖圭コンジローマなど良性腫瘍の原因ウイルスである。粘膜型HPVは、長期間不顕性感染の状態で生殖器に存在するため性行為などを介して世界的に蔓延している。子宮頚癌や尖圭コンジローマなどのHPV関連病変の発生を制御する目的で、HPV感染を予防できる予防ワクチンの開発が期待されている。 予防ワクチンの効果は、ウイルスの細胞内への侵入にとって重要な領域(中和エピトープという)に結合して、その感染を阻害できる抗体(中和抗体という)を誘導することにより発揮される。しかしHPVでは、増殖できる動物や培養細胞系がないため、ウイルスの細胞内への侵入を確認できる系がなく、HPVの中和エピトープは未だ不明である。ワクチン抗原として期待されているのがL1蛋白質からなるウイルス様粒子virus-like particle(L1-VLPという)で、HPV粒子と外観が酷似し、かつ強い抗原性を持つことからHPV粒子表面に結合する抗体が誘導できる。しかしL1-VLPにより誘導される抗体は遺伝子型特異的であるため、10種以上あるoncogenic HPVの感染を全て予防することは困難とされる。 本研究では、どの遺伝子型の粘膜型HPV感染も予防できる遺伝子型共通ワクチンの開発を目指し、ワクチン抗原の候補としてもう1つの構造蛋白質であるL2蛋白質に注目した。L2蛋白質は、大部分がウイルス粒子内に存在するが、一部は粒子の表面に露出していると考えられている。一般に中和エピトープはウイルス粒子表面に露出している領域であることから、L2蛋白質の中のHPV粒子表面に露出している領域を抗L2モノクローナル抗体を用いて選出することから研究を進めた。 子宮頚癌の約50%から検出されるHPV16型を用い、L1、L2遺伝子が同時発現するバキュロウイルスベクターを夜盗蛾細胞に感染させ、そこから塩化セシウム平衡密度遠心法とショ糖沈降速度法を用いてHPV16型L1/L2-VLPを精製した。これを接種したBalb/cマウスからモノクローナル抗体(MAbs)を作製し、精製された16型L1/L2-VLPとの結合をELISA法で検討したところ、18種類のMAbsが粒子表面を認識した。L1-VLPおよび4つのtruncated-L2蛋白質(HPV16型L2蛋白質の1-173aa、1-330aa、141-243aa、318-473aaの各領域)を抗原としたELISA法により、11種のMAbsがHPV16型L2蛋白質の1-140aa領域を認識すると判定した。本研究では遺伝子型共通ワクチンを目指すため、HPV16型L2蛋白質1-140aa領域のうち、遺伝子型間でアミノ酸配列がよく保存されている3ヶ所の領域(HPV16型L2蛋白質の1-12aa、56-81aa、95-120aa領域)に注目した。これらの領域のアミノ酸配列を持つ合成ペプチドを6種類作製し、ELISA法により11種類のMAbsとの結合をみた。7種類のMAbsは69-81aa領域と結合し、2種類のMAbsは108-120aa領域と結合した。これよりHPV16型L2蛋白質の69-81aaと108-120aa領域は、粘膜型HPVにほぼ共通でかつウイルス粒子表面に露出している領域であることが示された。 これらの領域に対する抗体がHPVの細胞内への侵入を阻害(中和という)できれば、これらの領域はHPVの中和エピトープと考えられる。これを確かめるために、培養細胞内へ侵入し、自分の遺伝子を発現させられる粒子(感染粒子という)を用いた中和抗体測定法を開発した。この感染粒子は複製や増殖しないが、HPV粒子の培養細胞への侵入(感染という)を観察できる。本研究では、試験管内でマーカーDNAをL1/L2-VLP内に組込むことで、偽ウイルスpseudovirionを人工的に作製する方法を開発した。すなわち精製したL1/L2-VLPを2-メルカプトエタノール(2-ME)で処理し粒子構造が壊された状態にし、レポーター遺伝子のβ-galactosidase発現プラスミドを加え、2価の陽イオンを添加しつつ高塩バッファーに対して透析し2-MEを除くと、L1、L2蛋白質が再構築される。粒子構造を再形成したものの一部にプラスミドDNAを組込んだpseudovirionが含まれる。