学位論文要旨



No 215103
著者(漢字) 長岡,隆三
著者(英字)
著者(カナ) ナガオカ,リュウゾウ
標題(和) プラント・エンジニアリング産業とその国際競争力の研究
標題(洋) A STUDY ON THE PROCESS-PLANT ENGINEERING INDUSTRY AND ITS GLOBAL COMPETITIVENESS
報告番号 215103
報告番号 乙15103
学位授与日 2001.07.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15103号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 助教授 小澤,一雅
 東京大学 教授 田村,昌三
 他機関 教授 吉田,邦夫
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、プラント設計および建設を主業務とするプラント・エンジニアリング産業(以下エンジニアリング産業と呼ぶ)について、その発展の歴史と現状を世界の三大工業地域(米国、欧州および日本)について調査し、その結果に基づいてこの産業の国際競争力を分析し、あわせて我が国のエンジニアリング産業の競争力復権の方策に関する提言を行うことを目的とした。

 第1章の序論では、世界のエンジニアリング産業の現状と世界市場で直面している問題点を要約し、それに対して現在までに発表された調査報告および研究成果を概観した。その結果、世界のエンジニアリング産業に関する歴史的経緯を体系的に調査した事例が殆どないこと、および、エンジニアリング産業の国際競争力を評価する共通の物指し(ベンチマーク)や理論が確立していないことが分かった。そこで、本論文ではエンジニアリング産業の歴史的経緯を調査研究し、そこからどのような教訓が得られるかを検討することとした。さらに、エンジニアリング産業の競争力を、マイケル・ポーターの競争優位およびバリュー・チェインの概念を用いて理論的に分析し、その結果に基づいて、我が国のエンジニアリング産業の競争力復権に資する提言を行うこととした。

 第2章では、エンジニアリング産業発生の基盤となった欧州の化学産業および米国の石油産業の歴史を概観した。プラント技術発達の事例として、欧州におけるBASFのアンモニア合成技術の開発、米国におけるバートン、ダブスの二大石油分解プロセスの開発に着目して論じた。

 第3章から第5章では、米国のエンジニアリング産業が発展してきた歴史的経緯を詳細に調査研究した。米国のエンジニアリング会社の起源は、1900年代初頭の鉄道建設業者、機器製造業者、配管業者、および土木工務店等に始まる。これらの業者は、1920年代以降米国で急激に発展した石油産業の仕事を請け負うようになり、これを契機としてプラント設計あるいは建設業に進出することとなった。第二次世界大戦後、米国のエンジニアリング産業は世界市場を制覇することとなった。その成功の鍵は、西ヨーロッパ諸国の戦後復興事業および中近東諸国における石油開発事業で主導権を握ったことにある。そして、石油プラント建設で培ったプロセス技術、および中近東諸国における大規模プロジェクトから流入する資金が、その成功を揺るぎ無いものにした。1980年代初頭から米国のエンジニアリング産業は深刻な不況に入った。しかし、会社の統合、大規模なリストラ、商品種類の拡大、プロセス技術への特化等の様々な方策を講じて不況から脱出している。

 第6章では、幾つかのヨーロッパ諸国におけるエンジニアリング産業の発展を調査研究した。ドイツのエンジニアリング産業の起源である化学産業は、19世紀から市場を支配してきたが、第二次大戦敗戦後の企業解体、石炭から石油への転換の遅れ等により、その主導的立場を米国に譲り渡した。ドイツのエンジニアリング産業は、戦後の石油関連のプラント建設に遅れを取ったため、巨大産業である鉄鋼あるいは化学産業の一部門として生き残り、独自のプロセス技術の売り込みを中心とした事業展開を図ることとなった。

 フランスおよびイタリアのエンジニアリング産業は、第二次大戦後の政府によるに石油産業育成政策の一環として国営石油企業の一部門として設立された。国策会社として設立された経緯から国内の事業統合を進展させ、一国一会社の寡占体制を作り上げた体制で世界市場に進出している。

