学位論文要旨



No 215100
著者(漢字) 三ツ谷,守弘
著者(英字)
著者(カナ) ミツヤ,モリヒロ
標題(和) 新規ムスカリンM3レセプターアンタゴニスト及びその選択的合成法の開発
標題(洋)
報告番号 215100
報告番号 乙15100
学位授与日 2001.07.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15100号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 助教授 菊地,和也
 東京大学 助教授 影近,弘之
内容要旨 要旨を表示する

 これまでにムスカリンレセプターは、5つのサブタイプ(m1-m5)がクローニングされ、m5の機能は未知であるがm1-m4はそれぞれ対応するM1-M4に薬理学的に分類されている。これらサブタイプのうち、M3レセプターは主に気道、膀胱等の末梢平滑筋に存在し、その収縮に関与していることから、M3レセプターアンタゴニストは効果的な気管支拡張薬または頻尿治療薬として有用であると考えられる。またM3レセプターアンタゴニストは、既存の非選択的アンタゴニストの重篤な副作用であるM2レセプター阻害に由来する頻脈及びM1レセプター阻害による健忘を軽減することも期待できる。これらの理由から、サブタイプ選択性を持つM3レセプターアンタゴニストの開発に着手した。

 これまでに数多くの構造活性相関に関する研究がなされているが、サブタイプ間のホモロジーが高いために選択的リガンドの開発は非常に困難であるとされている。研究開始時においては、ピペラジン誘導体(1)が摘出組織を用いたアッセイ系において選択性を示すことがScios Nova社より報告されているのみであった。しかしながら、化合物(1)のM3レセプターに対する活性は低く、毒性も見られたことから、化合物(2)を新たなリード化合物としてデザインした。構造の最適化においては、コンピューターモデリングにより推定される化合物(2)とM3レセプターとの結合様式を考慮し、特にピペリジンN−置換基の変換を中心に行った。その結果、高いM3レセプター親和性(Ki=4.2nM)とM2レセプターに対する選択性(120倍)を示す化合物(3)を見出すことに成功した(Figure 1)。

 研究初期においては、化合物(3)の合成中間体であるカルボン酸(8)はラセミ体の光学分割により合成されていたが、化合物(3)の広範囲にわたる評価のため、より効率的な合成法の開発が望まれた。そこで、マンデル酸誘導体(4)を出発原料として用い、シクロペンテノンとのマイケル付加で生成するエノラートをトリフラート(5)としてトラップした後、還元することにより目的の立体配置を持つ化合物(6)をジアステレオ選択的に得ることができた。化合物(6)は容易に化合物(3)に変換可能であり、化合物(3)の効率的合成法を確立した(Scheme 1)。

 化合物(3)は、経口投与によって明確な気管支拡張作用を示したが、詳細な体内動態の評価により代謝安定性が低く、経口での作用は活性代謝物によるものであることが懸念された。そこで、レセプター親和性及び選択性とともに、代謝安定性を兼ね備えた化合物を探索する目的で化合物(3)の代謝部位及び活性代謝物の同定を行った。ミクロソーム中での化合物(3)の代謝は、ピペリジン側鎖及びシクロペンタンの酸化であることがLC-MSにより確認された(Figure 2)。特に主代謝物であるシクロペンタンの酸化体の中で、(1S,3S)−配置の水酸基を持つ化合物(9)は比較的高い親和性(Ki=18nM)と経口での気管支拡張作用(ED50=0.33mg/kg)を示し、また化合物(3)の経口投与後の主代謝物の1つと一致したことから、化合物(9)を活性代謝物と同定した。興味深いことに、化合物(9)は高い代謝安定性を示すとともに、M2レセプターに対する選択性を維持していたことから、シクロペンタン環の修飾が代謝安定性だけでなく選択性の増加にも有効である可能性が示唆された。

 そこで、化合物(9)と同じ(1S,3S)−配置の置換基を持つ種々の誘導体を評価したところ、化合物(10)に代表されるスルホンアミド基を持つ化合物に1000倍を超す非常に高いM2レセプターに対する選択性が見られ、新規構造を有するアンタゴニストを見出すことに成功した(Table 1)。

