学位論文要旨



No 215098
著者(漢字) 大町,康
著者(英字)
著者(カナ) オオマチ,ヤスシ
標題(和) 6-Sulfanilamidoindazole誘発ラット関節炎の実験病理学的研究
標題(洋)
報告番号 215098
報告番号 乙15098
学位授与日 2001.07.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第15098号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 助教授 中山,裕之
 東京大学 独立行政法人・産業医学総合研究所・人間工学特性研究部部長 三枝,順三
内容要旨 要旨を表示する

 新薬開発や病態解析を目的として,多くの自然発症および人為的に誘発した疾患モデルが利用されているが,疾患モデル動物にみられる病態は一見ヒトの病態と似ているものの,病理発生は大きく異なっているという場合が少なくない.従って,疾患モデルを用いて化合物の薬効を評価する際に,疾患モデルの病態の特性を把握しておく必要がある.

 6-Sulfanilamidoindazole(6SAI)は,1940年代に化学療法剤として開発されたサルファ剤の一種で,ラットに経口投与すると後肢に発赤・腫脹が生じ,組織学的に亜急性の関節炎・関節周囲炎を惹起するが,その炎症は6SAIの投与を継続しても自然寛解する自己限定性の性格を有している.しかし,6SAI投与ラットの関節をはじめとする全身諸臓器にどのような病理学的な変化が生じているかについての詳細な検討は見当たらず,6SAI誘発関節炎はその発症機序および病態の病理学的特徴が不明のまま,化合物の薬効評価に用いられているのが現状である.申請者はこれらの点を明らかにする目的で本研究を実施した.本論文は3章からなるが,以下に各章の要旨を記載する.

第1章:6SAIの急性毒性および亜急性毒性:関節病変と全身病変との関連

 6SAIのラットを用いた急性および亜急性毒性試験を実施し,6SAI投与ラットにおける全身諸臓器の変化と関節炎との関連性について検討した.

 6SAI(500mg/kg)をラットに1週間反復経口投与し,初回投与1, 2, 3, 5および7日後に解剖し,後肢足根関節および全身諸臓器を病理組織学的に検査した.その結果,関節では,投与1日後から,関節滑膜および関節周囲腱滑膜に限局性の単核細胞浸潤が少数例で認められ,投与3日後には高頻度に認められた.投与5日後からは単核細胞浸潤に加えて浮腫および線維芽細胞増生が認められ,以後,これらの炎症性変化は関節および関節周囲組織に波及した.関節の変化に加えて,肝臓のグリソン鞘の浮腫および単核細胞浸潤ならびに類洞壁細胞の腫大が投与1日後から認められた.投与2日後以降には,甲状腺濾胞上皮細胞の腫大や副腎の腫大が認められた.

 6SAI(125, 250, 500mg/kg)をラットに4週間反復経口投与し,投与1, 2および4週後の全身諸臓器を病理組織学的に検査した.その結果,中用量以上の投与群では炎症関節を含む全身諸臓器で, 1, 2週後に中膜フィブリノイド変性や内皮下血漿成分貯留などを特徴とする動脈炎が,また,腹腔・胸腔臓器漿膜や腸間膜などにおける単核細胞浸潤と浮腫を主体とする炎症が認められた.また,1週後から全ての投与群で甲状腺濾胞上皮細胞の腫大,下垂体好酸性細胞の減少,副腎腫大などが認められた.

 以上の結果から,6SAI誘発関節炎は動脈炎や漿膜炎とともに全身性炎症の一部であると考えられた.また,動脈炎はある種の血管拡張剤により誘発される変化と類似しており,6SAIによる循環器系への影響が示唆された.さらに,関節炎は関節および周囲腱滑膜における単核細胞浸潤に始まること,初期には関節炎とともに肝臓のグリソン鞘に炎症が惹起されることから,両者の間に何らかの関係があることが示唆された.6SAIが抗菌作用を有し,6SAI誘発関節炎とエンドトキシンとの間に相互作用が見られるという報告から,その一つの候補として内因性エンドトキシンが考えられた.また,6SAI投与動物では甲状腺や副腎に変化がみられ,6SAIによる内分泌環境への影響が示唆された.

第2章:6SAI誘発関節病変の全身性の分布と推移

 関節炎の病理学的な特徴を探る目的で,6SAIを投与したラットにおける全身の関節における病変の分布および推移を検索し,ついで発症頻度が一番高い後肢足根関節を対象に早期病変の解析を行い,さらに,関節炎の回復性について検討した.

