学位論文要旨



No 215106
著者(漢字) 河谷,史郎
著者(英字)
著者(カナ) カワタニ,シロウ
標題(和) 高層集合住宅の計画的生産のための多工区同期化構工法の開発
標題(洋)
報告番号 215106
報告番号 乙15106
学位授与日 2001.07.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15106号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 教授 菅原,進一
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 助教授 野口,貴文
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 作業所運営上、古くから言われている言葉に"段取り八分"がある。その意味は「十分な準備さえしてあれば、作業開始前、既に作業の80%は終了したも同然」ということである。

すなわち、次のことが作業所運営上重要となる。

・ その作業を一緒にする必要作業員群が揃っていること

・ その作業に必要な材料・機器類が必要な場所に揃っていること

・ その作業のための前作業、片付けが完了していること

 作業所での作業は屋外作業が多く、不特定多数の作業員がその建物を造るために集められ、集団で作業するため、段取りの成否を作業員は大変心配する。ベテラン作業員になれば、作業所の段取りの善し悪しを作業所へ最初に足を踏み入れた瞬間、敏感に感じ取ることができる。

2.研究の目的

 戦後の社会・経済変化が集合住宅生産へ与えた影響をまとめると、

・ 敗戦時の絶望的な住宅不足から生じた国策"画一された集合住宅の大量生産・供給"

・ 昭和48年、石油危機、高度経済成長終了と共に生じた住宅不足解消、住宅の多様化

・ その後の不動産価値変更、国際化から生じたDue Diligenceから生じた住宅の質模索による集合住宅の基盤変化

そうした中、建築生産問題は、主に石油化学の発達からきた多種類の材料選択対策と経済変化からきた労務費対策であり、この2つの調整をテーマとする構工法対策であった。

 本論文の目的は、建物を商品として捉え、"よい建物を安く早く安全に作る方法"としての構工法開発・研究である。その方法は材料選択、労務対策に主題を置き、労務効率向上を目的としている。労務効率を上げるには作業の"無理、無駄、ムラ"を少なくすると共に、適材適所の材料選択、その材料を何処でどのように加工して、動的に建物に組込むかの追求である。

3.既往関連研究の位置付

 構法が「ありよう」(What to build)を表す言葉であるのに対し、工法はその「やりよう」(How to build)を表す言葉である。従って、構法はより設計に、工法はより施工に近い概念として理解されている。しかし、ものの「ありよう」、「やりよう」に関する一連の意志決定のプロセスを、設計と施工とに分けることは、複雑化した現在においては既に不可能、非現実的になってきている。

 高層集合住宅向けに筆者らが開発した"多工区同期化構工法"は桁行方向外周構面の大柱間に配された柱に耐震要素を持たせ、躯体をシンプル化した耐震間柱構法(以下、MOS構法=Mitsui Outside Structure by short spanned framesという)の特徴と、1日を単位として複数の工区に作業を割付け、毎日同じ作業を繰返すというシステム施工化した多工区同期化工法(以下、DOC工法=one Day One Cycleという)の特徴を併せ持つ躯体構工法(以下、MOS-DOC構工法という)である。

 1982年、最初の事例が竣工したのち、現在までに本構工法は筆者の所属している会社のみで集合住宅約25,000住戸を越える実績を経、現在も年間約2,000住戸の生産が続けられている。

 こうした構法概念(設計)と工法概念(施工)の統合の必要性を述べた文献はいくつかある。そうした中、本論文は工事計画・管理の実践、作業員の立場を考慮した過程を通じて構工法計画の有効性を実証的に明らかにしたことである。特に資機材、労務をいかに有機的に一元化しうるかを示したこと、およびその結果として現場打工法に依拠しながら短工期、高効率生産を実現し、作業所の工業化(工場化)を実現したことを示し得たことにある。

4.工区同期化構工法の特徴

 各階同一躯体断面と同一階高を可能にしたMOS構法の長所と、毎日同じ作業を同じ作業員で繰り返すDOC工法の長所を組合せているMOS-DOC構工法の特徴をまとめる。

・ 労務の平準化

 在来工法を採用した作業所では、毎日、異なった作業員で、異なった作業をすることが普通である。逆に、毎日同じ作業員が同じ作業をするとしたら、オートメ化された工場生産のように建築作業を進めることができ、"はじめ"の項で述べた"段取り八分"も容易に可能となり、作業・作業員手配も容易になるとともに、労務の平準化も期待できる。

・ 労務の省力化(生産性・稼働率向上)

