学位論文要旨



No 215107
著者(漢字) 貝谷,吉英
著者(英字)
著者(カナ) カイヤ,ヨシヒデ
標題(和) 膜ろ過浄水プロセスにおける運転方法と膜汚染に関する研究
標題(洋)
報告番号 215107
報告番号 乙15107
学位授与日 2001.07.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15107号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 滝沢,智
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 教授 中尾,真一
内容要旨 要旨を表示する

 近年、高度な固液分離能を有する精密ろ過膜(microfiltration membrane : MF膜)や限外ろ過膜(ultrafiltrarion membrane : UF膜)を用いた浄水処理法が注目されている。膜ろ過法は、原水水質に関わりなく、膜の分離孔径よりも大きな物質を確実に除去し、病原性微生物に関してはかつてなく安全な水質が安定して得られると期待されている。

 膜は長期間の使用により膜汚染が生じ、その透水性能は低下する。この低下速度や汚染状態はプロセスの経済性に大きく影響するため、膜汚染対策及び汚染機構の解明は、膜ろ過法の最重要課題と言っても過言ではない。

 本論文は、膜を用いた浄水プロセスにおける膜汚染に影響を及ぼすと考えられる膜仕様や運転方法、膜汚染物質の特性及びその除去・抑制方法に関して実験的、解析的に評価を行ったものであり、全8章から成る。

 第1章は序論であり、現在の我国の水道を取り巻く環境、膜ろ過法導入の意義、本研究の目的について述べた。

 第2章では、浄水処理における膜汚染の制御と汚染物質の評価に関する既往の研究について整理した。

 第3章では、実際の水道原水を使用してベンチスケール及びパイロットスケールの膜ろ過装置による連続処理実験を行ない、膜汚染(膜差圧の上昇)に影響を及ぼすと考えられる膜仕様及び運転方法をエンジニアリング的視点から評価すると共に、ろ過抵抗の発現形態を調査した。その結果、ここで用いた原水及び膜で膜差圧の上昇を抑えるためには、疎水性膜より親水性膜が優れ、公称孔径0.1μmの膜を使用し、膜透過流束を0.72m/day、エアースクラビング洗浄(洗浄間隔60分、洗浄時間1分)を行なうことが有効であり、この条件でパイロットプラントを運転し、約半年間の連続処理が可能であった。本実験で使用した原水と似た原水であれば前記運転条件により実装置化が可能であることを実証した。また、長期連続処理実験において問題となった膜汚染は、膜表面における濁質等によるケーキ層形成ではなく、薬品洗浄でなければ除去できない膜の目詰まりであることが明らかになり、エアースクラビング洗浄を用いることにより、従来の膜ろ過装置で問題となっていたような不可逆ケーキ層の蓄積を著しく低減できることを示した。

 第4章では、浄水処理における膜汚染物質を評価するため、実際の水道原水を使用して膜ろ過試験を行ない、通水試験後の膜より目詰まり物質を抽出し、その構成成分、分子量分布、膜の透水性能と汚染物質の関係などについて評価、考察を行なった。その結果、膜汚染物質としては、有機物、マンガン、鉄、カルシウム、マグネシウム、アルミニウム、シリカの存在が確認され、有機物とマンガンの付着量は他の成分より1桁高く、この2つが量的には重要な汚染物質であった。また、本実験で使用した汚染膜では、ろ過抵抗を支配しているのは有機物であり、分子量分画及びFTIR(Fourier transform infrared)スペクトルにより有機物の化学的特性を評価したところ、その分子量分布は数千から数十万daltonであり、分子量10,000dalton以上の部分が約半分を占めており、多糖類、タンパク質、芳香族系化合物が含まれていることを示した。

 第5章では、汚染膜の薬品洗浄時における洗浄剤種類、洗浄温度、洗浄液供給方法などの洗浄効果に与える影響についてエンジニアリング的視点から検討を行なった。本実験に使用した膜ではろ過抵抗を支配しているのが有機物であったため、次亜塩素酸ナトリウム、過酸化水素、水酸化ナトリウムが膜の透水性能の回復に効果的であり、中でも1%−次亜塩素酸ナトリウム+4%−水酸化ナトリウム混合液による洗浄が低水温(5℃)でも良好な洗浄回復性を示した。また、間欠浸漬洗浄のような洗浄液を膜表面に塗布する程度の洗浄液供給方法でも十分な洗浄時間をとることにより良好な洗浄効果を得ることができた。

 第6章では、前塩素処理による膜汚染抑制効果を検討し、更に膜に付着した有機性の汚染物質を抽出し、熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析計(pyrolysis gas chromatography mass spectrometry:熱分解GC-MS)、ゲル浸透クロマトグラフィー(gel permeation chromatography:GPC)などにより特性評価を行なった。その結果、前塩素処理を行なった膜の平均膜差圧上昇速度は行なわない場合の1/10以下であり、膜分離の前処理として原水に塩素を添加することによる著しい膜汚染抑制効果が確認された。このことより水道原水の膜処理では微生物による膜汚染が生じると考えられた。また、熱分解GC-MSにより汚染有機物の構成成分を評価したところ、前塩素処理の有無に拘わらず、その熱分解生成物には、ヒドロキシプロパノン、アセトニトリル、アセトアミド、ベンゼン、フェノールなどが認められ、浄水処理における有機性の汚染物質としては、多糖類、タンパク質、アミノ糖、芳香族系化合物が含まれていることがわかった。

