学位論文要旨



No 215099
著者(漢字) 高村,昌弘
著者(英字)
著者(カナ) タカムラ,マサヒロ
標題(和) ルイス酸 : ルイス塩基型不斉錯体を用いる数種の触媒的不斉反応の開発
標題(洋)
報告番号 215099
報告番号 乙15099
学位授与日 2001.07.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15099号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 講師 眞鍋,敬
内容要旨 要旨を表示する

[序論]

 近年、医薬、生化学領域における光学活性化合物の効率的・選択的合成法の役割はますます重要度を増している。触媒的不斉合成法はそれに応え得る極めて魅力的な手法であるが、未だ発展段階にあり、特に炭素−炭素結合形成反応においてさらなる進展が望まれている。今回筆者は、C=N二重結合に対するシアノ基の不斉付加反応を通じて、Shibasakiらによって提唱された多点制御型不斉触媒の高い一般性・実用性を実証するとともに、光学活性な薬理活性物質の効率的合成法へと応用するべく研究を開始した。

[本論]

第1章 ルイス酸−ルイス塩基複合不斉触媒を用いる触媒的不斉Strecker型反応の開発

1-1.背景

 触媒的不斉Strecker型反応はルイス酸触媒を中心に昨今精力的に研究が行われているが、本研究開始当初においては未だ基質一般性に優れた報告例は少なく、特に脂肪族イミンやα,β−不飽和イミンに対して高い選択性を示す例は皆無であった。そこで筆者は、ルイス酸とルイス塩基が協奏的に働くことによりアルデヒドのシアノシリル化において高いエナンチオ選択性を示すルイス酸−ルイス塩基複合不斉触媒1を用いた効果的な触媒的不斉Strecker型反応の開発に着手した。

1-2.反応条件の最適化および各種アルドイミンへの適用

 本反応においてはイミン上のN−置換基の種類がエナンチオ選択性に大きく影響を与えることが分かった。種々の検討の結果、N−フルオレニルアルドイミンにおいて最も高い不斉収率が得られた。これは平面性の高いフルオレニル基と触媒中のビナフトール環とのπ相互作用もしくはフルオレニル基とアルミニウム上の塩化物イオンとの立体反発によるものと思われる。

 さらに本触媒反応はプロトン性添加剤により著しく加速されることがわかった。特にフェノールは触媒量用いた場合にも良好な結果を与えた。以上の検討結果から最適の反応条件として化学両論量のTMSCNと触媒量のフェノールを用いる触媒系1を見い出し、様々なアルドイミンに適用した。その結果、本反応が高い基質一般性を有し、特にこれまで報告例をみなかったα,β−不飽和アルドイミンにおいても高いエナンチオ選択性を示すことが明らかとなった。

1-3.反応機構の考察および新規触媒系の考案

 1H-NMRを用いた速度論的検討の結果から、プロトン性添加剤は触媒サイクルIにおいてプロトン源として消費され、生成物−触媒複合体18からの生成物の解離および触媒の再生を促進する一方で、サイクルIIにおいて再生されると考えられた。またHCNを用いた検討から本反応の求核剤はHCNではなくTMSCNであることが分かった。

 さらに本反応系におけるTMSCNとHCNの有意な反応性の違いから、当量のHCNと触媒量のTMSCNを用いる触媒系2を考案し、本条件下における反応を実施した。その結果、触媒系1と比較して遜色ない良好な結果を得ることができた。

1-4.アミノ酸への変換および官能基化

得られたアミノニトリル体は、ニトリル基をアミド基へ変換した後DDQで酸化するか、または直接二酸化マンガンにより酸化することによりフルオレノンのシッフ塩基へと誘導できた。これをさらに酸加水分解することによりラセミ化を伴うことなくアミノ酸誘導体へと変換することができた。

 またβ,γ−不飽和アミノニトリルの二重結合は接触水素化により還元でき、またジヒドロキシル化といった官能基化も可能であり、今後側鎖に官能基を有する非天然型アミノ酸合成への展開も期待できる。

第2章 ルイス酸−ルイス塩基複合不斉触媒を用いる触媒的不斉Relssert型反応の開発

2-1.背景

 一般にアシル化剤による活性化を経由するキノリンやイソキノリンに対する炭素求核剤の付加反応はReissert型反応と呼ばれ、様々な複素環化合物の合成に広く用いられている。中でも、シアノ基を求核剤とするキノリンへのReissert型反応は光学活性なテトラヒドロキノリン−2−カルボン酸誘導体を合成する上で強力な手段となりうる。

 テトラヒドロキノリン−2−カルボン酸誘導体には様々な生物学的作用が知られており、特にNMDA受容体のグリシン結合サイトに対する強力なアンタゴニスト作用を有することが報告されている。しかしながらこれまでに効率的な不斉合成例はほとんど報告されていないことから筆者は、ルイス酸−ルイス塩基複合不斉触媒を用いた、キノリンに対する触媒的不斉ライセルト型反応について検討を開始した。