 6SAI(500mg/kg)をラットに4週間反復経口投与し,投与開始1, 2, 3および4週後の全身の関節を病理組織学的に検査した.その結果,関節炎は後肢足根関節にもっとも高頻度に起こり,ついで膝関節や手根関節にみられた.肘や肩ではまれで,首や顎の関節には変化はみられなかった.いずれの部位でも,程度や進展に差はあるものの,単核細胞浸潤,浮腫,線維増生などが共通に認められ,病変は組織学的に同質であった.また,炎症部位では好中球浸潤は軽度であり,軟骨破壊はみられなかった.

 6SAI(500mg/kg)をラットに1週間反復経口投与し,経日的に後肢足根関節を病理組織学的および免疫組織化学的(ED1, ED2, CD4, CD8, ICAM-1, NFκB, PCNA, TUNEL)に検査した.その結果,肉眼的な関節の発赤・腫脹は投与5日後から明らかになった.6SAI投与ラットの関節では,投与翌日から腱付着部,関節滑膜および腱滑膜に限局性の単核細胞浸潤(ED1陽性)がみられた.その後,浮腫,主としてED1陽性単核細胞浸潤の増強,リンパ球浸潤が加わり,炎症は周囲組織へと拡大した.投与5日後には線維増生や線維素析出がみられ,炎症部位では滑膜表層細胞,浸潤炎症細胞,動脈壁がNFκB陽性を示した.CD4およびCD8陽性細胞は投与5および7日後の炎症滑膜で少数認められた.投与7日後では,組織学的には線維化が主体となり,NFκB染色強度は減弱した.炎症部でのICAM-1の発現は試験期間を通じて対照群と同程度であった.滑膜炎症部では,ED2陽性細胞は軽度に,また,PCNA陽性細胞は明らかに増加した.TUNEL陽性細胞は投与5および7日にごく少数の関節滑膜浸潤細胞に認められた.

 6SAI(500mg/kg)をラットに2週間反復経口投与して高度の関節炎を惹起し, 0, 2, 4, および12週間の回復期間後の足根関節を病理組織学的に検査した.その結果,肉眼的な関節腫脹は投与終了後速やかに消退し,投与終了後6週で正常となった.組織学的には,投与終了時には関節および関節周囲の著明な炎症,肉芽形成,および骨周囲性骨形成が認められたが,回復期間中に炎症性変化は速やかに消失し,投与終了後2週で関節部は線維化し,4週にはほぼ正常となった.投与終了後12週まで炎症の再燃はみられなかった.

 以上の結果から,6SAI関節炎は多発性で,特に後肢に高頻度に起こることが確認された.足根関節では,生理的な運動負荷が生じる腱付着部に初期変化が認められたことから,6SAI関節炎発症における生理的運動負荷との関連が示唆された.また,病理発生上,滑膜へのED1陽性単核細胞浸潤が重要で,また,回復が速やかなのは滑膜炎症部における好中球浸潤が少ないこと,および,炎症部位におけるNFκBの発現が持続的でないことが関係しているものと考えられた.

第3章:6SAI誘発ラット関節炎の発現機序

 種々の抗炎症剤による6SAI誘発関節炎の修飾作用と,6SAI誘発関節炎モデルと内因性エンドトキシンとの関連について検討した.

 6SAIとともにindomethacin, dexamethasone, methotrexate, cyclosporin A, L-NAMEおよびaminoguanidineをそれぞれ2週間併用投与したラットを病理学的に検査した.その結果,6SAI誘発ラット関節炎に対してindomethacinおよびdexamethasoneは著明な抑制効果を示し,methotrexate, cyclosporin A, L-NAMEおよびaminoguanidineは抑制効果を示さず,cyclosporin AおよびL-NAMEは動物の全身状態を悪化させた.

 血中エンドトキシンは組織学的な炎症の悪化に伴って増加し,抗エンドトキシン作用を有するポリミキシンBは6SAI誘発関節炎を抑制しなかった.一方,6SAIとエンドトキシンを同時に投与したラットでは,投与翌日に顕著な関節炎が惹起された.

 以上の結果から,6SAI関節炎の病態形成にはプロスタグランジン系が関与していることが示唆された.また,内因性エンドトキシンはそれ自体が6SAI関節炎の誘発因子ではないが,エンドトキシンは6SAI関節炎の病変形成の増悪因子の一つであることが示された.

 以上の本研究の成績から,6SAI誘発ラット関節炎は全身性炎症の一部であること,6SAI誘発関節炎の病態発症には生理的運動負荷がかかる部位へのED1陽性単核細胞浸潤が重要であること,病態形成にはプロスタグランジン系産物が関与するが,免疫反応やN0などの関与は少ないこと,病変が速やかに回復するのは病変部に好中球浸潤が少ないことと炎症関連分子の活性化が持続しないことによることが明らかになった.加えて,本モデルでは,甲状腺,下垂体および副腎といった内分泌系臓器に変化が生じることも確認された.