 第7章では、エンジニアリング的視点から中空糸膜モジュールのディメンジョンの評価及びその試設計を膜閉塞モデルを使用して解析的に行なった。その結果、中空糸膜モジュールを設計する場合、糸長は実用的な範囲内で限界糸長以下にするのが好ましく、特に、運転上限膜差圧が50kPa程度と低い槽浸漬型吸引ろ過方式の場合には、糸長を限界糸長以下にする必要があることが分かった。また、上市されている中空糸膜の仕様をベースに中空糸膜の机上試設計を行なった結果、膜の透水性能を大きくすることにより膜差圧の上昇を抑制できる可能性が示唆された。

 第8章では、本研究で得られた結果を総括し、膜を用いた浄水処理プロセスにおける膜汚染特性について述べた。

 以上のように、本論文は、膜を用いた浄水プロセスにおける膜汚染物質の化学的特性に関する基礎的知見を示すと共に、膜汚染抑制方法及びその除去方法についてエンジニアリング的視点から提案を行なった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「膜ろ過浄水プロセスにおける運転方法と膜汚染に関する研究」と題し、近年急速に普及している膜ろ過浄水プロセスにおいて、その運転方法と膜汚染との関係を実験的に調査・研究したものである。本論文では、実際の浄水場におけるパイロットプラント実験を通じて、膜ろ過浄水法の運転制御因子に関して実証的な調査解析を行ったいるほか、膜汚染物質に関しては、特に有機物に関して最新の分析技術を組み合わせて解析を進めている。

 本論分は、膜を用いた浄水処理プロセスにおける膜汚染に影響を及ぼすと考えられる膜仕様や運転方法、膜汚染物質の特性およびその除去・抑制方法に関して実験的評価を行ったものであり、全8章から成る。

 第1章は序論であり、現在の我国の水道を取り巻く環境、膜ろ過法導入の意義、本研究の目的について述べた。

 第2章では、浄水処理における膜汚染の制御と汚染物質の評価に関する既往の研究について整理した。

 第3章では、実際の水道原水を使用してベンチスケールおよびパイロットスケールの膜ろ過装置による連続処理実験を行ない、膜汚染(膜差圧の上昇)に影響を及ぼすと考えられる膜仕様および運転方法を実務的視点から評価すると共に、ろ過抵抗の発現形態を調査した。その結果、ここで用いた原水および膜で膜差圧の上昇を抑えるためには、疎水性膜より親水性膜が優れ、公称孔径0.1μmの膜を使用し、膜透過流束を0.72m/day、エアースクラビング洗浄(洗浄間隔60分、洗浄時間1分)を行なうことが有効であり、この条件でパイロットプラントを運転し、約半年間の連続処理が可能であった。本実験で使用した原水と似た原水であれば前記運転条件により実装置化が可能であることを実証した。また、長期連続処理実験において問題となった膜汚染は、膜表面における濁質等によるケーキ層形成ではなく、薬品洗浄でなければ除去できない膜汚染であることが明らかになり、エアースクラビング洗浄を用いることにより、従来の膜ろ過装置で問題となっていたような不可逆ケーキ層の蓄積を著しく低減することを示した。

 第4章では、浄水処理における膜汚染物質を評価するため、実際の水道原水を使用して膜ろ過試験を行ない、通水試験後の膜より膜汚染物質を抽出し、その構成成分、分子量分布、膜の透水性能と汚染物質の関係などについて評価、考察を行なった。その結果、膜汚染物質としては、有機物、マンガン、鉄、カルシウム、マグネシウム、アルミニウム、シリカの存在が確認され、有機物とマンガンの付着量は他の成分より1桁高く、この2つが量論的には重要な汚染物質であった。また、本実験で使用した汚染膜では、ろ過抵抗を支配しているのは有機物であり、分子量分画およびFTIR(Fourier transform infrared)により有機物の化学的特性を評価したところ、その分子量分布は数千から数十万daltonであり、分子量10,000dalton以上の部分が約半分を占めており、タンパク質、多糖類、フミン物質が含まれていることを示した。

 第5章では、汚染膜の薬品洗浄時における洗浄剤種類、洗浄温度、洗浄液供給方法などの洗浄効果に与える影響について実務的視点から検討を行なった。本実験に使用した膜ではろ過抵抗を支配しているのが有機物であったため、次亜塩素酸ナトリウム、過酸化水素、水酸化ナトリウムが膜の透水性能の回復に効果的であり、1%−次亜塩素酸ナトリウム+4%−水酸化ナトリウムによる洗浄が低水温(5℃)でも良好な洗浄回復性を示した。また、間欠浸漬洗浄のような洗浄液を膜表面に塗布する程度の洗浄液供給方法でも十分な洗浄時間をとることにより良好な洗浄効果を得ることができた。

 第6章では、前塩素処理による膜汚染抑制効果を検討し、その有機性の汚染物質を抽出し、GPC(gel permeation chromatography)及び熱分解GC=MSにより特性評価を行なった。その結果、前塩素処理を行なった膜の平均膜差圧上昇速度は行なわない場合の1/10以下であり、膜分離の前処理として原水に塩素を添加することによる著しい膜汚染抑制効果が確認された。また、熱分解GC-MSにより汚染有機物の構成成分を評価したところ、生物学的要因に起因する汚染の有無に拘わらず、その熱分解生成物には、ヒドロキシプロパノン、アセトニトリル、アセトアミド、ベンゼン、フェノールなどが認められ、浄水処理における有機性の汚染物質としては、フミン物質の他に、多糖類、タンパク質、アミノ糖が含まれていることがわかった。

 第7章では、膜ろ過モデルを応用して膜の設計方法について検討した。第8章は、本研究で得られた結果を総括し、膜を用いた浄水処理プロセスにおける膜汚染特性について述べた。

 以上のように、本研究は、膜を用いた浄水処理プロセスにおける膜汚染物質の化学的特性に関する基礎的知見を示すと共に、膜汚染抑制方法及びその除去方法について実務的視点から提案を行っており、浄水工学の進展に寄与するものである。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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