2-2.反応条件の最適化および各種キノリンへの適用

 まず、本反応に適したアシル化剤を見出すべく検討を行った結果、塩化2−フロイルにおいて最も良好なエナンチオ選択性が示された。これに対し、立体的にかさ高い塩化1−ナフトイルや反応性の高い塩化アセチル等では、有意なエナンチオ選択性の低下が見られた。またシアン源としてはTMSCNが好適であった。反応溶媒としてはジクロロメタンが適していたが、さらにトルエンなどの低極性溶媒を添加すると、化学収率が低下する反面、エナンチオ選択性の向上が見られた。

 また触媒ルイス塩基部位の最適化を実施した結果、反応性、選択性ともにortho−トリルホスフィンオキシドを側鎖に有する触媒2が最も良好な結果を与えた。これはメチル置換基の電子効果によるルイス塩基性の増加、および立体効果による不斉環境の改善によるものと考える。

 以上のような検討に基づき最適化された反応条件のもと、各種キノリンに対し本触媒的不斉反応を適用した。その結果、本反応は高い一般性を有し、特に電子供与性の置換基を有するキノリンにおいて優れた結果を示した。電子吸引性の置換基を有するキノリンで収率が低い理由として、キノリンと酸塩化物との反応が遅いこと、また副生するTMSCIにより触媒が失活することなどが挙げられる。さらに本反応は、3−メチルイソキノリンに対しても良好な結果を与えている。

 得られたReissert生成物は通常の化学変換によりラセミ化を伴うことなくテトラヒドロキノリン−2−カルボン酸誘導体へと変換することができた。

2-3.反応機構の考察

 これまの検討結果から本反応機構は次のように考察している。まずキノリンと酸塩化物との反応により活性中間体アシルキノリニウム55が生成する。55はアミド結合のカルボニル酸素がルイス酸に配位することにより活性化される。アミド結合の回転異性によって遷移状態58と59が平衡状態として存在するが、触媒のルイス塩基によってTMSCNが活性化される場合、距離的に優位な59を経由した求核反応が起きるものと考えられる。また遷移状態58においては、アシルキノリニウムと触媒ルイス塩基部との間に立体的な反発が生じると考えられる。59を経由した場合の生成物の絶対配置はRであるはずであり、実際に得られた立体と一致している。

2-4.NMDA受容体アンタゴニストL-689,560の触媒的不斉合成

 L-689,560(32)には強力なNMDA受容体アンタゴニスト活性があり本活性は一方の鏡像体に強く見いだされることが報告されている。しかしこれまでのところ不斉合成例は報告されていないことから、ルイス酸−ルイス塩基複合不斉触媒を用いた32の効率的な触媒的不斉合成法を検討した。キノリン30kを合成し本反応に付した結果、反応は−40℃で速やかに進行しエナミン中間体40kを与えた。40kを系中にて還元することにより、鍵中間体60を2工程収率最高91%、不斉収率最高96% eeで得ることに成功した。中間体60は通常の化学変換により光学的に純品な32へと導くことができた。

2-5.ポリマー担持型触媒の合成と固相反応への展開

 筆者はさらにポリマー担持型触媒71を新たに合成し、本固相触媒が均一系触媒2に匹敵する高い触媒活性を有し、かつ回収・再利用後も高い反応性を維持していることを見出した。

総括 今回筆者は、ルイス酸とルイス塩基が協奏的に作用する多機能不斉触媒を用いた効果的な触媒的不斉Strecker型反応を開発した。また本触媒を用いた初の触媒的不斉Reissert型反応を開発し、光学活性NMDA受容体アンタゴニストの効率的な不斉合成法を確立した。上記成果は、多点制御型不斉触媒の高い一般性・実用性を実証すると共に、本研究分野の今後の発展に寄与するものであると考える。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、医薬、生化学領域における光学活性化合物の効率的・選択的合成法の役割はますます重要度を増している。触媒的不斉合成法はそれに応え得る極めて魅力的な手法であるが、未だ発展段階にあり、特に炭素−炭素結合形成反応においてさらなる進展が望まれている。高村昌弘は、C=N二重結合に対するシアノ基の不斉付加反応を通じて、多点制御型不斉触媒の高い一般性・実用性を実証するとともに、光学活性な薬理活性物質の効率的合成法へと研究を展開した。以下にその要点を述べる。

第1章 ルイス酸−ルイス塩基複合不斉触媒を用いる触媒的不斉Strecker型反応の開発

 触媒的不斉Strecker型反応はルイス酸触媒を中心に昨今精力的に研究が行われているが、本研究開始当初においては未だ基質一般性に優れた報告例は少なく、特に脂肪族イミンやα,β−不飽和イミンに対して高い選択性を示す例は皆無であった。高村昌弘は、ルイス酸とルイス塩基が協奏的に働くことによりアルデヒドのシアノシリル化において高いエナンチオ選択性を示すルイス酸−ルイス塩基複合不斉触媒を用いた効果的な触媒的不斉Strecker型反応の開発に着手した。