 このように,本研究の成果は,6SAI誘発ラット関節炎モデルを用いた化合物の薬効評価を行う上で有用な知見を明らかにしたのみならず,化合物誘発関節炎の病理発生を考える上での基礎知見としても重要なものであると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

 サルファ剤の一種である6-Sulfanilamidoindazole(6SAI)によりラットに誘発される関節炎は,その病理学的特徴および発症機序が不明のまま,抗関節炎化合物の薬効評価に広く用いられている.申請者は6SAI誘発ラット関節炎の病理学的な特徴と発症機序を明らかにするために本研究を実施した.

 まず,6SAI投与ラットにおける全身諸臓器の変化と関節炎との関連について検討するため,短期投与試験を実施した。肉眼的には投与5日以降に後肢に発赤・腫脹が認められた.組織学的には,投与1日後から関節滑膜および関節周囲腱滑膜に限局性の単核細胞浸潤が認められ,以後,その頻度が増加し,浮腫および線維芽細胞増生が加わった.肝臓ではグリソン鞘の浮腫および単核細胞浸潤ならびに類洞壁細胞の腫大が投与1日後から認められた.また,亜急性毒性試験を行ったところ,6SAI投与群では,関節病変を含む全身諸臓器で中膜フィブリノイド変性を特徴とする動脈炎が,また,諸臓器の漿膜には単核細胞浸潤および浮腫が認められた.以上のことから,1)6SAI誘発関節炎は全身性炎症の一部であること,2)動脈炎の存在から6SAIには循環器系への影響があることが示唆された.

 6SAI誘発関節病変を詳細に検討するため,全身関節における病変の分布と推移を調べた。その結果,関節炎は足根関節にもっとも高頻度に認められ,ついで膝や手根関節に観察された.肘や肩の関節ではまれで,首や顎の関節には観察されなかった.いずれの部位の病変でも,単核細胞浸潤,浮腫,線維増生などが認められたが,好中球浸潤は軽度であり,軟骨破壊はみられなかった.次に,足根関節における早期病変を病理組織学的および免疫組織化学的(ED1, ED2, CD4, CD8, ICAM-1, NFκB, PCNA, TUNEL)に検索した。その結果,投与翌日から腱付着部,関節滑膜および腱滑膜に限局性のED1陽性単核細胞浸潤がみられ,その後,浮腫,ED1陽性単核細胞浸潤の増強,リンパ球浸潤が加わり,炎症は周囲組織へと拡大した.投与5日後の炎症部位では滑膜表層細胞,浸潤炎症細胞,動脈壁がNFκB陽性を示したが,投与7日後にはNFκB染色強度は減弱した.滑膜炎症部では,多くの浸潤細胞がPCNA陽性を示したが,TUNEL陽性細胞はごく少数であった.CD4およびCD8陽性細胞は滑膜炎症部で少数認められた.ICAM-1の発現に明らかな変動は認められなかった.さらに,関節病変の回復性を調べるために関節炎惹起後12週目まで病変を調べた結果,関節炎は速やかに消失し,2週後には線維化し,4週後にはほぼ正常となった.以上のことから,1)6SAI誘発関節炎は多発性であること,2)足根関節の初期変化は腱付着部のED1陽性単核細胞浸潤であることが示され,6SAI誘発関節炎発症と生理的運動負荷との関連およびED1陽性単核細胞浸潤の重要性が推察された.また,本病態の速やかな回復性には,好中球浸潤が少ないことおよび炎症関連分子の発現が一過性であることが関与していると考えられた.

 6SAI誘発関節炎の発症機序を探る目的で,各種抗炎症剤(indomethacin, dexamethasone, methotrexate, cyclosporin A, L-NAMEおよびaminoguanidine)の本モデルへの修飾作用,および本モデルにおけるエンドトキシンの関与を検討した.その結果,indomethacinおよびdexamethasoneが6SAI誘発関節炎を抑制した.また,血中・関節局所のエンドトキシン濃度は炎症に先立って増加せず,抗エンドトキシン剤のポリミキシンBは本病態を抑制しなかった.しかし,6SAIとエンドトキシンを同時投与したラットには投与翌日に顕著な関節炎が惹起された.以上のことから,6SAI誘発関節炎ではプロスタグランジン系が病態形成に関与していることが示された.また,内因性エンドトキシンは6SAI誘発関節炎の誘発因子ではないが,エンドトキシンは6SAI誘発関節炎の病変形成の増悪因子であることが示された.

 以上,本研究により6SAI誘発ラット関節炎の病態が明らかになった。この成果は6SAI誘発ラット関節炎モデルを用いた化合物の薬効評価を行う上で極めて有用であり,さらには化合物誘発性関節炎の病理学的基礎知見としても重要であると考えられた.よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文に相応しいと判断した。

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