この試料を塩化セシウム平衡密度勾配遠心法にかけ、pseudovirionを精製した。pseudovirion内にDNAが組込まれているは、DNase I耐性DNAを検出することで確認した。この試料の電子顕微鏡で直径約55nmの再構成粒子が確認された。pseudovirionをCOS-1細胞に感染させ、β-galactosidase染色後、青変細胞として感染細胞数を測定した。同様の方法でHPV6型のL1/L2-VLPから成るpseudovirion 6型を作製した。 これらのpseudovirionを用いて各種抗体の中和活性を調べた。HPV16、18、6型L1-VLP抗血清やL2-MAbを、pseudovirionと1時間反応させた後COS-1細胞に感染させ、青変細胞数の減少を観察した。16 L1-VLP抗血清のみがpseudovirion 16型を中和し、6型L1-VLP抗血清のみがpseudovirion 6型を中和したことから、L1-VLP抗血清は遺伝子型特異的な中和抗体を含むことが確認された。HPV16型L2蛋白質69-81aaを認識するMAbは、pseudovirion 16型感染は中和したが、pseudovirion 6型感染は中和しなかったことから、HPV16型に特異的な中和抗体であった。一方、HPV16型L2蛋白質108-120aaを認識するMAbsは、pseudovirion 16、6型どちらの感染も同様に中和したことから、HPV16、6型に共通の中和抗体と考えられた。これを裏付けるために、108-120aa領域のアミノ酸配列を持つ合成ペプチド(P-108/120)をBalb/cマウスに皮下注射し得た抗血清が、16、6型両方のpseudovirion感染を中和することを確かめた。更にpseudovirionは人工的に再構成した粒子であるため、実際のHPV粒子(authentic-virionという)でもこの領域が中和エピトープであるかを確認した。巨大な外陰コンジローマからHPV11型authentic-virionを精製し、HaCaT細胞へ感染させた後RT-PCR法によりHPV11型遺伝子の転写産物(E1,E4 mRNA)を検出することで、authentic-virionの細胞内への侵入を観察する系を確立した。各種抗体をauthentic-virionと反応させ、authentic-virion感染の中和を観察したところ、authentic-virion 11型にとってもHPV16型L2蛋白質の108-120aa領域が中和エピトープになっていることが示された。 そこで、この遺伝子型共通中和エピトープを利用したL2ペプチドワクチンの可能性を探った。主に性行為感染で伝播するHPV感染を予防するためには、子宮頚部−膣粘膜面に中和抗体を誘導する必要がある。そこで本研究では、経鼻接種による粘膜面での中和抗体の誘導を試みた。P-108/120にアジュバントとしてコレラ毒素を混和し、Balb/cマウスに2回経鼻接種(2週間隔)して、血清・膣洗浄液中を採取した。ELISA法、中和抗体測定法により、HPV16型L1/L2-VLPに対するIgG、IgA抗体の抗体価とその中和活性を測定した。血清中にはIgG、膣洗浄液中にはIgAが主に検出され、いずれもpseudovirion 16型とauthentic-virion 11型の感染に対する中和抗体を含んでことが示された。またこれらの抗体は、HPV16、6と同様にHPV18型L1/L2-VLPにも結合することから、ほぼ全ての粘膜型HPV粒子と結合することが示唆された。また、L2ペプチドワクチン、L1-VLPワクチンにより誘導された抗体の中和力価を比較したところ、ほぼ同様であった。Balb/cマウスとはMHCクラスIIハプロタイプが異なるC57BL/10マウスでは、P-108/120を経鼻接種してもL1/L2-VLPに対する抗体は誘導されなかったが、MHCクラスII分子に結合できるようにP-108/120を改変したところ、C57BL/10マウスの膣洗浄液中にも中和抗体が誘導された。ヒトのHLAクラスIIタイプに合うようなワクチン抗原の改変が可能であることが示唆された。 本研究によりHPV16型L2蛋白質の108-120aa領域に対する抗体は、多くの粘膜型HPVの感染を中和することが示された。この中和エピトープを利用したペプチドワクチンがヒトでも高力価の抗体を誘導できれば、遺伝子型共通ワクチンとして十分に期待できる。 | |
