学位論文要旨



No 215095
著者(漢字) 高橋,恭子
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,キョウコ
標題(和) ヒト高親和性IgEレセプターα鎖発現制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 215095
報告番号 乙15095
学位授与日 2001.07.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15095号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 助教授 八村,敏志
内容要旨 要旨を表示する

 近年、アレルギー性喘息、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎、食物アレルギーなどのアレルギー性疾患が大きな社会問題となっている。高親和性IgEレセプター(FcεRI)は、IgEを介したアレルギー反応において鍵を握る受容体である。このレセプターが抗原とIgEによって架橋されることにより、細胞内にシグナルが伝達され、ヒスタミンの放出等のアレルギー反応が引き起こされる。FcεRIは、肥満細胞、好塩基球等の限られた細胞表面上に発現し、インターロイキン4(IL-4)やIgEがその発現を誘導する可能性が示唆されている。

 FcεRIは、α鎖、β鎖、γ鎖の3種類のサブユニットから構成され、ヒトにおいてはαβγ2の四量体及びαγ2の三量体の形で、齧歯類においてはαβγ2の四量体の形で肥満細胞や好塩基球の細胞表面上に発現している。3種類のサブユニットのうち、α鎖はIgEと直接結合するサブユニットであり、α鎖ノックアウトマウスの解析からIgEを介したアレルギー反応において必須の分子であることが確認されている。一方、β鎖、γ鎖は細胞内へのシグナル伝達に関わるサブユニットである。β鎖はシグナルを増幅する重要な役目をしていると言われており、細胞内領域にITAM(immunoreceptor tyrosine-based activation motif)モチーフが存在する。このモチーフに結合するチロシンキナーゼLynやホスファターゼSHIP、SHP-1、SHP-2がシグナル伝達に関わっていることが示されている。また、γ鎖はシグナル伝達に必須のサブユニットであり、同様にITAMモチーフを有し、Sykを介して細胞内へのシグナルを伝達する。

 上述した3種類のサブユニットのうちγ鎖は、他の免疫グロブリンのFcレセプターやT細胞レセプター複合体の構成因子でもあり、FcεRI発現細胞以外にもT細胞やB細胞など多くの細胞で発現していることから、FcεRIの細胞特異的発現を制御する分子ではないと考えられる。また、ヒトにおいてはα鎖とγ鎖のみから成る機能的なレセプターが発現することから、ヒトFcεRIの発現においてβ鎖は必須ではないと言える。したがって、FcεRIに特有のサブユニットでありかつ必須の構成因子であるα鎖の発現によりFcεRIの細胞特異的発現が制御されている可能性が高く、α鎖の発現調節機構の解明はアレルギー反応の制御につながる重要な研究であると考えられる。しかしながら、ヒトFcεRIα鎖遺伝子の構造はすでにPangらにより明らかにされているものの、α鎖遺伝子の発現制御領域に関しては未だ報告がなされていない。そこで、FcεRIの細胞特異的発現、刺激による発現誘導の機構の解明を目指してヒトFcεRIα鎖遺伝子の発現制御領域及び制御因子に関する解析を行った。

 まず、ヒトFcεRIα鎖遺伝子の5'フランキング領域中の転写制御領域及び転写制御因子の同定を行った。ヒトFcεRIα鎖遺伝子の翻訳開始コドンの上流約2.4kbの領域をクローニングし、この領域の様々な長さの遺伝子断片及び部位特異的変異を導入した遺伝子断片をPhotinus pyralis由来のルシフェラーゼ遺伝子をレポーターとしてコードするプラスミドへ挿入した。これらのレポータープラスミドをα鎖を恒常的に発現するラット肥満細胞株RBL-2H3及びマウス肥満細胞株PT-18、α鎖非発現細胞であるヒトT細胞株Jurkatへ導入して一過性の発現試験を行った。その結果、nt-50及びnt-75を中心とするそれぞれ数塩基の領域が発現細胞特異的なα鎖プロモーターの活性化に機能した。これらの領域の配列を含む標識二本鎖オリゴDNAプローブとPT-18細胞及びRBL-2H3細胞より調製した核タンパク質を用いたゲルシフトアッセイの結果、特定した遺伝子領域にそれぞれ配列特異的に結合するタンパク質が存在した。さらに、抗Elf-1抗体、抗GATA-1抗体を添加した場合に、核タンパク質の結合によりシフトした標識プローブのバンドが消失あるいはスーパーシフトした。in vitro転写・翻訳系により調製したElf-1及びGATA-1を用いてnt-50及びnt-75を中心とする領域に結合する因子がそれぞれElf-1及びGATA-1であることを確認した。

 遺伝子の発現調節領域が3'側非翻訳領域やイントロンといったプロモーター領域から離れた領域にも存在する例が多いことから、次にそれらの領域中の転写調節領域の特定を行った。α鎖遺伝子のnt-11764からおよそnt+9kbの位置にあるSau3AI認識部位までの約20kbの領域についてcisエレメントの探索を行った。この領域を7つの遺伝子断片に分割し、各断片をSV40プロモーター支配下にルシフェラーゼ遺伝子をコードするレポータープラスミドのSV40プロモーター上流へ挿入した。作製したプラスミドをRBL-2H3及びPT-18細胞へ導入して一過性の発現試験を行った結果、第1イントロンを含む遺伝子断片にのみ強いプロモーター活性化能が認められた。α鎖遺伝子のプロモーター領域から第2エクソンの途中までをルシフェラーゼ遺伝子の上流にフレームが合うように挿入したレポータープラスミド、及びこのプラスミドからα鎖の第1エクソンのみを欠失させたプラスミドを作製し、もともと遺伝子上に存在するのと同じ位置関係においてα鎖遺伝子の第1イントロンがα鎖遺伝子のプロモーターを活性化することを確認した。第1イントロン内に存在する様々な転写因子の結合モチーフに部位特異的変異を導入してさらに詳細なマッピングを行った結果、E-boxモチーフCAGCTG配列がエンハンサーエレメントとして機能することが明らかとなった。ゲルシフトアッセイより、この配列に特異的に結合する核タンパク質が存在することが示された。抗USF1抗体、抗USF2抗体及びin vitro転写・翻訳系により調製したUSF1、USF2を用い、結合因子がUSF1/USF2ヘテロダイマーであることを明らかにした。さらに、USF2アンチセンス発現プラスミドを細胞に導入することによりα鎖の発現が抑制されたことからこの転写因子が実際に転写活性化に機能することが確認された。

 同定した各転写因子の発現プラスミドを作製するにあたって、これまで報告のなかったラットElf-1及びラットUSF2のcDNAのクローニングを行い塩基配列を決定した。両者のcDNAにはalternative splicingによると考えられる複数種の多型がそれぞれ存在した。これらの多型の発現パターン、DNA結合能、転写活性化能の解析を行い、これらの多型によるα鎖遺伝子の発現制御の可能性について考察を行った。

 本研究は、FcεRIの発現制御機構の全貌を解明する第一歩になると考えられる。このような研究の積み重ねにより、抗原の種類に関わらずIgEを介したアレルギー反応を抑制する、アレルギーの新たな治療・予防法の開発が可能となるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、アレルギー性喘息、アトピー性皮膚炎、食物アレルギーなどのアレルギー性疾患が社会問題となっている。高親和性IgEレセプター(FcεRI)は、IgE抗体により媒介されるこれらのアレルギー反応において鍵を握る受容体である。この受容体がアレルゲンとIgEによって架橋されることにより細胞内ヘシグナルが伝達され、アレルギー反応が開始される。本論文は、FcεRIα鎖の発現制御機構に関する研究を行ったものであり、6章より構成されている。