 労務の省力化および効率化には大きく2つの方法が考えられる。1つは作業の無効稼動を少なくすること、いま1つは作業・材料のシステム化である。無効稼動を少なくするためには、作業効率難の生じ易い部位を工業化(PCa板、大型型枠、溶接金網等)し、作業条件の悪い場所(高所作業等)を避けることである。また、作業・材料のシステム化が材料費の減少よりも労務費の減少が全体コストダウンに効果的であるため、多少、材料費がアップしても労務費ダウンにつながる努力をし、トータルコストのダウン、材料・労務費のPackageを指向する。

・ 工期の短縮

 工期の短縮は商品生産における最大の利点の一つである。工期を短縮することは、各作業および作業間の"無理、無駄、ムラ"を少なくすることであり、決して作業を急ぐことではない。工期の短縮の効果は、工事費削減はもとより、事業全体の経費削減等大きな効果を持っている。特に超高層住宅のように、計画開始から竣工まで長期間を要す事業では計画時と竣工時の経済情勢・商品価値変化はに対する工期短縮効果は大きい。

5.コスト面から見た在来工法と工業化工法(PCa工法の場合)の問題点

 PCa工法は一般の工業化工法の一つとして、永く位置付けられてきた。しかし、積算段階ではPCa工法が在来工法よりも高いとされているにも拘わらず、施工段階では多くのプロジェクトでPCa工法が選択され、工事計画・施工者がPCa工法が在来工法よりも安いとしていることも事実である。この矛盾した背景には、伝統的な積算体系に依拠した部分が大きい。本論文では、在来工法の伝統的な積算方式、Bill of Quantity積算方式(以下、BQ積算方式という)に対し"Package化した各部構工法"を考慮した積算方式、Bill of Package積算方式(以下BP積算方式という)を提案している。

 設計図書には建物に作り込められるべきものの形状や仕様(ありよう)をBQ等とともに指定されている。しかし、それ(ありよう)をいかに作るべきかということ(やりよう)については、必ずしも指定されていない。それは、設計図書に「やりよう」の指示をしなくても「やりよう」自体の遂行に問題はないし、「ありよう」に改編を加えない限り、施工者の自由裁量の中に「やりよう」が含まれているからである。すなわち、「ありよう」の範囲内であれば、工事遂行上必要な仮設、材料、労務のPackage方法については、どんな「やりよう」をしてもよいという、施工者の自由裁量範囲が暗黙の内に認められているからである。また、特に最近、この自由裁量範囲が社会変化、建物複雑化によって広がってきたこともある。これは、以前のように設計・生産技術が限定・支配的に社会に受容されていた在来工法主体の時代でなく、現在は技術の多様化・高度化が進み、建築物の「ありよう」を単純に規定できなくなり、建物の機能・領域の概念を規定している「部位」もまた、既に構法を部分的に記述しただけでは満足されず、構法と工法の相対関係も一義的に決めることが出来ないほどになってきたからである。

 在来工法の場合、一般に構法と工法は独立し、材料(資機材)は構法に、資機材・労務は工法に一対一に対応していると考える。そして、そのコストを次のように考えた。

 一方、工業化工法の場合、構法と工法はPackage化された工業化構工法として存在し、そのコストを次のように考えた。

工業化構工法の場合、仮設、材料、労務がPackage化された集合体として表現されると考えた。すなわち、建物の各部分を構成する部分構工法は建物のそれぞれの部分に対応する材料、それを施工するのに必要な仮設資機材、労務までをPackage化したもと考え、建物全体の構工法はその集合体として定義した。

6.本研究の成果と今後の課題

本研究の成果をまとめる。

・ 構法、工法、構工法の定義、その開発・実施は比較的系統だったものが少ない。こうした中、本論文の特徴は、約25年にわたり構法と工法を一体化させた構工法として、常に開発から施工まで建築作業所の中で、その時々の社会情勢等を踏まえながら研究を続けたことである。

・ その中で著者の開発した構工法として「MOS-DOC構工法」を主に取り上げた。

・ 従来、施工の定量化された資料は取り難いと考えられていたが、MOS-DOC構工法は1日完結型の構工法のため、資料採取が容易であると共に、その分析、理論化も比較的容易であった。

・ こうした資料から、従来、曖昧であった施工計画上必要な項目(稼動率、作業日、休業日等)を本論文で定義し、一般的資料として提供し得た。

・ 最後に、在来工法に比較して、工業化構工法は見掛け上、コストアップになると言われてきたが、筆者はBP積算方式によるPackage化により、在来工法よりも工業化構工法がコストダウンになることを明かにした。