審査要旨 | 本研究は、子宮頚癌の原因ウイルスと考えられるヒトパピローマウイルス(HPV)の感染をワクチンによって予防することを目指し、HPVのなかで発癌との関連が深い多種の遺伝子型を同時に感染防御できる遺伝子型共通ワクチンの可能性を探っている。HPVのL2蛋白質に対するモノクローナル抗体と培養細胞系でのHPV感染系を用いたワクチン候補の決定と、そこで決定されたペプチドワクチンのマウスへの経鼻免疫による性器粘膜への中和抗体の誘導を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1. HPVは自然の培養系では粒子形成をしないため、ウイルス粒子としてバキュロウイルス発現系で作製したウイルス様粒子(L1/L2-VLP)を用いている。HPV16型L2蛋白質に対するモノクローナル抗体が認識する部位をELISA法で検討した結果、遺伝子型間でアミノ酸配列が保存され、かつ粒子表面に露出しているL2領域2ヶ所(HPV16型L2の69-81アミノ酸、108-120アミノ酸)を遺伝子型共通ワクチンの候補として同定した。 2. 2ヶ所のL2領域を認識する抗体がHPVの感染を防御できるかを検討するために、HPV感染をモニターできる系を樹立している。HPV6型、16型のL1/L2-VLPを還元剤で一旦壊し、レポーター遺伝子を持つプラスミドDNAをパッケージして再構成させた人工的なウイルス(pseudovirion)を培養細胞に感染させて、HPVの感染をモニターした。この感染をL2モノクローナル抗体で阻害させたところ、HPV16型L2の108-120アミノ酸領域(aa)に対する抗体がHPV6型、16型pseudovirion感染を阻害することを見出した。更に巨大な外陰コンジローマからHPV11型のウイルス粒子を精製し、培養細胞に感染させ、その遺伝子発現をRT-PCR法で検出する感染系を樹立し、HPV11型感染も同様に阻害した。HPV16型L2の108-120aaは遺伝子型共通の中和エピトープであることが示された。 3. このL2の108-120aaを多くの遺伝子型HPVに有効なワクチンとして利用するために、この領域のアミノ酸配列を持つ合成ペプチドをワクチン抗原とした経鼻免疫をBalb/cマウスに行い、血清中にIgG優位の、腟洗浄液中にIgA優位の中和抗体が誘導されることを確認した。この腟洗浄液中の中和抗体の力価は、すでにHPVワクチンとしてヒトへの投与が始まっているHPV16型L1-VLPワクチンのマウス経鼻免疫の場合とほぼ同等であった。このL2ペプチドワクチンをMHCクラスIIの異なる系統であるC57BL/10マウスに同様の経鼻免疫しても抗体誘導されなかったが、C57BL/10マウスのMHCクラスII分子に結合できるようにL2ペプチドの2ヶ所のアミノ酸を改変した改変L2ペプチドでは同等の中和抗体が誘導された。MHCクラスIIタイプによるワクチン応答の違いは、ペプチド改変により対応できることも示された。 以上、本論文はHPVのL2蛋白質の遺伝子型間で保存されている領域に注目し、独自に開発したHPV感染モニター系を用いて中和抗体測定を行い、HPV16型L2領域の108-120aaに対する抗体が多くの遺伝子型に共通の中和エピトープであることを見出し、かつこの領域のペプチド経鼻ワクチンが性器粘膜へ中和抗体を誘導することを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、遺伝子型に共通の中和エピトープを発見し、遺伝子型共通ワクチンの開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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