 第7章では、我が国におけるエンジニアリング産業の歴史的経緯を纏めて論じた。日本のエンジニアリング産業は、第二次世界大戦後、欧米諸国からの輸入技術を我が物とすることから始まった。1970年代には、世界市場で欧米諸国の先進企業と互角に競争できるようになった。この短期間における成功の秘密は、日本がそれまでに培ってきた技術に対する高い関心度、勤勉さ、導入技術の習得の速さ、きめの細かさ等の日本人に独特の気質によると考えられる。日本のエンジニアリング産業の歴史に関する調査に先立ち、技術の歴史、エンジニアリング産業の起源となった化学産業および石油産業の歴史を概観した。

 我が国のエンジニアリング産業の歴史を、千代田化工建設、日本揮発油、東洋エンジニアリングの、いわゆる専業3社を対象として調査研究した。1970年代まで順調に発展した日本のエンジニアリング産業は、1980年代に入ると、石油過剰によるプロジェクトの減少、恒常的な円高等によって国際市場における競争力を徐々に喪失した。1880年代末から世界的なメガコンペテイションの時代に入り、競争は一段と激化した。1990年代に入ると日本のバブルの崩壊による深刻な景気不況に加え、1997年から東南アジアで始まった経済危機により、日本のエンジニアリング会社は、そのマーケットの大きな部分で殆ど仕事が無くなった。小さくなった市場における過当競争の結果、会社の経営資産も食いつぶし、現在、企業存亡の危機に直面している。この危機の中で、各社とも大規模なリストラを進めているが、いまだ喪失した競争力を復活するには至っていないと考えられる。

 第8章では、エンジニアリング産業の国際競争力について分析した。エンジニアリング産業の世界市場を過去20年にわたって通観すると、プラントの需要は景気変動に連動して大きくサイクルを描くこと、全体として需要は現時点において飽和点に達しており、将来の市場の拡大は望めないこと等が分かった。エンジニアリング産業の市場を、商品別およびサービスの種類でマトリックスをつくって区分(セグメンテイション)して検討すると、我が国の会社に比べて米国のエンジニアリング会社の市場範囲は格段に大きいことが明かとなった。日本のエンジニアリング産業は、土木建設産業と造船・重工業の狭間のごく限定されたプロセス・プラントの市場で活動しているに過ぎないのである。

 エンジニアリング産業の競争力を、競争優位の概念を用いて分析した。マイケル・ポーターが提唱する『競争を支配する5つの力』を適用して分析した結果、世界のプラント市場は、既存企業間の競争が激しいこと、顧客の力が大きいこと、新規参入者が絶えないこと、等の特性が明かとなり、著しく魅力のないマーケットであるという結論が導かれた。エンジニアリング会社に関するバリュー・チェインを作成し、バリュー・アクテイビテイにおける差別化要素を網羅し、それらの差別化要素を個々に検討した。その結果、差別化要素の殆どの項目は、韓国企業等の近年における新規参入者にとって越えられない障害ではないこと、価格競争力が唯一最大の競争優位となっていること等が再確認できた。

 バリュー・チェインによる検討結果を定量的に分析するために、日本のエンジニアリング会社のマンアワーの調査データをバリュー・アクテイビテイごとに配分した。その結果、日本企業の特徴は、低いジョブ率、および高い間接部門比率であることが明らかになった。会社の年間売上げ高を、バリュー・アクテイビテイに振り分けてコスト分析を行った結果、低いマージン、高い間接部門費の実態が定量的に明らかになると共に、今後のコストダウンは、機材費、工事費、およびプロジェクト経費の主要な3つの部門から実施する必要があるという結論が得られた。

 第9章では、本論文の範囲内における調査研究と検討から得られた教訓を整理し、将来の我が国のエンジニアリング産業の国際競争力復権に資する提言を行った。既往の文献資料および研究成果において多岐にわたる諸施策が提案されており、その中には、グローバリゼーション、アライアンス、および、組織のリストラ等、既に実施されている事項もある。しかし、日本企業の現状を通観すると、競争優位の回復には程遠いと思われ、これまでに実施された施策は十分ではなく、効果的に実行されていないと考えられる。