 化合物(3)は、そのシクロペンタン環の酸化が主代謝経路であることから、前述した代謝部位へのスルホンアミド基等の導入と平行して、代謝安定性の改善を目的にフッ素導入による代謝部位の保護を試みた。この過程で得られた化合物(11)は、期待した高い代謝安定性を示すとともに、M2レセプターに対する選択性の増加が認められた(Table 2)。さらなる経口活性及び持続性の向上をめざし、ミクロソーム中での代謝安定性及び犬における経口での気管支拡張作用を指標に、化合物(11)のピペリジンN−置換基の最適化を行った。それら誘導体の中で、アミノピリジルメチル基を持つ化合物(12)に、化合物(3)をはるかに凌ぐ高い経口活性及び良好な体内動態が見られた。化合物(12)は、その後のin vivoでの選択性及び安全性も含めた前臨床試験が順調に進行し、慢性閉塞性肺疾患及び頻尿、尿失禁を対象疾患とした臨床開発品として選択された。

 化合物(12)の合成において、カルボン酸(13)とアミン(14)の縮合は容易に進行するため、鍵中間体(15)の4級不斉炭素とそれに連続した不斉炭素の構築をいかに制御するかが、合成上の問題と考えられた。化合物(3)の合成法の検討からマンデル酸誘導体(4)の使用によりマンデル酸α位の不斉のコントロールは可能であると考えられたため、新たに生じるシクロペンタノン3位の不斉のコントロールに重点を置き合成法の開発を行った(Figure 3)。

 光学活性シクロペンテノン等価体(17)とのマイケル付加においては、新たに生じるシクロペンタノン上の不斉は完全に制御され、マンデル酸α位のジアステレオマーである化合物(18)及び化合物(19)が8:1の比で生成した(Scheme 2)。さらにテトラメチルエチレンジアミンの添加によりジアステレオ選択性は、20:1にまで改善された。このようにして得られた化合物(18)は、高収率で目的の鍵中間体(15)に変換可能であり、化合物(12)の大量供給のための効率的合成法を開発することができた。

 以上述べたように、化合物(2)をリード化合物に選択し、ムスカリンM3レセプターアンタゴニストの創製を行った結果、高い親和性と選択性を示す新規化合物群を見出すことができた。さらに化合物(3)の代謝物の構造に基づく構造変換を行うことにより、高い経口活性と良好な体内動態を示す化合物(12)の開発に成功した。化合物(12)は、種々の前臨床試験においても高い選択性と安全性を示したことから、慢性閉塞性肺疾患及び頻尿、尿失禁を対象疾患に臨床試験が実施された。また、この研究過程で得られた構造活性相関及び選択的合成法は、他のムスカリンレセプターリガンドに対しても応用可能であり、今後この分野におけるサブタイプ選択的化合物のデザイン及び合成の有効な手段になると考えられる。

Figure 1.

Scheme 1.

Conditions: a) LDA, 2-cyclopenten-1-one, THF, -78℃, then PhN(Tf)2, b) H2, 10% Pd-C, AcONa, MeOH, 60% from 4, c) aq. NaOH, MeOH, 95%, 86% ee, d) CDI, 4-amino-1-(4-methyl-3-pentenyl)piperidine 2HCl salt, i-Pr2NEt, DMF, 72%.

Figure 2.

Table 1.

Table 2.

Figure 3.

Scheme 2.

Conditions: a) LDA,THF,-70℃, then 17, 72%, b) 175℃, 1,2-dichlorobenzene, 92%, c) H2, Pd-C, AcOEt, 99%.

審査要旨 要旨を表示する

 これまでにムスカリンレセプターは、5つのサブタイプ(m1-m5)がクローニングされ、m5の機能は未知であるがm1-m4はそれぞれ対応するM1-M4に薬理学的に分類されている。これらサブタイプのうち、M3レセプターは主に気道、膀胱等の末梢平滑筋に存在し、その収縮に関与していることから、M3レセプターアンタゴニストは効果的な気管支拡張薬または頻尿治療薬として有用であると考えられる。またM3レセプターアンタゴニストは、既存の非選択的アンタゴニストの重篤な副作用であるM2レセプター阻害に由来する頻脈及びM1レセプター阻害による健忘を軽減することも期待できる。これらの理由から、サブタイプ選択性を持つM3レセプターアンタゴニストの開発に着手した。