 その結果、イミン上のN−置換基の種類がエナンチオ選択性に大きく影響を与えることが分かり、N−フルオレニルアルドイミンにおいて最も高い不斉収率が得られることを見いだした。さらに本触媒反応はプロトン性添加剤により著しく加速されることがわかった。特にフェノールは触媒量用いた場合にも良好な結果を与えた。以上の検討結果から最適の反応条件として化学両論量のTMSCNと触媒量のフェノールを用いる触媒系を確立し、本反応条件を様々なアルドイミンに適用した。その結果、本反応が高い基質一般性を有し、特にこれまで報告例をみなかったα,β−不飽和アルドイミンにおいても高いエナンチオ選択性を示すことが明らかとなった。1H-NMRを用いた速度論的検討の結果から、プロトン性添加剤フェノールはプロトン源として消費され、生成物−触媒複合体からの生成物の解離および触媒の再生を促進する一方で、並行する別のサイクルによって再生されるために触媒量で十分であるものと考えられた。またHCNを用いた検討から本反応の求核剤はHCNではなくTMSCNであることが分かった。

 さらに本反応系におけるTMSCNとHCNの有意な反応性の違いから、当量のHCNと触媒量のTMSCNを用いるよりアトムエコノミーに優れた新しい触媒系を創製した。その結果、従来の触媒系と比較して遜色ない良好な結果を得ることができた。

 得られたアミノニトリル体は、ニトリル基をアミド基へ変換した後DDQで酸化するか、または直接二酸化マンガンにより酸化することによりフルオレノンのシッフ塩基へと誘導できた。これをさらに酸加水分解することによりラセミ化を伴うことなくアミノ酸誘導体へと変換することができた。

 またβ,γ−不飽和アミノニトリルの二重結合は接触水素化により還元でき、またジヒドロキシル化といった官能基化も可能であり、今後側鎖に官能基を有する非天然型アミノ酸合成への展開も期待できる。

第2章 ルイス酸−ルイス塩基複合不斉触媒を用いる触媒的不斉Reissert型反応の開発

 一般にアシル化剤による活性化を経由するキノリンやイソキノリンに対する炭素求核剤の付加反応はReissert型反応と呼ばれ、様々な複素環化合物の合成に広く用いられている。中でも、シアノ基を求核剤とするキノリンへのReissert型反応は光学活性なテトラヒドロキノリン−2−カルボン酸誘導体を合成する上で強力な手段となりうる。テトラヒドロキノリン−2−カルボン酸誘導体には様々な生物学的作用が知られており、特にNMDA受容体のグリシン結合サイトに対する強力なアンタゴニスト作用を有することが報告されている。しかしながらこれまでに効率的な不斉合成例はほとんど報告されていないことから高村昌弘は、ルイス酸−ルイス塩基複合不斉触媒を用いた、キノリンに対する触媒的不斉ライセルト型反応について検討を開始した。

 まず、本反応に適したアシル化剤を見出すべく検討を行った結果、塩化2−フロイルにおいて最も良好なエナンチオ選択性が示された。触媒ルイス塩基部位の最適化を実施した結果、反応性、選択性ともにortho-トリルホスフィンオキシドを側鎖に有する新規触媒が最も良好な結果を与えた。これはメチル置換基の電子効果によるルイス塩基性の増加、および立体効果による不斉環境の改善によるものと考えられる。以上のような検討に基づき最適化された反応条件のもと、各種キノリンに対し本触媒的不斉反応を適用した。その結果、本反応は高い一般性を有し、特に電子供与性の置換基を有するキノリンにおいて優れた結果を示した。さらに本反応は、3−メチルイソキノリンに対しても良好な結果を与えている。得られたReissert生成物は通常の化学変換によりラセミ化を伴うことなくテトラヒドロキノリン−2−カルボン酸誘導体へと変換することができた。

 触媒的不斉Reissert型反応を活用して、脳機能改善薬等のリードとして期待される強力なNMDA受容体アンタゴニスト活性があるL-689,560の触媒的不斉全合成を計画した。本活性は一方の鏡像体に強く見いだされることが報告されている。しかしこれまでのところ不斉合成例は報告されていなかった。検討の結果、対応するキノリンからReissert型反応は−40℃で速やかに進行し、生じたエナミン中間体を系中にて還元することにより、鍵中間体をワンポット2工程収率、91%、不斉収率96% eeで得ることに成功した。この合成中間体は通常の化学変換により光学的に純品なL-689,560へと高収率で導くことができた。

 さらに本触媒をJandaレジンに担持したポリマー担持型触媒を新たに合成し、本固相触媒が均一系触媒に匹敵する高い触媒活性を有し、かつ回収・再利用後も高い反応性を維持していることを見出した。

上記成果は、多点制御型不斉触媒の高い一般性・実用性を実証すると共に、医薬化学の研究分野においても重要な寄与するものである。以上の業績は博士(薬学)の授与に十分に値するものと考えられる。

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