 本論文は、日本のエンジニアリング産業が競争優位を復権するために、現時点において特に必要と考えられる、以下に示す3項目を提案した。

(1)変化するマーケットへの対応

 日本のエンジニアリング産業は,欧米諸国系多国籍企業を顧客とする、もう一つのマーケットへ進出する必要がある。そのためには、顧客のニーズに対応したグローバルな拠点の立地、顧客に代わってプロジェクトのフロントエンド、すなわち、より上流側を実施する能力、幅広いサービスの提供、顧客とタスクフォースを作るための十分な陣容と柔軟性、実務経験と金融能力等を備える必要がある。

(2)会社組織の構造改革

 中間管理者層数を最小とした水平組織を作り、オーバーヘッド組織を最小とすること。全社をタスクフォースからなるプロジェクト組織で構成し、ジョブ率を85%まで高める。柔軟なタスクフォース組織を、顧客の変化に対応した素早い決定で動かす。

(3)リンケイジによる競争優位の確立

 プラント機材供給メーカーとリンケイジを確立し、設計、調達業務の効率化とコストダウンを図る。電子通信によるリンケイジにより紙での情報の授受を廃止する。特定のメーカーと年間供給計画、標準仕様、共通設計、金融協力を行いコストダウンを図る。工事業者ともリンケイジを確立し、電子通信による情報の授受、工事業者とパートナーシップを結び現場組織の一元化等を図る。リンケイジによるコストダウンの目標は、プラントコストの10%に設定する。

 第10章は、結論であり、本論文における調査研究成果を要約した。

審査要旨 要旨を表示する

 我が国の、石油の製造設備や化学プラント等の設計および建設を主業務とするプラント・エンジニアリング産業(以下エンジニアリング産業と呼ぶ)は、誕生してほぼ半世紀を迎えるが、過去30年間の活動期を経た現在、深刻な減退状況にある。エンジニアリング産業における日本企業にとって、世界市場における競争優位の復権は急務の課題である。

 本論文は、エンジニアリング産業の歴史的経緯と現状を、世界の三大工業地域(米国、欧州および日本)について調査研究し、この産業の国際競争力を分析すると共に、我が国のエンジニアリング産業の国際競争力復権の方策を提言することを目的としている。

 エンジニアリング産業発生の基盤となった欧州の化学産業および米国の石油産業の歴史を通覧し、プラント技術開発の事例として、欧州におけるBASFのアンモニア合成技術、米国におけるバートン、ダブスの二大石油分解プロセスの開発に着目して論じている。

 米国のエンジニアリング会社の起源は、1900年代初頭の鉄道建設業者、機器製造業者、配管業者、土木工務店等に始まること、これらの業者は、1920年代以降、米国で急激に発展した石油産業の仕事を請負うことを契機として、プラント設計あるいは建設業に進出したこと等を明かとしている。第二次世界大戦後、西ヨーロッパ諸国の戦後復興事業および中近東諸国における石油開発事業で主導権を握り、石油プラント建設で培ったプロセス技術、および中近東諸国における大規模プロジェクトから流入するオイルマネー(資金)の役割について論じている。1980年代初頭から米国のエンジニアリング産業は深刻な不況に直面したが、会社の統合、大規模なリストラ、商品種類の拡大、プロセス技術への特化等の様々な方策を講じて不況から脱出したことを論証している。