 これまでに数多くの構造活性相関に関する研究がなされているが、サブタイプ間のホモロジーが高いために選択的リガンドの開発は非常に困難であるとされている。三ツ谷守弘の研究開始時においては、ピペラジン誘導体(1)が摘出組織を用いたアッセイ系において選択性を示すことがScios Nova社より報告されているのみであった。しかしながら、化合物(1)のM3レセプターに対する活性は低く、毒性も見られたことから、化合物(2)を新たなリード化合物としてデザインした。構造の最適化においては、コンピューターモデリングにより推定される化合物(2)とM3レセプターとの結合様式を考慮し、特にピペリジンN−置換基の変換を中心に行った。その結果、高いM3レセプター親和性(Ki=4.2nM)とM2レセプターに対する選択性(120倍)を示す化合物(3)を見出すことに成功した(Figure 1)。

 合成は、マンデル酸誘導体(4)を出発原料として用い、シクロペンテノンとのマイケル付加で生成するエノラートをトリフラート(5)としてトラップした後、還元することにより目的の立体配置を持つ化合物(6)をジアステレオ選択的に得ることができた。化合物(6)は容易に化合物(3)に変換可能であり、化合物(3)の効率的合成法を確立した(Scheme 1)。

 化合物(3)は、経口投与によって明確な気管支拡張作用を示したが、詳細な体内動態の評価により代謝安定性が低く、経口での作用は活性代謝物によるものであることが懸念された。そこで、レセプター親和性及び選択性とともに、代謝安定性を兼ね備えた化合物を探索する目的で化合物(3)の代謝部位及び活性代謝物の同定を行った。ミクロソーム中での化合物(3)の代謝は、ピペリジン側鎖及びシクロペンタンの酸化であることがLC-MSにより確認された(Figure 2)。特に主代謝物であるシクロペンタンの酸化体の中で、(1S,3S)−配置の水酸基を持つ化合物(9)は比較的高い親和性(Ki=18nM)と経口での気管支拡張作用(ED50=0.33mg/kg)を示し、また化合物(3)の経口投与後の主代謝物の1つと一致したことから、化合物(9)を活性代謝物と同定した。興味深いことに、化合物(9)は高い代謝安定性を示すとともに、M2レセプターに対する選択性を維持していたことから、シクロペンタン環の修飾が代謝安定性だけでなく選択性の増加にも有効である可能性が示唆された。

 そこで、化合物(9)と同じ(1S,3S)−配置の置換基を持つ種々の誘導体を評価したところ、化合物(10)に代表されるスルホンアミド基を持つ化合物に1000倍を超す非常に高いM2レセプターに対する選択性が見られ、新規構造を有するアンタゴニストを見出すことに成功した(Table 1)。

 化合物(3)は、そのシクロペンタン環の酸化が主代謝経路であることから、前述した代謝部位へのスルホンアミド基等の導入と平行して、代謝安定性の改善を目的にフッ素導入による代謝部位の保護を試みた。この過程で得られた化合物(11)は、期待した高い代謝安定性を示すとともに、M2レセプターに対する選択性の増加が認められた(Table 2)。さらなる経口活性及び持続性の向上をめざし、ミクロソーム中での代謝安定性及び犬における経口での気管支拡張作用を指標に、化合物(11)のピペリジンN−置換基の最適化を行った。それら誘導体の中で、アミノピリジルメチル基を持つ化合物(12)に、化合物(3)をはるかに凌ぐ高い経口活性及び良好な体内動態が見られた。化合物(12)は、その後のin vivoでの選択性及び安全性も含めた前臨床試験が順調に進行し、慢性閉塞性肺疾患及び頻尿、尿失禁を対象疾患とした臨床開発品として選択された。

 以上の研究成果は、医薬化学として非常にレベルの高いものであり、博士(薬学)として十分な業績と判断した。

Figure 1.

Scheme 1.

Conditions: a) LDA, 2-cyclopenten-1-one, THF, -78℃, then PhN(Tf)2, b) H2, 10% Pd-C, AcONa, MeOH, 60% from 4, c) aq. NaOH, MeOH, 95%, 86% ee, d) CDI, 4-amino-1-(4-methyl-3-pentenyl)piperidine 2HCl salt, i-Pr2NEt, DMF, 72%.

Figure 2.

Table 1.

Table 2.

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