 第1章は、研究の背景についての記述である。FcεRIは肥満細胞や好塩基球などの限られた細胞表面上に発現し、α鎖、β鎖、γ鎖の3種類のサブユニットから構成されている。本論文ではFcεRIに必須かつ特有のサブユニットであるα鎖に注目し、ヒトFcεRI鎖遺伝子の転写調節領域および転写調節因子についての解析を行った。

 第2章では、まず、α鎖遺伝子のプロモーター近傍の5'フランキング領域中から転写活性化エレメントを特定し、それらのエレメントに結合する転写因子の同定を行った。α鎖遺伝子の約2.4kbの5'フランキング領域中領域の様々な長さの遺伝子断片及び部位特異的変異を導入した遺伝子断片をルシフェラーゼをレポーターとしてコードするプラスミドへ挿入した。これらのレポータープラスミドをα鎖を発現するラット肥満細胞株RBL-2H3及びマウス肥満細胞株PT-18、α鎖非発現細胞であるヒトT細胞株Jurkatへ導入して−過性の発現試験を行った。その結果、nt-50及びnt-75を中心とする領域が発現細胞特異的なα鎖プロモーターの活性化に機能することが明らかになった。これらの領域の配列を含む標識二本鎖オリゴDNAプローブとPT-18細胞及びRBL-2H3細胞より調製した核タンパク質を用いたゲルシフトアッセイの結果、特定した遺伝子領域に配列特異的に結合するタンパク質がそれぞれ存在した。抗Elf-1抗体、抗GATA-1抗体を添加した場合に、核タンパク質の結合によりシフトした標識プローブのバンドがスーパーシフトあるいは消失した。さらに、in vitro転写・翻訳系により調製したElf-1及びGATA-1を用いてnt-50及びnt-75を中心とする領域に結合する因子がそれぞれElf-1及びGATA-1であることを確認した。

 次に、第3章では、3'側非翻訳領域やイントロン等を含む、プロモーター近傍以外の約20kbにわたるα鎖遺伝子領域中からシスエレメントの探索を行った。この領域を7つの遺伝子断片に分割し、ルシフェラーゼをSV40プロモーター支配下にコードするレポータープラスミドのSV40プロモーター上流へ各断片を挿入した。作製したプラスミドをRBL-2H3及びPT-18細胞へ導入して−過性の発現試験を行った結果、第1イントロンを含む遺伝子断片に強いエンハンサー活性が認められた。もともと遺伝子上に存在するのと同じ位置関係においてα鎖遺伝子の第1イントロンがα鎖のプロモーターを活性化することを確認した。第1イントロン内に存在する様々な転写因子の結合モチーフに部位特異的変異を導入してさらに詳細なマッピングを行った結果、E-boxモチーフの1つであるCAGCTG配列がエンハンサーエレメントとして機能することが明らかとなった。ゲルシフトアッセイより、この配列に特異的に結合する核タンパク質が存在することが示された。抗USF1抗体、抗USF2抗体及びin vitro転写・翻訳系により調製したUSF1、USF2を用い、結合因子がUSF1、USF2のヘテロダイマーであることを明らかにした。さらに、USF2アンチセンス発現プラスミドを細胞に導入することによりα鎖の発現が抑制されたことからこの転写因子が実際に転写活性化に機能することを確認した。

 同定した各転写因子の発現プラスミドを作製するにあたり、未だ報告のなかったラットElf-1及びラットUSF2の全長cDNAのクローニングを行い塩基配列を決定した。両者のcDNAには複数種の多型がそれぞれ存在した。これらの多型が、α鎖遺伝子の発現制御に関与する可能性が考えられるため、第4章においてはElf-1の、第5章においてはUSF2の各多型のDNA結合能や転写調節能等の特性についての解析を行った。

 第6章は、総括と今後の展望である。 以上本論文はヒト高親和性IgEレセプターα鎖の発現制御機構を明らかにし、その発現制御を通じてアレルギー反応制御への可能性について論述したものであり、学術上、応用上貢献するところは少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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