 ドイツのエンジニアリング産業の起源である化学産業は、19世紀から市場を支配してきたが、第二次大戦敗戦後の企業解体、石炭から石油への転換の遅れ等により、その主導的立場を米国に譲り渡したこと、ドイツのエンジニアリング産業は、戦後の石油関連のプラント建設に遅れを取ったため、巨大産業である鉄鋼あるいは化学産業の一部門として生き残り、独自のプロセス技術の売り込みを中心とした事業展開を図ったこと、等を明かとしている。フランスおよびイタリアのエンジニアリング産業は、第二次大戦後の政府によるに石油産業育成政策の一環として国営石油企業の一部門として設立されたこと、国策会社として設立され一国一会社の寡占体制で世界市場に進出していること等を明かとしている。

 我が国のエンジニアリング産業の歴史を、千代田化工建設、日本揮発油、東洋エンジニアリングの、いわゆる専業3社を対象として調査研究している。第二次世界大戦後、欧米諸国からの輸入技術を基盤として始まり、1970年代には、世界市場で欧米諸国の先進企業と互角に競争できるまで順調に発展したこと、1980年代に入ると、石油過剰によるプロジェクトの減少、恒常的な円高等によって国際市場における競争力を徐々に喪失したこと、1980年代末から世界的なメガコンペテイションの時代に入り、競争が一段と激化したこと、1990年代に入ると日本のバブルの崩壊による深刻な景気不況に加え、1997年から東南アジアで始まった経済危機により、日本のエンジニアリング会社は、そのマーケットの大きな部分で殆ど仕事が無くなったこと、小さくなった市場における過当競争の結果、会社の経営資産も食いつぶし、現在、企業存亡の危機に直面していること、等を実証的に明かとしている。これらの最近の危機の中で、各社とも大規模なリストラを進めているが、いまだ喪失した国際競争力を復活するには至っていないと論じている。

 エンジニアリング産業の競争力を、マイケル・ポーターが提唱する競争優位の概念を適用して分析した結果、世界のプラント市場は、既存企業間の競争が激しいこと、顧客の力が大きいこと、新規参入者が絶えないこと等の特性が明かとなり、魅力のないマーケットであるという結論を導いている。エンジニアリング会社に関するバリュー・チェインを作成し、バリュー・アクテイビテイにおける差別化要素を個々に検討した結果、差別化要素の殆どの項目は、韓国企業等の近年における新規参入者にとって越えられない障害ではないこと、価格競争力が唯一最大の競争優位となっていること等を明かとしている。バリュー・チェインによる検討結果を定量的に分析するために、日本のエンジニアリング会社のマンアワーの調査データをバリュー・アクテイビテイごとに配分し、日本企業の特徴は、低いジョブ率、および高い間接部門比率であることが明らかとすると共に、会社の年間売上げ高を、バリュー・アクテイビテイに振り分けてコスト分析を行い、低いマージン、高い間接部門費の実態を定量的に明らかにしている。そして、今後のコストダウンは、機材費、工事費、およびプロジェクト経費の主要な3つの部門から実施する必要があると論証している。最後に、日本のエンジニアリング産業が競争優位を復権するため、三項目の方策を提唱している。(1)変化するマーケットへの対応;欧米諸国系多国籍企業を顧客とする、もう一つのマーケットへの進出。顧客のニーズに対応したグローバルな拠点の立地。顧客に代わってプロジェクトのフロントエンドを実施する能力、実務経験と金融能力等を備えること等 (2)会社組織の構造改革;中間管理者層数を最小とした水平組織作り。タスクフォースからなるプロジェクト組織構成。ジョブ率を85%まで高めること等 (3)リンケイジによる競争優位の確立;プラント機材供給メーカーと、電子通信によるリンケイジにより紙での情報授受の廃止。特定のメーカーと年間供給計画、標準仕様、共通設計、金融協力。工事業者と、電子通信による情報の授受、工事業者とパートナーシップを結び現場組織の一元化。リンケイジによるコストダウンの目標は、プラントコストの10%等。

 本論文における、プラント・エンジニアリング産業の発展の歴史的経緯および競争優位に関する研究成果は、我が国のエンジニアリング産業のみならず建設産業の国際競争力復権の実現のために、極めて斬新で数多くの有益な知見と示唆に富むものと認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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