 次に今後の課題と展望を述べる。現在、ゼネコンの立場・内容が世に問われている。それは、社会変化に対応できない体質がゼネコンに残っているとと共に、ゼネコン自身の中に変化を好まない、あるいは変化し難い体質があるからではないかと思う。しかし、社会からゼネコンへの要求は、ますます厳しくなってきている。今後の課題は従来の請負業ではなく、開発・提案型の自立した企業としてのゼネコンでなければならないと共に、建築生産で遅れている"実行コストの一般化"についても研究開発していかなけれならない。他産業は既に生産性を主体としたコスト管理をしているのに対し、建築生産では、いまだに生産量を主体にしたコスト管理をしている。他産業生産に比べ建築生産は屋外作業が多く、アクシデントの多い難しさがあるが、洗練された他産業の管理方法を学びながら、建築生産の独自性を踏まえた管理方法を模索すべきだと考える。

審査要旨 要旨を表示する

 提出された学位請求論文「高層集合住宅の計画的生産ための多工区同期化構工法の開発」は、高層集合住宅の現場生産における労務効率に着目し、それを向上するため作業をシステム化する方法として多工区同期化構工法を提案し、この構工法を複数の建設現場で適用することにより、その有効性を実証した論文であり、全7章からなっている。

 第1章「序論」において、研究の背景、目的、方法、既往研究の概要等を明らかにし、研究上重要な概念である「在来工法」及び「構工法」の二つを明確に規定した後、第2章「計画的生産の観点からみた集合住宅生産の課題」では、建築生産における計画的生産の基本的な考え方を提示した上で、高層集合住宅の現場生産における合理化手法の一つであるネガプレ工法の効果を実証的に明らかにし、計画的生産という観点からみた時のその欠点を指摘し、その克服を次章以降の課題としている。具体的には、5つのネガプレ工法適用工事例の実績から、作業効率・労務平準化の不足及び工期の長さがコストの低減を阻む主たる要因であることを明らかにし、この要因を排除する方法の重要性を論じている。

 第3章「多工区同期化構工法の開発」では、計画的生産という観点から構法と工法を一体化して考えること、及び材料費と労務費のパッケージ化が重要であることを論じた上で、高層集合住宅向けに有効な構工法として、耐震間柱構法「MOS構法」と多工区同期化工法「DOC工法」の組み合わせを新たに開発し、提案している。そして、この開発、提案における詳細な検討を通して、計画的生産を効果的に展開する上で構工法が満たすべき事柄として、(1)細分化された工程要素、(2)工程の細分割を可能にするような構工法の分節、(3)モジュール化と同期化、(4)厳密な工程要素間の関係定義と柔軟な計画、(5)作業の無理・無駄・ムラの排除、(6)短いタイムモジュール内での繰り返し作業による習熟効果、(7)工期短縮による仮設コスト等固定費の低減の7項目を抽出している。

 第4章「MOS-DOC構工法の計画手順」では、前章で提案した構工法の計画手法を具体的に適用可能な形で示している。

 第5章「MOS-DOC構工法の評価について」では、3章で提案した多工区同期化構工法を6棟の高層集合住宅の建設現場に適用し、その効果を定量的に分析・評価している。具体的には、先ず、個々のプロジェクトの計画時において決定できるサイト工区数が作業の安定性や生産性に及ぼす影響を明らかにした上で、職種毎の計画工程の消化及び1日当たり稼働時間の達成等の効果、工程要素毎の作業時間の安定性、揚重計画の妥当性、工区分割数による工区境の変化が作業の安定性に及ぼす影響等を定量的に評価している。次に、多工区同期化構工法において重要になる複数の計画要素を取り上げ、定義した上で、そのそれぞれの実績値を今後の計画時の指標として整理している。最後に、多工区同期化構工法と他の構工法による建設現場の作業の安定性を定量的に比較し、多工区同期化構工法の優位性を明らかにしている。

 第6章「工業化構工法とコスト」では、前章で検証された作業の安定性や生産性の向上という多工区同期化構工法採用の効果がどのように建設費の低減に反映されるかについて論じている。先ず、多工区同期化構工法で用いた工業化工法が作業所の延べ作業員数を減少させる効果を持つことを明らかにし、次いでこの効果を正確にコストに反映させる積算方式として、材料費、資機材費、労務費を部分構工法単位でパッケージ化する方法を提案し、実際の工事例を用いてその適用方法を詳細に示している。そして、この積算方式を用いて、建築面積、延べ床面積、住戸数、工期、工区数、揚重機能力、ゼネコン社員延べ人数といった変動要素が、多工区同期化構工法を用いた高層集合住宅の建設コストに及ぼす影響を定量的に評価している。

 第7章「結論」では、前6章で明らかにした多工区同期化構工法の考え方と、実証された効果を確認、整理し、本論文の結論としている。

 以上、本論文は、高層集合住宅の計画的生産を可能にする具体的な構工法及び積算方法を、応用可能な形で開発、提案し、あわせて実際の工事例の詳細なデータ分析によりその有効性を立証した論文であり、建築学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク